30 / 47
30、フェンリルです(前編)
しおりを挟むエミリーが驚いた顔で、博美に尋ねる。
「では、誰もいない地下のお部屋で、魔法陣からサイモンと魔獣さんのやり取りが見えたということですか」
「うん、立体的な映像が浮かび上がって、声まで聞こえたからびっくりした」
「サイモンと魔獣さんは、どのようなお話をされていたのですか」
「ええっと、呪いとかなんとか……、そうそう。カルロスって人が、屋敷にやって来たドワーフの人が持っているカバンを取り上げた。そうしたら銀色の狼に噛まれたって。それが呪いになったとか、そんな感じだったかな」
博美は覚えていることを全部エミリーに話した。すると、エミリーが腕を組み、難しい顔をする。
「呪い……、ですか。それに銀色の狼……。もしかするとフェンリルかもしれません」
「フェンリル?」
「はい。伝説の魔物フェンリル。ですが、ドワーフと一緒にいたとしたら、まだ大人になる前の幼獣かもしれません。しかし、今回のことで暴走しなければいいのですが……」
エミリーが何かを振り払うように首を振る。
「あれこれ無用な心配をしても仕方がありませんので」
そして博美に視線を向けたときには笑顔になっていた。
「博美様、街へ行ってみませんか? 魔獣さんはしばらく屋敷の外には出られないようなので、私が街を案内します」
エミリーの申し出に感謝の気持ちはあったが、内心複雑な思いもあった。
魔獣さんと先に約束していたのに、エミリーと一緒に街へ行くなんて……。後ろめたい気持ちもあるけれど、数日魔獣さんと会えないだけでこんなに寂しくなるなんて。
会いたい……、会いたいな……。
それにサイモンから助けてくれたお礼もまだ魔獣さんに言ってないし……。
「あ、そうだ! ねぇ、街でおいしい物を買ってきて、魔獣さんに差し入れするのもいいよね」
「それはいい考えですね。魔獣さんもお喜びになると思いますよ」
***
二日後、ハロルド王子の屋敷の前に、立派な馬車が用意された。
御者の人のエスコートによって博美が馬車に乗り込んだ。
博美とエミリーが席に着くと、馬車が動き出す。
「昨日は、お休みをいただき申し訳ございませんでした」
前の席のエミリーが謝った。
「全然気にしなくていいから。昨日は、ゆっくり屋敷の庭園を散歩したりして気分転換にもなったから。それにしても、よくこんな立派な馬車を借りられたね。てっきり、屋敷から街まで歩いて行くのかと思っていた」
博美が革張りの立派な内装を見ながら言うと、エミリーも同意した。
「はい、わたくしもそのつもりでした。少し距離はございますが街まで徒歩で行けますので。なので今朝、博美様と街に出かけるとロドリック様にお話ししたところ、屋敷の馬車を是非とも使ってほしいとご用意してくださいました」
その話を聞いて、博美は昨日のことを思い出していた。エミリーが不在だったので、博美は一人で広い庭園を散歩していた。そのとき黒の立派な馬車が何台もやってきて、屋敷の表玄関に停まると貴族風の威厳のある男性たちがぞろぞろと屋敷の中に緊張した面持ちで入って行ったのだ。そのことを言うとエミリーが教えてくれた。
「それはグリアティ家の一族だと思います。サイモンとカルロスのことで謝罪に来られたらしいですから。その後、あの兄弟も牢屋から出され、グリアティ家が引き取り、この国を出て行くことが決まったと聞いております」
「そうなんだ」
グリアティ家との話し合いは無事に終わったってことだ。
っということはグリアティ家から慰謝料などをガッポリもらって王子や宰相もご機嫌なのだろう。だから、この馬車を貸し出してくれたのだ。そう博美は思っていた。
そんなことを考えている間に、街の外の広場のようなところで馬車が停まる。
従者の手を借り、二人は降りた。
「うわぁ、カワイイ」
博美が街の入り口で感嘆の声を上げた。
ヨーロッパ風のレンガ造りの家や白い壁の家がならび、まるで絵本の世界のように可愛らしい。
「素敵な街だね」
「最近ではこの景観を気に入り観光客が増えているらしいです。小さな街ですがハロルド王子がこちらで住むようになり、名産品のワインが注目を浴びて、商人の口コミが各地へ広まっていることがきっかけだったと聞いております」
「商人?」
「あの人が、そうですね」
エミリーが視線を向ける先には、特徴的な白い服装の男性がいた。白の丸い帽子にひざ下まで丈があるゆったりとした白いズボン、背中には箪笥のような行商用つづらを背負っている。
「大荷物だね」
「商人たちは、街から街へ移動しながら商売をしています。しかし最近では、この街のワインが王都で人気らしいので、仕入れに来たのかもしれませんね」
「え? ここって王都じゃないの?」
思わず博美は聞き返した。てっきり、ここが王都とばかり思っていたからだ。
「もしかして博美様は、ここが王都だとずっと思われていたのですか」
今度は驚いた表情でエミリーが聞き返す。博美がここを王都だと勘違いしていることに、今、知ったという感じだった。
「うん……、だってハロルド王子がいるから、てっきりここが王都だと思っていた。それに宰相も」
そのことをエミリーに尋ねようとしたときだ、突然「キャー」っという叫び声が聞こえた。
振り返ると、街の人たちがこちらに向かって走って来ていた。
すれ違いざまに言われた。
「あんたたちも街の外へ逃げろ」
皆、顔色を変えて必死の形相で、さきほど博美たちが入って来た街の門に向かって逃げていく。
「博美様、わたくしたちも一旦、街の外へ」
エミリーの声と重なるように、
「おかあさぁん」
と女の子の泣き声が博美の耳に聞こえてきた。
25
お気に入りに追加
205
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!
未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます!
会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。
一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、
ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。
このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…?
人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、
魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。
聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、
魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。
魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、
冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく…
聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です!
完結まで書き終わってます。
※他のサイトにも連載してます
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
聖女召喚に巻き込まれた挙句、ハズレの方と蔑まれていた私が隣国の過保護な王子に溺愛されている件
バナナマヨネーズ
恋愛
聖女召喚に巻き込まれた志乃は、召喚に巻き込まれたハズレの方と言われ、酷い扱いを受けることになる。
そんな中、隣国の第三王子であるジークリンデが志乃を保護することに。
志乃を保護したジークリンデは、地面が泥濘んでいると言っては、志乃を抱き上げ、用意した食事が熱ければ火傷をしないようにと息を吹きかけて冷ましてくれるほど過保護だった。
そんな過保護すぎるジークリンデの行動に志乃は戸惑うばかり。
「私は子供じゃないからそんなことしなくてもいいから!」
「いや、シノはこんなに小さいじゃないか。だから、俺は君を命を懸けて守るから」
「お…重い……」
「ん?ああ、ごめんな。その荷物は俺が持とう」
「これくらい大丈夫だし、重いってそういうことじゃ……。はぁ……」
過保護にされたくない志乃と過保護にしたいジークリンデ。
二人は共に過ごすうちに知ることになる。その人がお互いの運命の人なのだと。
全31話
[完結]7回も人生やってたら無双になるって
紅月
恋愛
「またですか」
アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。
驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。
だけど今回は違う。
強力な仲間が居る。
アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。
わたしを嫌う妹の企みで追放されそうになりました。だけど、保護してくれた公爵様から溺愛されて、すごく幸せです。
バナナマヨネーズ
恋愛
山田華火は、妹と共に異世界に召喚されたが、妹の浅はかな企みの所為で追放されそうになる。
そんな華火を救ったのは、若くしてシグルド公爵となったウェインだった。
ウェインに保護された華火だったが、この世界の言葉を一切理解できないでいた。
言葉が分からない華火と、華火に一目で心を奪われたウェインのじりじりするほどゆっくりと進む関係性に、二人の周囲の人間はやきもきするばかり。
この物語は、理不尽に異世界に召喚された少女とその少女を保護した青年の呆れるくらいゆっくりと進む恋の物語である。
3/4 タイトルを変更しました。
旧タイトル「どうして異世界に召喚されたのかがわかりません。だけど、わたしを保護してくれたイケメンが超過保護っぽいことはわかります。」
3/10 翻訳版を公開しました。本編では異世界語で進んでいた会話を日本語表記にしています。なお、翻訳箇所がない話数には、タイトルに 〃 をつけてますので、本編既読の場合は飛ばしてもらって大丈夫です
※小説家になろう様にも掲載しています。
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!
伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。
いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。
衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!!
パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。
*表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*
ー(*)のマークはRシーンがあります。ー
少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。
ホットランキング 1位(2021.10.17)
ファンタジーランキング1位(2021.10.17)
小説ランキング 1位(2021.10.17)
ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる