【完結しました】こんなに好きになるつもりなんて、なかったのに~彼とわたしの愛欲にまみれた日々~

こうしき

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 明日は日曜なので仕事は休み。とおやが家に帰るのであればわたしは実家に泊まろうかとも考えていた。どうせ数歩歩けば隣が我が家なのだ。気は乗らないが一晩泊まるだけならまだ我慢が出来る範囲だった。

 しかしその計画は二人でタクシーに乗り込んだ途端、破綻することとなる。とおやが口にした住所は、わたしの知らないものだったからだ。

「えっ、一人暮らししてるの?」
「意外か?」
「親の臑齧りかと思ってたから」
「うっせぇよ」

 タクシーに揺られているのに、とおやの体調は思ったよりも良さそうだった。


(さっきはあんなにも具合が悪そうだったのに、変なの)


「実家に向かうんなら親のとこに泊まろうかと思ってたけど、駄目ね」
「……なんで?」
「着替えもないし。それに、流石に男の一人暮らしの部屋には泊まれないよ」
「……うん」

 しかしいつもより口数が少ないのは、やはり飲み過ぎたせいなのかもしれない。時折水を飲んでは溜め息ばかり吐いている。

「大丈夫?」
「大丈夫かと思ったけど……やっぱり気持ち悪い」
「部屋まで付き添うから」
「悪いな……」

 暗いタクシーの中では彼の顔色がわからないし、こんな状態のとおやを一人タクシーから下ろすわけにもいかなかった。


 告げられた住所にタクシーが到着すると、わたしは料金を支払い、とおやの肩を支えながら降車した。彼の住むマンションは駅から近いようだし、帰りはそこでタクシーを拾うか電車で帰ろう。

「後で払うから」
「いいって、何階?」
「五階……お前、さっきの飲み代、俺の分も出しただろ……」
「気にしなくていいから」
「いや、俺が気にする……」

 そうこうしているうちにエレベーターは五階へ到着した。鍵を開け中に入ると、とおやに言われるままリビングを目指す。

「結構広いんだね」

 まだ春だというのに、何故か部屋に置かれていた扇風機のスイッチを入れ、とおやに向けた。ソファに転がる彼を尻目に、わたしはキッチンへと向かう。あまり使用してなさそうな、使い勝手の良い対面キッチンだ。冷蔵庫の中の麦茶をグラスに注ぎリビングへと戻ると、センターテーブルの上に置かれた雑誌に目が行った。

「とおや、あんたね。昔から言ってるけど、こういうのはちゃんと片付けておきなって。彼女が見たらいい気しないよ?」

 表紙に写る女性は、一糸纏わぬ姿で足を開き、潤んだ瞳で読者を見つめている。その下にも数冊、同じような雑誌。ゲーム雑誌や漫画もあるのだから、その卑猥な表紙を他の雑誌で隠すという発想はないのかと頭を捻ってしまう。

「お茶がおいしい」
「そ。具合は?」
「だいぶ良いかな」

 むくりと起き上がったとおやの顔色は、確かにかなり良くなっていた。でもなんだろう、さっきエレベーターに乗っているときもこんな顔色だったような気がする。

「なあ、ほたる」
「なに?」
「お前、今夜泊まってけよ」

 広い室内を見渡す。部屋の作り的に恐らく3LDKだろう。ソファに座るこの位置からだと、隣の部屋──寝室に置かれたセミダブルのベッドが視界に入る。

「お布団あるの?」
「ねえ。お前、あっちで寝ろ。俺がここで寝れば済む」
「うーん……」

 スマートフォンで時刻を確認すると、既に二十二時。駅まで歩いてそこから帰るのは確かに気が重い、けれど。

「さっきも言ったけどさ、着替えもないし。男の一人暮らしの部屋には泊まれないって」
「それなんだけど」
「なに?」

 立ち上がったとおやは、何を思ったのかわたしのすぐ隣に腰を下ろす。彼のジーンズとわたしのスカートが触れ合う距離だ。

「大丈夫? フラつくの?」
「違う」
「じゃあなに……近いよ、とおや」
「お前、俺のこと男として見てるのか?」

 先程のわたしの言葉をとおやが引用する。確かにとおやは幼馴染で、ずっと一緒に過ごしてきて──男だなんて認識したことはなかった、けれど。


(どうしてわたし、あんなこと言ったんだろ……?)


「なあ、ほたる」
「……なんでだろ、自分でもわかんない。とおやは家族みたいなものなのに、おかしいな……」
「じゃあ、泊まるか?」
「それは、だから…………駄目だって」
「男だから?」
「……うん」
「俺は気にしない」
「でも……」

 それ以上に強い言葉を、わたしは発することが出来なかった。どうしても首を縦に振ることが出来ない。


(おかしいな、とおやは家族……家族だよ。なのに、なんでわたし)


「ほたる」


(ひょっとしてわたし──一人の男として見てるの? とおやのこと)


 その答えに辿り着いた時、カッと顔が熱を持った。それは指先──足先を巡り、強張った身体は動かすことが出来ない。

「とおや、わたし──」

 どうにか首を持ち上げると、わたしの上に覆い被さった彼と目が合った。どうして彼がわたしに跨がっているのか、理解が出来ない。

「とお────」

 不意に、とおやの唇がわたしのものと重なった。たった数秒で離れ離れになったが、彼はまだわたしの上から下りる気配はない。

「……酔ってるんだよね?」

 わたしの問いにも答えず、再び重ねられる唇。今度は長く、吸い付いてくる──加えて服の上から胸を触られている。驚いて彼を突き飛ばし立ち上がると、正面から抱きしめられた。

「酔って、彼女と勘違いしてる?」
「だから、彼女はいないって」
「じゃあ、なんで」
「俺は男で、お前は女だぞ」
「それがなによ」
「わかんねえかな……」

 背中を這うとおやの手が、わたしの尻に伸びた。ひとしきり撫で回すとその手はトップスの裾から中へと侵入した。

「ちょ、なに」

 直接背中を撫でられ、ぞくりと身が震える。耳をくすぐる彼の吐息に、思わず跳ね上がった。

「好きなんだよ、お前が。一人の女として」

「──は?」


(好き? こいつが? わたしを?)


「なに、言ってんの。……冗談でしょ」

 力任せに突き飛ばし、鞄を持って玄関へと駆けた。背中に言葉が降りかかることもなければ、後ろから追われることもなかった。





 駅までの暗い道のりを、夢中になって駆けた。途中で足が痛くなったところで、ようやく落ち着きを取り戻せた。

「馬鹿……好きって、なんなのよ、もう……」

 小さく呟いたその言葉は、暗い路地に飲まれて──吸い込まれるように、闇に消えた。
 



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