王宮侍女は穴に落ちる

斑猫

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グレン 寂しくなる

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北大陸の竜どもに罰を与えアルトリアへと
帰還して早二ヶ月。
早春。

北辺境と帝国を戦後処理のために行ったり
来たりしていたがそれもある程度目処がたち
王都へと戻る事になった。

赤竜は竜殺しの剣に支配された竜達をつれて
帝国の守護を引き受けてくれた。
元々帝国の皇帝は赤竜の末裔。
アルフォンスにも薄いが赤竜の血が流れる。

防衛結界のない帝国。
アニエスの豆花が魔物から守ってはくれるが
大物の魔物が出ると心許ない。

新しい帝国の船出に手を貸したいと赤竜が
申し出てくれた。
ありがたい話だ。これでアルフォンスも
国政に集中できる。

北大陸からアニエスが連れて帰ってきた竜、
アカネとハクジは黒竜に付いて黒い森の事を
学んでいる。

黒竜からは一体いつになったら白竜と一緒に
眠れるんだと嘆かれているが、黒竜にいなく
なられては俺が困る。

そういう意味ではアカネとハクジの存在は
大きい。
お人好しの黒竜はアカネとハクジの世話を
なんだかんだと言いながらもまめまめしく
面倒をみている。

彼らが南大陸で支障なく生活できるように
なるまでは眠りにつくことなく
いてくれるだろう。

コガネとコハクは青竜と一緒にキルバンに
行った。青竜の末裔が納める国に興味が
あるそうだ。

白竜は時々アニエスが空間収納から出して
様子をみているが起きていられる時間が
本当に短く眠そうにいている。
まだまだ本調子とは言い難い。
この国の防衛結界のために長年の拘束
されての魔力の搾取は今も彼女に爪痕を
残している。
こればかりは時とアニエスの空間収納の
魔力による癒しを待つしかないようだ。

アカネとハクジは北辺境の領主夫妻である
アイザックやプリシラにも顔合わせ済みで
砦にもちょいちょい顔を出している。

そこでなぜかアニエスの父熊、
アシェンティ子爵に気に入られ可愛がら
れている。おいおい父熊。
そいつらは見た目十代後半だが数百年は
生きているお前よりも年上だ。

父熊のその辺の近所の子供を可愛がるような
態度が笑える。

まあ、父熊も黒い森には詳しい男だから
奴らの世話係りとしては適任なのかもな。





「お帰りなさいませグレン様……ところで
アニエス様はご一緒ではないのですか?」

エルドバルドの屋敷に帰って出迎えた家宰の
ヨーゼフの第一声がそれだ。
まあ俺もアニエスをザルツコードに帰すのは
断腸の思いだったのだが。

アニエスがマリーナにワシワシと頭を撫でて
貰いたいと言うから仕方がなく帰した。

ヨーゼフ、そんな恨みがましい目で俺を見る
のはやめろ。俺だってアニエスを慕っている
義兄マックスのいるザルツコードになど
帰したくないんだ。

すれ違う使用人達のガッカリした顔に何故
俺が申し訳なく思わなければならないんだ?

家の使用人達は本当にアニエスが好きだ。

「おのれザルツコードめ。オーウェンの奴。
今度会ったら締め上げてやる……」

ヨーゼフの呟きが物騒だ。

「締め上げるのなら早目がいいぞ?
あいつはあと半年で家督をマックスに譲り
南辺境に飛ばされる」

「は?あやつめ何をしでかしたので?」

「まあ色々な……先代を思っての事だが国王
の意志に背いた。今までの功績のお陰で首が
飛ばずに南辺境に飛ばされる」

「……そうですか。あの馬鹿。マリーナ様が
いるというのに……けしからん。
馬鹿はやはり治りませんな……。
今度、飲みにでも誘ってみます」

ヨーゼフがしんみりと言う。
同じ主人に仕えた元上官としては思うところ
があるだろうな。

俺も正直、南辺境への左遷だけで済んで
ほっとした。

何せ国の犠牲となった白竜を私怨で斬りつけ
殺しかけたんだ。死罪の可能性すらあった。
アルバートの恩情に感謝だ。

まあ、オーウェンには散々死ぬような目に
あわされてきたが奴のお陰で今の俺がある。
奴が恩人である事には変わりない。

マリーナの事もだがアニエスの義父が
斬首などにならずに済んで本当に良かった。

「グレン様……申し上げにくいのですが。
ご実家の弟様の結婚式の事です。有事のため
に欠席とお断りさせていただいたのですが」

執務室の椅子に座り書類を一枚取り上げた
ところでヨーゼフが言いにくそうに声を
かける。有事のためか……成る程。

「戦争が終わったのだから恙無く来られる
だろうと?」

「……はい」


やれやれめげない人達だ。
そういえば子供の頃、実家で虐待されて
いた俺を迎えに来たのがオーウェンだった。
あの男と初めて会った幼い日を思いだし
苦く笑う。


母は俺の魔力に怯え正気を失い、激しく
俺に手をあげる。
そのくせ俺が自分の目の届かない所に行く
と半狂乱で俺を探し回る。

父や使用人達はそんな母をもて余し、屋敷
の一室に幽閉した。勿論、俺もセットで。

俺の乳母が必死に俺を守ろうとしてくれな
ければ、俺は生き長らえる事は難しかった
かもしれない。

父は相思相愛で結ばれた愛する妻が俺を
身籠った事で、気が触れた事を受け入れ
られなかった。

自分の子と言っても愛情を持てなかった
ようだ。
それでも義務からなのか、小さな頃は
母が眠った時を見計らい、俺と過ごして
くれる事もあった。

ただ何をするわけでもなく同じ部屋で
過ごすだけ。

それでも叩かれる事も怒鳴られる事もなく
菓子を与えられ穏やかに父と過ごせる時を
俺は好きだった。

だが父は俺の顔を見るたびに苦し気な顔を
する。それは大きくなるにつれ顕著になり
やがて父は俺を避け、会う事はなくなった。

何の事はない。自分が殺したと思っていた
先代のエルドバルド公の……自分の兄に
瓜二つの顔を見るのがつらかったのだ。

事実を知った時は成る程、とストンと納得
したものだ。
それは俺の顔を見るのは嫌だろう。

母は狂気と正気を行ったり来たりする。
ふと時折正気を取り戻すと泣きながら俺に
謝り続ける。

殴る蹴るされても不思議と母を嫌いには
ならなかった。
むしろ俺を産んだせいで物狂いとなった
事に申し訳なさを感じていた。

「愛せなくてごめんなさい」

泣きながら謝る母を見るたびこの人が
笑えるようになるといい。

そう願っていた。

屋敷での幽閉生活は突然のオーウェンの
来訪によって終わりを告げる。

「ご子息の養育環境のは少々問題がある
ようですね。お血筋だけでなくこれだけ
の魔力持ち。陛下は喜んで養子に迎える
そうですよ?」


俺への虐待は兼ねてから内偵されていた
ようで父は俺を養子に出す事に難色を示
したが強く抗う事もできず俺を手放した。

俺が王家に保護され俺と引き離された母は
それはそれはずいぶん錯乱したそうだが
結果的には俺と離れて正解だった。

俺の魔力に触れずに療養したのが幸いした
ようで二年ほどで正気を取り戻した。
その後、父とは仲睦まじく暮らし
やがで弟がごく普通に生まれた。
母には笑顔が戻った。

めでたし。めでたしだ。

めでたく幸せになったのなら籍も抜けた
不幸の元凶である俺の事など放っておけば
よいものを実家は時折思い出したように
絡んでくるのが面倒臭い。

俺の出征前夜に父が訪ねてきたり。
弟の結婚式に招待したり。
アホか。

やれやれ、仕方がないから俺の方で直に
断りをいれるか。
ヨーゼフを下がらせ夕食もサンドイッチ
だけで済まし、ひたすら書類仕事に没頭。
急ぎの仕事を片付けた頃には深夜だった。

そろそろ寝るかと寝室で夜着に着替える。
寝台に腰かけたところで何故か妙に物寂しく
なった。

ため息が出る。

一人の寝台が広くて寂しい。

思えば北大陸へ向かった時も。
その後、辺境に戦後処理で滞在していた
時もずっとアニエスが隣にいた。

辺境は妙におおらかで婚姻前にも関わらず
俺達はすでに夫婦扱いだった。
寝室を共にする事も当たり前。
アニエスの実父アシェンティの熊子爵も
兄熊のエリックもその辺が寛容でむしろ
仲が良くてよしよし。
そんな目で見てくれていた。

北辺境は生きやすくていい。
変なしがらみもない。
多少、住人が馬鹿だがそれはご愛嬌。
そのぶん人情味がある。

それが王都に帰ってきたらこれだ。

アニエスをザルツコードに帰さなければ
ならない。

これが世間体だの何だのだけなら帰しは
しないのに……。

アニエスは養家の家族を慕っている。
事に今回は何故かマリーナに会いたがって
いたから仕方がない。

ごろりと寝台に横になる。

クソ……一人寝がこんなに寂しいなんて。
アニエスの温かくて柔らかい体と甘い匂いが
恋しい。

婚儀まで後半年とちょっと。


──長い。まだこんな寂しい夜を幾晩も
過ごす事になるのか……。
たった半年だろうとオーウェンは馬鹿に
したように言うが俺には地獄のように長い。

離れてたった一晩でこの様だ。
眠れない。
ごろごろしているだけでまったく眠れる気が
しない。はあ~。

アニエスに会いたい。
今からでもザルツコードに拐いに行きたい。

………ん?拐う?

………………………できる気がするな?

がばりと起き上がる。

北大陸でキハダの寝所でアニエスが拐われた
時の事を思い出す。
寝ているアニエスの周りに『穴』が出現。
俺の目の前で『穴』に吸い込まれてあっと
言う間に拐われた。

あれ……俺もできるな?

──意識を集中。
ザルツコードの屋敷のアニエスの寝室を思い
浮かべて『穴』を繋ぐ。

俺とアニエスの中にある金竜の魔核が互いに
呼応する。
──感じる。アニエスの魔力だ。
……温かい。

アニエスに向かって『穴』を繋ぐ。
次の瞬間、ふわりと甘い匂いが鼻腔を
くすぐる。

俺の隣に夜着姿のアニエスが目を閉じて
横たわっていた。

誘拐成功。やった……できた。

何だ?簡単だぞ?
もっと早くに思いつけよ俺。

今、初めて竜になった事に感謝した。

今までアニエスが『穴』に落ちる度に俺は
胸をかきむしりたくなるほどの苛立ちと
心配と喪失感に苦しんで来た。

番になり、俺が金竜になった事でアニエスが
呼んでくれれば側に飛べるようにはなったが
アニエスは中々呼んではくれない。

アニエスはとりあえず自分で何とかしようと
するから……。

そんなところを好ましいと思う反面、
どうにもならない苛立ちを覚えていた。

だがこれでアニエスが『穴』に落ちて
どこかに飛ばされてもアニエスの魔力を
たどって俺が『穴』に落とせばいい。
そうすればいつでも側に……
この腕に取り戻せる。

何だろう。この安心感。
『穴』にこんな使い道があったなんて。

隣に横たわるアニエスのキャラメル色の
髪を一房手に取り口付ける。

穏やかな寝顔。眠っているのか気絶して
いるのか分からない。
ただ呼吸は健やかで静かに胸が上下している。

目が覚めて隣に俺がいたら驚くだろうな。

思わず口元がにやける。

また変な悲鳴をあげるかもしれん。
ちょっとたのしみだ。

アニエスを上掛けでくるんで抱きしめる。

甘い匂いに包まれて幸せだ。
アニエスの頬に口付けるとさっき寂しくて
眠れなかったのが嘘のように気持ち良く
眠りに落ちた。






















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