【完結しました】こんなに好きになるつもりなんて、なかったのに~彼とわたしの愛欲にまみれた日々~

こうしき

文字の大きさ
上 下
7 / 61

7/重なる身体

しおりを挟む
 電話の相手は大家さんだった。なんでも、賃貸契約の書類で、一ヶ所サインと捺印の抜けがあったらしい。本来ならば許させることではないんだろうけれど、大家さん幼馴染みの父とわたしの中なのだ、咎めるのはおば様大家さんの奥さんくらいだろう。



「いやー、すまんなほたる。ワシのおっちょこちょい属性、発揮してしまった」
「おじ様、そんな属性持ってたんですか?」
「まあな!」

 定時で退社をし、真っ直ぐ帰宅。変な気を使わせたら悪いだろうと思い、今日の夕食はレトルトのカレーと、簡単なサラダで済ませることにした。たしか野菜室に使いかけのレタスにトマト、それに戸棚にコーン缶があったような気がする。今日は大家さんが帰ってから、ささっと夕食を済ませてお風呂に入ろう。

「じゃあ、すまんがお邪魔するぞ」
「どうぞ」

 年中日焼けして浅黒い肌と、筋肉質な体に不似合いなカッターシャツ姿。ネクタイは既に弛めており、きっとおば様に見つかったら叱られるだろうなという格好の大家さんは、フルネームを大家 銀治郎ぎんじろうという。
 大家という名字でアパートの大家なものだから、営業の時に話のネタになると、とおやが話していたっけ。

 そう、とおや。そのとおやが──。

「とろこで、どうしてとおやがいるんですか」

 おじ様の後ろには、何故かスーツ姿のとおや。「よ!」と片手を上げると、何の迷いもなく部屋に上がり込んでくる。


(こいつ……昨日の今日で、よくノコノコと)


「いやー、流石にこんな時間にワシ一人で女の子の部屋に行くのは不味いだろうって、かあちゃんが」
「はあ……」
「それに今回の書類、この四月からちょっと形式が変わってな。それ故のミスだったんだが……ついでに桃哉に教えておこうと思って」
「そうですか……」

 鞄から書類をごそごそと取り出す大家さん。わたしも用意していた印鑑をテーブルに置き、準備中満タンだ。

「……あれ」
「どーした親父」
「……印鑑忘れた」
「……はあ!?」

 鞄の中身を全て取り出すも、印鑑は見つからないようだ。少し白髪の混じる短髪を乱暴に掻きむしると、大家さんはすく、と立ち上がった。

「悪いほたる。ちょっと事務所に取りに行ってくる。時間は大丈夫か?」
「それは問題ないですけど」

 どうせ夕食はレトルトカレーだ。急ぐ必要などない。

「桃哉のことは放っといて、晩飯食っててもいいからな」
「え……あ、はい」
「急いで戻るから!」
「急ぐと危ないので、安全運転ですよ!」
「おう!」

 バタバタと部屋を出ていく大家さんを見送ると、徐にとおやが立ち上がった。どこに行くのかと見送ると、どうやら玄関の鍵を閉めに行ってくれたようだった。

「……ありがと」

 上着を脱いでわたしの正面に座ったとおやは、壁掛け時計をちらりと見やる。時刻は十八時二十分。

「……親父、ここに戻ってくるのは七時くらいになるだろうな」
「そっか」
「四十分位か」
「それが、どうかした?」

 じいっと、正面から顔を見つめられる。何を思ったのかとおやは、そのままわたしの隣へと腰を下ろした。

「昨日は悪かったよ」
「いや……わたしこそ、ごめん」
「……あのさ」

 そろりと近寄ってきたとおやの手が、わたしの手を固定した──逃げられない、でも──嫌ではなかった。

「昨日、お前……どう思った?」
「どうって?」
「……だから!」
「ちょっ……」

 そのまま床に押し倒され、両肩を押さえつけられた。いつもとは違うとおやの真剣な眼差しに、目を逸らすことが出来ない。

「あの時、俺とどうなりたいって思った?」
「それは……」

 フッと軽く触れるように、とおやがわたしに口づけた。すぐに顔を離すと、わたしが無抵抗なのを確認して再び唇を重ねる。

「……嫌、か?」
「ん……」

 互いの唇を求めるように、吸い付いては深く重なり、また離す。離れ離れになった時に頬を撫でる彼の吐息に、自分が欲情しているのがわかる。

「お前が嫌なら、俺は……」
「止まれるの?」
「う……」

 視線をとおやの体に投げ、下ろすと、スラックス越しに誇張し始めた下肢が見てとれた。キスだけでこんなに勃つなんて──と、視線を彼の目元に戻すと、恥ずかしげに唇を尖らせ、そっぽを向いていた。

「とおや」

 名前を呼ぶと、視線が戻ってくる。「なんだよ」と小声で言うので、わたしは彼の瞳の奥を覗き、出かかっている答えについて、もう一度思考する。


(わたしは一体どうしたい──?)


 もっと、自分の中の欲望に素直になって。


 昨日はどうだった? 昨日はあのまま、とおやと身を重ねても良いと、そう思った。

 よくよく考えて────拒む理由なんて、何もないはず。

 幼馴染だから、なんだというのだ。それがセックスをしたらいけないという、理由になるのか。わたしも彼も、もう二十二──大人なはずだ。


(もう、いっか)

 
 したいのであれば、欲望のままに体を重ねればいい。そう決めて息を吐くと、随分と楽になった。わたしは何を今まで、こんなにも悩んでいたのか。

「ほたる?」

「お願い、もう一度……ちゃんと誘って」

 とおやの側頭部をそっと撫で、その手を肩から腕、手のひらへと這わせて行く。目を見開いたとおやは、わたしの体を抱きすくめながら耳元で小さく囁いた。

「幼馴染みを卒業しねえか、ほたる」

「……うん」

 部屋の明かりを灯したまま、とおやはわたしの手を引いてベッドに腰かけた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

大好きな幼馴染と結婚した夜

clayclay
恋愛
架空の国、アーケディア国でのお話。幼馴染との初めての夜。 前作の両親から生まれたエイミーと、その幼馴染のお話です。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

処理中です...