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32/見てはいけないもの(1)
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十二月に入ってすぐ、とおやへのクリスマスプレゼントを購入した。交際を初めてまだ二回目のクリスマスなのに何を贈ろうかかなり悩んでしまった。二月の誕生日には欲しいものを聞いて贈ると決めていたから、クリスマスは彼に似合いそうなネクタイを二本。一緒に住んでいるのだから彼に見つからないように隠すのに必死で、結局クローゼットのうんと隅の方にしまい込んでいる。
(早く帰りたいな……)
オフィスビルの窓から外を見れば、街はすっかりクリスマス気分だというのに、わたしは残業の真っ最中。新入社員のミスが発覚し、残れる人員総出で火消し中なのだ──そろそろ片付きそうそうではあるけれど。
「なんかさあ……」
差し入れ、と言って缶コーヒーをデスクに置いてくれた同期の蟹澤くんが、屈み込み小声で呟いた。
「榎木さん、初めは結構使えそうって思ってたけど、ミス多いよな。確認し忘れからのミスが特に」
新入社員の榎本さんは、わたしと蟹澤くんの一つ後輩にあたる。自分と比べてしまうのはよくないけれど、若いというかまだまだ子供っぽい所が目につき、見ていて不安になることも多々ある。愛嬌もあり可愛らしい子なので、よく話はするし彼女から相談事を受けることも多かった。仕事に対する姿勢は悪くないのだけれど、「謝れない子」という印象は強かった。
「蟹ちゃん、そういう言い方良くないよ」
「だって、自分のミスなのに『歯医者予約してるので帰ります』ですよ? びっくりですよ」
「悪い子じゃないとは思うんだけどね」
蟹澤くんの物言いを咎めるのは先輩の瑞河さんだ。仕事の早い彼女のお陰で、わたしたちの持ち分が片付くのはそれはそれは早かった。プライベートでもとおやのことについて相談に乗ってもらうことも多く、世話になりっぱなしの彼女には頭が上がらない。
「そこ、喋るのは構わんが終わったのかね?」
「はい課長、終わりました」
「そうか。お疲れ様、他はどうだ?」
流石は瑞河さん、口煩い上に恐ろしい十紋字課長の言葉を軽く躱しわたしと蟹澤くんにウインクまで飛ばしてみせた。
どうやら他の皆も仕事が片付いたようで、肩を回しながら「おつかれー」と労い合っている。
「帰ろうぜ帰ろうぜー。飲んで帰る?」
「すみません、わたしはちょっと……。今日は体調が」
「大丈夫?」
「大丈夫です、貧血なだけなので」
瑞河さんは大袈裟に心配して「痛まないか?薬飲むか?」と言いながら背中をさすってくれる。本当に優しい先輩だ。樹李さんといい、瑞河さんといい、年上の優しい女性には、つい甘えてしまう。
(樹李さん、元気かなあ……)
とおやのマンションで同棲を初めてからというもの、樹李さんとは一度も顔を会わせていない。時々荷物を取りに帰る時ですら、タイミングが悪いのか出会わないのだ。連絡をしようと思いつつも忙しく、つい忘れてしまう。
「真戸乃、わかってるとは思うけど」
「なんですか?」
「体調悪いのに無理すんなよ。帰ったら御飯食べてすぐ寝なさいよ」
「はい、ありがとうございます」
「最近彼氏とはどーよ?」
「色々相談したいんですけど……また体調の良いときにしますね」
「わかった。気を付けて帰るのよ?」
瑞河さんの言葉に頭を下げると、早足で愛車へと向かい急いでエンジンをかけた。一秒でも早くとおやに会いたくて会いたくて、仕方がなかった。
*
ただいま、と玄関を潜るも、とおやの声が聞こえてくることもない。静かな空間に、暖房器具の作動音だけが耳元を掠めてゆく。
「とおや?」
返事はない。夕食を作ってくれたのか、柔らかな出汁の香りが鼻を掠めた。ひょっとしたら疲れて寝てしまっているのかもしれない。
脱いだコートを玄関に掛けて廊下に鞄を置き、そのまま洗面所へ向かう。手を洗いトイレを済ませるとスカートとストッキングをその場で脱いだ。普段ならこんなことはしないが、とおやが寝ているのなら好都合だ。寝室で着替えて脱衣場に脱いだ服を持っていくのは面倒なので、ブラウス一枚の姿でリビングへと足を進める。ボタンに手を掛け上から順に外してゆく。
(……なに?)
呻き声、それに少しだけ興奮したような荒い息遣い──。
「あっ…………」
耳に届いたその声だけで、目の前がどんな状況なのか予測することは容易かった。ただ、頭が理解するよりも早く光景が視界に飛び込んできたのだ。
(早く帰りたいな……)
オフィスビルの窓から外を見れば、街はすっかりクリスマス気分だというのに、わたしは残業の真っ最中。新入社員のミスが発覚し、残れる人員総出で火消し中なのだ──そろそろ片付きそうそうではあるけれど。
「なんかさあ……」
差し入れ、と言って缶コーヒーをデスクに置いてくれた同期の蟹澤くんが、屈み込み小声で呟いた。
「榎木さん、初めは結構使えそうって思ってたけど、ミス多いよな。確認し忘れからのミスが特に」
新入社員の榎本さんは、わたしと蟹澤くんの一つ後輩にあたる。自分と比べてしまうのはよくないけれど、若いというかまだまだ子供っぽい所が目につき、見ていて不安になることも多々ある。愛嬌もあり可愛らしい子なので、よく話はするし彼女から相談事を受けることも多かった。仕事に対する姿勢は悪くないのだけれど、「謝れない子」という印象は強かった。
「蟹ちゃん、そういう言い方良くないよ」
「だって、自分のミスなのに『歯医者予約してるので帰ります』ですよ? びっくりですよ」
「悪い子じゃないとは思うんだけどね」
蟹澤くんの物言いを咎めるのは先輩の瑞河さんだ。仕事の早い彼女のお陰で、わたしたちの持ち分が片付くのはそれはそれは早かった。プライベートでもとおやのことについて相談に乗ってもらうことも多く、世話になりっぱなしの彼女には頭が上がらない。
「そこ、喋るのは構わんが終わったのかね?」
「はい課長、終わりました」
「そうか。お疲れ様、他はどうだ?」
流石は瑞河さん、口煩い上に恐ろしい十紋字課長の言葉を軽く躱しわたしと蟹澤くんにウインクまで飛ばしてみせた。
どうやら他の皆も仕事が片付いたようで、肩を回しながら「おつかれー」と労い合っている。
「帰ろうぜ帰ろうぜー。飲んで帰る?」
「すみません、わたしはちょっと……。今日は体調が」
「大丈夫?」
「大丈夫です、貧血なだけなので」
瑞河さんは大袈裟に心配して「痛まないか?薬飲むか?」と言いながら背中をさすってくれる。本当に優しい先輩だ。樹李さんといい、瑞河さんといい、年上の優しい女性には、つい甘えてしまう。
(樹李さん、元気かなあ……)
とおやのマンションで同棲を初めてからというもの、樹李さんとは一度も顔を会わせていない。時々荷物を取りに帰る時ですら、タイミングが悪いのか出会わないのだ。連絡をしようと思いつつも忙しく、つい忘れてしまう。
「真戸乃、わかってるとは思うけど」
「なんですか?」
「体調悪いのに無理すんなよ。帰ったら御飯食べてすぐ寝なさいよ」
「はい、ありがとうございます」
「最近彼氏とはどーよ?」
「色々相談したいんですけど……また体調の良いときにしますね」
「わかった。気を付けて帰るのよ?」
瑞河さんの言葉に頭を下げると、早足で愛車へと向かい急いでエンジンをかけた。一秒でも早くとおやに会いたくて会いたくて、仕方がなかった。
*
ただいま、と玄関を潜るも、とおやの声が聞こえてくることもない。静かな空間に、暖房器具の作動音だけが耳元を掠めてゆく。
「とおや?」
返事はない。夕食を作ってくれたのか、柔らかな出汁の香りが鼻を掠めた。ひょっとしたら疲れて寝てしまっているのかもしれない。
脱いだコートを玄関に掛けて廊下に鞄を置き、そのまま洗面所へ向かう。手を洗いトイレを済ませるとスカートとストッキングをその場で脱いだ。普段ならこんなことはしないが、とおやが寝ているのなら好都合だ。寝室で着替えて脱衣場に脱いだ服を持っていくのは面倒なので、ブラウス一枚の姿でリビングへと足を進める。ボタンに手を掛け上から順に外してゆく。
(……なに?)
呻き声、それに少しだけ興奮したような荒い息遣い──。
「あっ…………」
耳に届いたその声だけで、目の前がどんな状況なのか予測することは容易かった。ただ、頭が理解するよりも早く光景が視界に飛び込んできたのだ。
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