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血まみれの王妃
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ひんやりとした物が額にのせられる感覚で
目が覚めた。
「すみません。起こしてしまいましたか?」
アンナだ。
もう、体は大丈夫なのかしら……。
…………ちょっと待って、私は!!
ガバリと起き上がり自分の手を見る。
汚れていない染み一つない白い手。
着ている夜着にも血は付いていない。
この白いシルクの夜着は初夜のために
用意されたものと同じだ。
胸のリボンを解くとすべてほどけるように
なっている。心許ないのでガウンを羽織って
いたがそれもそのままだ。
部屋はそのまま夫婦の寝室。
花瓶には白い百合が飾られたまま。
どこにも血痕は見られない。
気を失っている間に片付けたの?
「フェリシア様、横になって下さい。
熱が高いです。休まれませんと……」
「熱?」
「聞きました。昨夜は陛下がお越しに
ならなかったそうですね。
ご心痛、お察しいたします。
人払いしたままでしたので、朝にご用伺い
で様子を見にきた侍女が、高熱で床に
倒れていたフェリシア様……いえ、
王妃様を見つけ、大騒ぎになりました」
「王の愛人の女性はどうしたの?」
「その事も……大変申し訳ありません。
本来ならこの区画には入れないはずの
人間が入り込んで、失礼な振る舞いをした
との事。警備の者に内通者がいました。
すでに処分済みです。
あの……イレーネ様も北の修道院に送られ
たそうですよ。
あ、イレーネ様とは昨夜、王妃様に無礼を
働いた者の事です」
修道院に送られた?
いえ、昨日は確かに血まみれで私の横に
いたはずよ。どうなっているの。
「私は血まみれだったはずよ。きれいにして
くれたのはアンナなの?」
「血まみれですか?どこかお怪我をされた
のですか?それは聞いていませんでした。
侍医も診察の時に何も言ってはおりません
でしたから。大丈夫ですか?」
なんだか話がおかしい。
昨夜の事を人面瘡の事を抜きで話した。
一度、人面瘡の事で大騒ぎをしているから
これ以上は頭のおかしなやつ扱いされても
困るから……でも、昨夜の話だけでも十分
頭のおかしなやつ扱いされた。
「王にぞんざいに扱われてショックだった
のですね。体調が悪いのとあいまって
きっと悪夢を見たのですよ。川での事故の
件もありますし、気が高ぶっているのです。
王も……一体何をお考えなのか。失礼にも
ほどがあります!」
鉾先が王に向いた。
アンナがプリプリ怒り始める。
あ~それはもういいから。
もうあの方には何も望まない。
それよりクラクラしてきた。
「王妃様?まあ、大変!お顔の色が!
さあ、横になって下さいまし。
エミリ!侍医を呼んで!お熱がまた高いの」
アンナが慌ててエミリを呼ぶ。
エミリももう体は大丈夫なのね。
──よかった。私は目を閉じた。
それから七日。私は高い熱に苦しんだ。
ただ、熱に苦しんだだけではない。
必ず血まみれで目覚める。
グッショリと血で濡れた体。
生臭い臭い。
誰だか分からない血まみれの死体。
そう隣には必ず死体が横たわる。
アンナやエミリに話しても高熱のために
幻覚を見たのだろうと言われてしまう。
幻覚にしては生々し過ぎる。
今日は川で死んだはずの御者が横にいた。
血まみれの御者。
フラフラと立ち上がり鏡の前に立つ。
頭から血にまみれた異様な姿の私が映る。
元々痩せていた体が一段と痩せて
まるで幽鬼のようだ。
私自身が己の正気を疑い始めた。
眠るのが怖い。
でも、また苦しい。
ああ、また気を失う。目覚めても新しい
死体がありませんように……。
「ロ・ウ~ソ・ク~」
人面瘡が何かを言っている。
ロウソク?駄目……苦しいの。
私は意識を失った。
目が覚めた。
熱のせいか喉が乾いた。水が欲しい。
自分の手を見るとロウソクの灯りに
照らされた手は白い。
血に汚れていない事にほっと息を吐いた。
外は暗い。窓辺に人がいる。
「アンナ?お水をちょうだい」
かすれる声で呼んだ。
少し開いたカーテンから部屋に差し込む
月明かりに銀の髪がキラキラと輝く。
はっと息を飲んだ。
黒いトラウザーズに白いシャツだけの
くだけた服装の王が窓辺に佇んでいた。
王は無言で私を起こすと背にクッションを
入れ、私に水の入ったコップを
手渡してくれた。
震える手でそれを受け取るが
上手く持てない。水が溢れそうだ。
見かねた王がそっと手を添えて
水を飲ませてくれる。
何よ。今日はやけに優しいわね。
ふふ、これも幻覚なのかしら。
王がこんなに優しくしてくれる訳がない。
きっと夢だ。
きっと次に目が覚めたら、
また一人で血まみれだ。
王が私の額に手をあて顔をしかめる。
「寝ろ。熱が高い」
何よ。この幻。優しくてイヤ。
現実の王はもっと冷たい。
どうせ夢だ。幻覚だ。不敬など知るものか。
「何、勝手に触ってんのよ。触らないで!」
王の手をバシリと叩く。
愛人と絡み合う姿を思いだし
無性に腹がたった。
「他の女に触った手で私に触らないでよ!
あんたなんか大嫌い!」
ポロポロと涙が溢れた。
言ってやった!スッキリした。
一目惚れした私のときめきを返せ。
「初夜をすっぽかすなんて、失礼過ぎる!
どうせ私はすっぽかしたくなるような女よ」
ボロボロと涙を溢す。
王の幻はばつが悪そうに私から視線を外す。
なんだこいつ。
「幻のクセに顔をそらした!幻でも私が
嫌いなんだ。顔も見たくないのね!
悪かったわね不細工で!消えなさいよ!」
背中にあてられていたクッションで
王の幻をバシバシ叩く。
急に動いたから目眩がする。
クラクラする。
王の幻に体を支えられる。
だから優しくしないでよ!
「分かった悪かった。消えるから横になれ。
……顔色がひどい」
「顔がひどいですって!?」
「顔色だ!酔っぱらいかお前は!」
酔っぱらいですって?そうね。
頭がクラクラ、フワフワしている。
ぐるぐる天井が回っている。
寝かされて布団をかけられた。
「ア~・カ・イ・ハナ~、ロ・ウソク~」
横になってほっとした途端に左足首に
痛みが走る。人面瘡が呻く。
「赤い花……ロウソク」
人面瘡が不自由な口で告げる言葉。
やっぱりそう聞こえる。
「赤い花だと?」
王の幻が弾かれたように私を見る。
「赤い花。ロウソク?……ロウソク!!」
王の幻は私の枕元にあった燭台のロウソクを
吹き消した。
次々にロウソクを消していく。
足早に窓に近寄ると開け放つ。
寒い!冷たい外気が部屋に一気に
入ってくる。寒いよ。
「部屋を移す。少し我慢しろ」
布団でくるまれ運ばれる。
何よ。幻覚ならもっといい夢を見たい。
どうしていつも悪夢なの。
涙が頬を伝う。
そしてそのまま気を失った。
目が覚めた。
「すみません。起こしてしまいましたか?」
アンナだ。
もう、体は大丈夫なのかしら……。
…………ちょっと待って、私は!!
ガバリと起き上がり自分の手を見る。
汚れていない染み一つない白い手。
着ている夜着にも血は付いていない。
この白いシルクの夜着は初夜のために
用意されたものと同じだ。
胸のリボンを解くとすべてほどけるように
なっている。心許ないのでガウンを羽織って
いたがそれもそのままだ。
部屋はそのまま夫婦の寝室。
花瓶には白い百合が飾られたまま。
どこにも血痕は見られない。
気を失っている間に片付けたの?
「フェリシア様、横になって下さい。
熱が高いです。休まれませんと……」
「熱?」
「聞きました。昨夜は陛下がお越しに
ならなかったそうですね。
ご心痛、お察しいたします。
人払いしたままでしたので、朝にご用伺い
で様子を見にきた侍女が、高熱で床に
倒れていたフェリシア様……いえ、
王妃様を見つけ、大騒ぎになりました」
「王の愛人の女性はどうしたの?」
「その事も……大変申し訳ありません。
本来ならこの区画には入れないはずの
人間が入り込んで、失礼な振る舞いをした
との事。警備の者に内通者がいました。
すでに処分済みです。
あの……イレーネ様も北の修道院に送られ
たそうですよ。
あ、イレーネ様とは昨夜、王妃様に無礼を
働いた者の事です」
修道院に送られた?
いえ、昨日は確かに血まみれで私の横に
いたはずよ。どうなっているの。
「私は血まみれだったはずよ。きれいにして
くれたのはアンナなの?」
「血まみれですか?どこかお怪我をされた
のですか?それは聞いていませんでした。
侍医も診察の時に何も言ってはおりません
でしたから。大丈夫ですか?」
なんだか話がおかしい。
昨夜の事を人面瘡の事を抜きで話した。
一度、人面瘡の事で大騒ぎをしているから
これ以上は頭のおかしなやつ扱いされても
困るから……でも、昨夜の話だけでも十分
頭のおかしなやつ扱いされた。
「王にぞんざいに扱われてショックだった
のですね。体調が悪いのとあいまって
きっと悪夢を見たのですよ。川での事故の
件もありますし、気が高ぶっているのです。
王も……一体何をお考えなのか。失礼にも
ほどがあります!」
鉾先が王に向いた。
アンナがプリプリ怒り始める。
あ~それはもういいから。
もうあの方には何も望まない。
それよりクラクラしてきた。
「王妃様?まあ、大変!お顔の色が!
さあ、横になって下さいまし。
エミリ!侍医を呼んで!お熱がまた高いの」
アンナが慌ててエミリを呼ぶ。
エミリももう体は大丈夫なのね。
──よかった。私は目を閉じた。
それから七日。私は高い熱に苦しんだ。
ただ、熱に苦しんだだけではない。
必ず血まみれで目覚める。
グッショリと血で濡れた体。
生臭い臭い。
誰だか分からない血まみれの死体。
そう隣には必ず死体が横たわる。
アンナやエミリに話しても高熱のために
幻覚を見たのだろうと言われてしまう。
幻覚にしては生々し過ぎる。
今日は川で死んだはずの御者が横にいた。
血まみれの御者。
フラフラと立ち上がり鏡の前に立つ。
頭から血にまみれた異様な姿の私が映る。
元々痩せていた体が一段と痩せて
まるで幽鬼のようだ。
私自身が己の正気を疑い始めた。
眠るのが怖い。
でも、また苦しい。
ああ、また気を失う。目覚めても新しい
死体がありませんように……。
「ロ・ウ~ソ・ク~」
人面瘡が何かを言っている。
ロウソク?駄目……苦しいの。
私は意識を失った。
目が覚めた。
熱のせいか喉が乾いた。水が欲しい。
自分の手を見るとロウソクの灯りに
照らされた手は白い。
血に汚れていない事にほっと息を吐いた。
外は暗い。窓辺に人がいる。
「アンナ?お水をちょうだい」
かすれる声で呼んだ。
少し開いたカーテンから部屋に差し込む
月明かりに銀の髪がキラキラと輝く。
はっと息を飲んだ。
黒いトラウザーズに白いシャツだけの
くだけた服装の王が窓辺に佇んでいた。
王は無言で私を起こすと背にクッションを
入れ、私に水の入ったコップを
手渡してくれた。
震える手でそれを受け取るが
上手く持てない。水が溢れそうだ。
見かねた王がそっと手を添えて
水を飲ませてくれる。
何よ。今日はやけに優しいわね。
ふふ、これも幻覚なのかしら。
王がこんなに優しくしてくれる訳がない。
きっと夢だ。
きっと次に目が覚めたら、
また一人で血まみれだ。
王が私の額に手をあて顔をしかめる。
「寝ろ。熱が高い」
何よ。この幻。優しくてイヤ。
現実の王はもっと冷たい。
どうせ夢だ。幻覚だ。不敬など知るものか。
「何、勝手に触ってんのよ。触らないで!」
王の手をバシリと叩く。
愛人と絡み合う姿を思いだし
無性に腹がたった。
「他の女に触った手で私に触らないでよ!
あんたなんか大嫌い!」
ポロポロと涙が溢れた。
言ってやった!スッキリした。
一目惚れした私のときめきを返せ。
「初夜をすっぽかすなんて、失礼過ぎる!
どうせ私はすっぽかしたくなるような女よ」
ボロボロと涙を溢す。
王の幻はばつが悪そうに私から視線を外す。
なんだこいつ。
「幻のクセに顔をそらした!幻でも私が
嫌いなんだ。顔も見たくないのね!
悪かったわね不細工で!消えなさいよ!」
背中にあてられていたクッションで
王の幻をバシバシ叩く。
急に動いたから目眩がする。
クラクラする。
王の幻に体を支えられる。
だから優しくしないでよ!
「分かった悪かった。消えるから横になれ。
……顔色がひどい」
「顔がひどいですって!?」
「顔色だ!酔っぱらいかお前は!」
酔っぱらいですって?そうね。
頭がクラクラ、フワフワしている。
ぐるぐる天井が回っている。
寝かされて布団をかけられた。
「ア~・カ・イ・ハナ~、ロ・ウソク~」
横になってほっとした途端に左足首に
痛みが走る。人面瘡が呻く。
「赤い花……ロウソク」
人面瘡が不自由な口で告げる言葉。
やっぱりそう聞こえる。
「赤い花だと?」
王の幻が弾かれたように私を見る。
「赤い花。ロウソク?……ロウソク!!」
王の幻は私の枕元にあった燭台のロウソクを
吹き消した。
次々にロウソクを消していく。
足早に窓に近寄ると開け放つ。
寒い!冷たい外気が部屋に一気に
入ってくる。寒いよ。
「部屋を移す。少し我慢しろ」
布団でくるまれ運ばれる。
何よ。幻覚ならもっといい夢を見たい。
どうしていつも悪夢なの。
涙が頬を伝う。
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