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2話 邂逅
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幸いなことに骨に異常はなく、足首の捻挫という診断だった。捻挫でこんなに痛いのかと加害者を恨みつつ、毎日摂取している牛乳と小魚スナックに感謝をし天を仰いだ。骨折していなかったのは不幸中の幸いだ。靭帯が損傷しているようで、担当医によると完治には一ヶ月近くかかるらしい。
仕事はどうしようかと職場に相談をすると、「治るまで安静にしていなさい」とのことだった。立ち仕事だし、無理をして完治が遅くなってもいけないし。とりあえず半月お休みを貰おうかと思っていたが、お言葉に甘えて一ヶ月休みをもらうこととなった。
*
「おはようございます。ご迷惑をかけてすみませんでした」
足もすっかり完治し、出勤した十月の朝。店の裏でひっそりと煙草休憩をしている店長に頭を下げた。
「マルちゃん、もう大丈夫なの?」
「はい、お陰さまで」
「まあ閑散期だったし、店も問題なかったから気にしなくていいよ。病み上がりだし無理しないようにね」
円下という名字だからと、私のことを「マルちゃん」と呼ぶ店長はあと数年で還暦らしい。人懐こい笑顔で煙草を揉み消すと、早足で仕事へと戻っていった。
さて一ヶ月ぶりの職場である。季節は残暑を過ぎ秋の始まりといったところ。季節が進むということは新商品が始まっている筈で。あれやこれやと考えながら裏口を開け事務所兼休憩室の扉を見やると、先客がいるようで蛍光灯が灯っていた。ノックをし、ノブを押す。
「おはようござ──」
「おはようございます」
「……えっ」
私の目の前で着衣を整えるのは、見覚えのある青年の姿。──あの艶かしくも美しい唇の青年だった。そういえば彼がケーキを買いに来てくれたあの日、私は事故に遭ったんだっけ。
「そこ、退いてもらっていいですか?」
「えっ、あっ、ごめん……」
「ああ……僕、川野といいます。先月からお世話になってます」
「川野、君……?」
「川野 祐吏です。よろしくお願いします」
「円下です、よろしくお願いします」
私と話している間にもエプロンを腰に巻き、帽子を被った彼──川野 祐吏は無愛想な挨拶を済ませ事務所から出ていった。
(なに、あの生意気な態度……! 会釈も愛想笑いもせずに出ていきやがった……!)
待て待て落ち着け。状況を整理しないまま出勤するのは危険だ。私がお客として一目惚れしたあの美しい唇の彼は──どんなセックスをするのか気になって仕方のないほど惹かれた彼が──……うちの従業員として事務所にいたということ?
「絶対性格悪いじゃん、あのガキ……」
「ガキとは聞こえが悪いですな」
「式村君居たんかい!」
「おはようございます、円下さん。足治ったんですね」
男子更衣室の扉を押し開けて現れたのは自称身長190センチの巨人、式村…………あれ、下の名前なんだっけ? 君だった。どうやら新人の川野君が更衣室の使用を譲ってくれたらしい。
「おはよ……いまから休憩?」
「はい、今日出勤早かったんですよ。新作の試作で」
「それで店長が煙草吸ってたのね。ていうか何、さっきの新人」
「あー、川野さんですか?」
「そう! 生意気盛りじゃない!? 人が休んでる間に新人入れたの!?」
式村君曰く、この春に辞めた二人の穴埋めのためにかけていた求人にようやく引っ掛かったのが川野君だったらしい。どうやら販売部での採用とのこと。
「同部ですかい……」
「まあ、男性が売り場にいたほうが何かと助かるのでは?」
「防犯的な?」
「ええ」
防犯の心配よりも、私自身の心が心配である。あんなイケメンと毎日仕事をするなんて耐えられるのだろうか。目が潰れてしまうかもしれないし、あらぬ妄想で鼻血が出てしまうかもしれない。
「どうしよう、ピンチだ……! 助けてなっちゃん!」
手早く着替えてタイムカードを通し、売り場へと向かう。式村君の「全く、何がピンチなんだか……」なんていう年不相応のジジ臭い台詞を無視し、事務所の扉を殴り付けるように開けた。
仕事はどうしようかと職場に相談をすると、「治るまで安静にしていなさい」とのことだった。立ち仕事だし、無理をして完治が遅くなってもいけないし。とりあえず半月お休みを貰おうかと思っていたが、お言葉に甘えて一ヶ月休みをもらうこととなった。
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「おはようございます。ご迷惑をかけてすみませんでした」
足もすっかり完治し、出勤した十月の朝。店の裏でひっそりと煙草休憩をしている店長に頭を下げた。
「マルちゃん、もう大丈夫なの?」
「はい、お陰さまで」
「まあ閑散期だったし、店も問題なかったから気にしなくていいよ。病み上がりだし無理しないようにね」
円下という名字だからと、私のことを「マルちゃん」と呼ぶ店長はあと数年で還暦らしい。人懐こい笑顔で煙草を揉み消すと、早足で仕事へと戻っていった。
さて一ヶ月ぶりの職場である。季節は残暑を過ぎ秋の始まりといったところ。季節が進むということは新商品が始まっている筈で。あれやこれやと考えながら裏口を開け事務所兼休憩室の扉を見やると、先客がいるようで蛍光灯が灯っていた。ノックをし、ノブを押す。
「おはようござ──」
「おはようございます」
「……えっ」
私の目の前で着衣を整えるのは、見覚えのある青年の姿。──あの艶かしくも美しい唇の青年だった。そういえば彼がケーキを買いに来てくれたあの日、私は事故に遭ったんだっけ。
「そこ、退いてもらっていいですか?」
「えっ、あっ、ごめん……」
「ああ……僕、川野といいます。先月からお世話になってます」
「川野、君……?」
「川野 祐吏です。よろしくお願いします」
「円下です、よろしくお願いします」
私と話している間にもエプロンを腰に巻き、帽子を被った彼──川野 祐吏は無愛想な挨拶を済ませ事務所から出ていった。
(なに、あの生意気な態度……! 会釈も愛想笑いもせずに出ていきやがった……!)
待て待て落ち着け。状況を整理しないまま出勤するのは危険だ。私がお客として一目惚れしたあの美しい唇の彼は──どんなセックスをするのか気になって仕方のないほど惹かれた彼が──……うちの従業員として事務所にいたということ?
「絶対性格悪いじゃん、あのガキ……」
「ガキとは聞こえが悪いですな」
「式村君居たんかい!」
「おはようございます、円下さん。足治ったんですね」
男子更衣室の扉を押し開けて現れたのは自称身長190センチの巨人、式村…………あれ、下の名前なんだっけ? 君だった。どうやら新人の川野君が更衣室の使用を譲ってくれたらしい。
「おはよ……いまから休憩?」
「はい、今日出勤早かったんですよ。新作の試作で」
「それで店長が煙草吸ってたのね。ていうか何、さっきの新人」
「あー、川野さんですか?」
「そう! 生意気盛りじゃない!? 人が休んでる間に新人入れたの!?」
式村君曰く、この春に辞めた二人の穴埋めのためにかけていた求人にようやく引っ掛かったのが川野君だったらしい。どうやら販売部での採用とのこと。
「同部ですかい……」
「まあ、男性が売り場にいたほうが何かと助かるのでは?」
「防犯的な?」
「ええ」
防犯の心配よりも、私自身の心が心配である。あんなイケメンと毎日仕事をするなんて耐えられるのだろうか。目が潰れてしまうかもしれないし、あらぬ妄想で鼻血が出てしまうかもしれない。
「どうしよう、ピンチだ……! 助けてなっちゃん!」
手早く着替えてタイムカードを通し、売り場へと向かう。式村君の「全く、何がピンチなんだか……」なんていう年不相応のジジ臭い台詞を無視し、事務所の扉を殴り付けるように開けた。
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