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28、不思議な光です

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 ~これまでのあらすじ~

 鎌本博美は自分に出された食事に毒入りパンがあるのを知り、地下にいる魔獣に毒の除去をしてもらった。そしてエミリーや魔獣といっしょに、そのパンを使って王子の部屋から見える場所で賑やかにピクニックをする。そんなとき、突然、門番のサイモンが現れエミリーに大けがをさせ、魔獣をどこかへ連れて行ってしまった。残された博美は、エミリーのけがを不思議な力で治療する。エミリーからそれは特別な力なので皆にバレない様にするよう助言された。そしてサイモンに連れて行かれた魔獣のことが心配になった博美は、エミリーと屋敷に戻ることにした。

***

「あのサイモンって人は、わたし達が勝手にピクニックをしていたから、王子の命令で魔獣さんを連れ戻しに来たってことなのかな?」 

 屋敷へ向かう途中、博美がエミリーに尋ねた。

「サイモンは勝手に動いているように思います。サイモンは屋敷の門を閉じたと言っていましたが、そのような話はさきほど初めて聞きました。使用人たちには計画的に物事をすすめるように口うるさく言うロドリック様ですから、よほどの緊急事態ではないと門を閉めるなど許可をしないと思います。ですから独断でサイモンが屋敷の門を閉めたのだと思います」

 屋敷の裏口についたエミリーは扉を開け、中を警戒するように見渡しながら言った。

「ですが、今はその緊急事態のようですね」

 博美も続いて裏口から屋敷に入ると、エミリーの言っている緊急事態の意味が分かった。

 屋敷の廊下に誰もいないのだ。

 辺りを警戒しながら廊下を歩くエミリーに、博美も続いた。

「これも、さっきのサイモンって人に関係あるんだよね」

 いつもは大勢のメイドたちがいたにもかかわらず、今はシンっと静まり返っていた。

「たぶんそうでしょう。グリアティ家の兄弟は乱暴者で有名でした。父親が裏でお金を使って、随分もみ消してきたらしいのですが、とうとう手に負えず騎士団へ入れたらしいです。しかしそこでも問題を起こし、その後、兄弟でこの屋敷の門番となったそうです」

「ハロルド王子が雇い入れたのでしょ」

 博美は確認のために聞いた。博美と食事をしたとき、マナーの悪さにあれほど頭を悩ませていたハロルド王子が、あのような乱暴な兄弟を雇入れるなんて信じがたかったからだ。

「理由がございます。グリアティ家の当主は国をまたぎ、商売で成功した大商人でもあります。この国の王家には多大な寄付をし、男爵の爵位を叙爵された経緯もあります。しかし息子たちは騎士団までクビになり、父親は頭を悩ませていました。そこで思いついたのが、ハロルド王子に資金援助を行い、この屋敷で門番として雇い入れることを提案したのです」

「なるほど」

 お金のためにあの乱暴者をハロルド王子が引き取ったということならば、納得ができた。

「いつも兄弟でこの屋敷の門番として働いています。ですがさきほどのサイモンは一人でした。弟のカルロスの姿がどこにも見当たりません。もしかするとカルロスの身に何かあったのかもしれません。たとえば大けがをしたとか」

「それじゃ、そのカルロスという人の治療のために魔獣さんは連れて行かれたってこと?」

「そのように思います。サイモンは魔獣さんを連れて、地下の部屋に行ったのかもしれません」

 エミリーの言葉に、博美が立ち止まった。

「今から魔獣さんの部屋へ行こう」

「それは危険です。私はロドリック様に状況を報告しに参りますので、博美様はお部屋にてお待ちください」

 博美はサイモンが現れたときのことを思い出した。
 自分たちを庇って魔獣さんはあの男に着いて行ったんだ。
 
「そうだね、わたしたちが行っても魔獣さんの迷惑になるだけだよね。エミリーの方は大丈夫?」

 博美はサイモンに殴られたエミリーのお腹に視線を移す。

「はい、もう大丈夫です。博美様のおかげでございます」

 そのときだ、エミリーがサッと外に目を向けた。
 そして、
「博美様、わたくしたちも屋敷の外へ避難を」

「避難? でも魔獣さんが」

 言いながら屋敷の前に視線を向けた。
 ハロルド王子と宰相がいる。
 その後ろには使用人たちもいた。
 だが魔獣の姿はない。

 いったい何が起きているの?

 不安が膨れ上がるなか、向こうでガシャガシャと武装した数人の兵士が階段を駆け上がって行くのが見えた。
 エミリーが兵士に声をかける。

「お待ちください。いったい何があったのですか」

 それに応えるように兵士の一人が立ち止まった。

「サイモンと魔獣が、聖女様を人質に王子の部屋で立てこもった。これから奴らを捕まえに行く」

 そういって兵士は階段を駆け上がった。

 魔獣さんがマユさんを人質に……? 

「ちがう、魔獣さんは無理やり……」

 兵士たちの方へ走り出そうと博美の腕をエミリーがつかんだ。

「衛兵まで出てきたのは、よほどのことだと思います」

「でも魔獣さんが」

 エミリーが首を振る。

「博美様が魔獣さんのことを心配されているのは十分理解しております。しかし、ここはわたくしにお任せください。魔獣さんは無理やりサイモンに連れて行かれたと衛兵たちに説明いたしますから」

「そう……、わかった。エミリーに任せる。魔獣さんのことお願いね。エミリーも気を付けて」

「はい。博美様も、屋敷の外へ避難してください」

 エミリーも兵士たちに続いて階段を駆け上がった。

 お願い、無事でいて、魔獣さん。

 そんなことを思いながら博美は自然と地下の階段を降りていた。

 そして魔獣の部屋に着いた博美は辺りを見回す。

 誰もいない――。

 そうよね、マユさんのいる三階に魔獣さんはいるんだもの。

 誰もいない魔獣の部屋で博美はポツンと立った。魔法陣を見て、机と椅子を見ているうちに、悲しくなってきた。

 この部屋で魔獣さんはずっと一人だった。

 外に出たのも久しぶりで、ピクニックでは、庭園の木々や青空を見上げる魔獣さんは本当に嬉しそうだった。

 でも王子に利用され、そして今はサイモンという人に連れて行かれた。

 どうして魔獣さんばっかり……。

 博美は床に座って優しく魔法陣をなでた。

 魔獣さん、無事でいてね。

 そのとき、突然、床の魔法陣から映像が浮びあがった。
 立体的な映像は、そこに彼らがいるように会話まで聞こえてくる。
 それは、この部屋を映していた。

『どうしたんだ、魔獣。さっきまでカルロスが痛がっていたんだ。カルロスの右足だ、傷の手当てをしてやってくれ』

 そう言ったのはこの床に座るサイモン。そしてサイモンが抱きしめているのは博美の見知らぬ男だった。

 魔獣が首を振る。

『すみません……、僕にはカルロスさんの治療ができません』

 サイモンが抱きしめているのは、弟のカルロスのようだ。

 これが過去の映像で、この部屋の出来事だと分かった。

 やはり、エミリーが言っていたことが当たっていた。弟のカルロスを助けようと、この部屋にサイモンは魔獣さんを連れてきた。

 苛立ったようにサイモンが魔獣さんを怒鳴りつけていた。

『何言ってんだよ、早くしろよ!』
『ただのケガなら僕の魔法で治療すればいい。ですが、カルロスさんのは、ケガじゃないのです……』
『ケガじゃない……? じゃあ、なんだってんだ?』
『僕の魔法が跳ね返されました。それは……、カルロスさんには、呪いがかかっているからだと思います』
『呪い……、だと?』

 ……呪い?

『どうしてカルロスさんが呪いのブーツなんて身に着けることになったのですか』

 呪いのブーツ?

『今朝、この屋敷にドワーフが来て、傍らには大きな銀色の狼も居た。カルロスが、脅かすついでに――、そのときだ、ドワースの傍にいた銀色の狼がカルロスの足首を噛んだ』

 映像の中で、床にブーツのようなものが映っている。だが、それは彼らの目の前でサラサラと黒い砂に変化した。

 そこで映像はプツリと消えて、静かな部屋に戻った。

 博美はこの部屋を見回した。

「もしかし、あれが……、呪いのブーツ?」

 床には映像と同じく、ブーツが崩れ去ったところに、黒い砂のようなものが残っていた。

 博美は、しゃがみこみ、じっと見る。

「これが靴だったの?」

 その黒い砂からは、黒い影のようなモノが立ち上がり、まるで自我があるようにユラユラ揺れていた。

 もしかしてコレが呪い――?

 しゃがんで見ていた博美は、突然、何かに引っ張られるように前へバランスを崩した。

「え?」

 咄嗟に床に手を付いたが、そこは黒い砂の上だった。

 棘に刺されたようなピリピリとした感覚が手の平に感じた。

「痛っ」

 手の平を見ると黒くなって、どんどんと手首の方まで広がっていく。そしてズキズキと痛みも激しくなってきた。

 視界が歪み、闇に包まれる感覚にクラリとする。

 わたし、呪われちゃったの――?

 どうしよう魔獣さん……。
 助けて魔獣さん……。

 涙が滲む。

 するとパンっと激しい閃光が走った。

「なに?」

 身体の奥底から温かな、何かが溢れるような感じを受けた。魔獣に抱き着いたときに包まれているような温かなで優しい感覚だ。それはあの世で見た黄金の光が身体を通して来るのだと感じていた。

 そして気が付けばズキズキとした痛みは手から消え去って、手の平を見ると黒ずみはなくなり、元の色に戻っていた。

「よかった……。元に戻っている」

 すると部屋全体が黄金色の光に包まれた。キラキラとした光が降り注ぐ中、光を浴びるように博美は手を伸ばす。

「あたたかい光。そしてすごく優しい」

 煌めく光が降り注ぎ、床に落ちて消えていく。そして不思議なことに目の前にあった黒い砂のようなモノは、茶色いブーツに戻っていた。
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