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ひかりが去った後、部屋のテレビ画面がパッと映り変わった。赤い枠がテレビ画面の四隅を囲い、その枠内で「速報」という白い文字が踊り始める。
『速報です! 新型ウイルスのワクチン研究を進めていました国立研究所職員 神上 啓研究員が完成したワクチンを持って先程研究所から逃走、未だに見つかっていないということです!』
名前と共に映し出された優顔の男は、ケージの中の全裸の男と同じ顔。脱ぎ去った白衣とカッターシャツのあった場所には残りの衣服と、K.Kamijyoと書かれたネームプレート。研究所から持ち出して恋人に打つ予定であったワクチンは、彼の体の中だった。画面の奥で喋っているのはアンドロイドなのだろう、生身のアナウンサーはいつの間にか姿を消してしまった。
「はぁ……アイ、起動して」
「……アイ、起動します」
僅かな動作音と共にアイが立ち上がる。クローゼットから新しいシャツを取り出すと、全裸の男に差し出し人間のような溜め息を吐いた。
「如何なさるのですか?」
「最善策が思い付かない。ここもすぐに見つかるだろう、ひかりが心配だ……」
完成したワクチンを彼女にだけ打つつもりだと先に白状してしまえば、正義感の強い彼女のことだ、きっと止められるだろうと思った。仮に打ち明けて受け入れてもらえたとして、自分だけが助かるということに彼女が耐えられるとも思えなかった。彼女自身が何のワクチンであるかを把握してしまえば、ワクチンが誰の体内に捧げられたのか露見する可能性が高かった。
──だから、仕方なく愛しい彼女を監禁し、撤退的に嫌われるように努めた。嫌がる彼女を毎晩のように無理矢理犯し、頭のおかしい男だと思い込ませる為に何度も彼女を泣かせた。
ここまでしたのだから、ワクチンを彼女に打ちケージから解き放てば、自分の所から逃走することは目に見えていた。何の注射か彼女が知らないまま逃げてくれるのが、一番彼女の安全を保証できると、そう思っていたのに──計画は大失敗に終わってしまった。
「アイ、取り敢えずこのケージを開けてひかりを探して。僕も直ぐに行くから」
「承知しました」
抉じ開けられたケージからよろよろと出た直後、けたたましいカラスの鳴き声が啓の耳に届いた。アイの姿は既に無い。カーテンを開けて外を見ると、 真っ黒な鳥たちが一斉に羽を広げた所だった。おぞましい光景に身を震わせながらカーテンを閉め、衣服を纏いアタッシュケースに注射器と薬瓶を詰め込みを脇に抱える。
「……僕だけのひかり、絶対に逃がさない」
その時の啓の表情を見たものは誰もいない。
直後、女の悲鳴が鳥の羽音と鳴き声にかき消されたのだが、そんなことなど知る由も無い啓は、痛む足を引き摺りながら懸命にコンクリートの上を駆けていたのだった。
『速報です! 新型ウイルスのワクチン研究を進めていました国立研究所職員 神上 啓研究員が完成したワクチンを持って先程研究所から逃走、未だに見つかっていないということです!』
名前と共に映し出された優顔の男は、ケージの中の全裸の男と同じ顔。脱ぎ去った白衣とカッターシャツのあった場所には残りの衣服と、K.Kamijyoと書かれたネームプレート。研究所から持ち出して恋人に打つ予定であったワクチンは、彼の体の中だった。画面の奥で喋っているのはアンドロイドなのだろう、生身のアナウンサーはいつの間にか姿を消してしまった。
「はぁ……アイ、起動して」
「……アイ、起動します」
僅かな動作音と共にアイが立ち上がる。クローゼットから新しいシャツを取り出すと、全裸の男に差し出し人間のような溜め息を吐いた。
「如何なさるのですか?」
「最善策が思い付かない。ここもすぐに見つかるだろう、ひかりが心配だ……」
完成したワクチンを彼女にだけ打つつもりだと先に白状してしまえば、正義感の強い彼女のことだ、きっと止められるだろうと思った。仮に打ち明けて受け入れてもらえたとして、自分だけが助かるということに彼女が耐えられるとも思えなかった。彼女自身が何のワクチンであるかを把握してしまえば、ワクチンが誰の体内に捧げられたのか露見する可能性が高かった。
──だから、仕方なく愛しい彼女を監禁し、撤退的に嫌われるように努めた。嫌がる彼女を毎晩のように無理矢理犯し、頭のおかしい男だと思い込ませる為に何度も彼女を泣かせた。
ここまでしたのだから、ワクチンを彼女に打ちケージから解き放てば、自分の所から逃走することは目に見えていた。何の注射か彼女が知らないまま逃げてくれるのが、一番彼女の安全を保証できると、そう思っていたのに──計画は大失敗に終わってしまった。
「アイ、取り敢えずこのケージを開けてひかりを探して。僕も直ぐに行くから」
「承知しました」
抉じ開けられたケージからよろよろと出た直後、けたたましいカラスの鳴き声が啓の耳に届いた。アイの姿は既に無い。カーテンを開けて外を見ると、 真っ黒な鳥たちが一斉に羽を広げた所だった。おぞましい光景に身を震わせながらカーテンを閉め、衣服を纏いアタッシュケースに注射器と薬瓶を詰め込みを脇に抱える。
「……僕だけのひかり、絶対に逃がさない」
その時の啓の表情を見たものは誰もいない。
直後、女の悲鳴が鳥の羽音と鳴き声にかき消されたのだが、そんなことなど知る由も無い啓は、痛む足を引き摺りながら懸命にコンクリートの上を駆けていたのだった。
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