王宮侍女は穴に落ちる

斑猫

文字の大きさ
上 下
43 / 135

グレン、出征前夜2

しおりを挟む
「グレン様、出征前のお忙しい時に先触れも
なく、突然お邪魔してすみません。
すぐにお暇しますから、少しお時間を
いただけますか?」

……リスがウサギになっている。
目が真っ赤だ。しかも瞼がぱんぱんに腫れて
いる。どんだけ泣いたんだ。おい。

「いや、そんな事より、どうしたんだ
その目。ひどいぞ?」

「オーウェン様から色々話を聞いたら、
ショックな事があって泣いちゃって……。
その後、実家の兄達と再会してまた泣いて。
──で、これを作ってたら徹夜になって
しまって……気がついたらこんな顔になって
ました。すみません。お見苦しくて。
あの、これ。受け取ってもらえますか?」

アニエスがおずおずと、刺繍された手巾
を差し出してくる。
ああ、出征のためのお守りか。
徹夜って、知らせたのが遅かったから
無理したんだな。
すまなさと共に仄かに胸が温かくなる。
俺のために頑張って作ってくれたんだ。
嬉しい。

受け取った手巾を広げる。そして、固まる。

…………………上手いな。技術はすごい。
すごいリアルだ。臨場感たっぷりだ。
力作だ。これ、時間、かかるよな。
不器用なイメージだが意外な特技だ。
作品と呼べるレベル。
刺繍が上手い。しかし、さすがアニエス。
センスが笑える。
しげしげと手巾を鑑賞する。

手巾を持ったまま固まる俺を、訝しく思った
ヨーゼフが、俺の持った手巾を覗き見る。

「………力作ですな」

「………力作だよな」

「とてもお上手です。グレン様良かった
ですね。ものすごく強いお守りですよ」

「そうだな。強そうだ。ありがとう、
大変だったろうアニエス。大事にするよ」

ウサギのような真っ赤な目でドヤ顔の
アニエス。
さっきまでのささくれた気分がすっかり
なくなった。本当に可愛いよ。
もう一度、手巾に視線を戻す。

黒、白、赤、青、金の、竜がそれぞれ
ブレスを吐いている図案。
やたらリアル。吐き出されるブレスが
禍々しい。

黒と白までは、分かる。
何だこの赤いのと、青いのと、金色のは。
灰褐色のアッシュドラゴン (灰竜)は
ワイバーンよりは、
数こそ少ないがそれなりにいる。
色つきのドラコンになるには、それこそ
エルダードラゴン。高い魔力を持ち、
長命で長い年月、自然界にある魔素を、
取り込み己の魔力を特化し、開花させた
竜のみがなれる極み。
魔力属性を具現化し色つきになった竜。
この国で
エルダードラゴンといえば白竜。
伝説の竜。

それがまさか、鎖で繋がれ王女宮の地下に
封印されているとはね。
十代で生贄の託宣を受けた身としては複雑。
黒竜とは、子供の頃に一度、邂逅している。
あいつ……俺を見て戸惑っていた。
何だったのだろう。あれは。

ただ……手巾を見ながらふと思う。
何だかこの赤い竜が気になる。
色からすると赤竜が吐き出すブレスは
ファイアブレスじゃないのか?
何だこの黒いの……。
赤竜が吐いているブレスが黒い。不気味だ。
そして空を飛ぶ金色の竜。
臨場感が半端ない。
まるで怪獣大戦争な手巾。

普通、家紋や花、無事を祈って女神や、
闘神をモチーフにするんだけどな。
竜が五匹、ブレスを吐く図案。
面白いなぁ。

これ、作るのに徹夜したのか。
こんなに目を腫らして……あまりにも可哀想
なのでアニエスに手をかざし、
目に治癒魔法をかける。
うん。綺麗に治った。
ウサギからリスに変身だ。
やはりリスの方が可愛い。

「え?グレン様。治癒魔法をかけてくれ
ました?目が軽くなった」

「俺のヘッポコ治癒魔法でもこれぐらいは
出来るからな。あまりにも可哀想だから
治してみたぞ。鏡を見るか?
しかし、良くあの顔で外出してきたな」

「……ひどいです!別に舐めなくても治せる
じゃないですか!騙しましたね。やっぱり
ただの変態だったんだ。この変態!」

……そういえばそんな嘘設定にしていたな。
そう、ただ舐めたかっただけ。
まあ、婚約したからもういつ舐めてもいい
だろう?
バレても問題ないな。

「俺が変態だと、国が滅ぶのか?ああん?」

「だからなんで国が滅ぶ逆ぎれするんです!
滅ばないけど、変態は変態!……
あ、ヒャア!何でまた舐めてるの!!
う、ヒャア!ヒャア!いやああん!」

せっかく腫れた目を治してやったのに
うるさいリスだ。
お仕置きにジタバタするのを封じて
色々舐める。うん。甘い。

気がついたら使用人が誰もいない。
さっきまでいたヨーゼフも音もなく
消えている。さすが出来る使用人。
──二人きり。
なら、もう少し堪能しよう。

アニエス、耳が弱いな。
もう、息が上がっている。真っ赤に
染まった肌が色っぽい。

ただ、ヒャア!だの、ウヒャアだの、
ウギャアだの声がなぁ。
オモチャみたいだ。
面白い。

ところでここには、こいつ一人できたのか?
このままじゃれていると、うっかりその気に
なりそうだ。そろそろ帰すか。

「アニエス、誰にここまで連れて来て
もらった?」

今の状勢でこいつ一人で外出はさせない
だろう。お供は誰だ?

「マックス義兄様が付いてきてくれました
けど、先に帰りました。帰りはグレン様の
所でなんとかしてもらえって……。
でも私、一人で帰れますから平気です」

……先に帰った?変だな。

「あ、忘れてました。姫様からグレン様に
お手紙を預かってます」

……エリザベートからの手紙。
受け取って読んで固まる。

『アニエスの目!治癒魔法をかけてあげて。
今晩、アニエスをよろしくね!
明日の朝、マックスを迎えにやるから。
じゃあね!死んでも無事に帰って来なさい。
据え膳のデリバリーです。
エリザベートより愛を込めて。

追伸、いいお姉さんでしょう?私。』


………………エリザベート。
実はマリーナと同じ人種か。
何が据え膳のデリバリーだ。
阿保か。

ちらりと手紙を持ったままアニエスを見る。
まだ、真っ赤に染まったままだ。

さて、問題だ。
この据え膳、食うべきか。
食わざるべきか?それが問題だ。

明日は出陣だというのに遊ばれている
気がする。
エリザベートめ。


俺はため息を一つ付いた。



























しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…

ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。 王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。 それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。 貧しかった少女は番に愛されそして……え?

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

彼は亡国の令嬢を愛せない

黒猫子猫(猫子猫)
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。 ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。 ※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。 ※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。 ※新作です。アルファポリス様が先行します。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

私と黄金竜の国

すみれ
恋愛
異世界で真理子は竜王ギルバートに出会う。 ハッピーエンドと喜んだのもつかの間、ギルバートには後宮があったのだ。 問題外と相手にしない真理子と、真理子にすがるギルバート。 どんどんギルバートは思いつめていく。 小説家になろうサイトにも投稿しております。

番は君なんだと言われ王宮で溺愛されています

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私ミーシャ・ラクリマ男爵令嬢は、家の借金の為コッソリと王宮でメイドとして働いています。基本は王宮内のお掃除ですが、人手が必要な時には色々な所へ行きお手伝いします。そんな中私を番だと言う人が現れた。えっ、あなたって!? 貧乏令嬢が番と幸せになるまでのすれ違いを書いていきます。 愛の花第2弾です。前の話を読んでいなくても、単体のお話として読んで頂けます。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

処理中です...