王宮侍女は穴に落ちる

斑猫

文字の大きさ
上 下
77 / 135

ロイシュタール回想 2

しおりを挟む
目の前にアルトリアの第二王女宮がある。
長かった。やっと会える。

キルバンの王城の敷地内。
青竜から王女宮自体が白竜の封印になって
いると聞いた時から、この場所に王女宮を
転移させるつもりでいた。
周りを色とりどりの花を植えた庭園に
整備した。
アルトリアの女神像の庭に似せて
作られた庭園。

気に入ってくれるといいな。

エリザベートが王女宮に閉じ込められた
時から解放する術を探し続けた。

十二年前、やっとエリザベートとの婚約に
漕ぎ着け、婚姻の日取りも決まり、その日が
来るのを楽しみにしていた。
だが、エリザベートが宮から出られなく
なったとアルトリアから連絡が来た。
しかも原因がオズワルドに襲われたためだ
という。
当然、帝国に抗議した。
和平を結んだばかりの国の王太子の
婚約者を襲う。
ありえない。

アルトリア、キルバン両国からの猛抗議。
帝国の皇帝はオズワルドを廃嫡し、幽閉。
多額の賠償金を両国に支払った。

あの時、いや。
晩餐会でエリザベートに執着をみせた時に
自分の手でオズワルドを殺さなかった事を
今でも後悔している。

廃嫡に幽閉。
生ぬるい処罰に納得のいかない俺は
オズワルドを殺すように帝国へと
圧力をかけた。

皇帝はオズワルドに毒杯を与えた。
ただ、この毒杯が曲者だった。

どうせ殺すのなら、竜の血を与えてみよう。

帝国の皇帝は竜の血の契約者を作る事に
心血を注いでいた。
帝国での処刑方法は竜の血を毒杯として
与える事だと知ったのは後の事だ。
死刑囚による人体実験。

オズワルドにも竜の血が毒杯として
与えられた。
だがここで、オズワルドは竜の血に
適合してしまった。
もがき苦しみながらも生き残り、
竜の血の契約者となった。

強大な竜の力を持ったオズワルド。
もうこうなると暗殺者を送っても
始末する事が出来なくなってしまった。
その上、オズワルドはエリザベートを諦め
てはいなかった。

竜殺しの剣を使い、赤竜を使役する帝国。
エリザベートが王女宮に閉じ込められた
原因が、白竜の封印結界にあると最初から
知っていた。

オズワルドは赤竜を使い、白竜の封印結界
を破ろうと動き始めた。
だが、赤竜の力をもってしても白竜の封印は
解けない。
こうなると結界によってエリザベートは
守られているようなものだった。

でも、いつまでそれももつだろうか。
オズワルドよりも先にエリザベートを解放
する手立てを探さなければ。

そして竜の力を持ったオズワルドに
対抗できる力を持たなければ、
エリザベートは守れない。

俺は竜を探した。
逃げたとはいえ黒竜には竜殺しの剣が
刺さっている。
帝国に支配される可能性がある。
できれば他の竜がいい。

二年かけて見つけた竜。
──青竜。
なんの因果かキルバン王家の祖だという。
そのせいか、俺の話を一応聞いてくれた。

「力を貸すのはいい。俺も白竜の封印結界を
解きたい。だが竜の血の契約者と同等かそれ
以上の力を望むなら、
お前も血の契約者になるしかない。
どうする?お前、俺の血を飲むか?」

一瞬迷った。
俺が死んだら、エリザベートが悲しむ。
でも、力が欲しい。
エリザベートを守れないなら、
どうせ俺は死ぬ。
なら今、青竜の血を飲んで死んでも一緒だ。
うまくいったら力が手に入る。
それに、俺が死んでもエリザベートには
アルバートやグレンがついている。

アルフォンス、アイリス、アルマも。
王女宮に入る事のできる彼らがいる。

──俺は、青竜の血を飲んだ。

想像を絶する苦しみだった。
皮膚を剥がされるような痛み。
内臓が溶けるような熱さ。
血を吐き、のたうちまわり穴という穴から
血を流す。

体の中を何かが侵食してくるようだ。
内側から食い散らかされていく。
気が狂いそうだ。
三ヶ月飲まず食わずで苦しんだ。

睡眠すらとっていないにも関わらず
死なないのは竜の血のせいか?
結局俺は死なずに竜の血の契約者となった。

──力を手に入れた。
オズワルドと同じ竜の力。
これでいつか必ずオズワルドを殺してやる。



青竜はそれ自体が封印である王女宮を
どうにかしたい。
俺は王女宮が欲しい。

二人の利害が一致した。アルトリアと
キルバンを繋ぐ道を作り上げた。

アルトリアの王都や王宮には白竜の作った
道が沢山あり、それを避けて道を繋ぐ。
思った通りの場所に道ができず、何度も
試行錯誤した。

途中うまくいかずに落ち込む事も多かった。
時だけが過ぎていく。

王女宮に閉じ込められて五年程たった頃から
エリザベートからの手紙には、
『私を待たずに結婚して』と書かれるように
なった。冗談じゃない。

まあ、実際に父の国王を始め、家臣どもも
エリザベートとの婚姻を諦め国内の有力
貴族の娘を娶るよう圧力をかけてきたが……。
俺の事をあれだけ無下に扱った奴らの言う事
など、聞く訳ないだろ。

とりあえず、父は邪魔なので始末した。
家臣も使えない連中は処分した。
残りは本当に使える奴と
徹底的に脅して服従させた者だけが残った。
国など正直どうでもいい。

慰めは、エリザベートとやり取りする手紙と
訪ねてくれるアーサー。
エリザベートに良く似た弟。
アルバートが俺に気を使い、頻繁にアーサー
を寄越してくれる。

グレンやアルフォンスもたまに顔を出して
くれる。
結局、俺の幸せはアルトリアにしかない。
キルバンなんてどうでもいい。
こんな奴がこの国の王だ。
国民も気の毒な事だな。


帝国では廃嫡されたはずのオズワルドが
父親の皇帝と弟の皇太子を殺し皇位を簒奪。
皇帝の座についた。
皇帝がオズワルド。
こっちの国民も気の毒だ。奴は必ず国内を
平定したらアルトリアへと手を伸ばす。
戦になるのは必定だ。

帝国も赤竜を使いアルトリアへ道を繋げた。
それを使って王都に魔物を送り、攻撃を
仕掛ける。侵略だ。
それと同時に王女宮へと道を繋げようと
していた。

アルトリアの王都の郊外の森。
一際高い木の下。
白竜と数百年前のアルトリアの王子との
逢瀬の場所。

おびただしい数の白竜の道が王都へと
繋がり空間が脆くなっているという。
青竜はその場所から王女宮を結界から
分断されるように魔法陣を使い魔力を流す。
もうじき王女宮は結界から分断される。
青竜の道が堀のように王女宮を囲む。
これで赤竜は王女宮に手を出せない。

ある日の事、いつものように青竜が
木の下で魔法陣に魔力を流していると突然、
木の上に人が現れた。
視線が合った瞬間、

俺は風の槍を放っていた。
相手は俺の攻撃を難なく避ける。
木の下に降りてきたのは……侍女だった。

怪しいにも程があるだろう。

こんな所に侍女。
しかも身のこなしがただ者ではない。
帝国の手の者か?
青竜の魔法陣を見られている。
面倒な事になる前に殺しておくか。

だが、これが手強い。
見た目は可愛い女の子なのに
俺の攻撃を事もなく避ける。
しかも、転移魔法を使う。

アルトリアで転移魔法!
どうなっているんだ?
俺ですら青竜の力でかろうじて
短い距離の転移魔法しか使えないのに。
蹴り飛ばされ、複数の属性攻撃を
同時に受ける。
なんなんだこいつは!

転移魔法と身体強化で爆走。
まんまと逃げられた。

「王都の中央門に行こう。必ず来るよ」

青竜がニンマリ笑って言う。
いや、そんな分かりやすい場所に逃げるか?
半信半疑で中央門の前に青竜と転移する。
待っていると本当に来た。
この娘、ちょっと馬鹿かもしれない。
だが、こんな怪しい奴をアルトリアに
入れる訳にはいかない。

切り捨てようと剣を振り下ろす。
すると女の子の指輪の防御魔法が発動し、
俺は爆風と共に吹き飛ばされた。
アルフォンスとグレンの魔力だ。
……成る程!分かった。彼女の正体。
なんだ、敵じゃなかった。

ああ、あのエリザベートの手紙に書いて
あった子か。子リスちゃん。
十年ぶりに現れた三人目の侍女。
エリザベートの侍女だ!
しかも、グレンが執着している娘だと言う。
へえ~!この子かぁ。
あはははは!あのグレンが一目惚れした子!
笑いが止まらない。
危ない。危ない。
うっかり殺すところだった。

良かった。良かった。セーフ。セーフと
思っていたらアウトだった。

その後、青竜がアニエス嬢を襲った。
しかもザルツコードの屋敷に
侵入しての狼藉。
ザルツコードの屋敷。オーウェンの家。
悪魔の屋敷だ。

『なんなんだあの屋敷!住民が化物だった。
人のクセに俺の結界を火焔で焼き切り
やがった。どうなっているんだ!』

脇腹を押さえながら帰ってきた青竜。
……なんて事をしてくれてんだ。
騒ぎを起こすなと言っておいたのに、
よりによって、オーウェンにケンカを売って
くるなんて!

予想通り、アルトリアに潜入させていた
間諜の首が九つキルバンに送られて来た。
あ~悪魔がお怒りだ。

しかも、グレン。
地味に報復された。
あいつが所有する鉱山からの魔石の供給を
止められた。キルバンに流通する魔石の
七割があいつの所有する鉱山からのもの。
大打撃だ。

極めつけはエリザベート。
手紙が来た。

『アニエスを苛めたわね?婚約破棄よ』

婚約破棄の通告書だ。
勘弁してくれ。

青竜~!!
何で彼女を襲ったんだよ!馬鹿野郎!


王女宮の扉に手をかける。
カチャリと開いた。良かった。中に入れる。
十数年ぶりに足を踏み入れる王女宮。
誰もいないホール。

エリザベートは部屋か?
廊下を進む。

思い出の通りの王女宮。

無数のナイフが俺に目掛けて飛んでくる。
……アルマか。
防御魔法で弾く。
後ろから斬りかかられる。
剣でそれも弾く。
……アイリスだ。

「久しぶりだね。アイリス」

「え?ロイシュタール様?」

俺を視認したアイリスが戸惑う。
無理もない。きっと何が起こったのか
分かっていないだろうから。

「え?本当だ!ロイシュタール様だ!」

アルマが笑顔で走り寄ってくる。
エリザベートはどこにいる?

「え?ロイ?ロイですって?」

エリザベートの声。
ああ、夢にまで見たエリザベートの声。
かけてくる足音。
開かれる扉。

十二年ぶりに姿を見る。
エリザベートが立っていた。
綺麗になった。少し背も伸びたか?
何で男装しているんだ?

驚いた顔。
俺の方に駆け寄ってくる。
俺は両手を広げた。

──鳩尾にエリザベートの拳がめり込む。
膝から崩れ落ちる俺。
何で?
俺を殴ったエリザベートは満面の笑顔。
腹の痛みを忘れ見惚れる。

「よくもアニエスを苛めたわね?
思い知りなさい。二度はないわよ」

……アウトだった。
青竜の馬鹿野郎!!

十二年ぶりに会うエリザベートに
ノックアウトされた。

うん。変わってなくて嬉しいよ。
ふふふ。ははは!
エリザベートの目茶苦茶重いパンチ。
俺は王女宮のふかふかなカーペットと
お友達になった。

世界に色が戻って来た。



















しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

竜王の花嫁は番じゃない。

豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」 シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。 ──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

処理中です...