45 / 47
45、ハッピーエンドです
しおりを挟む王子との契約が無事に終わり博美は、魔獣の部屋へ向かった。
喜んでくれると期待していただけに、これまで見たこともないような辛そうな表情をする魔獣に驚きを隠せない。
自由になれると言っても魔獣は辛そうな表情をするばかりだった。
え――? どういうこと?
喜んでくれると思ったのに……。
もしかして、自由になりたくなかったとか?
ずっと地下で暮らしていたかった――?
博美から視線を向けられた魔獣は黙り込んで、うつむいている。
うっそ、マジ?
博美は、ある新聞記事を思い出していた。
その記事には、男が刑務所を出所した当日にまた事件を起こしたと載っていた。記事の続きを読むと、これまで塀の中で過ごした長い月日で、外に出るのが怖かったというのだ。男は頼る人もおらず、衣食住に苦労しない刑務所にまた戻りたいと犯罪をおかしたのだった。
もしかして同じ? 外の世界が嫌なの?
サプライズで喜んでくれると思ったのに、余計なお世話をしちゃったわけ……?
「魔獣さんはここがいいの? ずっと地下で暮らしたいの? 外に出たくないの?」
「博美さんが貰うはずだった大切なお金を無駄にしたのも僕のせい。あなたがここにきてしまったのも僕のせい。僕がいるせいであなたは不幸に……、全部僕のせいだ。あなたは背負わなくていい苦しみを背負うことになった」
サプライズで喜んでもらえると期待していた博美は、魔獣が飛び出して行った部屋で茫然と立ち尽くしていた。
そんなとき、博美の耳に激しい音が聞こえた。
バン――、バン――。
何かが破裂するような音が聞こえ、博美は部屋を出た。
階段の下で黒いものが見える。
その黒いもの下でじんわりと赤い液体が広がっている。
「うそ」
廊下を走る博美は、こちら側に流れてくる血を見ながら叫んでいた。
「うそ、うそ、うそ」
魔獣の血に足が滑った。
「いた」
スーツが魔獣の血で汚れ、四つん這いになりながら、階段の下で倒れている魔獣に手を伸ばす。
「だめ、だめ、だめ。お願い死なないで」
お願い死なないで、魔獣さん。
ヒールを脱ぎ捨て、立ち上がり博美は魔獣のもとへ駆け寄った。
倒れている魔獣の周りには血だまりがあった。
その中で獣毛は温かい血でびっしょりと濡れていて、体中を何かが切り裂かれたようだった。
魔獣が最後の力を振り絞るように擦れた声を出した。
「ごめんなさい、博美さん。でも、あなたなら大丈夫。どこででも生きていける。あなたは強い人だから」
「あのね、わたし、強い女に見えるかもしれないけれど、甘えていい人が出来たから弱くなったの。この世界へ来て、あなたに出会って、わたしを受け止められる人を見つけた。だから、あなたはその責任を取る必要があるの」
「責任ですか……、すみません。最後まで勝手な僕で。泣かないで、博美さん。ずっとずっと、僕はあなたの幸せを願っていますから」
涙を流す博美に魔獣が手を伸ばし、愛しそうに博美の涙をぬぐう。その手を博美が握った。
「駄目よ、そんなの許さない。最後みたいなことを言わないで」
魔獣が微笑んだ。
次の瞬間、魔獣の手から力が抜けた。
魔獣が力尽きたのを感じた。
「うそ、うそ、うそ。そんなの許さない」
博美は魔獣の身体を引っ張り上げ、自分の膝に頭を乗せて、魔獣の頭を触れる。
「ダメよ、絶対ダメ。許さない。もっとモフモフしたいから。それに、あなたがわたしをここへ連れてきたんでしょ。責任をとって。だってそうじゃない!」
キラキラと黄金の光が廊下に降り注ぐ。
「勝手にこの世界に呼んだって言ったけど、感謝しているの。だってあのままだったら私は死んでいた。ねぇ、目を開けて。お願い魔獣さん」
博美の膝の上で魔獣から美しい青年に変化していく。
だが血の気がない。
「お願い、戻ってきて魔獣さん。わたしが一世一代のプロポーズしたのに、断られたんだよ。ひどくない? このまま逃げるつもり」
青年の身体が黄金色に輝く。
青白い顔に血色が戻り、閉じていた目が開いた。
「プロポーズ?」
青年が目を開けた。
夜空のように美しく綺麗な瞳だ。
「そうよ、さっき一緒に来て欲しいって言ったのに出られないって断ったじゃない」
「ち、ちがうんです。僕も本当は博美様のそばに居たい。ずっと一緒にいたい。あなたのことが好きだから」
その瞬間、博美は倒れている青年の頬をつねる。
「ぐ、痛い……。どうして僕の頬をつねるのですか」
「だって生きているか確かめているために。それに本当? わたしのこと好き?」
青年は博美の膝から起き上がり、美しい黒い瞳で博美をみる。
「好きです。大好きです。誰にも渡したくない。でも、僕は卑怯なのです。自分の呪いを解くために、あなたをこの世界へ召喚した。それは大きな罪です」
「罪……? 全然、罪じゃないよ。逆にあなたは助けてくれた。だってあのままだったら、わたし死んでいたもの。だから、ね、一緒にこのお屋敷から出て行きましょう。堂々と正面玄関から」
博美は下げているカバンから白い紙を取り出し、青年の目に移るように見せる。
「魔獣さんを譲り受けるって取引をしたんだから」
「それは無理なのです。僕には呪いが、あ、でも、自分で呪いが掛かっていることを言えないはずなのに」
「呪い? この美しい手が?」
博美が青年の手を握った。
「あ」
整った顔立ちは、どの角度から見ても完璧すぎるキレイな横顔だ。金の糸のような黄金色の髪に、透明感のある肌、吸い込まれそうな星空のように輝く黒い瞳がパチクリする。
「呪いが解けてる」
青年は自分の顔を触っていた。
「うん、よかった。間に合って。だからもうあなたは自由よ」
「でも、お金は。大事なお金だったのに」
「慰謝料のこと?」
そうして博美はカバンの中に手をつっこんで、何かを掴んで手を開く。
そこには煌めく金貨があった。
「どういうことですか? 魔法契約書には慰謝料のお金と僕の自由を交換すると書かれていて」
「ここを見て、慰謝料なんて書かれていないし、金貨三袋とも書かれていない。書かれているのは布袋三個。中身は石ころよ。昨日エミリーと、金貨と同じような石ころを大量にこのガンディさんから貰った拡張機能付きのカバンに入れた。契約のときに一旦、金貨の入った三袋をカバンに入れて、中で石と入れ替えたの。ガンディさんの異空間収納ってすごいよね。ほんと便利」
博美が種明かしをすると、青年が博美を抱きしめた。
「やっぱりあなたは、サイコーです」
「え? どうしたの魔獣さん」
「僕は魔法王国の王太子ジュリアス・グクです」
「ええ、王子だったの?」
ジュリアスがひょいと博美を抱きかかえる。
「さあ、博美さん、僕の国へ行きましょう。両親も国民も僕の帰りを待っています。こんな素敵な花嫁を連れて帰っていくのです。国中大喜びですよ。あ、博美さんの気持ちを聞いていませんでしたね。すみません」
「ほんと、わたしの気持ちはおいてけぼり。今度から気を付けてね、ジュリアス王子」
「気をつけます。博美さん、僕と結婚してくれますか」
「もちろん」
その瞬間、博美は白いドレス姿に、ジュリアスは白いタキシード姿になった。教会の鐘の音が屋敷中に響く。
「愛しています、博美さん。必ずあなたを幸せにします」
「うん、楽しみにしてる」
目を閉じた博美に、ジュリアスがそっとキスをした。
6
お気に入りに追加
175
あなたにおすすめの小説
聖女召喚に巻き込まれた挙句、ハズレの方と蔑まれていた私が隣国の過保護な王子に溺愛されている件
バナナマヨネーズ
恋愛
聖女召喚に巻き込まれた志乃は、召喚に巻き込まれたハズレの方と言われ、酷い扱いを受けることになる。
そんな中、隣国の第三王子であるジークリンデが志乃を保護することに。
志乃を保護したジークリンデは、地面が泥濘んでいると言っては、志乃を抱き上げ、用意した食事が熱ければ火傷をしないようにと息を吹きかけて冷ましてくれるほど過保護だった。
そんな過保護すぎるジークリンデの行動に志乃は戸惑うばかり。
「私は子供じゃないからそんなことしなくてもいいから!」
「いや、シノはこんなに小さいじゃないか。だから、俺は君を命を懸けて守るから」
「お…重い……」
「ん?ああ、ごめんな。その荷物は俺が持とう」
「これくらい大丈夫だし、重いってそういうことじゃ……。はぁ……」
過保護にされたくない志乃と過保護にしたいジークリンデ。
二人は共に過ごすうちに知ることになる。その人がお互いの運命の人なのだと。
全31話
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!
近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。
「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」
声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。
※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です!
※「カクヨム」にも掲載しています。
「聖女は2人もいらない」と追放された聖女、王国最強のイケメン騎士と偽装結婚して溺愛される
沙寺絃
恋愛
女子高生のエリカは異世界に召喚された。聖女と呼ばれるエリカだが、王子の本命は一緒に召喚されたもう一人の女の子だった。「 聖女は二人もいらない」と城を追放され、魔族に命を狙われたエリカを助けたのは、銀髪のイケメン騎士フレイ。 圧倒的な強さで魔王の手下を倒したフレイは言う。
「あなたこそが聖女です」
「あなたは俺の領地で保護します」
「身柄を預かるにあたり、俺の婚約者ということにしましょう」
こうしてエリカの偽装結婚異世界ライフが始まった。
やがてエリカはイケメン騎士に溺愛されながら、秘められていた聖女の力を開花させていく。
※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています。
神託を聞けた姉が聖女に選ばれました。私、女神様自体を見ることが出来るんですけど… (21話完結 作成済み)
京月
恋愛
両親がいない私達姉妹。
生きていくために身を粉にして働く妹マリン。
家事を全て妹の私に押し付けて、村の男の子たちと遊ぶ姉シーナ。
ある日、ゼラス教の大司祭様が我が家を訪ねてきて神託が聞けるかと質問してきた。
姉「あ、私聞けた!これから雨が降るって!!」
司祭「雨が降ってきた……!間違いない!彼女こそが聖女だ!!」
妹「…(このふわふわ浮いている女性誰だろう?)」
※本日を持ちまして完結とさせていただきます。
更新が出来ない日があったり、時間が不定期など様々なご迷惑をおかけいたしましたが、この作品を読んでくださった皆様には感謝しかございません。
ありがとうございました。
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。
みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」
魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。
ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。
あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。
【2024年3月16日完結、全58話】
不憫なままではいられない、聖女候補になったのでとりあえずがんばります!
吉野屋
恋愛
母が亡くなり、伯父に厄介者扱いされた挙句、従兄弟のせいで池に落ちて死にかけたが、
潜在していた加護の力が目覚め、神殿の池に引き寄せられた。
美貌の大神官に池から救われ、聖女候補として生活する事になる。
母の天然加減を引き継いだ主人公の新しい人生の物語。
(完結済み。皆様、いつも読んでいただいてありがとうございます。とても励みになります)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる