王宮侍女は穴に落ちる

斑猫

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アニエス、ぶら下がる

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「……寒い。うん?あれ?私……。」

薄っすらと意識が浮上してくる。

ああ、私、あの穴に落ちたんだっけ。

「えっ、えええ!!」
 
はっきりと覚醒した途端に自分の現状を
把握した。
高い木の上にぶら下がっているのだ。
体が風で揺れている。 

正確には張り出した木の枝にスカートの
裾がひっかかって、ぶら下がっている。

ゆらゆらと体が揺れていて、地面がやたら
遠い。この高さでは落ちたらただでは
済まないだろう。

スカートが捲れあがって、足が丸見えに
なっている。
強めの風が吹き付け体が冷えきっていた。 
恐怖と寒さから体が震える。

何で穴に落ちたのに木にぶら下がって
るんだろう。何がどうなっているの。
泣きそうになってきた。  
どうやって降りたらいいの。
辺りに人影はない。

建物はなく石畳の道が近くに見える。
ここは街道沿いの森?でも、誰も通りかか
らない。途方に暮れる。

チラリと金の腕輪を見る。

これ外れないかな?命がかかってるん
だから火事場の馬鹿力で外れないかな。
腕輪を外そうと魔力を込めてみる。
途端にグニャリと視界が歪む。
激しい眩暈と頭痛に襲われ胃液が上がって
くる。駄目だ。やっぱり外れない。

これさえ外れれば助かるのに……。

「誰か助けて……」

今ので体力も気力も使い果たした。
私は為す術もなくそのままぶら下がっている
しかなかった。

「寒いよ。助けて……」

陽が傾いてきた。秋の夜は冷える。
このままだと死ぬかも。そう気弱になって
きた時。馬の嘶きが聞こえる。
私は顔を上げて辺りを見回す。馬に騎乗し
た人達が見える。良かった。
人が通りかかったよ~。

「助けて~!!降ろして~!!誰か~!!」

ありったけの声で叫ぶ。お願い見つけて!!

「えっ、アニエス?!」

見知った声がする。
よく見ると魔術師団長のアルフォンス様だ。
他に二人、見知らぬ方達が同行している。

「アルフォンス様、助けて下さい!!」

「うわっ!アニエス動くな!!」

ビリビリっと嫌な音がするとスカートが
大きく裂けて体が落下する。

「いやぁぁ~!!」

ぎゅっと目をつむる。落ちる途中で一瞬
フワリと体が浮き上がった気がすると
どさりと音たてて誰かに抱き止められた。
    
フワリといい匂いがする。温かい。
でも同時にゾクゾクする。何これ?
この感じ。ものすごい圧迫感がある。

恐る恐る目を開ける。金色の瞳と視線が
ぶつかる。目が離せない。姫様と同じ瞳?
でももっと強くてなんか怖い。そう肉食獣
みたい。

漆黒の髪は後ろにきちんと撫で付けられ
ていて 整った顔立ちは どこか硬質で表情
がないせいか冷たい印象。

騎士様?この制服は第一騎士団。
えっ、この階級章は……。う~わ~騎士団
長様だよ。騎乗したまま落ちてきた私を
受け止めくれたんだ。 
ちょっと待った。
第一騎士団長って公爵家だ。
姫様の従兄弟にあたる方。
いや、いや。いつまで抱かれてるの私。

……畏れ多い。

「あ、あの、助けて下さってありがとう
ございました。第二王女様付きの侍女の
アニエスと申します。その、降ろしていた
だいても?」

どうしよう。恥ずかしい。目が回りそう。
今の私の格好はスカートが完全に裂けて
足と下着が丸見えだ。死にそう……。

しかも抱き止められたせいで、両膝に
腕が差し込まれている。剥き出しの足に
彼の手が触れている。自然と顔が熱くなる。

騎士団長様はチラリと私の足に目を
やるとため息をつく。

うっ、ため息。呆れられた?
まあ、こんな格好を殿方に晒したら普通の
貴族の令嬢なら修道院行きだ。恥ずかしい。

それに何だろう。やっぱり、ものすごい
圧力みたいなものを感じる。怖い。

理屈じゃなく怖い。居心地が悪い。
助けてくれたのに申し訳ないが、
早く降ろして欲しい。  
でも、 騎士様は腕を抜いて外套を脱ぐと
私をくるみそのまま、また抱き込む。
  
えっ、降ろしてくれないの?   
え~と。どうしよう。
ちらりとアルフォンス様の方を見る。
あれ、アルフォンス様もため息ついてる。
アルフォンス様も呆れてる?

「あ~グレン?彼女を一旦降ろそうか?」

「却下だ。どうせこのまま移動する。一度
降ろす意味がない」

耳元で低い声で 話されるとまたゾクゾク
する。駄目だ。苦手だこの人。なんか怖い。

「いや、何か居心地悪そうだから。初対面
の君より、知り合いの俺の馬に乗せた方が
いいじゃない?」

うん、その方が気が楽そう。

「俺では不満か?」
  
騎士団長様はじっと私の顔を覗き込む。
ひ~っ、その金色の瞳で見ないで~!
私はぶんぶんと頭を振る。

「本人も不満はないと言っている」

「ああ……ソウデスネ」

あっ、アルフォンス様諦めた。

「グレン。嫌がる婦女子に無体を強いる
ものではない。姉上の侍女だったな。
怪我はないか?」

今まで沈黙していたもう一人の方が声を
かけてくれる。……姉上か。
やはりこの方は第二王子のア―サ―殿下だ。
黒髪に金の瞳。王家の色だ。姫様によく
似ている。

「……はい、ありません」

「いや、唇が切れているな。血が……」
   
騎士団長様はそう言いながら私の顎を
持ちあげると、ごく自然に私の口の端を
ペロリと舐めた。

ひ~っっっ!!なんで舐めるの?!
怖すぎて声にならない。

「あ~グレン?女性の顔はその…舐めたら
いけないと思うよ?」
 
  アルフォンス様、 もっと強く言ってやって
下さい。騎士団長様はじっと私の顔を見る。

「嫌なのか?」

あぁぁ、また、その瞳で見るうぅ。
私は首をぶんぶん振る。

「嫌ではないと言っている。問題ない」
  
めちゃめちゃ嫌です。アルフォンス様も
ア―サ―殿下も片手で額を押さえ首を振って
いる。この人、何か変な人なんですぅ。
黙ってないで何とかして下さい。

「はぁ、まあ……無事で良かったよ。
ところで何であんな所にぶら下がっていた
の?アニエス」

アルフォンス様は気を持ち直し私に尋ねる。
私も深呼吸し気持ちを鎮める。

「アルフォンス様、アルマさんから穴の
話を聞きました?」

「いや、その穴の話って何?俺達ここ数日、
王都を離れていたから。一体何があった?」

私は今までの事情を話し出す。
とりあえず、あの穴をそのままにはして
おけない。

「姉上の宮に通じる外回廊か……」


ア―サ―殿下は考え込む。
姫様とは仲の良い姉弟だったと聞いている。
 心配だろうな。何か姫様の障りにならなけ
ればいいのだけれど。

「まずは王宮に戻ろう。第二王女宮の侍女
がいなくなったんだ。今頃、大騒ぎになって
いるかもしれない。アル、使いを出せ。
外回廊も封鎖する。」

「了解」
 
アルフォンス様が右手を挙げる。
光る青い鳥が現れそのまま空へ飛び去った。

「私達も王都に戻るぞ」

ア―サ―殿下がちらりとこちらを見る。
相変わらずグレン様に抱き込まれたままの
私と目が合う。申し訳なさそうに眉を下げて
いる。その目は諦めてと言っていた。

グレン様に抱えられたまま王都に帰ること
決定ですか。途方に暮れる。
何だか具合が悪くなってきた。

その頃、王宮では私が突然消えたことで
やはり大騒ぎになっていた。
この青い鳥によって、王宮から消えた私が
王都の外れで見つかったこと。
また、回廊の穴のことが伝わると更に大騒ぎ
になったらしい。

……らしいというのは、直接知らないからだ。
精神的なショックなのかそれとも体を冷やし
過ぎたのが悪かったのか。
グレン様に抱き込まれたまま発熱してしまい
一月ほど寝込んだ。
その間、グレン様から毎日花が送られて来て
困ってしまうし。
心配した姫様には泣かれるし。
散々な目に合ってしまった。

これが私が今だに忘れられない

『ぶら下がり事件』です。









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