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5話 憤懣
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孝雪と知り合ったのは、かれこれもう八年も前──二十二の時だった。大学の卒業を控えているというのに内定が一つも貰えず、就職も決まらず、途方に暮れていたあの頃。友人の紹介で知り合ったのが孝雪だった。
二十二の私から見れば、当時二十七だった立派な社会人。彼は何もかもが大人で……だというのに時々垣間見える子供じみた隙が堪らなく愛おしく、気がつけば彼に惹かれていた。奥手でなかなかデートに誘ってもらえず、私はいつも自分から彼を誘っていたのだ。彼と離れたくないという理由で地元に留まり、アルバイトという形で今の職場に入社。彼の予定に合わせるために、融通が利く非正規雇用であり続けているのだが、ここ数年は最早その意味さえなくなっていた。
孝雪から連絡をしてくることは、殆どなくなっていた。
帰宅し、玄関で乱暴に靴を脱ぎ捨てると、そのままベッドに突っ伏した。この泥のような気持ちを浄化したくて、したくて、したくて溜まらないというのに、上書きする気持ちを持ち合わせていなかった。
(……最悪な一目惚れだ)
悔しいが、私が川野くんに惹かれていることは紛れもなく事実であった。あの鼻っ柱をへし折って屈服させてやりたい気持は恋かと言われれば微妙なところであるが、惹かれていることに変わりはないのであった。
シャワーを浴びてしまえば気持ちがリセット出来るはず。ついでに湯船にお湯も張り、ゆっくりと浸かると幾分か気持ちが晴れてきた。お腹が空いて堪らないので、長風呂は避けることにした。
「涼華ぁ? 風呂なの?」
「……孝雪?」
脱衣場からひょっこりと顔を出すと、合鍵を使って入ったのだろう、孝雪が二人掛けの小さなダイニングテーブルの上に何やら食事を広げているところであった。
「来るなら連絡ちょうだいよ、びっくりするじゃない」
「ごめんごめん」
本当に悪いと思っているのだろうか。思っているのならば、私の方を向いてくれたっていいじゃない。彼は風呂上がりの私なんかよりも手元のビニール袋に夢中で、がさごそと漁っては何やら取り出していた。
着替えを済ませ脱衣場を出ると、彼は食事の真っ最中。テーブルの上に広がるコンビニ食は明らかに一人分で、私の分など用意されていなかった。
「今日遅番?」
「そう」
「ご飯は?」
「まだだけど」
「涼華の分、買ってないよ」
「……いいわよ別に」
空腹状態で一人ならば、何を食べようかと考えれば済むだけの話。けれど、目の前には自分が食べることを許可されない食事が熱々の状態で並んでいるわけで。本当に、こういう所が嫌になる。間が悪いというか、殆ど嫌がらせなのではと感じてしまう。
簡単に食べれるものを探し、冷蔵庫を開けるが何も無い。とりあえずビールを取り出し、お次は冷凍庫……電子レンジ調理で簡単に食べれるパスタを発見したので、封を切って電子レンジへ放り込む。その間にビールを空けて、半分ほど飲み干した。
「ビールまだある?」
「ない」
「えぇ~」
どうして、自分の食事しか準備しなかったくせにビールは貰えると思ったのだろう。お腹が空いているせいか、些細なことで苛立ってしまう。調理が完了したパスタを取り出し、キッチンで立ったまま食事を済ませる。何故って、二脚あるダイニングチェアの一脚は私のクリーニングから返ってきた服がそのまま掛けてある状態であったし、もう一脚は孝雪が占拠していたから。
「座って食べなよ」
「……はぁ?」
堪忍袋が切れそうであった。そもそも、孝雪が連絡もなしに急に来なければ椅子だって片付けていたし、そうすれば私だって座って食事が出来たのだ。
「ねえ、何しに来たの?」
「恋人の家に来るのに理由がいるの?」
「いるわよ。私にだってプライベートはあるんだから」
「会いたいから来ただけなのに」
ほんの少し怒気を孕んだ声色の時、孝雪がどういう行動をとるか、私は知っている。案の定食べ散らかしたものはそのままに、バスルームへと姿を消した。仕方無しに二人分の食器を片付け、ベッドに座りテレビをつけた頃になってようやく孝雪は長風呂を終えた。
「寝るから」
「さっきはごめん……」
「何が?」
テレビを消してベッドに横たわる私の背にぴたりと張り付いた孝雪は、私の腹に腕を回す。首筋に唇を押し当てられているが、今はとてもそんな気分になどなれなかった。
「会いたくて来たのに、寂しいじゃないか」
「……」
「涼華」
「……自分の都合ばっかり、押し付けないでよ。私は疲れてるし、ゆっくり休みたいのに」
「そんな言い方しなくたって」
「眠いの、寝かせてよ」
「涼華」
腹から離れた手が、私の両胸へと伸びてきた。撫でられ揉み回され、寝間着の上から敏感な部分へと指先が迫る。
「やめてってば」
「ねえ、涼華」
「いい加減にして。疲れてるって言ってるじゃない……ちょっと!」
仰向けに押し倒され、唇が下りてくる。避けるのも面倒で受け入れたのがいけなかったのか、許可が下りたと判断した孝雪は脱衣を開始する。
「涼華……」
最早諦めるしかなく、レスだったのが嘘のように一人盛り上がる孝雪。目を合わさぬ間に行為は終了していた。相変わらずの早漏だ。
先程の川野くんとのやり取りでは、あんなにも胸が高鳴ったというのに。目の前の恋人とのセックスは、あまりにも呆気なく、退屈であった。
二十二の私から見れば、当時二十七だった立派な社会人。彼は何もかもが大人で……だというのに時々垣間見える子供じみた隙が堪らなく愛おしく、気がつけば彼に惹かれていた。奥手でなかなかデートに誘ってもらえず、私はいつも自分から彼を誘っていたのだ。彼と離れたくないという理由で地元に留まり、アルバイトという形で今の職場に入社。彼の予定に合わせるために、融通が利く非正規雇用であり続けているのだが、ここ数年は最早その意味さえなくなっていた。
孝雪から連絡をしてくることは、殆どなくなっていた。
帰宅し、玄関で乱暴に靴を脱ぎ捨てると、そのままベッドに突っ伏した。この泥のような気持ちを浄化したくて、したくて、したくて溜まらないというのに、上書きする気持ちを持ち合わせていなかった。
(……最悪な一目惚れだ)
悔しいが、私が川野くんに惹かれていることは紛れもなく事実であった。あの鼻っ柱をへし折って屈服させてやりたい気持は恋かと言われれば微妙なところであるが、惹かれていることに変わりはないのであった。
シャワーを浴びてしまえば気持ちがリセット出来るはず。ついでに湯船にお湯も張り、ゆっくりと浸かると幾分か気持ちが晴れてきた。お腹が空いて堪らないので、長風呂は避けることにした。
「涼華ぁ? 風呂なの?」
「……孝雪?」
脱衣場からひょっこりと顔を出すと、合鍵を使って入ったのだろう、孝雪が二人掛けの小さなダイニングテーブルの上に何やら食事を広げているところであった。
「来るなら連絡ちょうだいよ、びっくりするじゃない」
「ごめんごめん」
本当に悪いと思っているのだろうか。思っているのならば、私の方を向いてくれたっていいじゃない。彼は風呂上がりの私なんかよりも手元のビニール袋に夢中で、がさごそと漁っては何やら取り出していた。
着替えを済ませ脱衣場を出ると、彼は食事の真っ最中。テーブルの上に広がるコンビニ食は明らかに一人分で、私の分など用意されていなかった。
「今日遅番?」
「そう」
「ご飯は?」
「まだだけど」
「涼華の分、買ってないよ」
「……いいわよ別に」
空腹状態で一人ならば、何を食べようかと考えれば済むだけの話。けれど、目の前には自分が食べることを許可されない食事が熱々の状態で並んでいるわけで。本当に、こういう所が嫌になる。間が悪いというか、殆ど嫌がらせなのではと感じてしまう。
簡単に食べれるものを探し、冷蔵庫を開けるが何も無い。とりあえずビールを取り出し、お次は冷凍庫……電子レンジ調理で簡単に食べれるパスタを発見したので、封を切って電子レンジへ放り込む。その間にビールを空けて、半分ほど飲み干した。
「ビールまだある?」
「ない」
「えぇ~」
どうして、自分の食事しか準備しなかったくせにビールは貰えると思ったのだろう。お腹が空いているせいか、些細なことで苛立ってしまう。調理が完了したパスタを取り出し、キッチンで立ったまま食事を済ませる。何故って、二脚あるダイニングチェアの一脚は私のクリーニングから返ってきた服がそのまま掛けてある状態であったし、もう一脚は孝雪が占拠していたから。
「座って食べなよ」
「……はぁ?」
堪忍袋が切れそうであった。そもそも、孝雪が連絡もなしに急に来なければ椅子だって片付けていたし、そうすれば私だって座って食事が出来たのだ。
「ねえ、何しに来たの?」
「恋人の家に来るのに理由がいるの?」
「いるわよ。私にだってプライベートはあるんだから」
「会いたいから来ただけなのに」
ほんの少し怒気を孕んだ声色の時、孝雪がどういう行動をとるか、私は知っている。案の定食べ散らかしたものはそのままに、バスルームへと姿を消した。仕方無しに二人分の食器を片付け、ベッドに座りテレビをつけた頃になってようやく孝雪は長風呂を終えた。
「寝るから」
「さっきはごめん……」
「何が?」
テレビを消してベッドに横たわる私の背にぴたりと張り付いた孝雪は、私の腹に腕を回す。首筋に唇を押し当てられているが、今はとてもそんな気分になどなれなかった。
「会いたくて来たのに、寂しいじゃないか」
「……」
「涼華」
「……自分の都合ばっかり、押し付けないでよ。私は疲れてるし、ゆっくり休みたいのに」
「そんな言い方しなくたって」
「眠いの、寝かせてよ」
「涼華」
腹から離れた手が、私の両胸へと伸びてきた。撫でられ揉み回され、寝間着の上から敏感な部分へと指先が迫る。
「やめてってば」
「ねえ、涼華」
「いい加減にして。疲れてるって言ってるじゃない……ちょっと!」
仰向けに押し倒され、唇が下りてくる。避けるのも面倒で受け入れたのがいけなかったのか、許可が下りたと判断した孝雪は脱衣を開始する。
「涼華……」
最早諦めるしかなく、レスだったのが嘘のように一人盛り上がる孝雪。目を合わさぬ間に行為は終了していた。相変わらずの早漏だ。
先程の川野くんとのやり取りでは、あんなにも胸が高鳴ったというのに。目の前の恋人とのセックスは、あまりにも呆気なく、退屈であった。
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