枷と鎖、首輪に檻

こうしき

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「ひかり、愛してる。世界で一番愛してる」

 砂糖菓子より甘いその言葉は、私の心を蝕み、支配し、拘束する。

 ただ一人の男に、向けられたことのないほど大きな愛情を与えられた。幼少期から親の愛に飢えていた私は、愛されているならいいのだと、最初の頃は嬉しくて舞い上がっていた。身体を重ねた時に異常なまでに残される唇の跡も、誰と何処に行ったのかという尋問も、執拗なまでのSNSのチェックも。

 愛ゆえの行動なのだと思っていた。けれどどうやら違ったようで。


 ──男を見る目がなかったらしい。私は彼のそれを愛だと信じて疑わなかったけれど、私たち以外からすればそれは執着で、束縛で、暴力であった。

「ひかり、これは何?」

 彼の部屋。今日こそ彼に別れ話をしたいと思っていた矢先。私の大学の教材の入ったトートバッグを入念にチェックしていた彼が手にしているのは「よかったら食べてね」というメッセージの書かれた小さな付箋紙。同じサークルの小林君が、以前教材を貸してくれたお礼にといってくれたチョコレート菓子に貼ってあったメッセージ。

「これは男の字だよね何でこんなものがひかりの鞄の中に入っているのかなおかしいよねおかしいよねおかしいよねおかしいよね?!」

「あのっ……」

「何? 反論するの言い訳するの? ひかりは僕のモノなんだから他の男の痕跡なんて残したらだめじゃない何度言ったらわかるのねえ、ねえ、ねえっ!!」

「ごめっ……ごめんなさいっ……ごめんなさいもうしませんから……!」

 彼の胸にしがみつき、何度も何度も謝罪の言葉を並べる。こんな些細なことで、私はどれだけ自由を失ってきただろう。

「許さない。ひかりは僕のモノなんだから他の男の影なんて許さない! 明日から大学には行かないこと、いいね?」

「そんな!」

 言って後悔した。人のものとは思えぬ彼の冷徹な眼差しで射ぬかれ、身体が硬直してしまった。彼が恐ろしくて恐ろしくて堪らない。

「反論するんだねえ、やっぱり。いつからそんな悪い子になったのかなあひかりは」

「ごめんなさい……」

「次はないよ? 次こんなことがあったら、あれに閉じ込めるからね」

 彼が指差すのは、部屋の隅に置かれた動物用のケージ。大型犬が入っても多少の余裕はありそうだが、流石に人が入ると窮屈そうだ。あの白い檻に、私を監禁するというのか。

「手枷も足枷もあるよ。首輪だってあるんだから。ひかりがどうしても僕のペットになりたいなら、ペットはペットらしく何も身に付けたら駄目だからね、わかってる?」

「……はい」

「楽しみだなあ、全裸のひかりが鎖に繋がれてあの中に入っている姿を見るのすっごく楽しみだ!」

「……」

「ねえ、ひかり。どこにも行かないで、ね?」

 背後に回り込んだ彼の腕が、私の肩を拘束する。その笑顔が怖い。何とかしてここから逃げ出さないと……いや、いい加減彼と別れないと駄目だ。

 今日は流石に無理かもしれない。でも明日になったらなんとかなる、なんて保証はもう何処にもない。どうにかしなければと毒の回った頭で、私は懸命に考え始めた。




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