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12/約束
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女という生き物は不思議なもので、惚れた男はもれなく格好良く見えるらしい。とおやは顔立ちも整っているし、昔からモテる方だったので、それは尚更だった。
仕事を終えわたしが向かったのは「大家不動産」の看板の掲げられた三階建てビルだった。市内の大通りに面した入口へ向かえば、内側から若い女性がドアを開けてくれた。
「いらっしゃいませ、どうぞ」
そう言ってカウンター席に案内される。十七時半という時間帯のせいか店内の従業員の数は疎らで、お客の数もそれほど多くない。
「真戸乃と申します。大家さんに用があって来たのですが」
「大家ですね。えっと、どちらの方でしょうか?」
(ああそうか、おじ様かとおやかってことね)
「どちらでも構いません」
「畏まりました。桃哉さんは外出しておりますので、社長をお呼びしますね」
「はい」
(そっか、いないんだとおや……ちょっと残念)
立ち上がった女性は、事務所の奥へと姿を消す。それと入れ違う形で直ぐに、大家さんが姿を現した。
「おー、すまんなほたる! わざわざ来てもらって」
「いいえ、大丈夫です」
「桃哉の奴、まだ帰って来てないんじゃよ。折角書類教えようと思っておったのに」
スーツ姿の大家さんは、手にした書類をカウンターに置くと内ポケットから印鑑を取り出した。指示された場所に記名をし、わたしも印鑑を押す。
「これでオッケーじゃ。わざわざすまんかったな」
「いいえ」
「何かあったらいつでも電話してくれ。ワシでも桃哉でも構わんから」
「ありがとうございます。それじゃあ、失礼しますね」
「気を付けてな」
実家が隣同士で家族ぐるみで仲が良いというだけでここまで気を使ってくれる大家さんには頭が上がらない。
しかしまさか昨夜自分が席を外している間に、実の息子さんとわたしがセックスをしていた──なんて知ったら、一体どんな反応をするだろう。
(絶対、悲しませちゃう)
大家さんには、口が裂けてもとおやとの関係を漏らすわけにはいかなかった。流石に勘づいてもいないと思う。幼馴染だからといって、元々仲の良い方だったし。
席を立つと来た時と同じ女性が入口のドアを開けてくれるので、お礼を告げて出た。冷たい風が肩を撫で、髪の毛先をふわりと揺らした。まだ時期的にも少し冷える。薄手のジャケットを羽織ってきてよかった。
「あ、ほたる。今だったんだな」
「とおや……」
駐車場で車に乗り込もうとしたところ、後ろから声をかけられた。振り返るとスーツ姿のとおやが営業の帰りなのだろう、書類のはみ出した鞄を脇に抱え嬉しそうにこちらを見つめていた。
「お疲れさま、これからまだ仕事?」
「いや、今日は六時で上がりだ」
「なら、もう終わりだね」
十八時まであと十五分といったところか。とおやは袖を揺らして時刻を確認すると、辺りをキョロキョロと見渡した。誰もいないことを確認すると、一歩──わたしとの距離を詰めて来た。
「今日、メシ行かね?」
「今日?」
「なんか予定ある?」
「ううん、大丈夫」
首を横に振ると、パッととおやの顔が明るくなった。子供のようにはにかむ姿に、目を奪われてしまう。その姿が格好良く見えてしまうのは、彼に惹かれている証拠だろう。
「仕事片付けたらすぐ向かえに行くから。着いたら電話する」
「うん、わかった!」
自然と語尾が上がる。嬉しいのはわたしも同じだった。昨日は時間が全然足りなかったのだ、少しだけでも長く一緒にいられることが、嬉しくて仕方がなかった。
「お前、そのままの格好で来いよ」
「いいけど、どうして?」
「……好きなんだよ、ブラウス」
「ブラウス……」
淡い水色のブラウスに、ライトグレーのフレアスカート。それにエクルベージュの春物のジャケットというわたしの服装を、舐めるように見つめるとおや。この服装が一体なんだというのか。
「また後でな」
そう言うと足早に立ち去って行く。あの視線の意味がわからないまま、わたしは真っ赤な愛車に乗り込んだ。
仕事を終えわたしが向かったのは「大家不動産」の看板の掲げられた三階建てビルだった。市内の大通りに面した入口へ向かえば、内側から若い女性がドアを開けてくれた。
「いらっしゃいませ、どうぞ」
そう言ってカウンター席に案内される。十七時半という時間帯のせいか店内の従業員の数は疎らで、お客の数もそれほど多くない。
「真戸乃と申します。大家さんに用があって来たのですが」
「大家ですね。えっと、どちらの方でしょうか?」
(ああそうか、おじ様かとおやかってことね)
「どちらでも構いません」
「畏まりました。桃哉さんは外出しておりますので、社長をお呼びしますね」
「はい」
(そっか、いないんだとおや……ちょっと残念)
立ち上がった女性は、事務所の奥へと姿を消す。それと入れ違う形で直ぐに、大家さんが姿を現した。
「おー、すまんなほたる! わざわざ来てもらって」
「いいえ、大丈夫です」
「桃哉の奴、まだ帰って来てないんじゃよ。折角書類教えようと思っておったのに」
スーツ姿の大家さんは、手にした書類をカウンターに置くと内ポケットから印鑑を取り出した。指示された場所に記名をし、わたしも印鑑を押す。
「これでオッケーじゃ。わざわざすまんかったな」
「いいえ」
「何かあったらいつでも電話してくれ。ワシでも桃哉でも構わんから」
「ありがとうございます。それじゃあ、失礼しますね」
「気を付けてな」
実家が隣同士で家族ぐるみで仲が良いというだけでここまで気を使ってくれる大家さんには頭が上がらない。
しかしまさか昨夜自分が席を外している間に、実の息子さんとわたしがセックスをしていた──なんて知ったら、一体どんな反応をするだろう。
(絶対、悲しませちゃう)
大家さんには、口が裂けてもとおやとの関係を漏らすわけにはいかなかった。流石に勘づいてもいないと思う。幼馴染だからといって、元々仲の良い方だったし。
席を立つと来た時と同じ女性が入口のドアを開けてくれるので、お礼を告げて出た。冷たい風が肩を撫で、髪の毛先をふわりと揺らした。まだ時期的にも少し冷える。薄手のジャケットを羽織ってきてよかった。
「あ、ほたる。今だったんだな」
「とおや……」
駐車場で車に乗り込もうとしたところ、後ろから声をかけられた。振り返るとスーツ姿のとおやが営業の帰りなのだろう、書類のはみ出した鞄を脇に抱え嬉しそうにこちらを見つめていた。
「お疲れさま、これからまだ仕事?」
「いや、今日は六時で上がりだ」
「なら、もう終わりだね」
十八時まであと十五分といったところか。とおやは袖を揺らして時刻を確認すると、辺りをキョロキョロと見渡した。誰もいないことを確認すると、一歩──わたしとの距離を詰めて来た。
「今日、メシ行かね?」
「今日?」
「なんか予定ある?」
「ううん、大丈夫」
首を横に振ると、パッととおやの顔が明るくなった。子供のようにはにかむ姿に、目を奪われてしまう。その姿が格好良く見えてしまうのは、彼に惹かれている証拠だろう。
「仕事片付けたらすぐ向かえに行くから。着いたら電話する」
「うん、わかった!」
自然と語尾が上がる。嬉しいのはわたしも同じだった。昨日は時間が全然足りなかったのだ、少しだけでも長く一緒にいられることが、嬉しくて仕方がなかった。
「お前、そのままの格好で来いよ」
「いいけど、どうして?」
「……好きなんだよ、ブラウス」
「ブラウス……」
淡い水色のブラウスに、ライトグレーのフレアスカート。それにエクルベージュの春物のジャケットというわたしの服装を、舐めるように見つめるとおや。この服装が一体なんだというのか。
「また後でな」
そう言うと足早に立ち去って行く。あの視線の意味がわからないまま、わたしは真っ赤な愛車に乗り込んだ。
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