28 / 47
28、不思議な光です
しおりを挟む~これまでのあらすじ~
鎌本博美は自分に出された食事に毒入りパンがあるのを知り、地下にいる魔獣に毒の除去をしてもらった。そしてエミリーや魔獣といっしょに、そのパンを使って王子の部屋から見える場所で賑やかにピクニックをする。そんなとき、突然、門番のサイモンが現れエミリーに大けがをさせ、魔獣をどこかへ連れて行ってしまった。残された博美は、エミリーのけがを不思議な力で治療する。エミリーからそれは特別な力なので皆にバレない様にするよう助言された。そしてサイモンに連れて行かれた魔獣のことが心配になった博美は、エミリーと屋敷に戻ることにした。
***
「あのサイモンって人は、わたし達が勝手にピクニックをしていたから、王子の命令で魔獣さんを連れ戻しに来たってことなのかな?」
屋敷へ向かう途中、博美がエミリーに尋ねた。
「サイモンは勝手に動いているように思います。サイモンは屋敷の門を閉じたと言っていましたが、そのような話はさきほど初めて聞きました。使用人たちには計画的に物事をすすめるように口うるさく言うロドリック様ですから、よほどの緊急事態ではないと門を閉めるなど許可をしないと思います。ですから独断でサイモンが屋敷の門を閉めたのだと思います」
屋敷の裏口についたエミリーは扉を開け、中を警戒するように見渡しながら言った。
「ですが、今はその緊急事態のようですね」
博美も続いて裏口から屋敷に入ると、エミリーの言っている緊急事態の意味が分かった。
屋敷の廊下に誰もいないのだ。
辺りを警戒しながら廊下を歩くエミリーに、博美も続いた。
「これも、さっきのサイモンって人に関係あるんだよね」
いつもは大勢のメイドたちがいたにもかかわらず、今はシンっと静まり返っていた。
「たぶんそうでしょう。グリアティ家の兄弟は乱暴者で有名でした。父親が裏でお金を使って、随分もみ消してきたらしいのですが、とうとう手に負えず騎士団へ入れたらしいです。しかしそこでも問題を起こし、その後、兄弟でこの屋敷の門番となったそうです」
「ハロルド王子が雇い入れたのでしょ」
博美は確認のために聞いた。博美と食事をしたとき、マナーの悪さにあれほど頭を悩ませていたハロルド王子が、あのような乱暴な兄弟を雇入れるなんて信じがたかったからだ。
「理由がございます。グリアティ家の当主は国をまたぎ、商売で成功した大商人でもあります。この国の王家には多大な寄付をし、男爵の爵位を叙爵された経緯もあります。しかし息子たちは騎士団までクビになり、父親は頭を悩ませていました。そこで思いついたのが、ハロルド王子に資金援助を行い、この屋敷で門番として雇い入れることを提案したのです」
「なるほど」
お金のためにあの乱暴者をハロルド王子が引き取ったということならば、納得ができた。
「いつも兄弟でこの屋敷の門番として働いています。ですがさきほどのサイモンは一人でした。弟のカルロスの姿がどこにも見当たりません。もしかするとカルロスの身に何かあったのかもしれません。たとえば大けがをしたとか」
「それじゃ、そのカルロスという人の治療のために魔獣さんは連れて行かれたってこと?」
「そのように思います。サイモンは魔獣さんを連れて、地下の部屋に行ったのかもしれません」
エミリーの言葉に、博美が立ち止まった。
「今から魔獣さんの部屋へ行こう」
「それは危険です。私はロドリック様に状況を報告しに参りますので、博美様はお部屋にてお待ちください」
博美はサイモンが現れたときのことを思い出した。
自分たちを庇って魔獣さんはあの男に着いて行ったんだ。
「そうだね、わたしたちが行っても魔獣さんの迷惑になるだけだよね。エミリーの方は大丈夫?」
博美はサイモンに殴られたエミリーのお腹に視線を移す。
「はい、もう大丈夫です。博美様のおかげでございます」
そのときだ、エミリーがサッと外に目を向けた。
そして、
「博美様、わたくしたちも屋敷の外へ避難を」
「避難? でも魔獣さんが」
言いながら屋敷の前に視線を向けた。
ハロルド王子と宰相がいる。
その後ろには使用人たちもいた。
だが魔獣の姿はない。
いったい何が起きているの?
不安が膨れ上がるなか、向こうでガシャガシャと武装した数人の兵士が階段を駆け上がって行くのが見えた。
エミリーが兵士に声をかける。
「お待ちください。いったい何があったのですか」
それに応えるように兵士の一人が立ち止まった。
「サイモンと魔獣が、聖女様を人質に王子の部屋で立てこもった。これから奴らを捕まえに行く」
そういって兵士は階段を駆け上がった。
魔獣さんがマユさんを人質に……?
「ちがう、魔獣さんは無理やり……」
兵士たちの方へ走り出そうと博美の腕をエミリーがつかんだ。
「衛兵まで出てきたのは、よほどのことだと思います」
「でも魔獣さんが」
エミリーが首を振る。
「博美様が魔獣さんのことを心配されているのは十分理解しております。しかし、ここはわたくしにお任せください。魔獣さんは無理やりサイモンに連れて行かれたと衛兵たちに説明いたしますから」
「そう……、わかった。エミリーに任せる。魔獣さんのことお願いね。エミリーも気を付けて」
「はい。博美様も、屋敷の外へ避難してください」
エミリーも兵士たちに続いて階段を駆け上がった。
お願い、無事でいて、魔獣さん。
そんなことを思いながら博美は自然と地下の階段を降りていた。
そして魔獣の部屋に着いた博美は辺りを見回す。
誰もいない――。
そうよね、マユさんのいる三階に魔獣さんはいるんだもの。
誰もいない魔獣の部屋で博美はポツンと立った。魔法陣を見て、机と椅子を見ているうちに、悲しくなってきた。
この部屋で魔獣さんはずっと一人だった。
外に出たのも久しぶりで、ピクニックでは、庭園の木々や青空を見上げる魔獣さんは本当に嬉しそうだった。
でも王子に利用され、そして今はサイモンという人に連れて行かれた。
どうして魔獣さんばっかり……。
博美は床に座って優しく魔法陣をなでた。
魔獣さん、無事でいてね。
そのとき、突然、床の魔法陣から映像が浮びあがった。
立体的な映像は、そこに彼らがいるように会話まで聞こえてくる。
それは、この部屋を映していた。
『どうしたんだ、魔獣。さっきまでカルロスが痛がっていたんだ。カルロスの右足だ、傷の手当てをしてやってくれ』
そう言ったのはこの床に座るサイモン。そしてサイモンが抱きしめているのは博美の見知らぬ男だった。
魔獣が首を振る。
『すみません……、僕にはカルロスさんの治療ができません』
サイモンが抱きしめているのは、弟のカルロスのようだ。
これが過去の映像で、この部屋の出来事だと分かった。
やはり、エミリーが言っていたことが当たっていた。弟のカルロスを助けようと、この部屋にサイモンは魔獣さんを連れてきた。
苛立ったようにサイモンが魔獣さんを怒鳴りつけていた。
『何言ってんだよ、早くしろよ!』
『ただのケガなら僕の魔法で治療すればいい。ですが、カルロスさんのは、ケガじゃないのです……』
『ケガじゃない……? じゃあ、なんだってんだ?』
『僕の魔法が跳ね返されました。それは……、カルロスさんには、呪いがかかっているからだと思います』
『呪い……、だと?』
……呪い?
『どうしてカルロスさんが呪いのブーツなんて身に着けることになったのですか』
呪いのブーツ?
『今朝、この屋敷にドワーフが来て、傍らには大きな銀色の狼も居た。カルロスが、脅かすついでに――、そのときだ、ドワースの傍にいた銀色の狼がカルロスの足首を噛んだ』
映像の中で、床にブーツのようなものが映っている。だが、それは彼らの目の前でサラサラと黒い砂に変化した。
そこで映像はプツリと消えて、静かな部屋に戻った。
博美はこの部屋を見回した。
「もしかし、あれが……、呪いのブーツ?」
床には映像と同じく、ブーツが崩れ去ったところに、黒い砂のようなものが残っていた。
博美は、しゃがみこみ、じっと見る。
「これが靴だったの?」
その黒い砂からは、黒い影のようなモノが立ち上がり、まるで自我があるようにユラユラ揺れていた。
もしかしてコレが呪い――?
しゃがんで見ていた博美は、突然、何かに引っ張られるように前へバランスを崩した。
「え?」
咄嗟に床に手を付いたが、そこは黒い砂の上だった。
棘に刺されたようなピリピリとした感覚が手の平に感じた。
「痛っ」
手の平を見ると黒くなって、どんどんと手首の方まで広がっていく。そしてズキズキと痛みも激しくなってきた。
視界が歪み、闇に包まれる感覚にクラリとする。
わたし、呪われちゃったの――?
どうしよう魔獣さん……。
助けて魔獣さん……。
涙が滲む。
するとパンっと激しい閃光が走った。
「なに?」
身体の奥底から温かな、何かが溢れるような感じを受けた。魔獣に抱き着いたときに包まれているような温かなで優しい感覚だ。それはあの世で見た黄金の光が身体を通して来るのだと感じていた。
そして気が付けばズキズキとした痛みは手から消え去って、手の平を見ると黒ずみはなくなり、元の色に戻っていた。
「よかった……。元に戻っている」
すると部屋全体が黄金色の光に包まれた。キラキラとした光が降り注ぐ中、光を浴びるように博美は手を伸ばす。
「あたたかい光。そしてすごく優しい」
煌めく光が降り注ぎ、床に落ちて消えていく。そして不思議なことに目の前にあった黒い砂のようなモノは、茶色いブーツに戻っていた。
11
お気に入りに追加
198
あなたにおすすめの小説
目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜
楠ノ木雫
恋愛
病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。
病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。
元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!
でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?
※他の投稿サイトにも掲載しています。
聖女としてきたはずが要らないと言われてしまったため、異世界でふわふわパンを焼こうと思います!
伊桜らな
ファンタジー
家業パン屋さんで働くメルは、パンが大好き。
いきなり聖女召喚の儀やらで異世界に呼ばれちゃったのに「いらない」と言われて追い出されてしまう。どうすればいいか分からなかったとき、公爵家当主に拾われ公爵家にお世話になる。
衣食住は確保できたって思ったのに、パンが美味しくないしめちゃくちゃ硬い!!
パン好きなメルは、厨房を使いふわふわパン作りを始める。
*表紙画は月兎なつめ様に描いて頂きました。*
ー(*)のマークはRシーンがあります。ー
少しだけ展開を変えました。申し訳ありません。
ホットランキング 1位(2021.10.17)
ファンタジーランキング1位(2021.10.17)
小説ランキング 1位(2021.10.17)
ありがとうございます。読んでくださる皆様に感謝です。
【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!
未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます!
会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。
一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、
ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。
このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…?
人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、
魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。
聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、
魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。
魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、
冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく…
聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です!
完結まで書き終わってます。
※他のサイトにも連載してます
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます
かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~
【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】
奨励賞受賞
●聖女編●
いきなり召喚された上に、ババァ発言。
挙句、偽聖女だと。
確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。
だったら好きに生きさせてもらいます。
脱社畜!
ハッピースローライフ!
ご都合主義万歳!
ノリで生きて何が悪い!
●勇者編●
え?勇者?
うん?勇者?
そもそも召喚って何か知ってますか?
またやらかしたのかバカ王子ー!
●魔界編●
いきおくれって分かってるわー!
それよりも、クロを探しに魔界へ!
魔界という場所は……とてつもなかった
そしてクロはクロだった。
魔界でも見事になしてみせようスローライフ!
邪魔するなら排除します!
--------------
恋愛はスローペース
物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。
【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。
みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」
魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。
ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。
あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。
【2024年3月16日完結、全58話】
聖女召喚に巻き込まれた挙句、ハズレの方と蔑まれていた私が隣国の過保護な王子に溺愛されている件
バナナマヨネーズ
恋愛
聖女召喚に巻き込まれた志乃は、召喚に巻き込まれたハズレの方と言われ、酷い扱いを受けることになる。
そんな中、隣国の第三王子であるジークリンデが志乃を保護することに。
志乃を保護したジークリンデは、地面が泥濘んでいると言っては、志乃を抱き上げ、用意した食事が熱ければ火傷をしないようにと息を吹きかけて冷ましてくれるほど過保護だった。
そんな過保護すぎるジークリンデの行動に志乃は戸惑うばかり。
「私は子供じゃないからそんなことしなくてもいいから!」
「いや、シノはこんなに小さいじゃないか。だから、俺は君を命を懸けて守るから」
「お…重い……」
「ん?ああ、ごめんな。その荷物は俺が持とう」
「これくらい大丈夫だし、重いってそういうことじゃ……。はぁ……」
過保護にされたくない志乃と過保護にしたいジークリンデ。
二人は共に過ごすうちに知ることになる。その人がお互いの運命の人なのだと。
全31話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる