14 / 47
14、~佐藤マユside3~ 策略
しおりを挟むマユはメイドたちを引き連れ、一番奥にある王子の部屋へ向かった。
メイドが扉をノックした。
「誰ですか、こんな夜更けに」
宰相の声が応えた。
「聖女マユ様です」
代わりにメイドが声を上げると、王子が返事をした。
「よし、入れ」
許可が出ると、マユは部屋へ入った。
豪華な広々とした室内は壁や柱の装飾に金箔が施され、左側にはラウンジのように、カウンターバーまであった。
王子はカウンターバーの椅子に座って酒を飲んでいた。
「どうしたマユ」
席を立った王子がマユを出迎え、髪を触ろうとすると、すっとマユは身体をよけ、宰相がいる斜め前のソファへ移動した。
「王子様、お話があります」
「改まって、なんだ」
マユに逃げられ、不機嫌な表情をしながら、王子はカウンターにあるお酒に手を伸ばす。
「あの女性のことでお話が」
「あの女性? ああ、アイツのことか。まったくなんて奴だ、あんな下品な女は会ったことがない。こうして思い出すだけ酒が不味くなる」
顔を歪ませ、王子は酒のボトルからグラスに酒を入れて、煽るように飲んだ。
「どうされるつもりですか?」
「もちろん明日の朝いちばんで追い出す。なあ、宰相」
宰相の前のテーブルの上に、重そうな布袋が三つ置かれていた。
「はい。あのようなマナーが悪い人をこれ以上この屋敷に置いておくと、使用人たちまで悪影響が及ぶかもしれません。お金で追い出せるのでしたらよろしいでしょうう」
やはり布袋にはお金が入っているようだ。
「さっさと追い出してしまえばいい。マユが聖女となったのだ。あとは王都の連中を見返すだけだ。俺をこんな辺鄙な場所へ送りやがって」
腹立たしそうに、王子はドンっとグラスをカウンターテーブルに置いた。
「あの人にお金を払う必要があるのかしら」
マユは独り言のようにつぶやく。
「どういう意味だ? 金を払わなければあの女はこの屋敷に居座るつもりだぞ。あんな女が俺の屋敷にいると思うだけで、ムカムカしていくる。このまま何も渡さず追い出しても、必ず戻ってくる。あの食事を見ただろ、下品極まりない食べ方に、残った食事まで部屋に持ち帰った。それだけ強欲な女だ。金を払うまで、いつまでも付きまとうに決まっている。それに、呪いなんて掛けられた日には……」
王子は、ぞっとしたように言う。
ったく、このバカ王子、なにビビってるんだよ。
「呪いですか?」
マユは上目遣いで王子を見る。
「あの女は確かに呪うと言ったぞ。なあ、宰相」
「はい」
「でも、あの人にそんな力があるのかしら……」
マユは自信がなさそうな言い方をしながら、あるわけねーじゃんと思っていた。
私にだってそんな力がないのに、あんな女にあってたまるか!
はったりだ、はったりを掛けて金を引っ張るつもりだ。すべてあの女の策略だ。それなのにこいつらは、呪いなんて言葉にビビって、マジで金を払うなんてマジ信じられねぇ。
「マユ様は、呪いの力があの女性にないとおっしゃっるのですか」
宰相が尋ねると、マユは首をかしげて顎に手を置く。
「それは断言できないけど……、あの人に、そのような力があるという確証もありませんよね」
「うむ、そのとおりだが……。確かめようがない。魔獣もわからないと言っていた。だからそこ、金を払って出て行ってもらうのがいいのではないか。もし本当に、俺が呪われでもしまったらどうするつもりだ」
王子の頬の肉が、ピクピクと引きつっていた。
なに、このビビリ王子。
マジ、使えねぇな。
でも、どうにかしないとこのままじゃ、あの女のところに金が渡ってしまう……。
とにかく呪いをどうにかしないと……。
「呪いって、誰でも出来るのですか」
マユの質問に宰相が真剣な表情になった。
「特別な魔力を持つ人だけができると言われています。ですが、呪いに関しては謎が多く、解明されていません」
王子がズボンの裾をまくっている。そこには、くすんだ色のアンクレットがあった。
ったく、この王子、なにやってんだよ。今は呪いの話をしている最中だろう。
真剣に話を聞けよ。
マユは、苛立ったが話を続けた。
「ふーん、でも、そんなことをあの人が知っているのかしら。わたしだって、今初めて聞いて知ったことだし、召喚された直後にそんな知識を持っていたら、それこそおかしくありません?」
マユの言葉に、王子と宰相が顔を見合わせる。
「そうか……、そうだな。あの女が呪いなんて、知るはずがないな……。だが、あの女は、『死んだあと、魂はあなた方に付きまとう』と言っていただろう。それが呪いではないのか、宰相」
「さあ、聞いたことはありませんね。死んだあと相手に呪いをかけるなど……」
宰相の言葉に王子が考え込む。
「うむ……、どうしたものか」
いやいやいや、もういいでしょ。呪いに、こだわる意味わかんねーよ。ハッタリなんだからさ。
そんなとき、急に宰相が何かを思いついたような声を上げた。
「王子!」
「なんだ、突然、宰相!」
そうだ、びっくりするじゃない。
「王子、たとえば、食事中に心臓発作を起きたり、胸が苦しくなったりして亡くなればどうでしょう?」
「あの女のことか? だから、あの女は死んだ後でも、魂になって俺たちに付きまとうと、言っていたではないか。同じことを言わせるな」
「ですから、王子! 本人も理由が分からず死んでしまえば、恨む相手がわからなければ、呪うことも出来ないでしょう」
「おお、そうか! 死んだ理由が本人もわからないなら、恨む相手も分からない。ならば……! 病気に見せかけて死んでくれればいいということだ。突然、発作を起こすような薬があればいいのではないか! そうだろ、宰相!」
「はい、王子。薬師に調合させ、今すぐ段取りを致します。朝食に発作を起こすような薬を仕込みましょう。わたくしにお任せください」
「任せたぞ、宰相」
それを聞いたマユは、眠そうに両腕を伸ばした。
ふん、やればできるじゃない。
「ふぁぁあ……、私、眠たくなってきたので、部屋に戻りますね」
そう言ったマユの腕を王子が掴んだ。
「今夜、俺の部屋に泊まるか、マユ」
「私もそうしたいのですが……。けれど、やはり止めておきます。いろいろと王子様もこれからの段取りもございましょう。それに王子様に対するこの想いと、清らかな体を大切に取っておきたい。結婚式の夜まで」
そう言い、微笑むとマユは、
「おやすみなさいませ」
とドレスを翻し、部屋を後にするのだった。
メイドを引き連れ、マユは廊下を歩く。
部屋に戻ったマユはメイドたちを帰らせ、ベッドに飛び乗った。
「あの女、毒で殺されるのね。黙ってこの屋敷から出て行けばよかったのに。ああ、可哀想――」
これで気持ちよく眠りにつけると、マユはクイーンサイズのベッドで目を閉じた。
11
お気に入りに追加
176
あなたにおすすめの小説
わたしを嫌う妹の企みで追放されそうになりました。だけど、保護してくれた公爵様から溺愛されて、すごく幸せです。
バナナマヨネーズ
恋愛
山田華火は、妹と共に異世界に召喚されたが、妹の浅はかな企みの所為で追放されそうになる。
そんな華火を救ったのは、若くしてシグルド公爵となったウェインだった。
ウェインに保護された華火だったが、この世界の言葉を一切理解できないでいた。
言葉が分からない華火と、華火に一目で心を奪われたウェインのじりじりするほどゆっくりと進む関係性に、二人の周囲の人間はやきもきするばかり。
この物語は、理不尽に異世界に召喚された少女とその少女を保護した青年の呆れるくらいゆっくりと進む恋の物語である。
3/4 タイトルを変更しました。
旧タイトル「どうして異世界に召喚されたのかがわかりません。だけど、わたしを保護してくれたイケメンが超過保護っぽいことはわかります。」
3/10 翻訳版を公開しました。本編では異世界語で進んでいた会話を日本語表記にしています。なお、翻訳箇所がない話数には、タイトルに 〃 をつけてますので、本編既読の場合は飛ばしてもらって大丈夫です
※小説家になろう様にも掲載しています。
極妻、乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生しちゃいました!
ハルン
恋愛
自然豊かで大陸でも1、2を争う大国であるグラシェール王国。
その国の侯爵家、アベルシュタイン。
表向きは、歴史ある由緒正しい侯爵家。
ーーだが裏の顔は、代々王家に害を成すモノを全て消し去る『王家の番犬』。
そんなアベルシュタインに、この度娘が生まれた。アベルシュタイン家代々に伝わる黒髪に青い瞳。生まれた時から美しいその娘は、サーシャと名付けられた。
ーーしかし、この娘には前世の記憶があった。
前世では、何万もの人間を従える組の組長の妻ーー所謂<極妻>であったと言う記憶が。
しかも、彼女は知らない。
此処が、前世で最も人気のあった乙女ゲーム『恋する聖女』、略して『恋セイ』の世界だと言う事を。
成長するにつれ、どんどんサーシャの周りに集まる攻略対象達。
「女に群がる暇があるなら、さっさと仕事をしろ!」
これは、乙女ゲームなどしたことの無い元極妻の波乱万丈な物語である。
※毎週火曜日に更新予定。
【完結済】逆恨みで婚約破棄をされて虐待されていたおちこぼれ聖女、隣国のおちぶれた侯爵家の当主様に助けられたので、恩返しをするために奮闘する
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
偉大な聖女であった母を持つ、落ちこぼれ聖女のエレナは、婚約者である侯爵家の当主、アーロイに人殺しの死神として扱われ、牢に閉じ込められて酷い仕打ちを受ける日々を送っていた。
そんなエレナは、今は亡き母の遺言に従って、必死に耐える日々を送っていたが、同じ聖女の力を持ち、母から教えを受けていたジェシーによってアーロイを奪われ、婚約破棄を突き付けられる。
ここにいても、ずっと虐げられたまま人生に幕を下ろしてしまう――そんなのは嫌だと思ったエレナは、二人の結婚式の日に屋敷から人がいなくなった隙を突いて、脱走を決行する。
なんとか脱走はできたものの、著しく落ちた体力のせいで川で溺れてしまい、もう駄目だと諦めてしまう。
しかし、偶然通りかかった隣国の侯爵家の当主、ウィルフレッドによって、エレナは一命を取り留めた。
ウィルフレッドは過去の事故で右の手足と右目が不自由になっていた。そんな彼に恩返しをするために、エレナは聖女の力である回復魔法を使うが……彼の怪我は深刻で、治すことは出来なかった。
当主として家や家族、使用人達を守るために毎日奮闘していることを知ったエレナは、ウィルフレッドを治して幸せになってもらうために、彼の専属の聖女になることを決意する――
これは一人の落ちこぼれ聖女が、体が不自由な男性を助けるために奮闘しながら、互いに惹かれ合って幸せになっていく物語。
※全四十五話予定。最後まで執筆済みです。この物語はフィクションです。
妾の子と蔑まれていた公爵令嬢は、聖女の才能を持つ存在でした。今更態度を改められても、許すことはできません。
木山楽斗
恋愛
私の名前は、ナルネア・クーテイン。エルビネア王国に暮らす公爵令嬢である。
といっても、私を公爵令嬢といっていいのかどうかはわからない。なぜなら、私は現当主と浮気相手との間にできた子供であるからだ。
公爵家の人々は、私のことを妾の子と言って罵倒してくる。その辛い言葉にも、いつしかなれるようになっていた。
屋敷の屋根裏部屋に閉じ込められながら、私は窮屈な生活を続けていた。このまま、公爵家の人々に蔑まれながら生きていくしかないと諦めていたのだ。
ある日、家に第三王子であるフリムド様が訪ねて来た。
そこで起こった出来事をきっかけに、私は自身に聖女の才能があることを知るのだった。
その才能を見込まれて、フリムド様は私を気にかけるようになっていた。私が、聖女になることを期待してくれるようになったのである。
そんな私に対して、公爵家の人々は態度を少し変えていた。
どうやら、私が聖女の才能があるから、媚を売ってきているようだ。
しかし、今更そんなことをされてもいい気分にはならない。今までの罵倒を許すことなどできないのである。
※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。
婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない
nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?
聖女召喚に巻き込まれた挙句、ハズレの方と蔑まれていた私が隣国の過保護な王子に溺愛されている件
バナナマヨネーズ
恋愛
聖女召喚に巻き込まれた志乃は、召喚に巻き込まれたハズレの方と言われ、酷い扱いを受けることになる。
そんな中、隣国の第三王子であるジークリンデが志乃を保護することに。
志乃を保護したジークリンデは、地面が泥濘んでいると言っては、志乃を抱き上げ、用意した食事が熱ければ火傷をしないようにと息を吹きかけて冷ましてくれるほど過保護だった。
そんな過保護すぎるジークリンデの行動に志乃は戸惑うばかり。
「私は子供じゃないからそんなことしなくてもいいから!」
「いや、シノはこんなに小さいじゃないか。だから、俺は君を命を懸けて守るから」
「お…重い……」
「ん?ああ、ごめんな。その荷物は俺が持とう」
「これくらい大丈夫だし、重いってそういうことじゃ……。はぁ……」
過保護にされたくない志乃と過保護にしたいジークリンデ。
二人は共に過ごすうちに知ることになる。その人がお互いの運命の人なのだと。
全31話
私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!
近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。
「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」
声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。
※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です!
※「カクヨム」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる