王宮侍女は穴に落ちる

斑猫

文字の大きさ
上 下
9 / 135

アニエス、舞踏会に行く

しおりを挟む
成り行きでグレン様と王宮舞踏会に行く
ことになってしまった。姫様に報告したら
大笑いされた。何故?解せぬ。

「ところでドレスはどうするの?
オーウェン様にお願いするのかしら。
それとも私のドレスを仕立直して着る?」

今日も男装の姫様、何だか楽しそう。

いや、いや、いや。姫様のドレスとか
畏れ多くて無理です。

「それがグレン様から昨日、ドレスが届き
まして。それで着付けをどうしようかと」

「えっ!もう届いたの?だって申し込まれて
まだ三日でしょ。早くない?
でも、十日前のお誘いであまり時間がない
から既製のドレスを見繕ったのかしら」

「ですかねぇ」

ちらりと後ろにある箱を見る。

「あら、それ?ええ~見せて、見せて!」

「あっ!私も見た~い」

「うん。私にも見せて?」

アルマさんとアイリスさんもノリノリだ。

「まあ……これは既製品じゃないわ。
かなり前から作らせていたわね。
このレベルの物は手間も時間もかなり
かかるわよ。
刺繍もレースも素晴らしいものだわ。
新緑のドレス。アニエスの瞳の色ね。
でも、この豪華な金糸の刺繍……。
グレンの瞳の色を意識してるのかしら。
ふふふ、あのグレンにこんな芸当ができる
なんて……やだ、愛されてるわねアニエス」

「はい?」

あれ?姫様が変なことを言い出したぞ。


「アニエス、私達に任せなさい?
ふふふ、野生の子リスを華麗なご令嬢に
してあげる。うふふふ。
とりあえず入浴に香油でマッサージね。
あと一週間!!さあ、時間との闘いよ」

「まあ、腕が鳴るわ。アニエス、ほとんど
お手入れしてないものね。ふっふっふっ。
大丈夫。着付けに髪結い、お化粧もすべて
私達に任せなさい。ああ、楽しみ。こんな
楽しいイベント、他にないわ」

お姉さま達が怖いです。
助けを求め、思わず姫様を見る。
姫様は少し眉をさげながら困ったように
笑う。
その顔は諦めてと言っていた。



※※※※※※※※※※



アイリスさん、アルマさんの地獄のエステ
週間が終わり、あっという間に舞踏会当日。
一週間間でお姉さま二人に磨きに磨かれ
一皮剥けてツルツル、ツヤツヤです。

「まあ、アニエス!!素敵だわ」

出来上がった私を見て姫様が満面の笑顔。
アイリスさん、アルマさんも満足そう。
疲れたけど……着付けをお願いして良かった。
最初はグレン様のお屋敷で着付けをする
はずだったのだけれど、オーウェン様から
止められた。姫様達に相談するようにと勧め
てくれたのだ。

「それって連れ込み防止よね。着付けたら
帰りの着替えもお屋敷でとか言ってそのまま
お泊まりになりかねないもの。
私に頼んで正解。グレンも私には文句言え
ないしね。
駄目よ。簡単に連れ込まれちゃ。
グレンも油断も隙もないわね。
心配性のお義父様がいて良かったわ。
やだ、アニエス。お義父様からも愛されて
いるわね。ふふふ、あのオーウェンがねぇ」

「はい?」

あれ?また姫様が変なこと言い出したぞ。

「まあ、せっかく綺麗にできたのだもの
楽しんでらっしゃい。社交デビューでしょ」

「はい。姫様行って参ります」

何かよく分からないが、とりあえず返事を
しておこう。うん。

本宮に繋がる回廊は閉鎖されているので
女神像の庭に出る。本宮の庭園に入ると
すぐに月明かりの中、グレン様が静かに
佇んでいた。
今日は騎士服でなく礼服だ。見目麗しい方
は何を御召しになっても良くお似合いです。
思わず見惚れるが、
いけない。お待たせしてしまったようだ。


「お待たせして申し訳ありません」

「いや、俺が早く来すぎたんだ。アニエス
……綺麗だ。ドレスがよく似合っている。
すまないが左手を出しくれないか」

うん?エスコート?あれ、左手?
言われるまま左手を差し出すと、そっと手を
とられ左手の薬指に指輪が嵌められる。
黒い不思議な石が嵌め込められた細い金の
指輪。え~と。

「グレン様?」

「お守りだ。防御魔法の魔道具。何かあった
時のために身に付けておいて欲しい」

「何かあった時って……」

「ただのお守りだ。発動しなければそれで
いい。時間だ。行くぞ」

「はあ……」

何かよく分からないうちにエスコート
され会場に向かう。
ヤバい緊張してきた。
実は今日は社交界デビューです。

婚約破棄前はデビューできるレベルに
なっていないと言われてデビュタントすら
していない。

だから嫌だったのに。
古傷が痛むなぁ……。

元婚約者に、元養家。侯爵家に伯爵家だ。
王宮舞踏会でしょ?いるだろうな……。
やだなぁ。ロベルト様に会いたくないなぁ。
何か失敗して目立ちたくないなぁ。
入場待ちで扉の前にいると胃が痛くなっ
てきた。

つい、隣のグレン様を見る。

「君でも緊張するんだな」

「はい?緊張ぐらいしますよ。私だって
人間ですよ。何だと思っているのですか」

「はは!俺にそんな口きく奴が緊張だと?
大丈夫だ。俺にエリザベート、アーサーの
他に身分の高い奴なんてアルバートと国王
と王太子妃しかいない。
普段の環境を考えてみろ。
ましてや今夜は俺のエスコートだぞ?
何か言ってくるような身の程知らずが
いると思うか?」

「そういえばそうですね」

言われてみると確かにそうでした。
ふと、力が抜ける。変なの。
あんなに怖いと思っていたグレン様の
隣がこんなに安心できるなんて。

「せっかくの社交デビュー。
やっとの思いでオーウェンからアニエスの
エスコートする権利を奪ったんだ。
余計なことを考えず、楽しんで欲しい」

あ~。オーウェンお義父様ね。
私の社交デビューのエスコートは自分が
するとゴネてましたね。
結局、お義母様が風邪で寝込まれたので
付き添いのため、泣く泣くお許し下さった。

『だから、もっと早く私のエスコートで
デビュタントを済ませばよかったのに……』

怨めしそうにオーウェン様に言われたな。
そんなこと言われても……。
私だって賭けに負けていなければ
社交デビューなんて考えてもいなかったし。
そもそも、私をエスコートして何が楽しい
のだろう。解せぬ。
 
「 ザルツコード侯爵家が養女アニエスが
国王陛下にご挨拶申し上げます」

緊張しながらカーテシーをする。

「うむ。そなたがアニエスか。やっと会え
たな。一度会って礼が言いたかった。
エリザベートがいつも世話になっているな。
これからもよろしく頼むぞ」

姫様の目元と鼻筋は国王陛下ゆずりだった
のですね。良く似てらっしゃいる。
過分なお言葉を陛下からいただき挨拶は
何とか無事に終わった。
  
さて、どうしても避けられない国王陛下
への挨拶を無難に済ませ。やっとのことで
緊張タイム終了です。やった終わった~と
思っていたら。
ダンスタイムです。まあ、舞踏会だから。
   
  当然、グレン様と踊るのだけれどこれが
ひどい。一曲目は普通に踊っていたのに。
二曲目、段々ステップが速くなる。
グレン様がニヤリと口角を上げた途端。
いや、速い。速い。速いってば!
身体強化使わないと間に合わないダンスって
一体ナニ?
ほら、他の方々が動きを止めて呆然とこちら
を見てます。
音楽も私達に合わせて段々速くなっていく。

「グレン様、速いです」

「ははは!さ、回るか」

イヤ~高速回転させるのやめて。
ぐるぐる回され目が回りそう。
このままいいようにされてたまるもの
ですか。

私もステップを速める。
でもグレン様はしれっと、さらに速く
しかも勝手にアレンジをいれてくる。

ムカつく。負けるものか。
もう、周りなんか関係ない。
すでに何かよく分からない勝負になってい
た。あっ、曲が終わる。決めなきゃ。

フィニッシュポーズを決める。

よし、決めたぞ。あれ?

しん。静寂に包まれる。
あっ、やっちゃいました?
ノリノリでグレン様に付き合ってポーズを
決めた自分が恥ずかしい。
と思ったら一斉にどよめきと拍手の嵐。
どっちにしろ恥ずかしい。
これもグレン様のせいだ。

「もう、なんてことさせるんですか!」

「よくついてきたな。面白かったぞ。
途中で身体強化を使っただろう。ダンスで
身体強化って馬鹿だろう」

「あなたが無理させたのでしょう!
もう、恥ずかしいです」

「ふはは。そんなに頬を膨らませて怒ると
リスみたいだぞ。たまらんな。その顔」

グレン様、お腹抱えて笑うのはやめて
下さいよ。まったく失礼な。

「……君たちは何をしているのかな?」

ふと、私達の背後から声をかけられる。
振り向くとやや呆れ顔の皇太子殿下が
シャンパングラスを片手に立っていた。

あっ、やっぱり。騒ぎすぎ?
やっちゃいました?
どうしよう……。


私は思わずグレン様の服の裾を握りしめ
すがるように目線を向けた。
頭の中を『不敬罪』という単語がぐるぐると
回っていた。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました

Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、 あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。 ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。 けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。 『我慢するしかない』 『彼女といると疲れる』 私はルパート様に嫌われていたの? 本当は厭わしく思っていたの? だから私は決めました。 あなたを忘れようと… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

逃した番は他国に嫁ぐ

基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」 婚約者との茶会。 和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。 獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。 だから、グリシアも頷いた。 「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」 グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。 こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。

奪われたものは、もう返さなくていいです

gacchi
恋愛
幼い頃、母親が公爵の後妻となったことで公爵令嬢となったクラリス。正式な養女とはいえ、先妻の娘である義姉のジュディットとは立場が違うことは理解していた。そのため、言われるがままにジュディットのわがままを叶えていたが、学園に入学するようになって本当にこれが正しいのか悩み始めていた。そして、その頃、双子である第一王子アレクシスと第二王子ラファエルの妃選びが始まる。どちらが王太子になるかは、その妃次第と言われていたが……

今度こそ穏やかに暮らしたいのに!どうして執着してくるのですか?

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のルージュは、婚約者で王太子のクリストファーから、ヴァイオレットを虐めたという根も葉もない罪で、一方的に婚約解消を迫られた。 クリストファーをルージュなりに愛してはいた。それでも別の令嬢にうつつを抜かし、自分の言う事を全く信じてくれないクリストファーに嫌気がさしたルージュは、素直に婚約解消を受け入れたのだった。 愛していた婚約者に裏切られ、心に深い傷を負ったルージュ。そんな彼女に、さらなる追い打ちをかける事件が。 義理の兄でもあるグレイソンが、あろう事かヴァイオレット誘拐の罪で捕まったのだ。ヴァイオレットを溺愛しているクリストファーは激怒し、グレイソンを公開処刑、その家族でもあるルージュと両親を国外追放にしてしまう。 グレイソンの処刑を見守った後、ルージュは荷台に乗せられ、両親と共に他国へと向かった。どうして自分がこんな目に…絶望に打ちひしがれるルージュに魔の手が。 ルージュに執拗なまでに執着するヴァイオレットは、ルージュと両親を森で抹殺する様に指示を出していたのだ。両親と共に荷台から引きずりおろされ、無残にも殺されたルージュだったが… 気が付くと10歳に戻っていて… ※他サイトでも同時投稿しています。 長めのお話しになっておりますが、どうぞよろしくお願いいたしますm(__)m

処理中です...