王宮侍女は穴に落ちる

斑猫

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第二騎士団長カルヴァンの後悔

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「言葉には力があるんだ。『言霊』と言う
のだよ。だから人を傷つけるようなことを
言ってはいけないんだよ」

幼いアーサー殿下が言っていた言葉が忘れ
られない。
鬼神の第二騎士団長などと怖れられている
俺だが、実は怖くて仕方のない相手がいる。
その相手に土下座してでも赦しを乞いたい。
言葉は気をつけないと人を傷つける。

『言霊』俺の心無い言葉で傷つけた。
その一人が……。

魔術師団長のアルフォンスだ。


十二年前、突然結界が張られて誰も入れな
かったエリザベート殿下の宮に、我が娘で
あるアイリスと一介の魔術師見習いの男の
二人が入る事に成功したと聞いた時、不思
議に思いながらも生死不明のエリザベート
殿下のお役に立てた事を最初は喜んだ。

だが二人が王女宮の庭に入ったのは王宮の
庭で逢引していて風で飛ばされたアイリス
の帽子を拾おうとしたからだと聞かされた
俺は激昂した。

愛した妻の忘れ形見。一人娘で俺の宝物。
大事な大事な俺の娘が男と逢引だと!
まだ十五歳、まだまだ子供だと思っていた
のに。しかも相手の男の素性が良くない。
帝国の武器商人に奴隷として使われていた
のをグレン様が身請けして連れて来た男だ
という。

奴隷が俺の娘を?冗談じゃない!!
体の血が逆流するかのような怒りのままに
相手の男を痛めつけた。
まだ、十六歳。あどけなさの残る顔の
アルフォンスだった。

殴る蹴るされても声一つあげない。
意志の強い瞳でじっと俺を睨んでいた。

また、それにも腹が立った。

「いいか。二度と俺の娘に近寄るな!」

「……いや、です。お嬢様と結婚させて
下さい。俺はお嬢様に釣り合う身分に必ず
なってみせます。お願いします」


そう言い切るアルフォンスの腹に蹴りを
入れる。

「結婚だと!ふざけるな!!」

血を吐くアルフォンスにこのままだと死ん
でしまうと近くにいた部下達が俺を止めに
入る。羽交い締めにされながら俺は叫んだ。

「いいか!いくら努力しても奴隷は奴隷だ。
穢れた血の分際で俺の娘と結婚だと笑わせ
るな。絶対に許さん!!この虫けらが!!」

地面に膝をついたまま片手で血を拭いながら
屈辱に顔を歪めるアルフォンスに唾をかけた。

「へ~え。努力しても奴隷は奴隷。穢れた血
かぁ。また酷い事をいうねぇ君も」

後ろから声がする。振り向くと第三騎士団長
のオーウェンがヘラヘラと笑いながら立って
いた。笑ってはいるが目が笑っていない。

長年の友人であるオーウェンは、いつも
穏やかな人の善さそうな顔をしているが
怒らせてはいけない種類の人間だ。
そのオーウェンが怒っている。
背中に嫌な汗が伝った。

「君は私の愛するマリーナが帝国の奴隷あ
がりだと知っていてそう言うんだね。
いい奥方を貰ったと祝ってくれたのは嘘な
訳だ。何せ穢れた血だからね。
そうなると家の子供達は穢れた血を引いて
いる訳だね。失礼した。君がそういう考え
の持ち主だとは知らなかったよ」

血の気が引いた。俺は一体何を言った?
今更ながら冷静になった俺は自分の言った
言葉を思い出し絶望する。

マリーナはオーウェンの愛妻で確かに奴隷
として帝国で扱われていたが元々没落貴族
が騙されて奴隷として売られたのだ。

彼女に一切の非はない。
貴族社会では肩身の狭い思いをするため
街中の小さな屋敷で暮らす夫婦。
遊びに行くといつも温かく、もてなしてく
れるマリーナ。

「いや、違う!マリーナの事をそんなふう
に考えたことなどない。誤解だオーウェン」

慌てて弁解するが遅かった。オーウェンは
アルフォンスに肩を貸して立たせると
こちらを振り向きもせず歩き始めた。

「ああ、そうそう。虫けらのいる我が家に
は二度と来ないでくれていいよぅ。ふふ、
じゃあね。元友人だったゴドフリー」

それ以来一度もオーウェンの家には行って
いない。何度か謝ったが失った信用は取り
戻せない。怒りにまかせて放った不用意な
言葉で長年の友を失った。

しかも俺の過ちはそれだけではない。
どこの馬の骨とも分からない奴に奪われる
ぐらいならと、アイリスに婿を迎えようと
した。

今まで捨てていた見合いの釣書の山の中か
ら、これぞというものを選びアイリスに
無理やり見合いをさせた。
公爵家の三男だったあの男と。
後悔してもしきれない。

当日は分家の叔母がアイリスの付き添いと
して付いて行き、護衛も二人付いていた。
にもかかわらずその見合いの席で……。
アイリスは薬を盛られ凌辱された。


目の前が真っ暗になった。
戻ってきたアイリスは泣くでもなく
ただぼんやりと青い石の嵌め込まれた
髪飾りを握りしめ見つめていた。

アルフォンスから贈られた髪飾り。
アイリス付きの侍女から聞いた。

何で俺はこんな卑怯なまねを平気でする
様な奴と見合いなどさせたんだ。
せめて何故一緒にいかなかった?
分家の叔母はグルだった。
公爵家から金を掴まされていた。

どうしてもアイリスを手に入れたかったと
奴はそう言った。
どうせこうなったら、結婚するしかないだ
ろうと開き直った。
しかも、すでに体の関係があると吹聴して
いた。社交界で噂になっている。
結婚しなければアイリスは傷物だ。
それでもこんな奴と結婚などさせられるか!

相手は格上の公爵家だったが殺してやると
誓った。

だが、俺は奴を殺せなかった。
翌日、川で奴の死体が浮いた。
先を越されたのだ。
次いで分家の叔母も馬車の事故で死んだ。

叔母の事故現場で呆然としていると後ろ
から声をかけられる。

「社交界での噂は気にしないで下さい。
噂を聞いた人間の記憶はきれいに消して
あります。もう、誰も覚えいませんよ」

アルフォンスだった。
僅かな間にあどけなさが消え鋭利な顔つき
になっていた。

「記憶を消した?そんなことが出来るのか」

「ええ。大きな夜会を回って貴族から、
使用人まで片端から記憶をいじりました。
日が浅い事もあり、そんなに広がってはい
ないですから大丈夫です。
念のため王宮でアイリスの名を口にすると
自動的に記憶が消えるように術を施しました。
それと公爵家には消えてもらいますから」

「公爵家を消すだと……」

「ええ、当たり前でしょう?」

薄く笑うアルフォンスに背筋が寒くなる。
やる。コイツは宣言通りに公爵家を消す。
そう思った。

「すまなかった。心無い、君を貶める言葉
を吐いた。申し訳なかった」

俺は頭を下げた。アイリスのために、ここ
までする男を俺は、奴隷だ。穢れた血だと
蔑んだ。
なんて愚かだったのだろう。

「別に俺への侮辱などどうでもいい。ただ、
アイリスを傷つけたあなたを俺は許さない。
あなたを殺さないのは、きっと彼女が望ま
ないと思うから」

アイリスが望めばいつでも殺す。
アルフォンスの目はそう言っていた。

そのまま、踵を返しアルフォンスは路地
裏に消えた。

それから数日後公爵家は火事で燃え尽きた。
死んだのは当主とその家族。
家令と数人の侍女と使用人。その他の
使用人達には怪我はなかったが記憶の
混乱がみられた。
おそらく死んだ侍女や使用人はアイリスの
件にかかわっていたのだろう。

アイリスは、しばらく部屋に閉じ籠ってい
たが、エリザベート様の侍女にと王から
請われると二つ返事でそのまま王宮に上がり
侍女として仕えることとなった。

あれから十二年、アイリスは俺と余り口を
きかなくなり家にも帰って来ない。
アルフォンスとも別れてしまい、二十七に
なるというのに結婚もしていない。
何度か結婚を勧めたこともあったが、

「お父様の勧める方はもう懲り懲りです。
私は生涯、エリザベート様にお仕えします」

そうきっぱりと言い切られると、もう何も
言えない。
王女宮に出入りの出来るアルフォンスとは
仕事仲間として接しているようだが。
アルフォンスは、まだアイリスを諦めてい
ない。
その事にほんの少しの希望をみる。
仕事に生きるのも幸せかもしれないが、
好いた男と添い遂げる機会を俺が奪った。
娘の幸せを壊したのは俺だ。

あの時、ただの魔術師見習いだったアルフォ
ンスはめきめきと頭角を表しあっという間に
魔術師団長まで登り詰めた。
功績を認められ叙爵され今では伯爵だ。

アイリスに見合う身分になってみせると
言葉にした通りになった。

あの時、二人の仲を赦していれば……いや、
せめてあんなゲスな事を言わずに見合いな
どさせなければ……。

今頃、二人は結婚して子供の一人や二人は
いたかもしれない。

あったかもしれない未来。アイリスの選択
肢の一つを無惨な形で潰してしまった。

アルフォンスやオーウェンとは仕事柄、顔を
合わせる機会が多い。
二人とも普通に接してくれるが、顔を合わせ
る度に心の中で手を合わせている。

いっそ土下座して謝りたい。
後から悔いるから後悔。
心の底から悔ている。
だが赦されなくともいい。
どうか、アイリスが幸せであるように。
笑顔でいられるように。
それだけをいつもそう祈っている。













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