英雄と呼ばれた破壊者の創るこの世界で

こうしき

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第一章 destinyー運命ー

第十四話 微笑み

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「レノアさんは、あんたが思っている以上に強い人よ」

 ホテルの最上階に向かうエレベーターの中で、アンナはその扉をじっと見つめながら言った。


 ──あれからどれくらい時間が経ったのだろう。


 恥ずかしい姿を晒してしまった。みっともなく泣き喚き、目の前の現実に絶望し、全身は震えて意識は朦朧としていた。アンナとアイザックが何か言い合っていたが、ネスの耳には全く入ってこなかった。気が付いた時には額に汗を浮かべ、ロビーのソファに座り、ぐったりとしていた。

 その間中ずっと、アンナが手を握ってくれていた。顔を上げると彼女は口だけでかすかに微笑み、何も言わなかった。ネスにはそれがとてもありがたかった。

「レノアさんはこの国の、元陸軍特攻隊の総隊長よ。史上最年少にして史上初の女性総隊長だったわ。あの人は腕が千切れようが足が吹っ飛ぼうが、そんなことで死ぬような人じゃないわよ」

 エレベーターが最上階に到着し、チーンという音とともに扉が開く。だだっ広い廊下が目の前に広がっている。

「あの氷人形が生命活動を維持できるのは八十時間が限界よ。それを越えると氷が細胞を侵食して、元に戻らなくなる。時間内に ルースの 神力ミースで溶解すれば、命は助かるわ」

 ネスは先程より、かなり落ち着きを取り戻していた。アンナの言っていることが理解できる程度に回復はしていた──が。

「相槌くらい打ってくれてもいいんじゃないの?」

 振り返ったアンナの顔は、少しだけ恨めしそうであった。彼女は部屋まであと少しという距離で立ち止まり、あからさまに大きな溜め息をついた。

「アイザックには今日中にガミールに到着できるよう急げと言ったわ。さっきも言ったけど、あいつの部隊にはティリスがいる。だから村は助かる可能性の方が高いって何度言ったらわかるのよ」

 さっきと言うのはホテルのロビーにいた時の事だろう。はっきりとは覚えていないが、そんなことを言われたような気もする。

「殺し屋のお前に……」
「何?」

 ネスは弱々しい声に、うっすら怒気を孕んだアンナの声が重なる。

「殺し屋のお前に何がわかるっていうんだ!」

 自分でもびっくりするくらい、大きな声だった。広い廊下に声が反響して、耳を塞いでしまいくなる。

「 る側の奴に殺られる側の奴の気持ちなんてわかるもんか! 助かる可能性の方が高い? だからなんだよ! 助かる助からない以前に、みんなはあんなに傷付いて、今もまだ苦しんでいるんだぞ! それを、死なないからいいじゃない、みたいな言い方しやがって……常日頃から命を奪うのが当たり前の奴に、人の命がどうだとか言われたくないよ!」

 肩で息をするネスの言葉を、アンナは黙って聞いていた。一ミリも眉を潜めることなく、組んだ腕をほどくこともなく。

「何だよ……何か言えよ!」

 その声は広い廊下にはもう響かないほど、震えて小さくなった。何も言い返さないアンナに恐怖し、肩が震えた。

 殴られるかもしれない、斬り倒されるかもしれない──しかし彼女はどちらとも違う行動に出た。彼女はネスの頭に手を乗せ、優しくポンポンと二回叩いたのだ。

「やっぱりあんた、あたしと同じ部屋に来なさい。一人にするのが恐ろしいわ」

 アイザックが部屋をキャンセルしたお陰で、最上階が一部屋空いたのだ。ホテル側が気を利かせて、ネスとアンナが別室に泊まれるよう取り運んでくれていたのだった。

「今はそんなこと、どうでもいいよ! 何で何も言い返さない!」

「……大人だからね」とアンナは言うと、部屋の扉の前まで足を進め、鍵を開けた。

「突っ立てないで早く来なさいよ」

 流石に言い過ぎたとな反省をしながら、ネスは扉をくぐる。


(殺し屋のお前に、なんて言い方をするつもりなんてなかったのに……)


 口の中で謝罪の言葉が押し合い圧し合いをしているというのに、くだらないプライドが邪魔をして、それを吐き出すことが出来なかった。

 もやもやとした思いを抱えたまま、ネスは部屋の扉を閉めた。





 流石は最上階。扉の奥の部屋は、想像以上の広さだった。ロビーにあった調度品よりも遥かに優れたものが、当たり前のように鎮座している。部屋は全部でいくつあるのだろう。

「あたしはその部屋で寝るから、あんたは奥の部屋を使ってよね」

 指差された先の、石造りの白いアーチの奥の部屋を覗く。そこには一人で使うには大きすぎるベッドが壁際に鎮座している。

 ネスが部屋を一通り見終えてソファに座る頃には、アンナは運ばれてきた食事に手をつけていた。

「やっぱりここのチーズパイは最高だわ」
「……偏食家め」

 同じものばかりを口に運ぶアンナの姿に呆れて、つい口が滑る。小声で呟いたが聞こえていたようで、ネスは偏食家にギロリと睨まれた。やはりいつまで経ってもこれには慣れない。

「あんたも少しは食べなさいよ。食べて早くいつもの調子を出しなさい」
「いつもの調子ってなんだよ」

 などとぼやきながら、ネスは目の前にあったハムと半熟玉子のサンドイッチを口に放り込んだ。

「……!」
「美味しいでしょ」

 返事をする代わりに、その横にあった海老クリームとマッシュルームのパスタを口にする。

「こ、これは……!」
「美味しいでしょ?」
「驚きだ……」

 顔を上げてアンナを見ると、彼女はにっこりと、初めて目元までくずした笑顔を見せた。

「……!」

 がしゃん、と空になった皿とフォークが床に落下した。

「ちょっと、何やってんのよ」

 身を乗り出したアンナの体が、ネスに触れそうになる。咄嗟に屈み込み、落ちた皿を片付ける。

「ちょ、ちょっと手が滑ったんだよ」
「全く、気を付けなさいよ」

 あなたの笑顔に見とれてしまいました、なんて言ったなら、この人はどんな顔をするだろうか。

 流石にそこまで言う勇気は、ネスにはまだないのであった。

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