王宮侍女は穴に落ちる

斑猫

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アニエス、キルバンに行く

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「さて。黒竜からの協力も得られる事に
なったし、俺は辺境に戻るか」

グレン様が立ち上がる。

「「え?」」

国王陛下、と青竜が驚く。

「いや、ちょっと待て。生まれた子供の顔
ぐらい見てい行けよ。冷たいな」

国王陛下が不満そうに言う。
あ~。そうね。そうだよね。

「いや、お前ですら邪魔者扱いされるのに
俺が行ったらもっと邪魔だろう?」

グレン様が呆れたように言う。
あ~。そうね。そうかもね。

「いや、俺が邪魔者扱いなのは、ウロウロ
してマチルダにかまい過ぎたせいだから。
お前は違うって!マチルダもお前の事を
心配していたんだ。顔ぐらい見せて行け」

国王陛下が訴える。
あ~。そうね。そうだよね。

「本当に大丈夫なんだろうな?」

「平気だって!」

「分かった。顔を見せてもらってから帰る。
ちょっと馬屋までと言って出てきたから、
早く戻らないとな。一晩、無断外泊。
騒ぎになるとまずい」

「なんだその馬屋と言うのは」

「まあ、その話は追々な」

青竜が立ち上がる。

「それで俺は何をすればいいんだ?
ご主人様。辺境についていけばいいのか?」

あ~。竜殺しの剣による支配か。
青竜はグレン様に首輪をつけられて
いるも同然。さっき国王陛下と黒竜が握手
したばかりなのに、それってどうなの。
人による竜への支配。
大体、竜殺しの剣って何?

覚えていないけれど、私が金竜になって
黒竜の剣を消したと言うのは本当だろうか。
この青竜の剣。消せないかな?
それに、元々青竜は赤竜の剣を消したくて
私を襲ったんだよね。
赤竜の剣も消してあげたいけれど……。
覚えていないのに、どうやったらいいの?

「ロイシュタールの元に戻るなら
戻ればいい。俺から望む事はただ一つ。
二度とアニエスに触れるな。それだけだ。
今度触れたら、迷わず二本の剣を刺す。
覚えておけ」

あ~。魔王様はまだお怒りだ。
確かにあれは二度とごめんだ。
本当に怖かったし。本当に嫌だった。
目的のために女性を襲う。
本気じゃなかったと青竜は言うけれど
あれだけ私に恐怖を与えたんだ。
魔力枯渇して動けない時に
男に押さえつけられ、体を触られる。
言い様のない恐怖と嫌悪と屈辱。
いくら理由があっても駄目でしょう。

「うっ。約束する。二度としない」

青竜は罰が悪そうに頭を下げる。
なんか複雑。
罰として剣を刺されるのはありなの?
う~ん。
でも、もう刺しちゃったし。
剣による支配でもう私に触る事もない。
安心といえば安心だ。
いつか消せる日まで、まあ罰と言う事で
とりあえず、納得するか。

 「それでアニエスはどうする?王女宮は
キルバンだ。キルバンまで行くか?」

グレン様から尋ねられる。
うん。一度姫様達の無事を確認したい。

「はい。私、キルバンへ行きます。
姫様達の無事な姿を見なければ、気が
すみませんから」

「お、キルバンに行くなら一緒に行くか。
キルバンと王都郊外の森を繋ぐ道があるぞ」

青竜が私に気さくに声をかける。
道って『穴』の事だよね。
青竜と一緒。二人きり。それイヤ。
だって、『穴』に落ちると私は気絶する。
一時的にでも意識のない状態になるのに
青竜と一緒は嫌だ。
でも、外国に一人で行くのもなぁ。
う~ん。

悩んでいるとグレン様が黒竜に視線を移す。
黒竜はため息をつくと頷いた。

「はいはい。俺も一緒に行けばいいのな?
人使いの荒い小僧だな」

黒竜、一緒に行ってくれるの!
それ安心!

「悪いが頼む。あんたなら信用できる」

グレン様が黒竜に頭を下げる。
ごめんなさい。私、また心配かけている?

「はいはい。どうせ俺は信用ないさ」

青竜が拗ねる。
仕方がないでしょう。あなたに信用なんて
ある訳ないわ。

「でも黒竜と青竜、二人揃ってキルバンに
行ってしまっても大丈夫なの?
白竜の解放のために王都で何かする事が
あるんじゃない?無理はしないで。
私、一人でも大丈夫だから」

せっかく人と協力して動けるようになった
のに、私のために時間を無駄にするのは
駄目でしょう。

「あ~平気だ。結局あの赤毛の魔術師が
いないと話が進まない。あいつ今、王都に
いないだろう。
あいつが戻るまではどのみちやれる事は
すでにない。
むしろ、王女様がキルバンへ逃げた事を
オズワルドが知ったらあっちが狙われる。
俺はキルバンに様子を見に行く事を勧める」

青竜が言う赤毛の魔術師ってアルフォンス様
の事だよね。
アルフォンス様は辺境にいる。

『穴』を使わず辺境から馬でとばして
五日ほど。アルフォンス様じゃ下手したら
六日から七日はかかる。
もう、絶対にアイリスさんにアルフォンス様
の乗馬の指導をお願いしよう。

「アルフォンスなら今は帝国だ。
しばらくは帰って来られない。ならしばらく
事態は動かないな」

「「え?」」

私と陛下の声が重なる。
アルフォンス様、帝国にいるの?何で?

「予定より早いな?帝国内での根回しの
方は間に合ったのか?
アルフォンスが死んだり、帝国の手に落ち
たりするのは勘弁して欲しい。
大丈夫なんだろうな?」

陛下の心配そうな顔。
アルフォンス様、大丈夫なの?

「辺境で捕虜にした者の中に大公家縁の者が
何名かいた。
そいつらと帝国に行ってもらった。
先にマリオンがモールを連れて帝国に潜入
しているから、何とかなるだろう。
帝国の魔法師団はアルフォンスが脳ミソ
いじくって、支配下にあるしな。
アニエスが帝国に拉致されて、救出の隙を
作るために騒ぎを起こしたかったんだ。
まあ結局、アニエスは自分で脱出したけど」

……え?私のせい?
私の救出のためになにか準備不足なのに
アルフォンス様は帝国に行ったの?
それに脳ミソいじくるって何?
聞きたい!でも、竜達がいるから
聞いたら不味い気がする。

今度グレン様と二人きりになったら
聞こう。
う~。我慢。



竜達とマクドネル卿を残し、
生まれたばかりの王子様のお顔を見せて
いただきにきた。

グレン様だけでなく私も一緒だ。
遠慮したけれどグレン様の婚約者だからと
陛下に強引に連れて来られた。

でも、でも来て良かった!

か、可愛い。可愛い~!
王子様、目茶苦茶可愛いです!

すやすやと眠る王子様。
黒髪だ。
瞳の色は目を閉じているから分からない。
けれど陛下からは金色だと聞いている。
陛下にそっくり。

……という事はグレン様にも似ている訳だ。

グレン様の子供が生まれたらやっぱり
こんな可愛い赤ちゃんなのかな?

………産むのは私か!

ひや~!顔が熱い。何を妄想してるの。
やだな私ったら。

妄想に一人顔を赤くする私。
気づけば、陛下も王妃様も侍女の皆様も
私を生暖かい目で見ている。

何を考えたかバレてます?
恥ずかしい!
余計に顔が熱くなる。

「ふふふ。可愛いわねぇ。
グレン、良かったわね?可愛い婚約者で」

王妃様は元気だというけれど、
少しお疲れのように見える。
出産したばかり。当たり前か。
大仕事を終えたばかりだ。
長居せずに退室しないと。

「お前らのところ、女の子が生まれると
いいな。したらこの子の嫁さんに出来る」

「こら!アルバート。何を言っているの!
婚姻もまだなのに今から変なプレッシャー
をかけるの止めなさいよ。
全く!本当に無神経なんだから。
あとでお仕置きしておくから許してね。
ごめんなさいね?」

あ、陛下の後頭部を王妃様がいい音をたてて
叩いた。うわ……何か見てはいけないものを
見てしまった気分。

ちらりとグレン様を見ると穏やかな顔で
王子様を見ていた。
私の視線に気づくと見惚れるような
笑顔を返してくれた。

この笑顔もまた、しばらく見れなくなる。
グレン様は辺境へ戻る。
私はキルバンへ。

どうか、もう大きな怪我はしないでね。
早く平和な日が来るといい。
離れ離れはもう嫌。
側にいたい。
そう、思っていても、別れの時は来る。


竜達とグレン様と私は、女神像の庭の溝から
王都郊外の森へと転移した。
……例によって、また私は失神した。
気がついたらグレン様に抱き上げられて
いてびっくり。
そんなに長く意識がなかった訳ではない
らしい。これ、そのうち慣れて気絶しなく
なるといいな。

この森にはキルバンへ繋がる青竜の『穴』と
辺境に繋がる黒竜の『穴』があるのだそう。
ここでグレン様は一人で黒竜の『穴』から
辺境へと戻る。

「アニエス、ちょっと来い。悪いが少し
お前らは待っていてくれ」

竜達を残し少し離れた木の陰にグレン様に
連れて来られる。
竜達の視線から隠れた途端、ぐいっと引き
寄せられ噛みつくようにキスされた。

うん、息が出来ない。
ぼうっとする。絡み合う互いの舌。
唾液と共に流れ込んでくるグレン様の魔力。
酔いそう。

下腹がキュンキュンする。

気持ちいいよ。
激しいキスからやがて触れるだけのキスへ。
唇から頬へ額へそして首筋に口付ける。

あ、今、ちりっとした。
学習した。今、キスマークつけたでしょう!

「……タコが怒っている」

「もう!タコじゃないです!
またキスマークを付けましたね!恥ずかしい
からやめて下さいよ。もう!」

ポカスカ、グレン様の胸を叩く。

「嫌だ。これからまたしばらく離れ離れだ。
俺の物だという印を付けたい」

そう言うとグレン様はまた私の首筋に強く
吸いついた。
強く吸った場所を舐める。
う、ぞくぞくする。
やめて変な気分になっちゃう。

「はあ、離したくないな」

私を抱きしめ耳元で囁くグレン様。
うん。私も離れたくない。
ギュっと強く抱きしめられた。

「……見送る。行け。アニエス。頼むから
無茶をするな。体に気をつけろよ」

切なそうな顔のグレン様に見送られ
私は黒竜と青竜と共にキルバンへと向かう。
『穴』に飛び込む前。
私はグレン様の胸元を掴んで引き寄せ
頬にキスをした。

「ご武運を。もう怪我はしないでね?
行ってらっしゃい」

目を丸くしたグレン様が破顔する。

「お前もな。怪我をするなよ?」

手を振りながら『穴』へと飛び込む。
暗転した。
私の意識はそこで途絶えた。









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