王宮侍女は穴に落ちる

斑猫

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ふざけた要求

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「グレンを殺しアニエスを差し出せ。
さもなければアルトリアに攻撃を仕掛ける。
……なんてふざけた事を抜かす使者が
北大陸から来たから俺直々に竜殺しの剣を
ぶっ刺して追い返しておいたぞ」

国王陛下がドヤ顔でおっしゃる。
え?いや、いくら内容がふざけてても
使者に竜殺しの剣を刺しちゃダメなんじゃ?

それ、事実上の開戦宣言なんじゃ……。

陛下の執務室に先にいた青竜と赤竜に
目をやると絶望的な表情で二人とも
首を横に振る。

帝国との戦が終わったばかりなのに
今度は北大陸の竜達と戦争……。
大変な事になった。

「仕事が早いなアルバートさすがだ」

なのに。え?グレン様……そこ褒めるとこ?
交渉とか駆け引きとか一切なしでいきなり
ブスっとですよ?それ褒めちゃう?

「それで北大陸にいるふざけたトカゲは
一体何匹ぐらいいるんだ?」

オーウェン義父様が剣呑な様子で
黒竜に尋ねる。
なんか目が据わっているよ。
いつもの薄ら笑いがない。

その顔は怖い。


あの乱闘の後、義父様と私は白竜の血で
汚れてしまったのでグレン様が浄化魔法で
清めてくれた。グレン様や私はともかく
義父様には白竜の血は毒なはず。

結構浴びていたけれど大丈夫なんだろうか。
それとも結界で弾いてた?でも結界で弾く
なら服も汚れないはずだよね?
う~ん。今のところ大丈夫そうだから
平気なのかな?

義父様が白竜を襲った事は陛下にはまだ
報告していない。でもこのまま報告しない
訳にはいかない。

きっと何らかの処分が下される。
重い処分にならないといいけれど……。


「そうだな……およそ千匹ぐらいかな?
没交渉だったから正確な数はわからん。
人と交配していないから、それ以上は
増えてはいないと思う」

「千匹か……結構いるな。手持ちの竜殺し
の剣では数が足りない。
根絶やしにするのは一苦労だ」

いや義父様。根絶やしにする一択ですか?
また戦争だ。千匹もの竜が攻めてくる。
また大勢怪我したり死んだりするの?
人々の暮らしがまた破壊される。
しかも原因が私。

グレン様が殺されるのも
私がグレン様以外の人と子供を作らされる
のも絶対に嫌だけれど。
そのせいで被害が出るのも嫌。

だめ……泣きそう。
うつむき何とか堪える。

「アニエス、大丈夫か?」

グレン様が心配そうに私の肩を抱く。

「私のせいで竜と戦争になるんですよね。
また人が死んだり街が壊されたりするのか
と思うと……」

「この大陸には来させないから大丈夫だ。
あっちが来る前にこちらから行く」

「え?こっちから……」

グレン様がニッコリ笑う。
え?北大陸に行くの?

「あ~これで竜属は滅亡だぁ」

青竜が顔を手で覆い嘆く。

──はい?

「脅すだけで済ませない?」

赤竜がグレン様に涙目で懇願する。

──はい?

「もうどうでもいいだろ。俺は知らん。
知らない事とはいえよりによって
竜王に……自分達の王に喧嘩を売ったんだ。
滅ぼされても文句は言えん」

黒竜が投げやりに言う。

はい?どういう事。

「あいつらがこんな馬鹿な事を言い出し
たのはチビすけが竜化しない不完全な
金竜だからだよ。
血筋のいい雄をあてがって完全な金竜を
産み出そうとしているんだ。
だから今の番のグレンが邪魔でこんな事を
言い出した。
そのグレンこそが今の竜王。金竜なのに」

「「「は?」」」

黒竜の言葉に陛下もオーウェン義父様も
私も驚く。驚いたのは人だけ?

え?以前グレン様が竜化した時は白と金の
混ざった竜だった、
大体。金竜は私じゃないの?
でもグレン様が金竜になれて竜王なら
千匹の竜も何とかなるかも。

「金竜の核を半分ずつ分け与えられた
アニエスとグレン。
本来なら二人とも金竜になれるはずなんだ。
ただアニエスは無意識にそれを拒絶し
心因性の問題から竜化しない。
グレンは金竜になるにはまだ魔力が
足りない。
でもグレンはアニエスの血の契約者。
アニエスの持つ魔力も核の力も両方自由
に使えるんだ。
だからこそグレンの掌にはこの間の魔物の氾濫スタンピードの時に金竜の刻印が現れた。
金竜の刻印を持つのは今はグレン一人。
今の竜王はアニエスでなくグレンだ」

え?金竜の刻印?
掌に?え?左?右?どっち?
思わずグレン様の手を左右交互に見る。

……ないよ?

首を傾げるとグレン様が笑う。
すると左の掌に金色の文字みたいな紋様が
浮かび上がる。

あ、自由に出したり消したりできるんだ。
これが金竜の刻印。
しげしげと見る。

「要するに二人とも問題はあるが
金竜という事か?
心因性の問題で竜化しないアニエスと
魔力量が足りないグレン。
双方で補い合っている訳だな。
それで竜化しないアニエスの変わりに
グレンが竜王になったのか?」

陛下が困惑顔で黒竜に尋ねる。

「そういう事だ。竜王に向かって
お前の種じゃ金竜を孕まないから死んで
番を代われと言ったも同様。
向こうがどんな血筋の雄を用意したのか
知らんが阿保としか言いようがない。
せっかく奇跡のような金竜同士の番なのに。
それをわざわざ引き裂こうとする。
番と引き裂くなんて竜にとって死ぬより
つらい事なのに……どこまで馬鹿なんだ」

黒竜がお怒りだ。本当に北大陸の竜達って
黒竜を怒らせるよね。
確かにふざけているけれど。
さすがに滅ぼすのは……うん。やめよう?

グレン様の顔をじっと見る。
滅ぼすのはやめてあげて?ね?
願いをこめて見つめると
グレン様が苦笑しながら私の頭を撫でる。

「とりあえず北大陸に行って奴らに会おう。
話はそれからだ」


あ、よかった。いきなり襲撃しに行く
訳じゃないのね。
ちょっと安心した。

「出発は早い方がいいな。黒竜に青竜。
悪いが明日の朝、北大陸まで一緒に行って
もらえるか?赤竜とオーウェンは支配竜達
と一緒に俺達の留守中を頼む。
おそらく奴らは何か仕掛けてくるはずだ」

グレン様の言葉に皆が頷く。
明日の朝、北大陸へ出発。
北大陸は遠い。
当然、竜の姿で行くよね?

「グレン様、私も行きますよ?」

私は竜になれない。一人じゃ行けない。
けれど置いて行かないで。
私は無意識に竜化を拒んでいるのだという。
死ぬ気で願えば竜になる日は来るのかな。

「大丈夫だ。そんな顔をしなくても留守番
なんてさせない。明日早くに出発する。
早く屋敷に戻ろう」

グレン様はそう言うと私を抱き上げた。
え?何で抱き上げるの?


「アルバート、そんな訳で俺達は北大陸へ
行って片付けてくる」

「ああ。図々しい奴らを黙らせて来い。
ところで何でアニエスを抱き上げたんだ?」

ですよね陛下。何で?
グレン様がニヤリと笑う。
あ、魔王顔だ。イヤな予感。

グレン様の視線の先、執務室の隅っこに
いつの間にか『穴』が出現している。
え?この『穴』いつできたの。

「この『穴』まさかグレン様が作ったの?
いつの間に……」

「結構簡単だぞ。俺はモグラの才能が
あるらしい。アニエス、このまま帰るぞ」

え?エルドバルド公爵邸に繋がっているの?

「じゃあ明日、またここでな?」

「おう!またな小僧」

皆に手を振られ見送られる中、グレン様に
抱かれたまま『穴』へと飛び込む。
暗転する。──やっぱり気絶。

私の意識はそこで途絶えた。




















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