執事さんが狼になった夜

こうしき

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執事さんが狼になった夜

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 別に、初めからこうなることを望んでいた訳ではない──という見え透いた嘘を吐くつもりはないけれど、一応弁明の為に言わせて欲しい。

 夏の暑さは心を惑わせる、そう思うんだ。

 学生の頃、夏休みになると恋人が欲しい──なんて考えたりしなかっただろうか。


 あの時のわたしは、多分それと同じだったんだ。

 あの日、あの夜──仕事から帰ったわたしの目の前に現れた彼。
 玄関先で寝息を立てていた、燕尾服姿の美しい顔の男は、目覚めるなり「今日から私はあなたの執事です」と言ったのだ。

 色々あって一緒に住むことになり、入浴も睡眠も共にしながらも、とうとうわたしに手を出さなかった彼。

「私はあなたの執事ですよ? あなたを抱こうなんて、考える訳がないでしょう」

 出会った当初は、こんなことを言っていたくせに。

 あれからどのくらいの時を共に過ごしたかって?そんな恥ずかしいこと、言えるわけがない。

 それはつまり──お互いの我慢の限界はいつだったのかって聞かれてるのと同じだから──。

 ずっと我慢をしていたんだ、わたしは。ずっと、ずっとこうなりたかった。彼に犯されたかった。初めて抱かれた時に、彼も同じ気持ちだったのだとわかった時、正直嬉しかった──


──なんてことを考えながら、わたしは隣で寝息を立てる彼の頭を撫でた。


(体、べたべたする……)

 互いの汗と涙とそれから体液にまみれた体。ああそうだ、一度目にした時には雨にも濡れていたんだっけ。そのせいでベッドシーツはぐちゃぐちゃ──不快な筈なのに何故だろう、気持ちがよいこの感覚。


 季節は夏だ。


 冷房を低温にしていても、あれだけ濃厚な行為をすれば、流石に汗もかく。

「さっむ……」

 そうだ、途中で冷房の設定温度を22度にしたんだった。寒いわけだ。

「リモコン……リモコン……遠いな」

 求める物は部屋の中央のコーヒーテーブルの横。夏祭りに着て行き、先程脱ぎ捨てた浴衣の上にあった──彼が放り投げたせいだ。

「そうだ……」

 冷房の温度を上げるのではなく、わたしたちの体温を上げればいいんだ。
 そう思い立ったわたしは、夏掛けで隠されていた彼の下肢に手を伸ばし、触れた。

「…………ぅ………………んっ」

 しばらく遊んでいると、小さな呻き声と共に彼が起きた。長い睫毛を乗せた瞼がスッと持ち上がり、蒼色の瞳はまだぼんやりとしている。

「……コンタクト、外すの忘れてましたね」

 私が言うと、彼は「あ……」と呟きくしゃりと笑った。

「ところで……ほたるさん」
「なんですか?」
「その、何を……してらっしゃるのですか?」

 彼の目線は起き上がって隣にぺたりと座るわたしの右腕から手のひら──更にその先へと向けられる。

「いや、ですか?」

 ゆっくりと首を横に振る彼。

「私の記憶が正しければ、ほたるさん……先程から三度ほど、あなたの中にお邪魔したと思うのですが」
「四度目は、ダメなんですか?」

 またしても、ゆっくりと首を横に振る。

「もう起きてしまいましたし、ここで止めろと言われましても──無理です」

 私の手をそっと振りほどき身を起こす彼。キシッとベッドが音を立て、わたしの体は優しく押し倒された。

 月明かりが、眩しい。

 今宵は満月だ。わたしと同じタイミングで彼も気が付いたのか、顔をスッと左に向ける。白地にパステルカラーの小花柄が描かれた──わたしの部屋のカーテン。その隙間から覗く月と目が合うと、彼は切れ長の目元を弛緩させていやらしく笑った。

「──狼」

 言いながら彼は、わたしの腰に跨がる。

「狼になっても?」
「さっきからずっと狼だと思います」
「そうですか?」
「そうですよ」

 あれで狼でないというなら、何なのだというんだ。獅子か……? いや、獅子って狼よりも強者──激しいのだろうか。

 先程の行為を思い出す。獅子、というよりもあれは獣のようだった。その優しげな顔からは想像もつかないくらい、彼は何度も激しく──わたしの中を突いたのだ。思い出すだけでキュッと身は締まり、わたしは彼に欲情してしまう。

「待って下さい。今度はわたしが、わたしが狼役です」

 首を傾げた彼の肩を掴み「下りてください」とわたしが言うと、少し不満げに彼はわたしの隣で胡座をかいた。

「大胆ですね」
「狼ですから」

 白いシーツの上に彼を押し倒し、腰の上に跨がった。わたしは「がおー」っと両手の指ををわとゃわちゃと動かす。ふふっと小さく笑うと彼はその長い腕を、わたしに触れようと伸ばす。

「流石に届かないと思いますよ」

 伸びてきた両の腕の手首を掴み、わたしはそれにするすると自分の手を這わせてゆく。少しずつ前屈みになり目と目が合うと、途端に真剣な顔になった彼に、じいっと瞳の奥を覗かれる。


 彼の長く艶やかな黒髪がシーツの上にはらはらと広がっている。


「おとなしい狼ですね」
「そ、そんなことは……」

 言うや否や掴んでいた腕から手を離し、そのまま両手で彼の頬を包む。そして彼の唇にそっと自分のそれを重ねた。

 夢中になり始めた彼は、わたしの胸に手を伸ばす。先端を優しく愛撫され、わたしは思わず声を漏らしてしまう。それを皮切りに、彼は枷が外れたように激しく──貪るように、わたしの唇と胸を交互に吸いはじめた。
 体が熱い。早くひとつになりたくて、わたしは左手で彼のそれに触れながら腰を浮かせる。わたしも彼も、互いを受け入れる準備は万端なようだ。

「──────ッぁ…………んん……っ」

 舌が絡み合っているので、可笑しな声が漏れてしまう。それを掬い上げるように、彼の大きな手がわたしの頬を包み込んだ。

「え……あの、どうして」

 彼はぐい、と手に力を込め、わたしの顔を押しやった。触れ合っていた唇が離れ離れになり、宙ぶらりんになる銀の糸。

「ちゃんと──ちゃんと声が聞きたいのです」
「……声、ですか」
「お顔も、はっきりと見たいのです」
「……顔」

 恥ずかしがるように咳払いをした彼は、上半身を起こして目を伏せながら、ぼそぼそと呟く。

「恥ずかしいので、いい加減察してくださいよ……」

 頬から離れた彼の手が、避妊具のしまわれたチェストに伸びる。準備を整えると、そのままわたしの腰に彼の手が伸びてきて、そして、

「えっと……え……ちょ、あ……やっ、やっ……あのっ、あ…………っ」

 しっかりと掴み、持ち上げると、

「んんんっ…………んっ……は…………あ……やっ、ちょっと、まっ……て、」

「待てま……せん」

「──あッ……あぁぁんッッ!」

 体が一帯となり、ずん、と突き上げるような強烈な感覚。体は麻痺したかのように痺れ始める。

 あまりの──体験したことのない快感に頭は靄がかかったようにぼうっとしてしまう。気持ちよすぎて──何がなんだか──わからないままわたしは一人で────────。





 ハッと意識が戻り、目の前には困惑した表情の彼。驚きもしただろう、まさかわたしが彼の上で一人で動き、達してしまうなんて。

「あ…………ごめんなさ、い……わたし、一人で……だって、気持ち良すぎて……あんな風に入れられたら、あの……」

「気持ち良かった?」

「うん……ごめんなさい、ごめんなさい……もっと気持ち良くなりたくて、つい、一人で」


 狼になるなんて大口を叩き過ぎてしまった。威勢だけの狼は姿を隠してしまったようで、黒髪の狼にあっという間に喰われてしまった。

 気がつくと体は火照り、視界は揺れていた。つられてわたしはゆっくりと腰を動かすも、あまりの快感に足は痺れ動けなくなってしまった。声にならない声を抑え込みたくて、彼の肩にしがみつき、首筋に激しく唇を押し当てるも、拒絶される。

「……これではっ……ぅ…………声が、聞こ……えませんっ、ので」


 息も絶え絶えに彼は言う。器用に腰を前後に動かし、わたしのなかを激しく刺激する。


「あ…………はッ……はぁ……んッ、やぁぁ……ッ! ちょっと……あ、のッ……あの、」

「……なんです?」

「おっき、ぃ……おっきい、のが……おく、奥まで……あッ……あたって、あぁぁ……すご……ぃ、い、あ……」

「すごい、なんです?」

「すご……いッ……の、おっきぃ……あッ、ぁ、ん……おっきぃ、おっきいッ、よ……きもち……ぃッ……! んッ……あ……きもち……いい……ッ……!」

「はっきり……言って……ぅっ……下さらないと……わかりま、せんよ?」

「なら、ならっ……とまって、とまってくださ……ぃッあぁッ……やだッ、やだぁ……! あぁ、ッん……ハァ、ハァ……ぁ……きもち、いッ……やぁッ……とまって、とまってぇ……」

 仰け反ったわたしの背に片腕を添えてぐいっと引き戻し、鎖骨に唇を押しあてる。そして突き出した胸の先端を、彼は舌先でちろちろと舐め始めた。咥えて吸い上げては放し、また舐め、甘噛みをする。そうして唾液にまみれた唇で声を漏らすわたしの唇を乱暴に吸うと、彼は不敵に嗤った。

「ぁの……」
「ふふ、かわいい……」
「そんな……かわいくなんッて、ないです……」
「もう少し……もう少し、だけっ……」
「ちょっと……えっ、やぁッん!」

 止まって、と何度も頼んでいるのに、彼は動きを止めるどころか更に激しく動き始める。


「やぁ……んッ…………んぁ、あぁッ……だめッ、とまって、とまってぇっ! んッ……もう、だめ……もぅ……あぁぁぁ……ッ……いッ……ィキそ……イキそッ……」

「……っん……イキそう、ですか?」

「です……ぃきそ、ぁぁッ……イきそぉッ……! だめぇ……だッ……めぇッ、だめぇッ!」

「駄目じゃない」

「ゃあぁ! あッ、ぃッ、イッ……イクッ……イクぅっ……ぃくぅッ……あぅッ……ッ……も……ぅッ、は、ぁぁああッん!」


 絶頂に達し、痺れ、そして弛緩するわたしの体。動けない、動けない。


「イキました……か?」
「はァっ……はァっ……はっ……ぅ……」
「……ほたるさん?」
「ばかぁ……ッ」
「イキました?」
「もう、イキましたよ……ばかぁ……」
「ばかでいいです」
「もう……」

 腕を後ろに突っ張ってシーツの上に手のひらを着き、ようやく腰を浮かせて彼の体を外に出す。

「はぁッ、はぁッ……え……」
「なんです?」
「またこんなに……おおきい……」

 目の前で直立する彼の逞しいそれを見て、わたしは絶句する。

「気持ち良かったのですか?」
「もう、真顔でそんなことを聞かないで下さい! お仕置きしますよ!」

 えい!と、両手でそれを掴むと、わたしは前屈みになって避妊具を取り外し、根本から先端までをべろりと舐めた。

「ッ…………!」
「あれ、どうしたんですか?」
「んッ……別に、」

 口許を手で覆い、視線を逸らす彼。それが妙に可愛らしくてわたしは──

「ぁ……っ、う………………ッ」

 先端を口に咥え、一気に根本まで口に含んだ。
 
「んッ……んッ……っ、んッ……」

 じゅるじゅると唾液を垂らしながら、何度も、

「ぁの……ほ、ほたる……さんっ……あっ……ぁ……」

 舌を這わせながら、優しく歯を立てながら、指で弄びながら、何度も、何度も。

「んッ……んッ……気持ち、いい……ですか?」

「気持ち、いいです……でも、」

 と、彼はわたしの肩を掴み、起き上がらせる。そしてゆっくりとわたしの体を押し倒すと、両足の間に手を差しこみ、指先でそこをくるくるとなぞった。

「ほたるさんも、『まだ』気持ちよくなりたいですよね?」
「……それはッ、」
「ほら、びしょびしょですよ」
「やッ!」

 なぞっていた指が、とぷん、と中に入る。確かに彼の言う通り、わたしのなかはかなり濡れていた。ずぶッずぶッ、とわたしのなかを犯す彼の指が、いやらしい音を立てて暴れ回る。

「ふふ、ほら……すごい、とろとろ」
「やぁッ……」

 ぐしょぐしょになった二本の指を見せつけられ、わたしは両目を手で覆う。そっと隙間から覗くと、彼はその指をぺろりと舐めてにやりと嗤った。

「もう、いいですよね」
「ぁの……」
「……入れますよ」
「あのッ……」
「何か御要望でも?」

 胸に手をあて、お決まりの執事のポーズ。いつも身に付けていた燕尾服姿ではなく、互いに全裸であるのがなんとも滑稽だ。

「優しく、してほしいなっ……て」
「承知しました」

 一度目と二度と目はお互い夢中になりすぎて、何がなんだかわからないまま互いに絶頂に達してしまった。三度目こそはもっと楽しもうと思っていたのに、一緒にシャワーを浴びてしまったせいで変に欲情してしまい、結局始めと同じになってしまった。髪を乾かしている間に愛撫を始めた彼が悪かったのだと、わたしは思っている。

「今度こそゆっくり、ですよ?」
「ええ」

 膝を折ったわたしの両足をそっと広げ、その間に彼が体を捩じ込む。

「ほたるさん」
「はい?」
「愛して、いますよ」
「わたしも、わたしも……愛しています」

 軽く唇を重ねては放し、重ねては放し、そして。

「では……」
「ん……」









 ぐちゃぐちゃでべたべたなシーツが、更に汚れてしまう──きっと朝になったら彼が洗濯をしてくれる。いつだって洗濯は彼の仕事。わたしが手を出したら駄目だと言って怒るのだ。

『私は貴方様の執事です。洗濯は私の仕事です』

 と。

 頭の隅で、ぼんやりとそんなことを考える。

 ああ、でもそうだな──明日からはわたしも、ちゃんと手伝おう。



 だって、今日からわたしたちは────

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