47 / 47
おまけ
エミリー・エミルマイトの正体
しおりを挟む【注意】残虐的なシーンがございますので、苦手な方はご注意ください。
教会の鐘の音が鳴り響く、青い空。
だが、遥か上空では黒い霧に覆われた禍々しい馬車が止まっていた。
車内には赤いスーツ姿のエミルマイトが座っている。
頭がひしゃげたハゲタカが飛んで来て、車体に止まった。
醜い姿のハゲタカは、ブラブラとぶら下がっている目ん玉を揺らしながら、長い首で中を覗く。
「主様、楽し気でございましたね」
ハゲタカの声に、エミルマイトはご機嫌で応える。
「久しぶりに楽しめた」
「ですが、あの女を逃がしてよかったのですか」
「博美のことか? ほう、嫉妬深い性格は相変わらずだな」
「主様は、なんでもお見通しでございますね」
「それほどジュリアスを元の姿に戻されたのが、腹が立つのか」
「それはそうでございますよ。せっかく私がジュリアスを呪いの力であのような姿にしたのでございますから」
この醜いハゲタカは、かつて大聖女と呼ばれた女だった。
世界を支配するため、大帝国は領土を広げつつあった。勢いづいた大帝国は魔法王国グクを支配下に置くため大聖女召喚までやってのけた。しかし大聖女召喚を成功させた大帝国では災いが続き、支配下では反乱が起き、つぎつぎと小国が独立する事態となる。それでも皇帝は魔法王国グクを支配下に置くため、グクに攻め入ろうと画策していた。だが争いごとを好まぬグク王国は話し合いの場を設け、そうして大帝国とグク王国の代表者が何度か交渉を重ねるうち、大聖女は出席していた相手国のジュリアス王子に好意を持ったのだった。大聖女は自ら大帝国を裏切り、自分がグク王国側につくので結婚するようにジュリアスに迫った。だがジュリアスは断り、自分の物に出来ない腹いせにジュリアスをあのような魔獣の姿にしたのだった。
「こうして、大聖女であったお前は、俺の下僕となったのだ」
「ええ、ええ、そうでございます。呪いをかけたせいで、わたくしは今の姿となったのでございます」
「お前にぴったりの姿だと思うのだが気に入らぬのか? それならば、奴らのように馬にして、ずっと走らせてやるぞ」
「おやめください。わたくしは今のハゲタカの姿でようございます。魔界の炎や氷、剣山などで辛い思いをしながら、駆け回るのはごめんでございます」
「ところで新たな配下となった奴らはどうだ」
そう言われハゲタカは、長い首で馬車の前方をみた。
気味の悪い二頭の馬がいる。
一頭は、人間の頃、鎌本博美を信号で突き飛ばした福本猛だった。エミルマイトがこの世界へ召喚したのだが、その衝撃で生きたまま身体は四方に引きちぎられ、後頭部は勝ち割られたように陥没していた。死ぬことも許されず男は召喚の衝撃でバラバラになった身体をつなぎ合わされ、頭蓋骨からは脳みそが流れ落ち、つぎはぎだらけの馬の姿になったのだった。
「主様がお好きな不気味な姿でございますね。脳みそが足りないので少々、手こずりますが」
「うむ」
「もう一頭は、主様を殴ったグリアティ家のサイモン、そしてその弟カルロスでございますね」
ヒヒーンと鳴いたのは、頭二つに身体は一つの黒い馬だった。
エミリーが屋敷でメイドを休んだ日のことだ。
グリアティ家の使いの者は、ハロルド王子からサイモンとカルロスの兄弟を牢屋から引き取った後、屋敷へ向かう途中、二人を宿屋で休ませていた。
宿屋のベッドで寝転がりながら、カルロスがサイモンへ聞いた。
「兄ちゃん、俺達次はどこへ行くんだろう」
「心配するなカルロス。面白いことを考えたんだ」
「なになに?」
カルロスがサイモンをきらきらした目で見る。
「屋敷で親父の金をたんまり盗んで商売を始める。奴隷商だ。魔獣を見て思いついた」
「村で女や子供をさらって、うっぱらうんだ。やっぱり兄ちゃんはすごいな」
「そしてアイツらにも復讐してやる。カルロスを呪いで苦しめたドワーフ共だ。半殺しにして、奴隷として売りに出す」
「いいね、それ」
ワクワクした様子でグリアティ家の兄弟はベッドの上で話をしていた。
だが、そこへエミリーが乗り込んだ。
サイモンが、すぐさまベッドの上に立ち上がって睨みを利かせる。
「お前はハロルド王子の屋敷のメイドじゃないか。いったい何の用だ。金か? こんなところまで追いかけてきやがって」
「私は忘れ物をお届けしようと思いまして」
「忘れものだと?」
エミリーがサイモンに茶色い物を放り投げた。受け取ったサイモンの手には革のブーツがあった。
「これは……、あの狼に噛まれたカルロスのブーツじゃないか。どうしてここに」
呪いのことを思い出したのか、カルロスが怯えた顔になる。
「それほど怖がらなくていいですよ。呪いは解けて普通のブーツに戻っているでしょう。ああ、そうそう、もうひとつの大事な忘れ物を。私はやられたらやり返す性分で」
「もうひとつの忘れ物だと?」
次の瞬間、エミリーがサイモンの腹に一発入れた。
サイモンの内臓が飛び出し、壁には真っ赤な血と臓器がへばりついた。
そうして白目を向いたサイモンがベッドの上に倒れ込む。穴の開いたサイモンの身体でベッドは真っ赤な血の色に染まった。
「……」
声にならない恐怖でカルロスが兄の死体を見ていた。
「人間とは脆いものだな。だが、お前たちはいつも一緒なのだろう。寂しくないようにしてやろう」
現実を受け入れられない様子のカルロスにエミリーが声をかけた。
「え?」
エミリーがカルロスの足を持った。その瞬間カルロスの身体は硬直し、ピンっとサイモンの穴が開いた腹に埋めるようにカルロスの身体をくっつけた。
そのまま外へ放り投げると、窓ガラスと壁をぶち抜いたニコイチの身体は上空へ飛んで行き、出来上がったのが、下半身が一つで上半身が二つの醜い黒い馬だった。
「主様、あの馬たちは死ぬことも出来ず、ずっと魔界で走り続けることになりますが、あの女をこのままグク王国へ行かせてよかったのでしょうか」
「博美のことか?」
「せっかく主様が呪いの力を発動させ、闇落ちさせるために、メイドのエミリーの姿で、機会をうかがっていらっしゃったのに。わたくしもあの女が呪いの力を発動させるのを楽しみにお待ちしていたのに、見逃すことなど……」
ハゲタカは嫉妬深い目で不満そうに言葉を続けた。
「もしかして、主様、あの女に心を奪われたのですか」
「ふっ、自由にさせるほうが面白いだろ。それに人間というものは、いつ心変わりをするかもしれん。呪いの力を必要となったそのとき、また我はこの世界へ現れよう。それまでは、しばらく魔界でゆっくりしようではないか」
エミルマイトから赤い悪魔の姿になると、前方に向かって叫ぶ。
「さあ、お前たち、魔界へ向かって走るのだ」
「ヒヒヒーン」
醜い馬たちは、空に現れた異界の扉をくぐり魔界へと走った。
完
4
お気に入りに追加
176
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
わたしを嫌う妹の企みで追放されそうになりました。だけど、保護してくれた公爵様から溺愛されて、すごく幸せです。
バナナマヨネーズ
恋愛
山田華火は、妹と共に異世界に召喚されたが、妹の浅はかな企みの所為で追放されそうになる。
そんな華火を救ったのは、若くしてシグルド公爵となったウェインだった。
ウェインに保護された華火だったが、この世界の言葉を一切理解できないでいた。
言葉が分からない華火と、華火に一目で心を奪われたウェインのじりじりするほどゆっくりと進む関係性に、二人の周囲の人間はやきもきするばかり。
この物語は、理不尽に異世界に召喚された少女とその少女を保護した青年の呆れるくらいゆっくりと進む恋の物語である。
3/4 タイトルを変更しました。
旧タイトル「どうして異世界に召喚されたのかがわかりません。だけど、わたしを保護してくれたイケメンが超過保護っぽいことはわかります。」
3/10 翻訳版を公開しました。本編では異世界語で進んでいた会話を日本語表記にしています。なお、翻訳箇所がない話数には、タイトルに 〃 をつけてますので、本編既読の場合は飛ばしてもらって大丈夫です
※小説家になろう様にも掲載しています。
極妻、乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生しちゃいました!
ハルン
恋愛
自然豊かで大陸でも1、2を争う大国であるグラシェール王国。
その国の侯爵家、アベルシュタイン。
表向きは、歴史ある由緒正しい侯爵家。
ーーだが裏の顔は、代々王家に害を成すモノを全て消し去る『王家の番犬』。
そんなアベルシュタインに、この度娘が生まれた。アベルシュタイン家代々に伝わる黒髪に青い瞳。生まれた時から美しいその娘は、サーシャと名付けられた。
ーーしかし、この娘には前世の記憶があった。
前世では、何万もの人間を従える組の組長の妻ーー所謂<極妻>であったと言う記憶が。
しかも、彼女は知らない。
此処が、前世で最も人気のあった乙女ゲーム『恋する聖女』、略して『恋セイ』の世界だと言う事を。
成長するにつれ、どんどんサーシャの周りに集まる攻略対象達。
「女に群がる暇があるなら、さっさと仕事をしろ!」
これは、乙女ゲームなどしたことの無い元極妻の波乱万丈な物語である。
※毎週火曜日に更新予定。
聖女召喚に巻き込まれた挙句、ハズレの方と蔑まれていた私が隣国の過保護な王子に溺愛されている件
バナナマヨネーズ
恋愛
聖女召喚に巻き込まれた志乃は、召喚に巻き込まれたハズレの方と言われ、酷い扱いを受けることになる。
そんな中、隣国の第三王子であるジークリンデが志乃を保護することに。
志乃を保護したジークリンデは、地面が泥濘んでいると言っては、志乃を抱き上げ、用意した食事が熱ければ火傷をしないようにと息を吹きかけて冷ましてくれるほど過保護だった。
そんな過保護すぎるジークリンデの行動に志乃は戸惑うばかり。
「私は子供じゃないからそんなことしなくてもいいから!」
「いや、シノはこんなに小さいじゃないか。だから、俺は君を命を懸けて守るから」
「お…重い……」
「ん?ああ、ごめんな。その荷物は俺が持とう」
「これくらい大丈夫だし、重いってそういうことじゃ……。はぁ……」
過保護にされたくない志乃と過保護にしたいジークリンデ。
二人は共に過ごすうちに知ることになる。その人がお互いの運命の人なのだと。
全31話
婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない
nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?
私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!
近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。
「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」
声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。
※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です!
※「カクヨム」にも掲載しています。
【完結済】逆恨みで婚約破棄をされて虐待されていたおちこぼれ聖女、隣国のおちぶれた侯爵家の当主様に助けられたので、恩返しをするために奮闘する
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
偉大な聖女であった母を持つ、落ちこぼれ聖女のエレナは、婚約者である侯爵家の当主、アーロイに人殺しの死神として扱われ、牢に閉じ込められて酷い仕打ちを受ける日々を送っていた。
そんなエレナは、今は亡き母の遺言に従って、必死に耐える日々を送っていたが、同じ聖女の力を持ち、母から教えを受けていたジェシーによってアーロイを奪われ、婚約破棄を突き付けられる。
ここにいても、ずっと虐げられたまま人生に幕を下ろしてしまう――そんなのは嫌だと思ったエレナは、二人の結婚式の日に屋敷から人がいなくなった隙を突いて、脱走を決行する。
なんとか脱走はできたものの、著しく落ちた体力のせいで川で溺れてしまい、もう駄目だと諦めてしまう。
しかし、偶然通りかかった隣国の侯爵家の当主、ウィルフレッドによって、エレナは一命を取り留めた。
ウィルフレッドは過去の事故で右の手足と右目が不自由になっていた。そんな彼に恩返しをするために、エレナは聖女の力である回復魔法を使うが……彼の怪我は深刻で、治すことは出来なかった。
当主として家や家族、使用人達を守るために毎日奮闘していることを知ったエレナは、ウィルフレッドを治して幸せになってもらうために、彼の専属の聖女になることを決意する――
これは一人の落ちこぼれ聖女が、体が不自由な男性を助けるために奮闘しながら、互いに惹かれ合って幸せになっていく物語。
※全四十五話予定。最後まで執筆済みです。この物語はフィクションです。
妾の子と蔑まれていた公爵令嬢は、聖女の才能を持つ存在でした。今更態度を改められても、許すことはできません。
木山楽斗
恋愛
私の名前は、ナルネア・クーテイン。エルビネア王国に暮らす公爵令嬢である。
といっても、私を公爵令嬢といっていいのかどうかはわからない。なぜなら、私は現当主と浮気相手との間にできた子供であるからだ。
公爵家の人々は、私のことを妾の子と言って罵倒してくる。その辛い言葉にも、いつしかなれるようになっていた。
屋敷の屋根裏部屋に閉じ込められながら、私は窮屈な生活を続けていた。このまま、公爵家の人々に蔑まれながら生きていくしかないと諦めていたのだ。
ある日、家に第三王子であるフリムド様が訪ねて来た。
そこで起こった出来事をきっかけに、私は自身に聖女の才能があることを知るのだった。
その才能を見込まれて、フリムド様は私を気にかけるようになっていた。私が、聖女になることを期待してくれるようになったのである。
そんな私に対して、公爵家の人々は態度を少し変えていた。
どうやら、私が聖女の才能があるから、媚を売ってきているようだ。
しかし、今更そんなことをされてもいい気分にはならない。今までの罵倒を許すことなどできないのである。
※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
面白かったです!
ありがとうございます!
٩(๑´◡`๑)۶♫•*¨*•.¸¸♪✧
楽しく読ませていただいております。
投票もさせていただきました。
誠にありがとうござました<(_ _)>