王宮侍女は穴に落ちる

斑猫

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北大陸

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「見えた。北大陸だ」

黒竜の言葉に目を凝らす。
うっすらと見える島とは比べものになら
ない大きな大地の陰影。
やっと着いた。遠かった。
竜が空を飛んで十日の旅程。
普通に船で旅をしたらどのくらい
かかるのだろう。

竜化したグレン様の背に乗り、空から見る
北大陸はとても大きい。
実際アルトリアのある南大陸よりも
北大陸の方が大きいらしい。

船や航海術の進歩で北大陸との交流は
ここ数十年で大分進んだとはいえ
やはりまだまだ遠い異国の地だ。
アルトリアと交流があるのは北大陸に数多く
ある部族の数家のみ。

北大陸には大きな国がない。
小さな部族が沢山ありそれぞれ異なる言葉に
神を持つ。

部族間の争いも多いと聞く。
言葉と信仰が違えば争いもそれは多い
だろうな。
でも別々の神を祀る部族にも共通して
崇めているのが竜神。
竜を神として敬っている。

南大陸から数百年前に追われてこの地に
逃れた竜達。
その土地の人々から畏怖されつつも信仰の
対象として受け入れられた。

神として崇められる竜。
北大陸では私の故郷の北辺境と同じく
竜には不可侵の掟があるそうだ。

竜の棲む大陸。

途中の無人島で駆け落ちカップルである
カナイロとカリナさんと出合った。
カナイロから色々な事を聞いた。

カリナさんは数ある部族の中でもとりわけ
小さく弱い部族の出身。
他の部族との戦の最中、敵兵に追われて
川に落ちて溺れたところをカナイロが偶然
助けた。

衰弱したカリナさんの世話をするうちに
いつの間にか恋に落ちた。
照れながら話すカナイロ。

でも、カリナさんの部族からもカナイロの
仲間の竜達からも二人は祝福されなかった。
ただカナイロの御両親は互いに想い合うなら
仕方ないなと笑って許してくれたらしい。

いい御両親だよね。
コハクさんにコガネさん。
黒竜や青竜とも友達みたい。
竜の里の長老達に会いに行ったまま帰って
来ないとカナイロは言っていた。
無事だといいのだけれど。

カナイロとカリナさんはあの無人島に
そのまま置いて来た。
黒竜、青竜、グレン様がそれぞれ防衛結界を
張ってくれたので、もし竜達が来ても手は
出せない。
私は空間収納していた食料を沢山置いて
きたのでしばらくは外にでなくても大丈夫。

海賊も追い払ったし。安全だ。

カリナさんを襲った男達はやはり海賊だった。
私達が到着した浜とは反対側の浜に海賊船が
停留していた。先に捕らえた人相の悪い水夫
共々グレン様と私でボコボコにしてやった
ので海賊船は這々の体で逃げて行った。

南大陸への帰路にもう一度あの無人島へ
立ち寄ろう。
その時にはカナイロの御両親の事が
何か分かっているといいのだけれど。

「アニエス、寒くないか?」

物思いに耽っているとグレン様が声をかけて
くれる。

「大丈夫です。グレン様、私の周りを暖めて
くれていますよね?ありがとうございます。
とても温かいです」

カナイロのいる無人島は暖かったけれど
次の島から先は寒くて驚いた。
こんなに気候が違うとは思わなかった。

「空の上は冷えるからな風邪を引くなよ」

「ふふふ。大丈夫ですよ」

そうこうするうちに目的地に到着。
黒竜、青竜、グレン様の順に着地とともに
人化する。

針葉樹の森に囲まれた大きな湖の畔。

湖には雪を被った大きな山が逆さに映って
いる。きれい。でもあれ?
湖を眺めていて気がついた。
この湖……。

「湖の中に『穴』がある?」

「ああ。竜の里への入り口だ」

黒竜が答えをくれる。
竜の里の入り口。
竜の里。
どんな所だろう?

「あ~すごい久し振りに来たな?」

「だな?もう二度と来ないと思っていた」

青竜と黒竜が言う。
黒竜達は北大陸の竜達とは没交渉だと
言っていたよね。
こんな形で来る事になって複雑だろうな。

「面倒臭そうだな」

黒竜がポリポリと頭を掻く。

「嫌な事はさっさと済まそうぜ。クロ」

青竜が黒竜を宥める。
黒竜はため息をつくと私とグレン様の方を
見て頷く。

「行くぞチビすけ。気絶すんなよ?」

そう言うとひょいと湖に飛び込み姿を消す。
青竜もそれに続く。

グレン様が私に手を差し出す。

「行こうかアニエス」

「はい……グレン様?」

「うん?」

グレン様の左腕に抱きつく。
私も往生際が悪いな。ここまできて
尻込みするなんて。

沢山の竜がいる竜の里。

──怖い。

人から生まれて人として育ったのになんで
私は竜なんだろう。
不安から逃れるようにグレン様の温もりを
求めた。温かく逞しい腕に口付ける。


「さっさと片付けて帰ろう?俺達には帰り
を待っていてくれる人達がいるだろう?」

「……はい」

アシェンティの熊家族に姫様。
アイリスさんにアルマさん。
会いたい人達の顔が浮かぶ。

うん。早く帰りたい。

「ごめんなさいグレン様。怖じ気付いて
すみません。もう大丈夫です」


グレン様はそっと私の頬に口付けると私を
抱き上げる。

「何があっても俺が一緒だ。必ず守る」

「はい」

もう一度口付けられる。今度は口に。
チュッとリップ音。

「行くぞ」

グレン様に抱えられたまま『穴』に落ちる。
暗転する。
私の意識はそこで途絶えた。










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