上 下
20 / 61

20/それはまるで綱渡りのような(1)★

しおりを挟む
「来てくれて嬉しいわ~」

 駆け足で日々は過ぎ去り、あっという間に師走も終わり──気が付けば元旦。初詣を済ませたわたしととおやはその日の夜、大家家にお邪魔をしていた。すぐ隣は実家だが、帰るつもりは全くない。

「こちらこそ、ありがとうございます」
「いいのよ、私達が好きで呼んでるんだから」

 とおやの母 みどりさんは見た目通り温厚でふわふわとした人だ。わたしが地元に戻ってきてまでお正月に一人で過ごすのは寂しいだろうからと言って、ご自宅に招いてくれたのだ。翠さん──おば様は、わたしが実家の両親と不仲なのを気にして両親にこの事実は伝えていないらしい。

「仕事はどう? 大変?」
「だいぶ慣れてはきましたけど、上司が厳しい人で。先輩方は優しいんですけど……なんとか、頑張ってます」
「そう……無理だけはしないで」

 エプロン姿でおつまみの枝豆を茹でるおば様の隣で、わたしは食器を洗う手を動かす。お節料理をご馳走になり、その片付けをしている所なのだ。とおやとおじ様はと言えば、リビングでテレビを観ながら飲酒中。わたしも先程少しだけお酒を頂いたので、今日はこちらにお泊まりだ。

「こうやって台所に一緒に立つと、娘が出来たみたいで嬉しいわ」

 流石にこの言葉には上手く返せない。わたしととおやは交際をしているけれど、おじ様とおば様にその事実は伝えていない。親同士が変にギクシャクしてしまうのは嫌だったし、とおやもそれに賛同してくれていたので、その状態のままここまで来てしまっていた。

「ほたるちゃんみたいな良い子がお嫁さんだったら──」
「母ちゃん! 枝豆出来たなら取りに行くぞ!」
「はいはい、出来たからよろしくね」

 おば様の話に愛想笑いで返すしかなく困っていたわたしに助け船を出してくれたのはおじ様だった。枝豆の入った皿を受け取ると、「あまりほたるを困らせるんじゃあない」とおば様の耳許で囁いた。

「だって、お父さん。私、ほたるちゃん、だあいすきなんだもの」
「わかったから、その辺にしときなさい」
「はあい」

 返事はしたもののおば様の言葉が止まることはない。「今、付き合ってる子はいるの?」と訊かれ、またしても困ってしまった。肯定すればきっと根掘り葉掘り訊かれるだろうことは目に見えていた。

「今は……いないです」
「えっ、意外! ほたるちゃん絶対モテるのに! 大学生の頃は? 彼氏いた?」
「一応……は」
「へえ~! どんな子どんな子?」

 洗い物を終えたわたしは、おば様と揃ってダイニングチェアに腰掛ける。向かい合うおば様がお酒を勧めてくれるので、二人でゆっくりと飲み始めた。

「一年生の頃に同級生とお付き合いして……優しくて運動のできる子だったんですけど、色々あって別れちゃって」
「そのあとはそのあとは?!」
「ええと……その後で一学年上の先輩とお付き合いしたんですけど、卒業してあっちが就職したら疎遠になっちゃって」

 リビングで寛ぐとおやの視線が痛い。彼からすれば、わたしの交遊歴など聞きたくはないだろうに。しかしお酒の入ったおば様は楽しげに首を縦に振る。どうにか話を逸らしたいが、なかなかに手強そうである。

「おば様はおじ様といつ出会ったんです?」
「え~? 私?」

 照れ臭そうに頬を染めたおば様は、チラッとおじさまを見ると可愛らしく笑い、「大学生の頃ね……」と口を開いた。

「あら、お父さん?」
「風呂! 風呂に入ってくる!」
「お湯溜めてないわよ~?」
「シャワーで済ます!」
「って……お父さん! お客様のほたるちゃんが先でしょお風呂!」
「お構い無く、大丈夫ですから」

 きっとおじ様は恥ずかしかったのだろう。それは誰から見ても見え見えだった。

「おじ様のああいうところ、とおやにそっくり」
「はぁ?どこが」
「ほたるちゃんよく見てるわね、本当そっくり」

 おば様の「よく見てるわね」という言葉に一瞬背筋が冷えた。とおやに会ったのは成人式以来で、前に一度食事に行ったということになっているから、わたしが必要以上にとおやのことを知っているのは不味いのだ──バレてしまう。

「かーさん、ほたるの布団出したんか?」
「あっ、まだ」
「こいつ、酒飲むとすぐ寝るから出しとくよ?」
「いいの? まだシーツも……」
「俺やるから、かーさんゆっくりしてろよ」
「あっ、わたしも手伝う」

 リビングを出て廊下の先──客間に向かうとおやの背を追う。畳の張られた八畳の和室の中央のローテーブルを避け、押入れから布団一式とシーツを取り出して行く。

「シーツ貸して。かけるから」
「お前も飲んでていいのに」
「泊めてもらうんだもん、このくらいしないと」
「……面倒なら、俺の部屋来るか?」

 そう言ってわたしを抱き寄せたとおやは、乱暴に唇を重ねてくる。背に回された手が腰──尻──太股を撫で、腹──胸へと上ってきた。

「何やって……」
「だって、ずっと我慢してた」
「んッ……や、だめっ……」

 わたしのニットを捲り上げたとおやは、無理矢理胸の先端に吸い付いた。立ったままの体勢でわたしはのけ反り、必死になって声を堪えた。

「んッんんッ、ふうッ、んッ……うッ……んッ!」
「エロい声出すな、勃つ」
「あッ……とお、やッ……だめ、ぇ、我慢して」

 強引に引き剥がし、着衣を整える。とおやの実家でこんなことになるなんて。胸がどきどきと鼓動を早くし、小さな物音にさえ肩が跳ねた。

「一晩くらい……我慢出来ないの?」
「無理。実家で親がいて、バレないようにこっそりヤるって考えるだけで勃つわ」
「えっち……」
「お前はどーなん?」
「ど……どうって……」
「親父とかーさんは二階で寝る、ここは一階。トイレは二階にもあるし、音とか揺れとか気にしなくても、お前が大声出さない限りはセックスしてもバレねーって」
「で、でも……」
「ゴムもあるし」
「なんで!?」
「万が一を想定して持ってきた。なあ、いいだろ? やろうぜ?」

 それだけ言われて考えると、確かにドキドキするシチュエーションではある。バレたら駄目だと考えるほど興奮はするし、きっと新鮮な行為になるだろう、けれど。

「駄目ったら駄目。万が一バレたら……」
「心配性だな、ほたるは」
「だって……」
「わかったわかった。まあ、いいけどよ」

 二人して手早くシーツをかけ、急いで客間を後にする。順番にお風呂を済ませ、そのあとみんなでお酒を飲んだ。夜も更け酔いも回ってきたので解散し、おじ様とおば様は二階へ。片付けを買って出たわたしととおやはリビングで飲み残したお酒を飲んだ後、片付けを開始した。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

10 sweet wedding

国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ハイスペックでヤバい同期

衣更月
恋愛
イケメン御曹司が子会社に入社してきた。

絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
絶体絶命!!天敵天才外科医と一夜限りの過ち犯したら猛烈求愛されちゃいました

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

隣人はクールな同期でした。

氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。 30歳を前にして 未婚で恋人もいないけれど。 マンションの隣に住む同期の男と 酒を酌み交わす日々。 心許すアイツとは ”同期以上、恋人未満―――” 1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され 恋敵の幼馴染には刃を向けられる。 広報部所属 ●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳) 編集部所属 副編集長 ●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳) 本当に好きな人は…誰? 己の気持ちに向き合う最後の恋。 “ただの恋愛物語”ってだけじゃない 命と、人との 向き合うという事。 現実に、なさそうな だけどちょっとあり得るかもしれない 複雑に絡み合う人間模様を描いた 等身大のラブストーリー。

処理中です...