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アニエス、黒竜に思いを馳せる
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「いや~!アニエス目が真っ赤!腫れてる!
行きとお洋服が違う……。
外泊だし……黒い虫に何かひどい事でもされたの?」
アイリスさんが私を見るなり叫ぶ。
黒い虫ってグレン様の事?
──グレン様は無実です。
そんなにひどいかな?
確かに大泣きしたけれど。
「ああ~!目がぱんぱんに腫れてる!!
鼻も真っ赤じゃない。何、どうしたの!
冷やす?冷やそう!」
アルマさんが氷を持ってくる。
ああ、大騒ぎになってしまった。
心配かけてすみません。
「アニエスおいで?」
両手を広げ小首を傾げる姫様。
今日は服装は相変わらず男装だけれど、
髪がハーフアップに結われている。
それだけでとても華やか。
ふんわりと私を抱き締めて、優しく頭を
撫でて下さる。
うっ、尊い。主が優しいよう。
姫様に慰められて、アルマさんに目を氷で
冷やしてもらい、アイリスさんの淹れた
お茶を飲んで一息つく。
私って恵まれているよね。
「それで、どうしたの?昨日はデートに
出かけて帰って来ないけれど、王宮に
問い合わせたらオーウェンの所に泊まると
連絡があったから、安心していたのに。
そんなに目を泣き腫らして ……」
私の口にチョコレートを放り込みながら
姫様が尋ねる。
あ、プチ・エトワール本店のオリジナル
レシピのチョコだ。私の大好物。甘い。
「グレン様が出征されると聞いて気を失い
まして、気が付いたらザルツコードの
お屋敷でした。グレン様が運んでくれた
みたいで……」
「ああ、とうとう帝国と開戦したのね。
もし、帝国と事を構えたらグレンが行く
だろうとは思っていたけど……そうなの。
ショックだったのね可哀想に」
今度はナッツクリームの入ったチョコを
私の口に放り込む姫様。
「グレン様が戦に行くのもショックでした
けれど、オーウェン様から私が王都に来た
事情を色々聞きまして……。
それが結構ショックな事が多くて
泣きました」
私は昨日知った事を全て姫様に話した。
兄達も私の事を嫌っていなかった。
きっと姫様達も大丈夫だよね?
「口からブレス?ええ!吐いたのそんな物」
ものすごく驚く姫様達。
ええ、そうです。吐いたらしいです。
「何も覚えていないのですがオーウェン様
も、実家の兄達も目撃しているので本当
みたいです。すみません。私、ひょっと
したら魔物かもしれません」
「ずいぶん可愛い魔物ねぇ」
「それにちょっとお間抜けさんよね」
「チョコレート好きの魔物ねぇ。
怖くないわよねぇ。
ほ~ら、今度はストロベリークリームよ」
アイリスさん、アルマさんが笑い。
姫様がまた、私の口にチョコを放り込む。
あっ、ストロベリーも美味しい。
「お兄様達に再会したのね。良かったわね。
みんなあなたが可愛いのよ。誰もあなたを
魔物だの化け物だの思う人はいないわよ。
お馬鹿さんねぇ。こんなに目を腫らして」
姫様が笑って言う。
本当。なんであんなに怖がったのだろう。
それにしても、私に奴隷の腕輪を嵌めた
理由が……『ブレスを吐くような馬鹿高い
魔力の持ち主だとお嫁に行けない』とかいう
謎な理由だった。
今日、問い詰めたら一番上の兄。エリック
兄さんが泣きながら謝ってきた。
『だって叔母さんがこれ以上魔力が高く
なるとお嫁に貰ってくれる人がいなく
なるって……。
アニエス、あのキンキラなロベルトの事が
好きだって言うから俺達なんとかしたくて。
ロベルトの奴、弱いじゃん?
釣り合い考えたらマズイって父上が。
みんなでアニエスに魔力封じの腕輪を
何個か嵌めてみたけど全然駄目で。
叔母さんがくれたあの腕輪でちゃんと
魔力がロベルト並みになったから、
みんなで喜んでいたら……あれ、奴隷の腕輪
だって。オーウェン様に教えられた。
本当にごめんよ。アニエス、俺の事嫌いに
ならないでぇ~』
でかい図体、火焔熊につけられた顔の傷痕。
見た目若干?厳つい熊系のいい歳した男が
しくしく泣きながら語る。
──うん。マックス義兄様、確かにうちの
兄達は脳ミソまで筋肉です。
二番目の兄、マリック兄さんには魔物の氾濫の時に私をゴブリンの群れに拐われるぐらいならと殺そうとした事を土下座で謝られた。
いや、状況的にそれは仕方がないと思うよ?
泣きながら土下座する熊。怖いよ。
三番目の兄、セドリック兄さんからは、
私が黒竜の血で穢された騎士の血を
飲まされたあの事件の裏話。
父様のやらかしを暴露された。
私に血を飲ませたあの騎士は、父様の親友。
元々はパリス伯爵家で護衛騎士をしていた。
そして、私達の母とは幼馴染み。
ずっと大切に思っていたらしい。
私達の母は伯爵令嬢だったが、
家の内情が悪く政略結婚で金持ちの年寄り
に嫁ぐ事になっていた。
母はそれが嫌で泣いていたそうで、
見かねたその騎士が母を連れて逃げた。
いわゆる駆け落ち。
駆け落ちし、世間知らずな母を連れて困った
騎士は親友である父様を頼って母を連れて、
北の辺境へやって来た。
そこで、父様と母は出会い。
フォーリン・ラブ。
親友が連れて逃げてきた女性と恋に落ちて
略奪結婚。
命がけで母を連れて逃げてきた騎士の
立つ瀬がどこにもない。
……愛の前に破れる友情。
そりゃ恨まれるわ!あの熊父め。
今、黒竜の血のせいで私がこんなに悩んで
いるのは、ほぼ父様が悪いと思う。
母が逃げたせいで金持ちとの縁談が駄目に
なるどころか、多額の違約金を支払う
羽目になったパリス伯爵家。
お祖父様、お祖母様は心労で相次いで亡く
なり、残された母の兄。
パリスの伯父はどうにもならない伯爵家の
内情を立て直すために悪事に手を染めた。
そりゃ、私の事が憎いだろうよ。
虐待されるわ!
あの騎士は黒竜を仕留めれば帝国で仕官
出来ると甘い言葉で、唆されていたのだ
そう。きっと、母を連れて逃げたせいで
失った身分を取り戻したかったのだろう。
騎士は黒竜を倒すのを父様に手伝って
欲しかった。
何せ父様、頭は微妙だけど馬鹿強いから。
でも辺境には竜には不可侵という掟がある。
父は騎士の頼みを断った。
断られ、父抜きで黒竜を襲った騎士達は
皆殺しにされた。
一人生き残った騎士は父が許せなかった。
しかも、私を生んだせいで母が亡くなった。
生まれた私は母に良く似ていた。
騎士の中で何かが歪んだ。
結果、私に黒竜の血で穢れた自分の血を
飲ませる事になったのだ。
「アニエス、あなたのそれは黒竜の血のせい
なのかしらね?血の契約者はドラゴンを従わせると言い伝えられているわ」
姫様、それって髪の色が変わったり、
口からブレスの事でしょうか。
髪の色が黒に変わる。
ファイアブレスを吐く。
黒竜もファイアブレスを吐いた事が
あるよね。
モールさんが話していた。
でも、髪が金色になったり唄ったりは
なんだろう?黒竜じゃないよね。
う~ん。分からん。
──黒竜。どうしていなくなったんだろう。
子供の頃から良く遊んでくれたよね。
いつも、長い黒髪の綺麗なお兄さんの姿。
金色の瞳がちょっとグレン様に似てる。
魔法を沢山教えてくれたし、珍しい薬草の
生えている場所も教えてくれた。
あと、美味しい飴玉をくれるの。
そして時々大きなトカゲになって空を飛ぶ。
私も何度か咥えられて空を飛んだ事がある。
懐かしいな。
みんなに言うと怖がられるから言えない。
内緒のお友達。
「黒竜なんでいなくなっちゃったんだろう」
「「「え?」」」
私のつぶやきに姫様達が反応する。
驚き声が三人綺麗にハモる。
「黒竜、いなくなっちゃったって……」
「まるでいたのを知ってる口調よね」
「黒竜は黒い森で辺境伯の騎士達を皆殺し
にした後、消息不明。アニエスが赤ちゃん
の頃の話よね?」
姫様、アルマさん、アイリスさん。
ここは辺境じゃないし、不可侵の掟はない。
それにこの人達なら言っても平気だよね?
「実は黒竜と友達だったんです。子供の頃は
毎日遊んでくれて、ずっと一緒にいてくれた
大事なお友達です。
辺境には『竜には不可侵』という掟があって
遊び相手にしていると知られたら怒られると
思って黙っていました。
きっと怖がられると思って誰にも言えない
秘密のお友達なんです」
「「「え、ええ~!!」」」
あ、またハモった。
「ア、アニエス。今頃言う?そんな大事な事
今頃言う?なんでもっと早くに言わないの。
もう、この子は……」
アイリスさんが手を額に当てて首を振る。
あれ?何かまずかったでしょうか?
「ほうら、やっぱり少しお間抜けさん。
こんな魔物少しも怖くないわよねぇ」
アルマさんが苦笑する。
ええ~だって辺境じゃ絶対秘密だと思って
いたんですよ。
黒竜、みんなに怖がられていたし。
結構な人数黒竜に殺されているから、恨みも
あるだろうし。
黒竜が悪い訳じゃないのに。
人が追いかけ回して襲うから悪いのに。
「アニエス、黒竜と白竜は知り合いって
言っていたわよね?黒竜から話を聞ければ
色々分かる事があるんじゃないかしら?」
姫様がやや引きった顔で笑う。
あ!成る程。
そういえば白竜、私の事を食べた時に
黒竜の事を話していたわ。
『黒竜、会いたい。もう一度』
と言っていた。
「アニエス、どんな些細な事でもいいから
思い出した事があったら話しなさい。
あなたの中に色々ヒントが隠されている
気がしてならない。分かったかしら?
それで黒竜はいつ、いなくなったの?」
姫様に言われて思いおこす。
確かあれは……。
「ロベルト様に婚約を申し込まれた時に
黒竜に婚約すると報告したら悲しそうに
『お前も俺じゃない人を選ぶんだな』
と言ってそれきり姿を見せなくなりました」
「「「う、わ~!!」」」
あ、また三人ハモりました。
「アニエス、あなた黒竜をふっちゃたんだ」
アルマさん。ふるって何?
「失恋したショックでいなくなったのね」
アイリスさん、失恋て何?
「お前もというもは誰の事かしらね?」
「「「「……白竜?」」」」
よし、今度は私もハモったぞ。
そうか、そういえば黒竜も会いたい奴が
いるけど会えないと嘆いていたな。
あれ、白竜の事かな?
「白竜は黒竜をふって一体、誰を選んだの?
『俺じゃない人』というのは人間の事?
白竜のお相手は人間の男性なんじゃない?
実は王家には、竜の血が流れていると言われているの。数百年前の王族。可能性があると思わない?」
「それは……ありそうですね。調べますか?
ちょうど兄が陛下に禁書の閲覧許可を頂いた
ので、ある程度は分かるかもしれません」
アルマさんが姫様にお伺いを立てる。
アルフォンス様、禁書を読めるんだ。
すごい、すごい。
「あ!本宮にお使いですか?私が行きます。
昨日は結局一日お休みしてしまいました。
今日もまだ、働いてません。私が行きます」
私は手を挙げて宣言する。
駄目よ。サボってばかりじゃ働かなきゃ。
「駄目よ。お使いはアルマに頼むわ。
アニエスは他にやる事があるでしょう?
グレン、出征するのよ?
お守り渡さなくていいの?昨日聞いた
ばかりじゃ用意していないでしょう。
さっさと作りなさい。時間がないわよ」
あっ!お守り。無事を祈って手巾に刺繍
して渡すんだ。
姫様、ありがとうございます。
確かに時間がない。
よし、やるぞ。
「ところでアニエス、刺繍できるの?
お針を持ったところを見たことないけど」
アイリスさんが、心配そうに聞いてくる。
「ドルツ侯爵家で叩き込まれましたから
大丈夫だと思います」
うん、たぶん平気だと思う。
あっ!そうだ。
「あの私、今朝 グレン様と婚約しました」
うん、報告するの忘れてた。
「「「え~っ!婚約!!」」」
あ、また三人ハモりました。
「ア、アニエス。今頃言う?そんな大事な事
今頃言う?なんでもっと早くに言わないの。
もう、この子は……もう、本当におめでとう」
「もう、このお間抜けさんめ!早く言いな
さい。でも、本当。おめでとうアニエス」
アイリスさんとアルマさんが苦笑気味で
お祝いしてくれる。
姫様が私に飛び付く。
「ヤダ~!早く言いなさいよ!もう。
おめでとうアニエス。あなた私の親族に
なるのね。ふふふ。うれしい!
でも、よくオーウェンが許可したわね。
出征があるからかな?でも、大丈夫よ。
だってグレンだもの。
誰があいつを害せるというの。
無事に帰ってくるわ。うん、めでたい!」
姫様がうれしそうに私の口にチョコ
を放り込む。
キャラメルが入ったチョコレート。
幸せな味がした。
行きとお洋服が違う……。
外泊だし……黒い虫に何かひどい事でもされたの?」
アイリスさんが私を見るなり叫ぶ。
黒い虫ってグレン様の事?
──グレン様は無実です。
そんなにひどいかな?
確かに大泣きしたけれど。
「ああ~!目がぱんぱんに腫れてる!!
鼻も真っ赤じゃない。何、どうしたの!
冷やす?冷やそう!」
アルマさんが氷を持ってくる。
ああ、大騒ぎになってしまった。
心配かけてすみません。
「アニエスおいで?」
両手を広げ小首を傾げる姫様。
今日は服装は相変わらず男装だけれど、
髪がハーフアップに結われている。
それだけでとても華やか。
ふんわりと私を抱き締めて、優しく頭を
撫でて下さる。
うっ、尊い。主が優しいよう。
姫様に慰められて、アルマさんに目を氷で
冷やしてもらい、アイリスさんの淹れた
お茶を飲んで一息つく。
私って恵まれているよね。
「それで、どうしたの?昨日はデートに
出かけて帰って来ないけれど、王宮に
問い合わせたらオーウェンの所に泊まると
連絡があったから、安心していたのに。
そんなに目を泣き腫らして ……」
私の口にチョコレートを放り込みながら
姫様が尋ねる。
あ、プチ・エトワール本店のオリジナル
レシピのチョコだ。私の大好物。甘い。
「グレン様が出征されると聞いて気を失い
まして、気が付いたらザルツコードの
お屋敷でした。グレン様が運んでくれた
みたいで……」
「ああ、とうとう帝国と開戦したのね。
もし、帝国と事を構えたらグレンが行く
だろうとは思っていたけど……そうなの。
ショックだったのね可哀想に」
今度はナッツクリームの入ったチョコを
私の口に放り込む姫様。
「グレン様が戦に行くのもショックでした
けれど、オーウェン様から私が王都に来た
事情を色々聞きまして……。
それが結構ショックな事が多くて
泣きました」
私は昨日知った事を全て姫様に話した。
兄達も私の事を嫌っていなかった。
きっと姫様達も大丈夫だよね?
「口からブレス?ええ!吐いたのそんな物」
ものすごく驚く姫様達。
ええ、そうです。吐いたらしいです。
「何も覚えていないのですがオーウェン様
も、実家の兄達も目撃しているので本当
みたいです。すみません。私、ひょっと
したら魔物かもしれません」
「ずいぶん可愛い魔物ねぇ」
「それにちょっとお間抜けさんよね」
「チョコレート好きの魔物ねぇ。
怖くないわよねぇ。
ほ~ら、今度はストロベリークリームよ」
アイリスさん、アルマさんが笑い。
姫様がまた、私の口にチョコを放り込む。
あっ、ストロベリーも美味しい。
「お兄様達に再会したのね。良かったわね。
みんなあなたが可愛いのよ。誰もあなたを
魔物だの化け物だの思う人はいないわよ。
お馬鹿さんねぇ。こんなに目を腫らして」
姫様が笑って言う。
本当。なんであんなに怖がったのだろう。
それにしても、私に奴隷の腕輪を嵌めた
理由が……『ブレスを吐くような馬鹿高い
魔力の持ち主だとお嫁に行けない』とかいう
謎な理由だった。
今日、問い詰めたら一番上の兄。エリック
兄さんが泣きながら謝ってきた。
『だって叔母さんがこれ以上魔力が高く
なるとお嫁に貰ってくれる人がいなく
なるって……。
アニエス、あのキンキラなロベルトの事が
好きだって言うから俺達なんとかしたくて。
ロベルトの奴、弱いじゃん?
釣り合い考えたらマズイって父上が。
みんなでアニエスに魔力封じの腕輪を
何個か嵌めてみたけど全然駄目で。
叔母さんがくれたあの腕輪でちゃんと
魔力がロベルト並みになったから、
みんなで喜んでいたら……あれ、奴隷の腕輪
だって。オーウェン様に教えられた。
本当にごめんよ。アニエス、俺の事嫌いに
ならないでぇ~』
でかい図体、火焔熊につけられた顔の傷痕。
見た目若干?厳つい熊系のいい歳した男が
しくしく泣きながら語る。
──うん。マックス義兄様、確かにうちの
兄達は脳ミソまで筋肉です。
二番目の兄、マリック兄さんには魔物の氾濫の時に私をゴブリンの群れに拐われるぐらいならと殺そうとした事を土下座で謝られた。
いや、状況的にそれは仕方がないと思うよ?
泣きながら土下座する熊。怖いよ。
三番目の兄、セドリック兄さんからは、
私が黒竜の血で穢された騎士の血を
飲まされたあの事件の裏話。
父様のやらかしを暴露された。
私に血を飲ませたあの騎士は、父様の親友。
元々はパリス伯爵家で護衛騎士をしていた。
そして、私達の母とは幼馴染み。
ずっと大切に思っていたらしい。
私達の母は伯爵令嬢だったが、
家の内情が悪く政略結婚で金持ちの年寄り
に嫁ぐ事になっていた。
母はそれが嫌で泣いていたそうで、
見かねたその騎士が母を連れて逃げた。
いわゆる駆け落ち。
駆け落ちし、世間知らずな母を連れて困った
騎士は親友である父様を頼って母を連れて、
北の辺境へやって来た。
そこで、父様と母は出会い。
フォーリン・ラブ。
親友が連れて逃げてきた女性と恋に落ちて
略奪結婚。
命がけで母を連れて逃げてきた騎士の
立つ瀬がどこにもない。
……愛の前に破れる友情。
そりゃ恨まれるわ!あの熊父め。
今、黒竜の血のせいで私がこんなに悩んで
いるのは、ほぼ父様が悪いと思う。
母が逃げたせいで金持ちとの縁談が駄目に
なるどころか、多額の違約金を支払う
羽目になったパリス伯爵家。
お祖父様、お祖母様は心労で相次いで亡く
なり、残された母の兄。
パリスの伯父はどうにもならない伯爵家の
内情を立て直すために悪事に手を染めた。
そりゃ、私の事が憎いだろうよ。
虐待されるわ!
あの騎士は黒竜を仕留めれば帝国で仕官
出来ると甘い言葉で、唆されていたのだ
そう。きっと、母を連れて逃げたせいで
失った身分を取り戻したかったのだろう。
騎士は黒竜を倒すのを父様に手伝って
欲しかった。
何せ父様、頭は微妙だけど馬鹿強いから。
でも辺境には竜には不可侵という掟がある。
父は騎士の頼みを断った。
断られ、父抜きで黒竜を襲った騎士達は
皆殺しにされた。
一人生き残った騎士は父が許せなかった。
しかも、私を生んだせいで母が亡くなった。
生まれた私は母に良く似ていた。
騎士の中で何かが歪んだ。
結果、私に黒竜の血で穢れた自分の血を
飲ませる事になったのだ。
「アニエス、あなたのそれは黒竜の血のせい
なのかしらね?血の契約者はドラゴンを従わせると言い伝えられているわ」
姫様、それって髪の色が変わったり、
口からブレスの事でしょうか。
髪の色が黒に変わる。
ファイアブレスを吐く。
黒竜もファイアブレスを吐いた事が
あるよね。
モールさんが話していた。
でも、髪が金色になったり唄ったりは
なんだろう?黒竜じゃないよね。
う~ん。分からん。
──黒竜。どうしていなくなったんだろう。
子供の頃から良く遊んでくれたよね。
いつも、長い黒髪の綺麗なお兄さんの姿。
金色の瞳がちょっとグレン様に似てる。
魔法を沢山教えてくれたし、珍しい薬草の
生えている場所も教えてくれた。
あと、美味しい飴玉をくれるの。
そして時々大きなトカゲになって空を飛ぶ。
私も何度か咥えられて空を飛んだ事がある。
懐かしいな。
みんなに言うと怖がられるから言えない。
内緒のお友達。
「黒竜なんでいなくなっちゃったんだろう」
「「「え?」」」
私のつぶやきに姫様達が反応する。
驚き声が三人綺麗にハモる。
「黒竜、いなくなっちゃったって……」
「まるでいたのを知ってる口調よね」
「黒竜は黒い森で辺境伯の騎士達を皆殺し
にした後、消息不明。アニエスが赤ちゃん
の頃の話よね?」
姫様、アルマさん、アイリスさん。
ここは辺境じゃないし、不可侵の掟はない。
それにこの人達なら言っても平気だよね?
「実は黒竜と友達だったんです。子供の頃は
毎日遊んでくれて、ずっと一緒にいてくれた
大事なお友達です。
辺境には『竜には不可侵』という掟があって
遊び相手にしていると知られたら怒られると
思って黙っていました。
きっと怖がられると思って誰にも言えない
秘密のお友達なんです」
「「「え、ええ~!!」」」
あ、またハモった。
「ア、アニエス。今頃言う?そんな大事な事
今頃言う?なんでもっと早くに言わないの。
もう、この子は……」
アイリスさんが手を額に当てて首を振る。
あれ?何かまずかったでしょうか?
「ほうら、やっぱり少しお間抜けさん。
こんな魔物少しも怖くないわよねぇ」
アルマさんが苦笑する。
ええ~だって辺境じゃ絶対秘密だと思って
いたんですよ。
黒竜、みんなに怖がられていたし。
結構な人数黒竜に殺されているから、恨みも
あるだろうし。
黒竜が悪い訳じゃないのに。
人が追いかけ回して襲うから悪いのに。
「アニエス、黒竜と白竜は知り合いって
言っていたわよね?黒竜から話を聞ければ
色々分かる事があるんじゃないかしら?」
姫様がやや引きった顔で笑う。
あ!成る程。
そういえば白竜、私の事を食べた時に
黒竜の事を話していたわ。
『黒竜、会いたい。もう一度』
と言っていた。
「アニエス、どんな些細な事でもいいから
思い出した事があったら話しなさい。
あなたの中に色々ヒントが隠されている
気がしてならない。分かったかしら?
それで黒竜はいつ、いなくなったの?」
姫様に言われて思いおこす。
確かあれは……。
「ロベルト様に婚約を申し込まれた時に
黒竜に婚約すると報告したら悲しそうに
『お前も俺じゃない人を選ぶんだな』
と言ってそれきり姿を見せなくなりました」
「「「う、わ~!!」」」
あ、また三人ハモりました。
「アニエス、あなた黒竜をふっちゃたんだ」
アルマさん。ふるって何?
「失恋したショックでいなくなったのね」
アイリスさん、失恋て何?
「お前もというもは誰の事かしらね?」
「「「「……白竜?」」」」
よし、今度は私もハモったぞ。
そうか、そういえば黒竜も会いたい奴が
いるけど会えないと嘆いていたな。
あれ、白竜の事かな?
「白竜は黒竜をふって一体、誰を選んだの?
『俺じゃない人』というのは人間の事?
白竜のお相手は人間の男性なんじゃない?
実は王家には、竜の血が流れていると言われているの。数百年前の王族。可能性があると思わない?」
「それは……ありそうですね。調べますか?
ちょうど兄が陛下に禁書の閲覧許可を頂いた
ので、ある程度は分かるかもしれません」
アルマさんが姫様にお伺いを立てる。
アルフォンス様、禁書を読めるんだ。
すごい、すごい。
「あ!本宮にお使いですか?私が行きます。
昨日は結局一日お休みしてしまいました。
今日もまだ、働いてません。私が行きます」
私は手を挙げて宣言する。
駄目よ。サボってばかりじゃ働かなきゃ。
「駄目よ。お使いはアルマに頼むわ。
アニエスは他にやる事があるでしょう?
グレン、出征するのよ?
お守り渡さなくていいの?昨日聞いた
ばかりじゃ用意していないでしょう。
さっさと作りなさい。時間がないわよ」
あっ!お守り。無事を祈って手巾に刺繍
して渡すんだ。
姫様、ありがとうございます。
確かに時間がない。
よし、やるぞ。
「ところでアニエス、刺繍できるの?
お針を持ったところを見たことないけど」
アイリスさんが、心配そうに聞いてくる。
「ドルツ侯爵家で叩き込まれましたから
大丈夫だと思います」
うん、たぶん平気だと思う。
あっ!そうだ。
「あの私、今朝 グレン様と婚約しました」
うん、報告するの忘れてた。
「「「え~っ!婚約!!」」」
あ、また三人ハモりました。
「ア、アニエス。今頃言う?そんな大事な事
今頃言う?なんでもっと早くに言わないの。
もう、この子は……もう、本当におめでとう」
「もう、このお間抜けさんめ!早く言いな
さい。でも、本当。おめでとうアニエス」
アイリスさんとアルマさんが苦笑気味で
お祝いしてくれる。
姫様が私に飛び付く。
「ヤダ~!早く言いなさいよ!もう。
おめでとうアニエス。あなた私の親族に
なるのね。ふふふ。うれしい!
でも、よくオーウェンが許可したわね。
出征があるからかな?でも、大丈夫よ。
だってグレンだもの。
誰があいつを害せるというの。
無事に帰ってくるわ。うん、めでたい!」
姫様がうれしそうに私の口にチョコ
を放り込む。
キャラメルが入ったチョコレート。
幸せな味がした。
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周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
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