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アニエス、黒竜を慰める
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あれ?グレン様の指に指輪が増えている。
私と揃いの金の指輪でなく、白い石の
嵌め込まれた銀の指輪。
隣で眠るグレン様を眺めていたら
見慣れない指輪に気がついた。
「この指輪が気になるか?」
あ、ごめんなさい。起こしちゃいました?
少し眠そうな顔のグレン様が左手を私に
差し出す。
「これがもし白から色が変わったら動くぞ」
「色が変わるんですか?」
「オズワルド、もしくは赤竜が攻撃してきた
時のための緊急連絡の手段だ。
色で攻撃された場所が分かる」
オズワルドや赤竜が攻めて来る可能性は
確かにある。
赤竜は一度この北辺境に攻撃してきた。
あの時はグレン様が赤竜のブレスを受けて
死にかけた。
生死不明、行方不明のグレン様。
金の鱗の夢がなければきっと正気では
いられなかっただろう。
あの時の事を思い出して、思わずぎゅっと
シーツを握りしめた。
グレン様の手がそっと私の手に重ねられる。
「大丈夫だ。もうあの時のようなヘマは
しない。ところで……ずいぶん余裕だな?」
「はい?」
余裕って何?嫌だわグレン様ったらそんな
獰猛な顔をなさって。
「お前、体力あるよな。まだそんなに眠って
ないだろうに。大体、俺と同じ時間に起きる
必要はないんだぞ?
毎朝しっかり起床して……。
そんなに体力が余っているなら、もう一度
付き合ってもらおうか?アニエス」
え?もう一度って……いやいやいや。
魔王様、もう無理ですって!
あ、あ~~!!
…………………………一度って言ったのに。
三度もしたわね。この鬼畜。
さすがに寝坊した。
目が覚めたら一人。
ガバッと起きる。体は……あ、良かった。
グレン様、ちゃんとキスマークを消して
くれているし、浄化魔法か清拭?
どっちだろう。
さっぱりときれいになっている。
いつの間にかシーツもきれいになっている。
あれ?テーブルの上にサンドイッチと
ティーセット。フルーツの盛り合わせが
置いてある。
そういばお腹がペコペコだ。
至れり尽くせりだわ。
今、何時頃だろう。完璧に寝坊だ。
騎士服に着替えたもののグ~とお腹が鳴る。
ま、いっか。
どうせ寝坊だ。ありがたくサンドイッチと
フルーツをいただく。
美味しい……。朝だか、昼だか分からない
食事をのんびり堪能した。
しかし戦場でこんな生活をしていて
いいのかしら。もう私達の仲は公然だ。
結婚前なのに。しかも、父様も知っている。
でも何も言われない。
元々、辺境はその辺がおおらかだからなぁ。
私、一人だけが釈然としない。
グレン様はやりたいようにやる人だから。
俺のやる事に文句は言わせないオーラを
身に纏う魔王様。はあ。
ため息をついた。
砦の広場に来た。
帝国に動きのない今、兵は皆待機中だ。
武術訓練に皆、余念がない。
私は砦から出る事を禁じられているので
この広場での武術訓練に毎朝参加している。
今日は寝坊したけどね!
「お、アニエス!今日はずいぶん
ゆっくりだな!ははは!グレン様が離して
くれなかったんだろう。仲が良くて結構」
父様だ。大剣を振り回しながら大きな声で
セクハラめいた事を言う。
図星ですけど大きな声で言わないで欲しい。
この熊!娘が男と過ごしているのに全然
平気だよ。いいのかそれで。
「あ、アニエス嬢!グレン様がお呼びです。
馬屋までお願いします」
文官様がわざわざ私を呼びに来た。
何だろう?馬屋という事は黒竜の巣穴。
あ、ひょっとしたら黒竜が帰って
きたのかも。
馬屋に行くとグレン様が愛馬のコルト君を
撫でている。コルト君が満足そう。
グレン様……艶々と元気ね。
この人、睡眠時間が短すぎない?
「アニエス、黒竜が戻って来た。
会いに行くぞ。……お前、元気だな。
艶々だ。あれだけ抱いたのに。
よし、もっと回数を増やすか」
……何を言っているのこのエロ魔王!
「いや!結構です。お腹いっぱいです。
無理、無理。あれ以上は無理!」
この絶倫エロ魔王!
がっかりした顔をするな。
二人で『穴』に落ちる。
気がついたら黒竜の巣穴。
クッションに背を預け寛ぐグレン様に
膝枕されていた。
もう、私はまた気絶したのね。
グレン様は優雅にお茶を飲んでいる。
あれ?黒竜がいるよ。ポリポリ焼き菓子を
食べながら私にひらひらと手を振っている。
「黒竜!戻って来たんだ。おかえりなさい」
「小僧のフクロウから連絡をもらったから
戻って来たよ。……アニエス、とりあえず
座ったら?この焼き菓子旨いぞ?」
本当にお菓子が好きだね。黒竜。
起き上がりグレン様の隣に腰かける。
グレン様と目が合う。
満面の笑顔だ。眩しい。
「小僧、武器商人から荷物を預かって
来たぞ。お前ら俺を何だと思っているんだ。
今度は荷物運び。俺は便利屋じゃないぞ」
黒竜がグレン様に文句を言う。
あはは!この前は私がアルマさんの手紙
をマクドネル卿に届けてもらったものね。
黒竜がグレン様に小さな小箱を渡す。
何だ。荷物って小さいじゃん。
グレン様はその場で開封し中身を取り出す。
……また指輪だ。
「グレン様、何個指輪をするつもりです?」
グレン様はすでに三つの指輪をしている。
これで四つ目だ。
「いや、数は増やさない」
グレン様は先にしていた指輪を一つはずすと
私に寄越し、自分は新しい指輪を嵌めた。
渡された指輪を見る。内側に細かい魔術式
がびっしりと刻まれている。
何だろう?この指輪。
「竜殺しの剣だ。市場に出回っているもの
すべてを買い占めた」
「は?竜殺しの剣?お前、竜の俺に
よりによって竜殺しの剣を運ばせたのか?」
「空間収納の魔道具だ。黒竜が持っても
害はない。民間に出回っていた分はすべて
押さえてやったんだ。ありがたいと思え。
高い買い物だったな」
……えーと、今、私が持たされている指輪も
竜殺しの剣が収納されているのでしょうか。
黒竜に竜殺しの剣を運ばせるなんて
グレン様ったら鬼畜。
「アニエスにやる。何か役に立つ事もある
かもしれない。まだその指輪の中には五本
の竜殺しの剣が入っている」
え?五本も入っているの?
グレン様、何本竜殺しの剣を持っているの。
試しに指に嵌めてみた。あ、サイズが勝手
に小さくなった。ピッタリになったよ。
それにしても竜殺しの剣って何だろうね。
竜を隷属させる事ができるアイテム。
どうやって作られるのだろう。
「武器商人に確認した。竜殺しの剣は代々、
皇帝の側室が産んだ庶子が魔術師となって
作っているらしい。先代の魔術師が亡く
なって今は後継者がいない。
竜殺しの剣は竜を使役したり、殺したり
するだけじゃない。結界を張ったり、
魔術攻撃を無効化する。
魔物避けとしての効果も高い。
高値で売り買いされる。
チビすけ、お前危なかったな。
オズワルドがお前を拐ったのは、お前に
その魔術師を産ませるためだ。
赤竜の血をひく皇帝の血筋の男が金竜の血
をひく娘に産ませた子というのが魔術師に
なる条件なんだよ」
……なんか子供を作らないければいけない
理由があるだろうと思ったら竜殺しの剣の
ためだったのか。
モニカが子供を産めないから、私に産ませ
ようとしたわけね。
最低……あのクズやっぱり、ぶち殺す。
「帝国があと何本、所有しているか
分からないが、市場には百本近く出回って
いたな。全部買い占めた。
物凄い散財になったが、これで新しく
竜殺しの剣は出回らないだろう。
安心だろ?黒竜」
「武器商人が俺に、ご機嫌でペラペラ
しゃべってくれたのは、お前のお陰で
大儲けしたからか。お前……金持ちだなぁ」
黒竜が感心したように言う。
竜殺しの剣ってそんなに出回ってたんだ。
これじゃ竜も怖くて生活できないよ。
「帝国が竜殺しの剣を量産するから、
この大陸から色つきの竜は皆、逃げ出した。
残っているのは白竜の側を離れられない
俺達だけだ」
私の顔を見た黒竜が言う。
そうか白竜のために竜殺しの剣がゴロゴロ
あるこの大陸に黒竜達は残ったんだ。
赤竜はそのために剣で刺されて隷属された。
うん。可哀想。
青竜が私を襲ってまで剣を消そうとしたの
なんだか分かった気がする。
「ところでチビすけ。お前、金竜の死体を
帝国から持ち出したと聞いた。本当か?」
黒竜が私に尋ねる。
「神殿の地下の洞窟に氷漬けでいたよ。
私、金竜の幽霊に会ったの。金の巻き髪の
綺麗な男の人だった」
「幽霊!マジか。やっぱりお前、金竜の血が
濃いんだな。お前自体が金竜になるしな。
その死体を見て見たいんだが出せるか?」
「いいけど、物凄く大きいよ?」
「分かっている。ついて来い」
黒竜に促され巣穴から伸びる通路を歩く。
広い洞窟に出た。
「ここは竜体の時の俺の巣穴だ。ここなら
金竜を出せるだろう?」
うん。この広さなら大丈夫だわ。
私は空間収納から金竜を取り出した。
洞窟がキラキラと金色に輝く。
氷漬けの金竜。やっぱり綺麗。
「間違いない。金竜だ……。竜王がこんなに
切り刻まれて、なんて事だ」
黒竜の目から涙がこぼれる。
竜王?金竜って竜の王様だったんだ。
「これが金竜か。竜殺しの剣の材料は
金竜の骨だな?」
グレン様が金竜を見上げながら言う。
え?金竜の骨が材料!だからこんなに
切り取られていたんだ。
自分の骨が仲間の竜を殺したり、隷属させる
道具にされる。だから金竜の幽霊はあんなに
悲しい顔をしていたんだ。
「気づいていたのか。ああ、その通りだ」
「骨は竜殺しの剣に加工。血は毒として。
または血の契約者を作るために利用する。
じゃあ、あの剥がされた鱗は一体、何に
使ったんだろうな?」
グレン様の言葉に私と黒竜が固まる。
非常に嫌な予感しかしない。
鱗……魔力の塊だよね。
「オズワルドの奴。金竜の鱗を食べた?」
赤竜の契約者になったオズワルド。
元々、赤竜の血をひく末裔だ。
私と条件は変わらない。
私は金竜の末裔。黒竜の血の契約者だ。
黒竜の婚姻鱗を食べ、血と鱗を飴として
与えられた。赤竜、青竜の婚姻鱗を食べて
竜化して金竜になった。
……赤竜の血の契約者のオズワルドが金竜の
鱗を食べたら?
「オズワルドは竜化するとみて間違いない」
黒竜が私の言葉を肯定する。
オズワルドが竜化する!
非常にまずいよそれ。
赤竜の他にもう一匹竜!
しかもオズワルドは金竜に化ける可能性が
高い。金竜は他の竜や魔物を操れる。
黒竜や青竜が操られたら……。
ぞっとする。
あ~~!!対抗するには私が金竜になる
しかない。でもどうやって竜化するの?
悩んでいると目の前がキラキラ光る。
「王!竜王様!!」
黒竜が叫ぶ。
ふわふわと金竜の幽霊が私の前に
浮いている。金の巻き髪の美形。
前に会った時と同様にニコニコとやたら
愛想の良い幽霊が出現した。
ご先祖様、私はどうしたらいい?
金竜の幽霊は後ろの自分の亡骸を振り返る。
キラキラ、サラサラと砂の様に崩れさる
金竜の亡骸。
あっと言う間に消えてしまった。
金竜の幽霊はニコニコ笑いながら
私とグレン様を手招きする。
私はグレン様を見た。頷くグレン様。
私も頷き、金竜の元に歩み寄る。
金竜は私とグレン様に一枚ずつ金の鱗を
渡してきた。
受けとると金竜は自分の口を開けて食べる
ジェスチャーをする。
何?この鱗を食べろと言う事?
戸惑っていると隣のグレン様が先にあっさり
口に入れた。何、この人は。
何でそんなに思い切りがいいのよ!
慌てて私も鱗を食べた。
ほんわりと体が温かい。
──あれ?特に大きな変化はないな。
金竜は私とグレン様の頭を撫でる。
そして黒竜を抱きしめる。
そうして笑いながら消えていった。
静かな洞窟。
今のはなんだったの?
黒竜が泣き崩れる。
私は困惑しながらも泣き続ける黒竜を
抱きしめた。
ちらりとグレン様を見る。
腕を組んで面白くなさそうな顔だ。
もう、今は見逃して下さいよ。
お仕置きとかケチな事を言わないでよ?
私の胸で泣く黒竜。初めて見る泣き顔。
可哀想で泣き止むまでずっと
私は抱きしめた。
「……まずい。指輪が光った」
黒竜がようやく落ち着いた頃、グレン様が
静かに呟く。
「え?指輪って。どこかが赤竜かオズワルド
に攻撃されているって事ですよね?」
「赤だ。アルトリアの王都だ。俺は王都に
飛ぶ。アニエスはどうする?」
「私も行きます!」
「俺も行く」
黒竜だ。あんなに泣いたばかりで大丈夫
なの?それに操られる可能性があるのに。
「砦に国軍も収容させる。俺が戻るまで
またプリシラの防衛結界で籠城だ」
グレン様が黄色い伝令鳥を無数に飛ばす。
え?こんな所から伝令が届く?
「……お前使いこなしてるなぁ。器用だ」
黒竜も呆れたような声を出す。
え~え~どうやったの今の。
「ほら、さっさと行くぞ。黒竜も本当に
俺達と一緒に王都に行くのか?」
「行くよ。あそこには白竜がいる。それに
アカを放っておけない」
しっかり返事をする黒竜。強い決意が
瞳に灯っている。
うん。もう大丈夫だ。
私達は王都へと繋がる『穴』に飛び込んだ。
暗転する。
私の意識はまたそこで途絶えた。
私と揃いの金の指輪でなく、白い石の
嵌め込まれた銀の指輪。
隣で眠るグレン様を眺めていたら
見慣れない指輪に気がついた。
「この指輪が気になるか?」
あ、ごめんなさい。起こしちゃいました?
少し眠そうな顔のグレン様が左手を私に
差し出す。
「これがもし白から色が変わったら動くぞ」
「色が変わるんですか?」
「オズワルド、もしくは赤竜が攻撃してきた
時のための緊急連絡の手段だ。
色で攻撃された場所が分かる」
オズワルドや赤竜が攻めて来る可能性は
確かにある。
赤竜は一度この北辺境に攻撃してきた。
あの時はグレン様が赤竜のブレスを受けて
死にかけた。
生死不明、行方不明のグレン様。
金の鱗の夢がなければきっと正気では
いられなかっただろう。
あの時の事を思い出して、思わずぎゅっと
シーツを握りしめた。
グレン様の手がそっと私の手に重ねられる。
「大丈夫だ。もうあの時のようなヘマは
しない。ところで……ずいぶん余裕だな?」
「はい?」
余裕って何?嫌だわグレン様ったらそんな
獰猛な顔をなさって。
「お前、体力あるよな。まだそんなに眠って
ないだろうに。大体、俺と同じ時間に起きる
必要はないんだぞ?
毎朝しっかり起床して……。
そんなに体力が余っているなら、もう一度
付き合ってもらおうか?アニエス」
え?もう一度って……いやいやいや。
魔王様、もう無理ですって!
あ、あ~~!!
…………………………一度って言ったのに。
三度もしたわね。この鬼畜。
さすがに寝坊した。
目が覚めたら一人。
ガバッと起きる。体は……あ、良かった。
グレン様、ちゃんとキスマークを消して
くれているし、浄化魔法か清拭?
どっちだろう。
さっぱりときれいになっている。
いつの間にかシーツもきれいになっている。
あれ?テーブルの上にサンドイッチと
ティーセット。フルーツの盛り合わせが
置いてある。
そういばお腹がペコペコだ。
至れり尽くせりだわ。
今、何時頃だろう。完璧に寝坊だ。
騎士服に着替えたもののグ~とお腹が鳴る。
ま、いっか。
どうせ寝坊だ。ありがたくサンドイッチと
フルーツをいただく。
美味しい……。朝だか、昼だか分からない
食事をのんびり堪能した。
しかし戦場でこんな生活をしていて
いいのかしら。もう私達の仲は公然だ。
結婚前なのに。しかも、父様も知っている。
でも何も言われない。
元々、辺境はその辺がおおらかだからなぁ。
私、一人だけが釈然としない。
グレン様はやりたいようにやる人だから。
俺のやる事に文句は言わせないオーラを
身に纏う魔王様。はあ。
ため息をついた。
砦の広場に来た。
帝国に動きのない今、兵は皆待機中だ。
武術訓練に皆、余念がない。
私は砦から出る事を禁じられているので
この広場での武術訓練に毎朝参加している。
今日は寝坊したけどね!
「お、アニエス!今日はずいぶん
ゆっくりだな!ははは!グレン様が離して
くれなかったんだろう。仲が良くて結構」
父様だ。大剣を振り回しながら大きな声で
セクハラめいた事を言う。
図星ですけど大きな声で言わないで欲しい。
この熊!娘が男と過ごしているのに全然
平気だよ。いいのかそれで。
「あ、アニエス嬢!グレン様がお呼びです。
馬屋までお願いします」
文官様がわざわざ私を呼びに来た。
何だろう?馬屋という事は黒竜の巣穴。
あ、ひょっとしたら黒竜が帰って
きたのかも。
馬屋に行くとグレン様が愛馬のコルト君を
撫でている。コルト君が満足そう。
グレン様……艶々と元気ね。
この人、睡眠時間が短すぎない?
「アニエス、黒竜が戻って来た。
会いに行くぞ。……お前、元気だな。
艶々だ。あれだけ抱いたのに。
よし、もっと回数を増やすか」
……何を言っているのこのエロ魔王!
「いや!結構です。お腹いっぱいです。
無理、無理。あれ以上は無理!」
この絶倫エロ魔王!
がっかりした顔をするな。
二人で『穴』に落ちる。
気がついたら黒竜の巣穴。
クッションに背を預け寛ぐグレン様に
膝枕されていた。
もう、私はまた気絶したのね。
グレン様は優雅にお茶を飲んでいる。
あれ?黒竜がいるよ。ポリポリ焼き菓子を
食べながら私にひらひらと手を振っている。
「黒竜!戻って来たんだ。おかえりなさい」
「小僧のフクロウから連絡をもらったから
戻って来たよ。……アニエス、とりあえず
座ったら?この焼き菓子旨いぞ?」
本当にお菓子が好きだね。黒竜。
起き上がりグレン様の隣に腰かける。
グレン様と目が合う。
満面の笑顔だ。眩しい。
「小僧、武器商人から荷物を預かって
来たぞ。お前ら俺を何だと思っているんだ。
今度は荷物運び。俺は便利屋じゃないぞ」
黒竜がグレン様に文句を言う。
あはは!この前は私がアルマさんの手紙
をマクドネル卿に届けてもらったものね。
黒竜がグレン様に小さな小箱を渡す。
何だ。荷物って小さいじゃん。
グレン様はその場で開封し中身を取り出す。
……また指輪だ。
「グレン様、何個指輪をするつもりです?」
グレン様はすでに三つの指輪をしている。
これで四つ目だ。
「いや、数は増やさない」
グレン様は先にしていた指輪を一つはずすと
私に寄越し、自分は新しい指輪を嵌めた。
渡された指輪を見る。内側に細かい魔術式
がびっしりと刻まれている。
何だろう?この指輪。
「竜殺しの剣だ。市場に出回っているもの
すべてを買い占めた」
「は?竜殺しの剣?お前、竜の俺に
よりによって竜殺しの剣を運ばせたのか?」
「空間収納の魔道具だ。黒竜が持っても
害はない。民間に出回っていた分はすべて
押さえてやったんだ。ありがたいと思え。
高い買い物だったな」
……えーと、今、私が持たされている指輪も
竜殺しの剣が収納されているのでしょうか。
黒竜に竜殺しの剣を運ばせるなんて
グレン様ったら鬼畜。
「アニエスにやる。何か役に立つ事もある
かもしれない。まだその指輪の中には五本
の竜殺しの剣が入っている」
え?五本も入っているの?
グレン様、何本竜殺しの剣を持っているの。
試しに指に嵌めてみた。あ、サイズが勝手
に小さくなった。ピッタリになったよ。
それにしても竜殺しの剣って何だろうね。
竜を隷属させる事ができるアイテム。
どうやって作られるのだろう。
「武器商人に確認した。竜殺しの剣は代々、
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するだけじゃない。結界を張ったり、
魔術攻撃を無効化する。
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高値で売り買いされる。
チビすけ、お前危なかったな。
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その魔術師を産ませるためだ。
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をひく娘に産ませた子というのが魔術師に
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ためだったのか。
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金竜の亡骸。
あっと言う間に消えてしまった。
金竜の幽霊はニコニコ笑いながら
私とグレン様を手招きする。
私はグレン様を見た。頷くグレン様。
私も頷き、金竜の元に歩み寄る。
金竜は私とグレン様に一枚ずつ金の鱗を
渡してきた。
受けとると金竜は自分の口を開けて食べる
ジェスチャーをする。
何?この鱗を食べろと言う事?
戸惑っていると隣のグレン様が先にあっさり
口に入れた。何、この人は。
何でそんなに思い切りがいいのよ!
慌てて私も鱗を食べた。
ほんわりと体が温かい。
──あれ?特に大きな変化はないな。
金竜は私とグレン様の頭を撫でる。
そして黒竜を抱きしめる。
そうして笑いながら消えていった。
静かな洞窟。
今のはなんだったの?
黒竜が泣き崩れる。
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抱きしめた。
ちらりとグレン様を見る。
腕を組んで面白くなさそうな顔だ。
もう、今は見逃して下さいよ。
お仕置きとかケチな事を言わないでよ?
私の胸で泣く黒竜。初めて見る泣き顔。
可哀想で泣き止むまでずっと
私は抱きしめた。
「……まずい。指輪が光った」
黒竜がようやく落ち着いた頃、グレン様が
静かに呟く。
「え?指輪って。どこかが赤竜かオズワルド
に攻撃されているって事ですよね?」
「赤だ。アルトリアの王都だ。俺は王都に
飛ぶ。アニエスはどうする?」
「私も行きます!」
「俺も行く」
黒竜だ。あんなに泣いたばかりで大丈夫
なの?それに操られる可能性があるのに。
「砦に国軍も収容させる。俺が戻るまで
またプリシラの防衛結界で籠城だ」
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え?こんな所から伝令が届く?
「……お前使いこなしてるなぁ。器用だ」
黒竜も呆れたような声を出す。
え~え~どうやったの今の。
「ほら、さっさと行くぞ。黒竜も本当に
俺達と一緒に王都に行くのか?」
「行くよ。あそこには白竜がいる。それに
アカを放っておけない」
しっかり返事をする黒竜。強い決意が
瞳に灯っている。
うん。もう大丈夫だ。
私達は王都へと繋がる『穴』に飛び込んだ。
暗転する。
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