王宮侍女は穴に落ちる

斑猫

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アニエス、王女宮へ帰る

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胸に手を当てる。
グレン様を思い浮かべる。

ギラギラした切れ長な金色の瞳。
でも私を見る時は、蕩けそうな優しい色に
なるの。

低く甘く囁く声。恋人繋ぎした大きな手。
抱きしめられた時の胸板の感触。
腕の暖かさ。甘い、甘い匂い。
そして甘い口付け。

足フェチでちょっと変態で俺様ですぐに
国が滅ぶ逆切れする変な人だけれど。
大好きだよ。

うん。胸が温かい。
失ってはいない。なぜだか分かる。
グレン様は生きている。
──必ず。

「いいえ、グレン様は生きています。
必ず戻って来ます。大丈夫です」


みんな一様に痛いような顔をする。
平気だよ。現実を受け入れられない可哀想
な娘じゃないよ?

きっと、グレン様を亡くしたら私にはきっと
分かると思う。

大丈夫、生きてはいる。
問題は消息不明になっている事だ。
たぶん大怪我をしている。
夢を思い出す。かなりの深手だった。
あのまま敵の手に落ちたら……。

いても立ってもいられない。
姫様達の事も気になる。
あの人達の事だから、たぶん平気だとは
思うけれど。
今すぐ動けない自分の体が疎ましい。

「アルフォンス様、魔力枯渇は本当に
なんとかなりませんか?私、今すぐに
動きたいんです」

アルフォンス様が顎に手を当て、ため息を
つく。

「ない事もないけれど、あまりお勧めでき
ないよ?夫婦間や親子兄弟間の体液による
魔力補充って禁じ手があるけど……」

一斉にマリック兄さんに視線が集中する。
でも、体液って……。

「なんだそんな簡単な事か。よしアニエス、
俺の血を飲め。それで解決だ」

なんか熊がすごい簡単に言ったぞ。
それでいいのでしょうか?

「いや、魔力の補充には結構血がいるぞ。
本当は性交渉による補充が一般的なんだ。
血液だとどうなの?まあ、血が近ければ
それもアリだけど。
人がそんなに血を飲めるか?吐くぞ普通。
それに血をやる方が大量出血で死ぬだろ」

あ、血の繋がりによる体液からの魔力補給。
白竜が王族を指定して生贄にするのは
そのせい?王族の血と魔力しか、いらない。
白竜はそう言っていた。
血が繋がっているからこそ。
やはり白竜はアルトリア王家の祖なのでは?

白竜は血と共に魔力を物凄い勢いで吸い
上げていた。
なんか、やり方は分かる気がする。
でも……。

「兄さん、第二騎士団長でしょ。出血と
魔力の流出で動けなくなったら駄目だよ」

「馬鹿だなぁ。何のために体力も魔力も
無駄に満ち溢れたのが三人もいると思って
あるんだ。飲んじゃえ。飲んじゃえ」

……あ、兄さん達から少しずつもらうのか。
成る程。う~ん。兄、三人の血を飲むのか。
マリック兄さん、簡単に言うよね。

「試してみる価値はあるけど、どうする?
他の熊を呼ぶなら伝令鳥を飛ばすけど」

アルフォンス様、普通に熊と呼んでます
けれど……。
他の人から見ても兄達、熊なんですね。

「コイツらは多少、血を抜いた方が血の巡
りがよくなるだろう。問題ない。
アニエス、試してみるといい」

オーウェン義父様、さらっと酷い事を言い
ますね。まるで兄達、血の巡りが悪いみた
いじゃないですか。うん。否定できない。



──試してみました。
それぞれ、三人とも肩口に私が歯を立てて
……というか、牙が出てきた。

どうなっているの私って。
それで血と魔力をもらった。白竜の真似だ。
血はそんなに必要ではないかな?
私がポイ捨てされた時は大量出血だった。
あれは放置され止血しなかったせいで大量
出血になったのでは?
兄達の傷はアルフォンス様がきれいに
治してくれました。

少しずつもらったからか、体力馬鹿なのか
兄達はぜんぜん元気だ。

血の味は……う~ん。なんか強いお酒みたい
だった。美味しくはない。
夢の中のグレン様の血は甘くて
美味しかったけれど……ま、夢だ。
せっかく提供してくれた血を吐かずに
すんで良かった。

兄さん達、ありがとう。
効果てきめん。魔力が無事に回復しました。
まあ、万全ではないけれど、動ける程度には
回復した。
でも、これで私は人外決定だよね。
人の生き血を啜る女。
ホラーだ。

「……こら、また余計な事を考えているな?
君が例え魔物でも僕達は気にはしないよ。
大体、こんなに抜けてる魔物、笑えるから」

マックス義兄様、ありがとうございます。
うれしいけれど微妙。
私って抜けてるんだ。そういえば、以前
アルマさんにも言われたな。
お間抜けさんって。

「とりあえず、王女宮に帰ります」

「帰るって……女神像の庭は『穴』だらけで
通れないって言っただろう」

アルフォンス様が言う。
うん。聞いた。

「転移魔法を試してみます。以前は使え
ましたから勝算はあります。
もし失敗しても、私なら『穴』に落ちる
だけです。姫様達の安否確認をしないと」

「分かった。王女宮まで送るよ」

「アルフォンス。僕も行くよ」

「私も同行します」

アルフォンス様、マックス義兄様、
マクドネル卿が立ち上がる。

「アニエス、王女宮に戻るならこのお菓子
持って行きなさいな。姫様の好物なの。
姫様達によろしくね?あなたも無理を
したら駄目よ。駄目ならすぐに諦めなさい。
気をつけてね。行ってらっしゃい」

マリーナ義母様がわしわし頭を撫でてくれる。
この撫で方。なんかホッとするなぁ。
オーウェン義父様と目が合う。

「君に無茶をするなと言っても無理だろう。
好きにしなさい。何かあったら私達が何と
かするよ。
怪我のないよう頑張りなさい」

そう言ってオーウェン義父様も頭を撫でて
くれる。

「俺達にも何かやれる事があったらちゃんと
言えよ。何でもしてやるから」

熊兄達が、ニコニコ言う。


──マックス義兄様、本当にみんな気にして
いないですね。
私、口からブレスを吐く、人の生き血を啜る
化け物なのに。
切なさと、温かさとが入り混じった不思議な
気持ちだった。

馬車を出してもらい王宮に戻る。
女神像の庭の手前まで来た。

……何これ?『穴』と言うより溝。
大きな溝ができている。
これじゃ人は通れないわ。
これロイシュタール様が青竜にやらせて
いるのかな。目的は何?

「アニエス、無理はするなよ。
もし、向こうに行けたらアイリスに
いつまでも待っていると伝えてくれないか」

あ、アルフォンス様の想い人はアイリスさん
だったよね。
お委せ下さい。必ず伝えますとも。
マクドネル卿と目が合う。

「アニエス嬢、私からもお願いします。
アルマにいつまでも待つとお伝え下さい」

「え!?」

いや、マクドナルド卿。突然何を言うの。
驚いちゃった。

「……もしかして、アニエス知らないの?
マクドネル、アルマの婚約者なんだけど」

「え!知りませんでした。ええ~初耳!」

「ああ、ほら。やっぱり、ちょっと抜けて
いらしゃる。楽しい魔物さんですね」

マクドネル卿、呆れ口調だ。

「ええ~っ!何で誰も教えてくれないの」

「いや、みんな知ってるから敢えて言わ
ないんじゃない?楽しいねアニエス」

マックス義兄様ひどいです!
……でも、なんか緊張感がなくなったかな。
よし、向こう着いたらアルマさんに
詳しく聞こう。


私は王女宮へと転移した。
















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