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グレン、四阿にて
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北の国境線が破られたと辺境のプリシラ
から急使が来た。
和平会談を王都でと執拗に迫る帝国を退け
時間稼ぎをしてはいたが、こちらの態勢は
調ったとは言えない。
こちらはカルヴァンの負傷で戦力の低下は
避けられない状況。
国軍を率いるラケット将軍もカルヴァンを
欠いて国軍、辺境伯軍、第二騎士団、領軍
と連携を上手くとれずにいる。
今は分かりやすい旗頭が必要だ。
万が一を考えアーサーは隣国、キルバンに
避難させられた。残るは俺だな。
まず、間違いなく俺が駆り出されるだろう。
──アニエスは……泣くだろうな。
それを思うと胸が痛い。
エリザベ―トとアニエスは帝国から狙われて
いる。それに、王都で『穴』が増殖している
今、王都の護りも疎かに出来ない。
……側を離れたくない。
でも、きっと状況はそれを許さないだろう。
アルバ―トから呼ばれた。
話はその事だろう。
「グレンすまない。北へ行ってくれるか?」
……案の定、来た。
「断る。俺を北に遣りたいならさっさと
アニエスと婚約させろ」
アルバートがゲンナリした顔をする。
馬鹿が、国王がそんな顔するな。
「断るってお前な俺は一応国王なんだけど。
しかし婚約か。問題はオーウェンだな。
まだゴネてるのかあのオッサン」
「早く、あのジジイをなんとかしろ。
元々、アニエスは俺の嫁候補として奴が
養女に迎えたはずなのに、後数年は嫁に
やらんと抜かしやがって。
まあ、大事にしたい気持ちは分かるが……。
このまま、何の約束もなくアニエスの側を
離れる事は出来ない。
アルバート時間の無駄だ。王命を使え」
「王命ねぇ……彼女の承諾は自分でとれよ?
オーウェンはこちらでなんとかするが。
彼女の実家はどうするんだ。
婚約の話はまだ話してないんだろう?」
「騙されたとはいえ、アニエスに奴隷の
腕輪を嵌めた罪は重い。
そもそも、籍は抜けている。父親の権利は
オーウェンにある。知った事か」
「泣かすなよ」
「分かっている。辺境へはいつでも発てる。
すでに第一騎士団の職はマクドネルに、
引き継いだ。後はカルヴァンの抜けた穴を
埋めたい。人員改革案だ。サインしろ」
書類をアルバートに放り投げる。
王宮、王都の警護、防衛のための人員異動。
あいつらは、カルヴァンや俺の抜けた穴を
埋めてくれるだろう。
そのぐらいの罪滅ぼしはしてくれ。
「成る程。このためにオーウェンは彼等を
王都に留め置いたのか……。
分かった。
書類上だけでいいのなら明日にでも
オーウェンに、サインをさせる。
お前は、いつ発てる?」
「三日後、出立する。軍部や将軍とも調整
済みだ。プリシラの張った防衛結界は十日
は保つ。十分だろう」
アルバートが辛そうな顔をする。そんな
ものが見たい訳じゃない。
今まで生贄になるため、危険な仕事は
させて貰えなかった。
子供の頃にオーウェンにしごかれていた時
の方が余程危険だった。
あの日々があるから今、国のために動ける。
──認めたくはないが、感謝するよジジイ。
「準備がいいな。最初から行くつもり
だったか。頼むから死んでくれるなよ」
「アニエスを嫁に貰うまで俺が死ぬかよ。
今日、一日あいつと別れを惜しんでくるさ」
「初デートか。楽しい一日になるといいな」
一日、一緒にいられる。
それだけで楽しい一日だ。
実際楽しい一日だった。なんだろうな?
一緒にいるだけで色々面白い。
特にあの豆……おかしいだろ。
夕暮れ時の女神像の庭。別れを惜しむように
抱き合う。
側を離れる事、
戦に行く事を告げなければ。
……泣くだろうな。気が重い。
──四阿に誘い話を切り出す。
……泣くだろうとは思っていたが、まさか
気を失うとは思わなかった。
ぐったりした体を支え、焦って名を呼ぶ。
アニエスの閉じられた瞼から涙がこぼれる。
何度か名を呼ぶとアニエスが目を開けた。
……瞳が金色。
どういう事だ?それに焦点が合っていない。
「アニエス、大丈夫か?」
起き上がるが、返事はない。
小首を傾げにっこり笑う。幼い表情。
いつものアニエスじゃない。
俺に手を伸ばし、胸元をそっと撫でる。
あの、鱗が生えた場所。
カッと体が熱くなる。
あの森。アニエスの倒れていた森で
嗅いだ匂いが、また香る。
あの匂いを嗅いだ後、俺の左胸に白い鱗が
数枚生えてきた。うち一枚が大きくなって
薄い桃色になっている。
包帯を巻いて隠しているそれにアニエスが
触れる。
ゾクゾクと快感が走る。
ふいに強い力で引き寄せられ、アニエスに
口付けられた。
入ってくる舌。絡みつき、口腔を犯され、
翻弄される。
手を繋いだだけで赤面するアニエスとは
思えない。
だが、与えられる快楽に体が動かない。
されるがまま、アニエスの好きにさせた。
ベンチに押し倒され、体の上にアニエスが
乗り上げてくる。
金色の瞳と目が合う。
蠱惑的に笑うアニエス。
一体どうなっている?
俺の胸元をまさぐる手の爪が長く伸びる。
一気に服を切り裂かれた。
勢い皮膚も薄く切られる。痛みというより
熱い。
日が落ちる。登りかけの大きな月が
アニエスの背に見える。
アニエスのキャラメル色の髪が黒く色を
変える。
──金の瞳、黒く変わった髪。
何よりもその表情。魔物の顔だ。
どうしたら、元に戻るんだ。
こんな顔は見たくない。
アニエスがうっとりとした顔で俺の胸元の
傷から流れる血を舐める。
その度に強い快感が走り体が疼く。
不味い。脳髄から蕩けそうだ。
クラクラする。
長い爪で鱗を抉り取られるが、やはり
痛みはない。むしろ一層快楽が強くなる。
傷と血を丁寧に舐め取られると
そこは正常な皮膚になっている。
傷も鱗もない。
あれほど悩んだ鱗が消えた。
アニエスは俺から引き剥がした桃色の鱗を
大事そうに両手で抱えそれを口にした。
アニエスの口に吸いこまれる鱗。
恍惚とした顔のアニエスに魅入る。
魔物顔でも可愛いな。
でも元に戻って欲しい。
新緑の瞳、キャラメル色の髪。とぼけた顔。
それらが愛しい。
元に戻ってくれアニエス。
アニエスに手を伸ばす。
するとアニエスは自分のドレスの胸元を
両手で引き裂いた。
露になる白い胸。
その体の美しさに目が釘付けになる。
アニエスの左胸には俺と同じ桃色の鱗が
あった。彼女はそれを長い爪で剥がし、
俺に差し出してきた。
自然に手に取る。
俺はアニエスの鱗を口にした。
吸いこまれるように鱗が体の中に消える。
俺とアニエスの魔力が交ざり合う。
感じたことのない多幸感。
なんだこれ?めちゃくちゃ気持ちいい。
アニエスが恍惚と白い裸体を弓なりに
反らせる。……エロい。
そのまま倒れ込んでくる。
慌てて抱き止める。
意識がない。でも、上気した頬。
幸せそうな顔。
──ちょっと待て。今のアニエスのは、
ひょっとして達したのか?
何が起こったのか分からず呆然とする。
アニエスの髪が黒から、キャラメル色に
変化する。
アニエスの胸の鱗も消えている。
形のいい白い双丘が静かに上下している。
白く滑らかな肌。
鱗の痕跡は全くない。
「どうなっているんだ?」
今のは何だったんだ?
俺がおかしいからアニエスがおかしく
なったのか。
アニエスがおかしいから俺がおかしく
なったのか。
俺達二人供、おかしいのか。
俺もアニエスも鱗が生えていた。
そもそも俺達二人、人?なのか?
疑問は尽きない。
エロい怪奇現象に頭を悩ませる。
三日後には戦場に行くというのに、こんな
悩ましい状態で行けというのか。
……いや、それより切実な問題がある。
アニエスは、ドレスが胸から腹にかけて
破かれ半裸だ。
俺も上半身ビリビリに服を裂かれていて
半裸だ。
とりあえず、布で無事なのは俺の上着の
背の部分だ。それでアニエスの体を覆う。
王女宮には俺は入れない。
さて、どうする?
幸いなのは、うちの馬車を待たせたままに
してある事か。
だが、馬車は本宮の馬繋場だ。
上半身裸の俺がビリビリに破かれた上着で
くるまれた半裸のアニエスを抱いて
うろうろする訳にもいくまい。
絶対に誰かの目にとまる。
それは不味いだろう。
さらにもっと切実な問題がある。
エロいアニエスに、煽りに煽られて
切羽詰まった俺の下半身はどうすれば
いいんだ。
高くなった月を見上げ、悩む。
すると後ろから声をかけられる。
「 ……婚約前に。しかも野外で事に及ぶ
とは、人としてどうなんでしょうね。
はははははは……死にたいのか、小僧」
笑いながら怒る人。オーウェンだ。
「オーウェン、また覗きか。だが、いい所に
来たな。助けてくれ」
「アニエスは気をやってますね。こんなに、
ドレスを破きやがって……このケダモノが!」
「俺が破いたんじゃない。アニエスが自分
で破いたんだ。ちなみに俺の服はアニエス
が破いたんだぞ」
「もっとマシな言い訳をしろよ小僧」
「オーウェン」
声の調子を変えるとすぐに察して口を
つぐむオーウェンに、さっきまでの状況を
話した。オーウェンは渋い顔だ。
「アニエスのは黒竜の血のせいでしょうね」
「俺のはなんだと思う?」
「先祖返りじゃないですか?」
「先祖返り?」
「王家には竜の血が流れているので。
国旗にも竜が描かれてますしね」
軽く言うなよ。確かに王家には竜の血と
力が宿ると伝承されているが、そんなもの
ただの箔付けの与太話だと思っていた。
どこの王家にもやれ、我は神の一族だの、
女神の娘だの自分達の王党の正統性を
演出するための伝説が存在する。
ただ、白竜の生贄にされかけた俺としては
一概に脚色とは言い切れない。
それを考えると、あり得ない話ではない。
しかし、先祖返りで鱗が生えるか?
他の王族には今までいないだろうそんな奴。
「あなたのその桁違いの魔力を考えると
ありそうな話ですけどね」
「やはり俺は人じゃないのかもな……」
子供の頃から散々化け物扱いされてきた。
今更傷つく繊細さはないが気分のいいもの
でもない。
「何を言っているんです。魔物だろうが
竜だろうが、あなたはあなた。
アニエスはアニエスです。
下らんことを考えるのは、およしなさい」
オーウェンがまともな事を言っている。
「いい事を言ってくれたついでに何とか
してくれないか?」
オーウェンは、上着を脱いでこちらに
放り投げる。
「馬車をこちらにまわします。これ以上は
アニエスに触れないで下さいよ」
「心配しなくても、さすがに野外はないな」
「屋内でもよして下さい」
「善処する」
俺達はオーウェンの手配した馬車に乗り
ザルツコードの街の屋敷に来た。
ザルツコード婦人のマリーナが出迎え
てくれる。
「戻ったよ。マリーナ!」
固い抱擁を交わし何度も頬や額にキスする
オーウェン。
相変わらず愛妻家だ。
マリーナ。銀の髪をきっちり結い上げ
瞳と同じ淡い菫色のドレスに身を包んでいる。
齢五十でこの美しさ。
しかも、気さくで優しい。
そして、どこかぶっ飛んでいる。
お茶目な人だ。
実は俺は申し訳ないが実の母よりこの人を
慕っている。
子供の頃、オーウェンに死ぬような目に
遭わされても、この人にわしわしと頭を
撫でられるとケロリと忘れたものだ。
アニエスも実母に縁が薄く、彼女を実母の
ように慕っている。
「あら、あら、あら、まあ!まあ!」
半裸で幸せそうに眠るアニエスを見て
マリーナが楽しそうに笑う。
「まあ、グレンたらせっかちさんね!
ふふふ。今夜は同じ部屋がいいかしら?」
本当に楽しそうですね。
マリーナ。
ぜひ、同じ部屋でお願いします。
「マリーナ!何て事を言うんだ!グレン様、
節度を保って下さいよ」
オーウェンがうざい。
「オーウェン?恋人達の邪魔をしては
だめよ?邪魔をすると孫の顔が見れなく
なるから。どう?アニエスそっくりの
女の子なんて最高に可愛いと思うけど?」
「……うっ!それは、か、可愛いだろう。
しかし、しかしだな?……ああ、マリーナ」
マリーナはオーウェンの耳を引っ張って
そのまま去って行った。
俺はアニエスを抱いたまま使用人の案内
で二階の部屋に通される。
「お嬢様のお着替えを……グレン様はその間
に湯浴みを用意してございます」
侍女が三人来た。
アニエスを着替えさせて貰えるようだ。
ありがたく言葉に甘える。
今夜は二人ともこちらで世話になろう。
期せずして一晩一緒の部屋で眠れる。
アニエスの寝顔を堪能しよう。
湯浴みしてさっぱりし、ウキウキしながら
部屋に戻った。
ベッドにアニエスが横になっている。
前に一度抱きしめて、眠った事がある。
あれは幸せだった。
長く離れるんだ。それぐらい許して欲しい。
上掛けを捲り、アニエスの隣に潜り込もう
として固まる。
アニエスがめちゃくちゃエロい夜着を
着せられている。
しばらくガン見した後、そっと上掛けを
アニエスに、掛け直す。
……オーウェンとマリーナを足して二で
割りたい。
どっちも極端だろ。
ふいに、四阿でのアニエスを思い出す。
弓なりに体を反らせ、達したアニエス。
それにこのエロい夜着。
ヤバいな、今晩眠れないかも知れない。
なんの拷問なんだ。
俺は上掛けの上から、
アニエスを抱きしめると深いため息をついた。
から急使が来た。
和平会談を王都でと執拗に迫る帝国を退け
時間稼ぎをしてはいたが、こちらの態勢は
調ったとは言えない。
こちらはカルヴァンの負傷で戦力の低下は
避けられない状況。
国軍を率いるラケット将軍もカルヴァンを
欠いて国軍、辺境伯軍、第二騎士団、領軍
と連携を上手くとれずにいる。
今は分かりやすい旗頭が必要だ。
万が一を考えアーサーは隣国、キルバンに
避難させられた。残るは俺だな。
まず、間違いなく俺が駆り出されるだろう。
──アニエスは……泣くだろうな。
それを思うと胸が痛い。
エリザベ―トとアニエスは帝国から狙われて
いる。それに、王都で『穴』が増殖している
今、王都の護りも疎かに出来ない。
……側を離れたくない。
でも、きっと状況はそれを許さないだろう。
アルバ―トから呼ばれた。
話はその事だろう。
「グレンすまない。北へ行ってくれるか?」
……案の定、来た。
「断る。俺を北に遣りたいならさっさと
アニエスと婚約させろ」
アルバートがゲンナリした顔をする。
馬鹿が、国王がそんな顔するな。
「断るってお前な俺は一応国王なんだけど。
しかし婚約か。問題はオーウェンだな。
まだゴネてるのかあのオッサン」
「早く、あのジジイをなんとかしろ。
元々、アニエスは俺の嫁候補として奴が
養女に迎えたはずなのに、後数年は嫁に
やらんと抜かしやがって。
まあ、大事にしたい気持ちは分かるが……。
このまま、何の約束もなくアニエスの側を
離れる事は出来ない。
アルバート時間の無駄だ。王命を使え」
「王命ねぇ……彼女の承諾は自分でとれよ?
オーウェンはこちらでなんとかするが。
彼女の実家はどうするんだ。
婚約の話はまだ話してないんだろう?」
「騙されたとはいえ、アニエスに奴隷の
腕輪を嵌めた罪は重い。
そもそも、籍は抜けている。父親の権利は
オーウェンにある。知った事か」
「泣かすなよ」
「分かっている。辺境へはいつでも発てる。
すでに第一騎士団の職はマクドネルに、
引き継いだ。後はカルヴァンの抜けた穴を
埋めたい。人員改革案だ。サインしろ」
書類をアルバートに放り投げる。
王宮、王都の警護、防衛のための人員異動。
あいつらは、カルヴァンや俺の抜けた穴を
埋めてくれるだろう。
そのぐらいの罪滅ぼしはしてくれ。
「成る程。このためにオーウェンは彼等を
王都に留め置いたのか……。
分かった。
書類上だけでいいのなら明日にでも
オーウェンに、サインをさせる。
お前は、いつ発てる?」
「三日後、出立する。軍部や将軍とも調整
済みだ。プリシラの張った防衛結界は十日
は保つ。十分だろう」
アルバートが辛そうな顔をする。そんな
ものが見たい訳じゃない。
今まで生贄になるため、危険な仕事は
させて貰えなかった。
子供の頃にオーウェンにしごかれていた時
の方が余程危険だった。
あの日々があるから今、国のために動ける。
──認めたくはないが、感謝するよジジイ。
「準備がいいな。最初から行くつもり
だったか。頼むから死んでくれるなよ」
「アニエスを嫁に貰うまで俺が死ぬかよ。
今日、一日あいつと別れを惜しんでくるさ」
「初デートか。楽しい一日になるといいな」
一日、一緒にいられる。
それだけで楽しい一日だ。
実際楽しい一日だった。なんだろうな?
一緒にいるだけで色々面白い。
特にあの豆……おかしいだろ。
夕暮れ時の女神像の庭。別れを惜しむように
抱き合う。
側を離れる事、
戦に行く事を告げなければ。
……泣くだろうな。気が重い。
──四阿に誘い話を切り出す。
……泣くだろうとは思っていたが、まさか
気を失うとは思わなかった。
ぐったりした体を支え、焦って名を呼ぶ。
アニエスの閉じられた瞼から涙がこぼれる。
何度か名を呼ぶとアニエスが目を開けた。
……瞳が金色。
どういう事だ?それに焦点が合っていない。
「アニエス、大丈夫か?」
起き上がるが、返事はない。
小首を傾げにっこり笑う。幼い表情。
いつものアニエスじゃない。
俺に手を伸ばし、胸元をそっと撫でる。
あの、鱗が生えた場所。
カッと体が熱くなる。
あの森。アニエスの倒れていた森で
嗅いだ匂いが、また香る。
あの匂いを嗅いだ後、俺の左胸に白い鱗が
数枚生えてきた。うち一枚が大きくなって
薄い桃色になっている。
包帯を巻いて隠しているそれにアニエスが
触れる。
ゾクゾクと快感が走る。
ふいに強い力で引き寄せられ、アニエスに
口付けられた。
入ってくる舌。絡みつき、口腔を犯され、
翻弄される。
手を繋いだだけで赤面するアニエスとは
思えない。
だが、与えられる快楽に体が動かない。
されるがまま、アニエスの好きにさせた。
ベンチに押し倒され、体の上にアニエスが
乗り上げてくる。
金色の瞳と目が合う。
蠱惑的に笑うアニエス。
一体どうなっている?
俺の胸元をまさぐる手の爪が長く伸びる。
一気に服を切り裂かれた。
勢い皮膚も薄く切られる。痛みというより
熱い。
日が落ちる。登りかけの大きな月が
アニエスの背に見える。
アニエスのキャラメル色の髪が黒く色を
変える。
──金の瞳、黒く変わった髪。
何よりもその表情。魔物の顔だ。
どうしたら、元に戻るんだ。
こんな顔は見たくない。
アニエスがうっとりとした顔で俺の胸元の
傷から流れる血を舐める。
その度に強い快感が走り体が疼く。
不味い。脳髄から蕩けそうだ。
クラクラする。
長い爪で鱗を抉り取られるが、やはり
痛みはない。むしろ一層快楽が強くなる。
傷と血を丁寧に舐め取られると
そこは正常な皮膚になっている。
傷も鱗もない。
あれほど悩んだ鱗が消えた。
アニエスは俺から引き剥がした桃色の鱗を
大事そうに両手で抱えそれを口にした。
アニエスの口に吸いこまれる鱗。
恍惚とした顔のアニエスに魅入る。
魔物顔でも可愛いな。
でも元に戻って欲しい。
新緑の瞳、キャラメル色の髪。とぼけた顔。
それらが愛しい。
元に戻ってくれアニエス。
アニエスに手を伸ばす。
するとアニエスは自分のドレスの胸元を
両手で引き裂いた。
露になる白い胸。
その体の美しさに目が釘付けになる。
アニエスの左胸には俺と同じ桃色の鱗が
あった。彼女はそれを長い爪で剥がし、
俺に差し出してきた。
自然に手に取る。
俺はアニエスの鱗を口にした。
吸いこまれるように鱗が体の中に消える。
俺とアニエスの魔力が交ざり合う。
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なんだこれ?めちゃくちゃ気持ちいい。
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反らせる。……エロい。
そのまま倒れ込んでくる。
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意識がない。でも、上気した頬。
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ひょっとして達したのか?
何が起こったのか分からず呆然とする。
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変化する。
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形のいい白い双丘が静かに上下している。
白く滑らかな肌。
鱗の痕跡は全くない。
「どうなっているんだ?」
今のは何だったんだ?
俺がおかしいからアニエスがおかしく
なったのか。
アニエスがおかしいから俺がおかしく
なったのか。
俺達二人供、おかしいのか。
俺もアニエスも鱗が生えていた。
そもそも俺達二人、人?なのか?
疑問は尽きない。
エロい怪奇現象に頭を悩ませる。
三日後には戦場に行くというのに、こんな
悩ましい状態で行けというのか。
……いや、それより切実な問題がある。
アニエスは、ドレスが胸から腹にかけて
破かれ半裸だ。
俺も上半身ビリビリに服を裂かれていて
半裸だ。
とりあえず、布で無事なのは俺の上着の
背の部分だ。それでアニエスの体を覆う。
王女宮には俺は入れない。
さて、どうする?
幸いなのは、うちの馬車を待たせたままに
してある事か。
だが、馬車は本宮の馬繋場だ。
上半身裸の俺がビリビリに破かれた上着で
くるまれた半裸のアニエスを抱いて
うろうろする訳にもいくまい。
絶対に誰かの目にとまる。
それは不味いだろう。
さらにもっと切実な問題がある。
エロいアニエスに、煽りに煽られて
切羽詰まった俺の下半身はどうすれば
いいんだ。
高くなった月を見上げ、悩む。
すると後ろから声をかけられる。
「 ……婚約前に。しかも野外で事に及ぶ
とは、人としてどうなんでしょうね。
はははははは……死にたいのか、小僧」
笑いながら怒る人。オーウェンだ。
「オーウェン、また覗きか。だが、いい所に
来たな。助けてくれ」
「アニエスは気をやってますね。こんなに、
ドレスを破きやがって……このケダモノが!」
「俺が破いたんじゃない。アニエスが自分
で破いたんだ。ちなみに俺の服はアニエス
が破いたんだぞ」
「もっとマシな言い訳をしろよ小僧」
「オーウェン」
声の調子を変えるとすぐに察して口を
つぐむオーウェンに、さっきまでの状況を
話した。オーウェンは渋い顔だ。
「アニエスのは黒竜の血のせいでしょうね」
「俺のはなんだと思う?」
「先祖返りじゃないですか?」
「先祖返り?」
「王家には竜の血が流れているので。
国旗にも竜が描かれてますしね」
軽く言うなよ。確かに王家には竜の血と
力が宿ると伝承されているが、そんなもの
ただの箔付けの与太話だと思っていた。
どこの王家にもやれ、我は神の一族だの、
女神の娘だの自分達の王党の正統性を
演出するための伝説が存在する。
ただ、白竜の生贄にされかけた俺としては
一概に脚色とは言い切れない。
それを考えると、あり得ない話ではない。
しかし、先祖返りで鱗が生えるか?
他の王族には今までいないだろうそんな奴。
「あなたのその桁違いの魔力を考えると
ありそうな話ですけどね」
「やはり俺は人じゃないのかもな……」
子供の頃から散々化け物扱いされてきた。
今更傷つく繊細さはないが気分のいいもの
でもない。
「何を言っているんです。魔物だろうが
竜だろうが、あなたはあなた。
アニエスはアニエスです。
下らんことを考えるのは、およしなさい」
オーウェンがまともな事を言っている。
「いい事を言ってくれたついでに何とか
してくれないか?」
オーウェンは、上着を脱いでこちらに
放り投げる。
「馬車をこちらにまわします。これ以上は
アニエスに触れないで下さいよ」
「心配しなくても、さすがに野外はないな」
「屋内でもよして下さい」
「善処する」
俺達はオーウェンの手配した馬車に乗り
ザルツコードの街の屋敷に来た。
ザルツコード婦人のマリーナが出迎え
てくれる。
「戻ったよ。マリーナ!」
固い抱擁を交わし何度も頬や額にキスする
オーウェン。
相変わらず愛妻家だ。
マリーナ。銀の髪をきっちり結い上げ
瞳と同じ淡い菫色のドレスに身を包んでいる。
齢五十でこの美しさ。
しかも、気さくで優しい。
そして、どこかぶっ飛んでいる。
お茶目な人だ。
実は俺は申し訳ないが実の母よりこの人を
慕っている。
子供の頃、オーウェンに死ぬような目に
遭わされても、この人にわしわしと頭を
撫でられるとケロリと忘れたものだ。
アニエスも実母に縁が薄く、彼女を実母の
ように慕っている。
「あら、あら、あら、まあ!まあ!」
半裸で幸せそうに眠るアニエスを見て
マリーナが楽しそうに笑う。
「まあ、グレンたらせっかちさんね!
ふふふ。今夜は同じ部屋がいいかしら?」
本当に楽しそうですね。
マリーナ。
ぜひ、同じ部屋でお願いします。
「マリーナ!何て事を言うんだ!グレン様、
節度を保って下さいよ」
オーウェンがうざい。
「オーウェン?恋人達の邪魔をしては
だめよ?邪魔をすると孫の顔が見れなく
なるから。どう?アニエスそっくりの
女の子なんて最高に可愛いと思うけど?」
「……うっ!それは、か、可愛いだろう。
しかし、しかしだな?……ああ、マリーナ」
マリーナはオーウェンの耳を引っ張って
そのまま去って行った。
俺はアニエスを抱いたまま使用人の案内
で二階の部屋に通される。
「お嬢様のお着替えを……グレン様はその間
に湯浴みを用意してございます」
侍女が三人来た。
アニエスを着替えさせて貰えるようだ。
ありがたく言葉に甘える。
今夜は二人ともこちらで世話になろう。
期せずして一晩一緒の部屋で眠れる。
アニエスの寝顔を堪能しよう。
湯浴みしてさっぱりし、ウキウキしながら
部屋に戻った。
ベッドにアニエスが横になっている。
前に一度抱きしめて、眠った事がある。
あれは幸せだった。
長く離れるんだ。それぐらい許して欲しい。
上掛けを捲り、アニエスの隣に潜り込もう
として固まる。
アニエスがめちゃくちゃエロい夜着を
着せられている。
しばらくガン見した後、そっと上掛けを
アニエスに、掛け直す。
……オーウェンとマリーナを足して二で
割りたい。
どっちも極端だろ。
ふいに、四阿でのアニエスを思い出す。
弓なりに体を反らせ、達したアニエス。
それにこのエロい夜着。
ヤバいな、今晩眠れないかも知れない。
なんの拷問なんだ。
俺は上掛けの上から、
アニエスを抱きしめると深いため息をついた。
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他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
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