【完結しました】こんなに好きになるつもりなんて、なかったのに~彼とわたしの愛欲にまみれた日々~

こうしき

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17/小さな嘘

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 とおやから、人前で酒を飲むときは気を付けろと言われたばかりだったので、瑞河さんと蟹澤くんとの食事の席でお酒を口にすることはなかった。わたしが飲まないことを不思議に思った瑞河さんはしつこく酒を勧めてきたが、間に入った蟹澤くんが上手くフォローをしてくれた。

「カニちゃんさあ、優しいよねえ、真戸乃に」
「そうですか? 普通でしょう」

 芋焼酎のロックの入ったグラスを傾けながら、瑞河さんは蟹澤くんを小突く。ロンググラスのレモンハイを飲み干した蟹澤くんが、手を上げて店員さんを呼んだ。

「あ~、わかったあ、カニちゃんも真戸乃に惚れてんな? 今年の新入社員、女子は真戸乃一人だもんねえ、紅一点だもんねえ」
「……瑞河さん、酔ってます?」

 蟹澤くんがレモンハイを注文したついでに、わたしもノンアルコールカクテルと牛すじ煮込みを注文する。この居酒屋の牛すじは柔らかくてとても美味しいのだ。

「ていうか、俺彼女いますからね」
「ええ!? 何それ初耳なんだけど! 詳しく聞かせなさいよ!」
「み、瑞河さんっ!」

 蟹澤くんのネクタイを引っ張りながら、瑞河さんは彼を壁に押しやる。ドリンクを運んできた若い女の店員さんが、目を丸くしてその光景を見ている。

「なんだよ~カニ、あんたふにゃふにゃした顔して、ヤることはヤってるってかあ?」
「瑞河さん!」
「なんだよ真戸乃ぉ、あんたもでしょお? あ、あ~まだ昨日付き合い始めたばっかりでそれはないかあ」
「てっ……店員さんが見てるので止めてくださいって!」

 空いた食器とグラスを下げつつ気不味げに退室する店員さんに頭を下げながら、わたしは蟹澤くんから瑞河さんを引き剥がす。どうにかして話を反らさなければ──まさか付き合い始める前に体を重ねた、だなんて事実を見透かされてしまったら、暫く弄られるに決まっている。

 瑞河さん得意の観察眼は、どうやらお酒が入ると発揮されないらしい。胸を撫で下ろし運ばれてきたグラスに口をつけたながら牛すじ煮込みに箸を伸ばす。そこでやっと瑞河さんから蟹澤くんが解放されたようだった。

「二人ともいいわよねえ、恋人がいると楽しくて」
「瑞河さんは今フリーなんですか?」
「私は仕事が恋人だからさぁ」

 鯵の南蛮漬けをつつきながら、グラスを呷る瑞河さん。あくびを噛み殺し、眠気と戦っているようだ。そのタイミングで蟹澤くんと目が合い、時刻を確認すると二十一時を過ぎたところだった。

「そろそろお開きにします? 明日も仕事ですし」
「え~、もうそんな時間? まだ飲みたいわぁ」
「またみんなで飲みましょうよ。週末ならゆっくり飲めるでしょ?」
「あ、ちょっと待てカニちゃん。わたしの奢りだからさぁ」

 伝票を片手に立ち上がった蟹澤くんを、瑞河さんが呼び止める。財布から取り出した紙幣を彼の手に握らせると、「これでよろしく」と肩を叩いた。

「ありがとうございます、ごちそうさまです」
「いーのいーの。また誘うから付き合ってよ」

 靴を履き、瑞河さんを支えながら店外に出ると、冷たい風が頬を撫でた。それぞれ代行で帰る二人に手を振り駐車場の愛車の元へ向かうと、鞄の中のスマートフォンが着信を告げた。


(……葵?)


 先週末に一緒にお酒を飲んだ、親友の葵だ。車に乗り込み画面をタップすると、少し疲れた葵の声が「お疲れさん」と告げた。

「お疲れ様。今上がり?」
『そ。今日忙しくてさあ。今電話大丈夫?』
「大丈夫だけど、葵平気なの?」
『あー、大丈夫。明日は休みだからゆっくり寝られるし』
「看護士も大変だね」
『まあ、好きでやってるし、いいんだけどね』
「それで、どうしたの?」

 仕事終わりのこんな時間に、葵が電話をかけてくるなんて珍しい。大体用事のある時は、いつも彼女が帰宅してからだったので、何か急ぎの用なのかもしれない。

『帰ってからだと遅くなるし、かといってこれ以上気になったまま待つのも嫌だし』
「何が?」
『あれから……大家君とは、大丈夫だったの?』

 あの時の葵は、きっとを心配してくれていたのだ。わたしは「とおやだから大丈夫」と言い放ち彼を家まで送ったのだが、結果的に食われてしまったのだ──彼女になんと言えば良いのか。

『ほたる?』
「ごめん葵……わたし……とおやと──」


(セックスをした、とでも言うつもり? ──馬鹿な)


 いくら葵とはいえ、そんなことを軽々しく口にするものではないでしょうに。

『何? 大丈夫?』
「うん、大丈夫……その、付き合うことになって」
『そっか、おめでとう。でも正直心配だよ』
「何で?」
『大家くんさ、あんたのことずっと好きだったでしょ? 抑えきれない性欲が爆発しそうで心配』
「ずっと好きだった?」
『違うの?』
「別に、そこまで言われてないけど……」
『ふうん? まあ、ともかく自衛はちゃんとしなさいね』
「……うん」

 これが電話越しではなく対面の会話であれば、間違いなく葵はわたしの動揺を見抜いていただろう。葵は瑞河さんのように、嘘を見抜く能力に長けているというわけではないが、恐らくわたしは顔に出やすいタイプなのだ。自覚は無いのだけれど、隠していても相手に対して不信感を抱かせてしまう、そんな表情の動きをしてしまっているようだ。

『明日も仕事でしょ? ごめんね急に』
「ううん、いいの。わざわざありがとうね」

 電話を切り、エンジンをかけて帰路に着く。アパートの外階段を打つ、コツコツというヒールの音がやけに耳に残った。


(自衛、か)


 なんだか何もしたくなくて、仰向けにベッドに寝転ぶ。葵の言うが爆発したのは、とおやではなく寧ろわたしだったような気がしてしまい、自嘲気味に笑ってしまう。長年の友人が思っているほど、わたしは良い子ではないのだ。初めてとおやを受け入れた時だって、結局は自分の中の欲求に素直になっただけ。あの時彼を拒否していれば、きっとこんなことには──好きでもない幼馴染みと体を重ね、交際に発展することなんてなかっただろう。


(告白されたことがキッカケで、徐々に好きになっていく、っていうパターンもあり得たのかな……)


 どうだろう。そんなこと、彼に心底惚れてしまった今となってはわからない。
 このまま眠ってしまうわけにもいかず、無理矢理体を起こしたわたしは、思い体を引きずりながらバスルームへと向かった。

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