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25/ギフト
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無事自宅へと辿り着き、のろのろと外階段を上る。折角明日は一緒に映画を観に行こうと約束をしていたのに、台無しにしてしまった。
(あのくらい、許すべきだったのかな……)
仕事の飲み会で、女性と密着することが普通なのか。例えそういう店の人だとしても、とおや自身に悪気があるのなら、きちんと謝って欲しかった。
(とおやがちゃんと謝ってくれれば……わたしだって怒鳴ったりしなかったのに)
考えれば考えるほど、自分が悪かったのかもしれないという考えに寄っていく。家に着いたらもう考えるのはやめにして、早めに寝てしまおう。
自室のある三階へと続く階段を上り終える。後ろからせかせかとした足音が迫ってくるので、樹李さんの隣室の畔木さんかもしれないなと、振り返り道を開けた。
「……なんで」
「待てって……言っただろうが……!」
少し息の上がったとおやは、先程の仕事着ままだ。タクシーでここまで追ってきたと言った彼は、わたしの腕を引き部屋の前まで無理矢理引っ張って行く。
「いや……やめてよ! 帰ってよ!」
「いいから来い!」
「いい加減にしてよ!とおやが悪いんでしょ!ちゃんと謝ってよ!」
「謝っただろうが!」
「謝ってないわよ!」
屋外であることを忘れて、ギャンギャンと怒鳴り合う。何の騒ぎかと開いた三◯三号室の扉の隙間から、日焼けした体格の良い青年が姿を現した。
「どうしたんですか?」
「く……畔木さん、すみませんうるさくしてしまって……」
彼の後ろからこちらの様子を伺うように、ほっそりとした女性が顔を覗かせている。あれは畔木さんの恋人だ。名前は知らないけれど。
「大丈夫ですか?その人……変な人じゃないですよね?」
「大丈夫……です、彼氏なので……。すみません、もう終わりますから」
そう言ってとおやに帰るようきつく言うが、逆効果だったのか、部屋の鍵を開けて中に引きずり込まれて行く。
「やめてよ、もう帰って!」
「ちょっと、あんた!真戸乃さん嫌がってるだろ!」
「うるさいな、他人はすっこんでろ!」
部屋を飛び出してきた畔木さんが、とおやに掴みかかる。取っ組み合いになったところで畔木さんの彼女が高い声を上げ、満を持して三◯二号室の扉が開いた。
「なーにやってんの?」
「樹李さん!」
サンダルを引っかけ、いつも通りラフな格好で現れた樹李さんは、とおやと畔木さんの間に割り込むと二人を引き剥がした。
「はいおしまい。みんな部屋に帰ろ」
「でも、樹李さん……あの」
わたしがとおやに視線を投げると、樹李さんは納得したように溜め息を吐き、畔木さんだけに帰るよう促す。「すみませんでした」と彼に謝り、廊下にはわたしととおや、それに樹李さんの三人だけとなった。
「で、なに喧嘩してんの」
おかしな出会い方をしてしまったが、この一年で樹李さんとはそれなりの信頼関係を築くことが出来ていた。困ったことがあれば相談するし、食事を一緒にすることだって何度かあった。だから──とおやの顔色を伺いながら、事情を説明した。
「ほたるもほたるで怒りすぎだけど……桃哉君、ちゃんとほたるに謝りなさいよ?」
「はい……。悪かった、ほたる……ごめん。悪気はなかったんだ」
「わたしのほうこそ……ごめん、言い過ぎた」
互いに謝罪を済ませ、廊下がシンと静まり返る。「はい、仲直りね!」と樹李さんが手を叩くのでわたしは彼女に頭を下げて謝罪をし、玄関の鍵を開けた。
「桃哉君、お泊まりか?」
「え……」
とおやがチラリとわたしに視線を投げてくる。仲直りはしたのだ──タクシーまで使ってここまで来てくれた相手を帰すのは正直憚られた。
「……泊まってく?」
「お前がいいなら……それで」
樹李さんが嬉しそうに口笛を吹く。彼女が言わんとすることはわかっていたので、急いで部屋に入ろうとする──が。
「女絡みで喧嘩して、仲直りしたあとはセックスだろ? 自分の方が良い女だって、身体にわからせてやるんだ」
ドアノブを引いた瞬間に浴びせられた謎の持論に転げそうになってしまう。そんなことなどお構いなしに彼女は「ちょっと待ってろ」と言って自室へと駆け込んだ。嫌な予感しかしない。
「これ、良かったら使ってくれ。資料に買ったんだけどアタシは使わないからさ」
またそのパターンかと受け取った、両手に治まる程度の箱。開けるよう促されるので開けると、見たことのないピンク色の、キュウリのようなスティックがケースに閉じ込められていた。
「これ……は……?」
「俗に言うバイブレーター」
「ばっ……」
「ラブホにあるだろ? それより良いやつだから。これ水洗いも出来るし、膣にも入れれるから良いと思うんだけど」
慌てて蓋を閉め、とおやに手渡す。初めて見る形状のそれに興味を持ったのか、彼はまじまじと真剣な面持ちでそれを見つめている。
「後で使ってみよーぜ」
「ばっ……ばか! 喧嘩したあとでエッチするわけないでしょ!」
頬が火照るのが恥ずかしくて、二人から顔を背けたまま扉を引いて室内に逃げ込む。樹李さんと少しだけ会話をし終えたとおやがわたしの名を呼んでいるが、振り返る気にもなれなかった。
(あのくらい、許すべきだったのかな……)
仕事の飲み会で、女性と密着することが普通なのか。例えそういう店の人だとしても、とおや自身に悪気があるのなら、きちんと謝って欲しかった。
(とおやがちゃんと謝ってくれれば……わたしだって怒鳴ったりしなかったのに)
考えれば考えるほど、自分が悪かったのかもしれないという考えに寄っていく。家に着いたらもう考えるのはやめにして、早めに寝てしまおう。
自室のある三階へと続く階段を上り終える。後ろからせかせかとした足音が迫ってくるので、樹李さんの隣室の畔木さんかもしれないなと、振り返り道を開けた。
「……なんで」
「待てって……言っただろうが……!」
少し息の上がったとおやは、先程の仕事着ままだ。タクシーでここまで追ってきたと言った彼は、わたしの腕を引き部屋の前まで無理矢理引っ張って行く。
「いや……やめてよ! 帰ってよ!」
「いいから来い!」
「いい加減にしてよ!とおやが悪いんでしょ!ちゃんと謝ってよ!」
「謝っただろうが!」
「謝ってないわよ!」
屋外であることを忘れて、ギャンギャンと怒鳴り合う。何の騒ぎかと開いた三◯三号室の扉の隙間から、日焼けした体格の良い青年が姿を現した。
「どうしたんですか?」
「く……畔木さん、すみませんうるさくしてしまって……」
彼の後ろからこちらの様子を伺うように、ほっそりとした女性が顔を覗かせている。あれは畔木さんの恋人だ。名前は知らないけれど。
「大丈夫ですか?その人……変な人じゃないですよね?」
「大丈夫……です、彼氏なので……。すみません、もう終わりますから」
そう言ってとおやに帰るようきつく言うが、逆効果だったのか、部屋の鍵を開けて中に引きずり込まれて行く。
「やめてよ、もう帰って!」
「ちょっと、あんた!真戸乃さん嫌がってるだろ!」
「うるさいな、他人はすっこんでろ!」
部屋を飛び出してきた畔木さんが、とおやに掴みかかる。取っ組み合いになったところで畔木さんの彼女が高い声を上げ、満を持して三◯二号室の扉が開いた。
「なーにやってんの?」
「樹李さん!」
サンダルを引っかけ、いつも通りラフな格好で現れた樹李さんは、とおやと畔木さんの間に割り込むと二人を引き剥がした。
「はいおしまい。みんな部屋に帰ろ」
「でも、樹李さん……あの」
わたしがとおやに視線を投げると、樹李さんは納得したように溜め息を吐き、畔木さんだけに帰るよう促す。「すみませんでした」と彼に謝り、廊下にはわたしととおや、それに樹李さんの三人だけとなった。
「で、なに喧嘩してんの」
おかしな出会い方をしてしまったが、この一年で樹李さんとはそれなりの信頼関係を築くことが出来ていた。困ったことがあれば相談するし、食事を一緒にすることだって何度かあった。だから──とおやの顔色を伺いながら、事情を説明した。
「ほたるもほたるで怒りすぎだけど……桃哉君、ちゃんとほたるに謝りなさいよ?」
「はい……。悪かった、ほたる……ごめん。悪気はなかったんだ」
「わたしのほうこそ……ごめん、言い過ぎた」
互いに謝罪を済ませ、廊下がシンと静まり返る。「はい、仲直りね!」と樹李さんが手を叩くのでわたしは彼女に頭を下げて謝罪をし、玄関の鍵を開けた。
「桃哉君、お泊まりか?」
「え……」
とおやがチラリとわたしに視線を投げてくる。仲直りはしたのだ──タクシーまで使ってここまで来てくれた相手を帰すのは正直憚られた。
「……泊まってく?」
「お前がいいなら……それで」
樹李さんが嬉しそうに口笛を吹く。彼女が言わんとすることはわかっていたので、急いで部屋に入ろうとする──が。
「女絡みで喧嘩して、仲直りしたあとはセックスだろ? 自分の方が良い女だって、身体にわからせてやるんだ」
ドアノブを引いた瞬間に浴びせられた謎の持論に転げそうになってしまう。そんなことなどお構いなしに彼女は「ちょっと待ってろ」と言って自室へと駆け込んだ。嫌な予感しかしない。
「これ、良かったら使ってくれ。資料に買ったんだけどアタシは使わないからさ」
またそのパターンかと受け取った、両手に治まる程度の箱。開けるよう促されるので開けると、見たことのないピンク色の、キュウリのようなスティックがケースに閉じ込められていた。
「これ……は……?」
「俗に言うバイブレーター」
「ばっ……」
「ラブホにあるだろ? それより良いやつだから。これ水洗いも出来るし、膣にも入れれるから良いと思うんだけど」
慌てて蓋を閉め、とおやに手渡す。初めて見る形状のそれに興味を持ったのか、彼はまじまじと真剣な面持ちでそれを見つめている。
「後で使ってみよーぜ」
「ばっ……ばか! 喧嘩したあとでエッチするわけないでしょ!」
頬が火照るのが恥ずかしくて、二人から顔を背けたまま扉を引いて室内に逃げ込む。樹李さんと少しだけ会話をし終えたとおやがわたしの名を呼んでいるが、振り返る気にもなれなかった。
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