公爵令嬢のでっちあげ

チャららA12・山もり

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公爵令嬢のでっちあげ

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「つめたい……」

 わたしがトイレの中でつぶやくと、扉の外からどっと笑い声がした。

 どうやら、わたしは、学園のトイレで上から水をかけられたようだった。

「バカだね」「ざまぁみろだ、バーカ」

 ほんと暇な子たち……。
 せっかくの貴重な昼休みだというのに、わざわざ公爵令嬢の私、シャルル・アーバントをいじめるためにトイレまで付いてきちゃうのだから。

「もう一発、水魔法やっちゃう?」「やっちゃえ、やっちゃえ」

 トイレの扉の向こうにいるのは、水魔法が得意な双子の姉妹、ルルとララだ。

 けれど、あと一人いる。

「あらあら、中に誰かいらっしゃったみたいですわよ」
 わざとらしく声を上げるのは、伯爵令嬢のアメリアだ。

 アメリアは鼻をつまんだようで、
「この陰気いんきくさい匂い……、きっと公爵令嬢のシャルル様だわ!」
 鼻声で叫ぶと、調子に乗ったルルとララが大笑いする。

「アハハハハ、臭いのは水で流しちゃえ」「便器の中へ、ずるっぽん!」

 なにが、ずるっぽんだ!

「ねぇ、ララ。次は冷水がいい?」「熱湯がいいじゃん。シャルルの伸びすぎた背も縮むんじゃない」

 双子たちは自分たちの身長の低さをコンプレックスに思っているのか、いつも私の身長のことを悪口に持ち出していた。

「オホホホホ、お二方とも、やめて差し上げては。いくら愚鈍ぐどんで、背が高くて目障めざわりだとしても、これは立派なイジメというものですわ」

 ……いやいや、アメリア。あんたがやらせているのはバレバレだから。

 伯爵令嬢のアメリアは、わたしが第2王子との婚約が決まってから、毎日いやがらせをしてきた。しかも自らの手は汚さず、下位貴族である男爵家のルルとララをつかって。その嫌がらせは、ちまちまとしたものから手の込んだ悪質なものまで。

 いくら16歳の子供だとしても、やっていいことと、悪いことがある。

 けれどその行き過ぎた行為、トイレで水をかけられたおかげで、わたしは前世の記憶を思い出したのだ。

 バン――。

 わたしは、わざと大きな音を立てて、トイレの扉を開けてやった。

 すると、目の前にいたのは双子の姉妹、ルルとララが青い目で、驚いたように私を見上げる。

 150センチもない双子の姉妹は、その美しい金髪が後ろに引っ張られたように、170センチの私を見上げているのだ。

 お人形さんのような姉妹だが、見た目の可愛さとは裏腹に水魔法は一流。

 でも、わたし、シャルルも負けてはいない。正面の鏡に映る姿はスタイル抜群、頭脳明晰でこうして澄ました顔も美しい。
 けれど、これまでのシャルルはそんなことをおくびにも出さず、周りに気を使いすぎるほど優しい子。いくら嫌がらせをうけても、ぐっと堪える子で、大きな音を立てるようなこともしない子だ。

 堂々と水浸しのままトイレから出てきたわたしに、双子の姉妹は口をポカンと開けてバカ面で見上げていた。

「あら、ルルとララじゃない。男爵家の令嬢でありながら、公爵家の私に何をしたのかしら?」

 一歩前にでて、腕を組んでわたしは二人を見下ろした。

「ままままま」「ななななな」

 わたしがこの子たちの前に、堂々と出てくるとは思っていなかったみたいで、二人は声にもならない声を上げていた。

 カッと目を見開いて、双子を睨みつけてやる。

「わたしがトイレの中で泣いているとでも思った? これぐらいのことで泣く訳がないでしょ。ドレスが濡れちゃったから、乾かさないといけないわね」

 右手の人差し指をひゅるりと動かした。

 熱風で自分の濡れたドレスを乾かし、ついでに双子の自慢である金髪に、その何倍もの熱風を放ってやった。

 双子は気づいていないみたいだが、熱すぎる熱風で、金の糸のような髪は毛先から縮れ上がっている。

「あ、あなたたち」
 アメリアの強張こわばった表情に、
「え……?」「えっ?」
 やっと気づいたようで、双子姉妹は慌てて「あちあちあち」「あちちっち」と大慌てで頭から水魔法を放ち、冷やしていた。

 けれど、遅かった。

 まるで実験の失敗のように、二人は髪の毛が爆発したような感じに仕上がっていた。

 焦げた匂いが充満するトイレで、わたしの笑い声が反響する。

「アハハハハ。よかったわね、水魔法が得意で。その髪型いいじゃない、斬新ざんしんよ」

 双子たちは、自らの水魔法でびしゃびしゃになった頭からポトポトしずくらしながら、半泣き状態で恐る恐る、後ろのトイレの鏡を覗き込む。

「キャ――!」「いや――!」

 自慢の髪の毛が散り散りに燃え残ったカスのような頭の毛を触りながら、ドレスまでずぶ濡れになった双子は、自分の頭に手を置いて、悲鳴をあげていた。

「あらあら、どうしたのかしら? 自慢の髪の毛が、残念なことになっているわね」

 目に涙を浮かべた双子たちが、わたしを睨み返し、
「ゆ、ゆるさないわ」「お、憶えておきなさい」
 と負け惜しみを言っている。

「ふーん、じゃ次は本気出そうかしら」
 わたしが右手をくるりと回すと、
「キャ――」「助けて――」
 双子の姉妹は我先にと、トイレから逃げるように出て行ってしまった。

 やれやれ……、もうちょっと遊べると思ったのに。

「アワワ、あわあわ……」

 アメリアが、なにやらアワアワ言っていた。

 わたしはすっとぼけた顔で、コクンっと頭をかしげる。
「どうかなさいまして? アメリア様? 泡がどうかなさいまして?」
 アメリアはハッとしたように、
「い、いえ……」
 とそれだけ声にした。

「アメリア様。これはわたしの勘ですが、もしかして、あの双子にわたしを虐め倒して、この学園から自ら辞めるように仕向けさせるつもりでしたか?」

「……!?」

 驚いて声もでない様子のアメリアだったが、その通りだと表情が語っていた。

「なるほどね……。そしてわたしが去ったこの学園で、由緒正しい貴族魔法学園を卒業もできない公爵令嬢が第2王子の婚約者にはふさわしくないとあなたは触れ回るつもりでしたのね」

 すべてを見通されたアメリアは驚愕の表情を浮かべて、またもやアメリアは「アワアワ」言い出した。
 この子、焦るとアワアワ言うなんて、ほんと判りやすい子。

「わたしと第2王子の婚約が解消され、その後釜を狙って、アメリア様が立候補するつもりでしたのね。でも、その計画もすべてが水の泡になって、アワアワおっしゃってるのね。オホホホホ」

 アメリアの笑い方をマネしてやった。

 ぐうの音も出ないのか、アメリアは顔を伏せてしまった。

「しかし……アメリア様が、それほどまでに第2王子グラーグ様に心を寄せていらっしゃったとは」

 コクンとアメリアはうつむいたまま、頷いた。
 素直なところもあるってことか……。

 でも、同情している場合じゃない。わたしは私のやるべきことをする。

「ねぇ、アメリア様。二度と、わたしとグラーグ様の邪魔をするのはお止めくださいな」

 ハッと顔をあげるアメリア。

「な、なぜ? あなたは第1王子のアルフレッド様がお好きなのでしょう」

「ハハハ、やめてください。あのような優男やさおとこ。まったく興味ありません。わたしはグラーグ様のような少し乱暴な方が良いのですわ。それと忠告です。また同じことをすれば、傷つきますよことよ」

 アメリアは不安げに、自分の顔にそっと手を添えた。

「あら、わたしがあなたの美しい顔に傷をつけるって? そんなことはしないわ。こうするのよ」

 ひゅうっと鋭い音がする。

 すると、わたしの頬に傷がついた。

「えっ」

 驚いた表情のアメリア。

「あーあ、わたしの顔に傷ができちゃった。お嫁に行けなくなるわ。どうしてくれるのアメリア、第二王子の婚約者、公爵令嬢シャルル・アーバントの顔を傷つけるなんて」

「わ、わたくしは、何もしていないわ」

「あら、そうかしら。でもね、誰もあなたの言うことなんて信じないわ。だって、これまであなたたちが私にしてきたことをクラスの誰もが知っているもの。この顔の傷を学園長に訴えれば、あなたはすぐに退学になるでしょうね」

「そ、そんな……。学園を追い出されたら、わたくしは……」

「学園を追い出されるだけで済むかしら」

「え?」

 アメリアは分からないというような表情をしていた。

「だって、ゆくゆくは、第二王子の妻となるわたしの顔に傷つけたのよ。国王の耳に入れば、爵位剥奪? 国外追放? もしかすると、不敬罪で処刑もあるかもしれないわね。ああ、コワイ、コワイ。想像するだけで怖いわ」

 アメリアはこれまで自分たちがシャルルに何をしてきたのか、やっと理解したようだった。

 ぶるぶると手が震えていた。

 だから、わたしが手を握ってあげる。

 ビクっとアメリアは最初逃げるように手を引っ込めようとしたが、それをすればどんなひどい目に合うのかと諦めたように、そのまま体を強張らせていた。

 アメリアの手を優しくなでてあげる。

「ねぇ、アメリア、これ以上、わたしに付きまとわないでね。わたしが今後、どんなでっちあげをしても、すべてあなたたちがしたことになるのよ。今のあなたなら、わかるでしょ」

 アメリアは素直に頷いた。

「これまでの非礼の数々、申し訳ございませんでした。シャルル様」

 涙声でアメリアは謝った。

「わかってくれたらいいの。もう用はないわ。さあ、出ていきなさい、アメリア!」

 わたしはトイレの出口を指さした。

「はい、失礼いたします、シャルル様」

 アメリアは頭をさげて、トイレを後にする。

 その後姿うしろすがたを見ながら、やりすぎたかな……と、ちょっと反省。

 でも、これぐらいやらないと――。

 トイレの中で、水をぶっかけられたときに、わたしは前世の記憶を思い出した。

 で、同時に気づいた。

 ここは、一年がかりでやりこんだ、お気に入りの乙女ゲームと同じ世界だ。

 しかも、この流れは主人公のわたし、公爵令嬢シャルルが、バッドエンドに突き進む途中だと……。

 主人公のシャルルは、第1王子アルフレッド様のことが好きだった。しかし、アルフレッドには婚約者がいた。

 シャルルはアルフレッドに対する思いを秘め、第2王子との婚約をつきすすむ。

 だが、そのせいで物語は最悪の結末へ進む。

 3人からいじめられても、泣き言を言わないシャルルを助けるためにアルフレッドは立ち上がった。アルフレッドもシャルルのことが好きで、陰ながら何か力になれないかと思っていたから。

 そして今日、シャルルが3人からいじめられ、トイレからずぶ濡れになって出てくるときに、この廊下でアルフレッドとバッタリ出会ってしまう。
 アルフレッドは自分の思いを告げて、二人は逃避行。

 だが、その途中、シャルルは崖から転落。
 愛する人を失ったアルフレッドは抜け殻のようになった。

 しかも亡くなったシャルルには秘められた聖女の力があったのだ。そのため、シャルルがいなくなったことでこの国は魔物だらけとなり、崩壊まっしぐら。

 誰も幸せにならないバッドエンドだ。

 だから、わたしは自分のため、この世界のために回避する。

 まず、シャルルの良いイメージを打ち破るために、双子の髪の毛をちりぢりにしてやった。
 この様子をアルフレッドは外で聞いていたはず。

 アルフレッドには、盗聴能力? 言い方が悪いか……。

 まあ、でも、アルフレッドはすこぶる耳がいいのだ。
 そのため、わたしがトイレで双子を泣かして、アメリアを脅したこともこれで分かったはず。
 これでわたし、シャルルのことを幻滅したはず。

 そうして、何事もなかったようにわたしはトイレから外に出た。
 自分で作った頬の傷口きずぐちを魔法で治して。
 
 すると、廊下の物陰から、ガックリ肩を落としてこちらへ歩いてくる男性が見えた。

 すらりとした貴族姿は、やはりかっこいい。
 第一王子のアルフレッド様。
 なびく金髪、宝石のように蒼い瞳、手足も長い。

 そしてまっすぐ、こちらに歩いてきた。

 すれ違いざま、
「残念だ。シャルル」
 そうつぶやいたのが聞こえた。

 あぁ、これでよかった――。
 これでバッドエンドは回避された。
 この世界も救われた。

 けれど、私の胸が痛んだ。

 わたしの推し、第一王子のアルフレッド様とのハッピーエンドはもうないのだから……。

 でも、これでいい。

 第二王子グラーグ様との婚約も、何か理由をつけて破棄すればいい。

 このルートは初めてだ。

 シャルルが3人をり込めるなんて、ゲームの設定にはなかった。

 そりゃそうよね。

 双子の髪の毛を燃やし、伯爵令嬢を脅すなんて……。

 でも、これからが、本当のわたし、シャルルの人生だ。

 その時だ、トントンと肩に手を置かれて、振り向くと誰かの指がわたしの頬に当たった。

「自分で傷を治したのか、シャルル」

 いつの間にか、第二王子のグラーグ様がいた。

 赤髪で、やんちゃそうな赤い瞳がわたしの顔をじっと覗き込みながら、わたしの頬に指をさしたまま、
「お前、バカだな。兄上をずっと好きだったんだろ」

「そ、そんなことございません」

 ってか――、今どういう状況?

「いや、ちょっとグラーグ様。いつまで、わたしの頬に指をさしているのですか」

「アハハハ! 悪い、悪い。シャルル、お前のその頬の傷の治し方がすごいと思ってな!」

「ああ、そうですか」

「なあ、シャルル。俺の冒険に付き合ってくれよ!」

「はあ? 突然、どうしたんですか?」

「お前がいてくれれば、ケガだってすぐに治してもらえるじゃないか。これからは冒険者として二人で世界を旅しようぜ!」

「そんな無茶苦茶な……」

「俺は相棒を探していたんだ! お前がいい」

 太陽のようなグラーグ様の笑顔に、わたしの胸はときめいた。

 グラーグ様と冒険なんて、すっごく楽しそう。

 でも……、ええっ!? こんなルートあった?

 いやいや、この乙女ゲームを1年やりこんだわたしは断言します!

 こんなルート生まれて初めてです。

 けれど、人生なんて何が起きるかわからない。

 こんな楽しい世界で生まれ変わったのだから――。

「おい、シャルル、どうする? 俺の相棒になるか?」

「しょうがないですね。ではグラーグ様。今から冒険に出てテストします!」

「テスト?」

「はい。グラーグ様が、私の相棒になる資格はあるか」

「シャルルが決めるのか!?」

「もちろん! 新しい選択肢をつくり、選ぶ。それが人生という冒険ですから」

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