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8、食事の時間です(後編)

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「ヒールって、けっこう足が疲れるんですよね」

 椅子の上に足を放り出しながら揉んでいた博美だが、片膝をつきながら食事を始めた。前のめりで、パンを片手にスープに付けながら食べ始める。

 あまりにマナーの悪い博美に、宰相が何かを言おうとしたみたいだが、王子が首を横にふって合図を送った。

 給仕の女性が博美のグラスにワインを注ごうとしたので、博美はグラスの上に手を置く。

「水でお願い」
「かしこまりました」

 博美は片膝を立てたまま、フォークで前菜をすべて突き刺して、口に放り込む。そうして食べながら、給仕係に手で指示をする。

「わたし、食べるの早いから、一度に料理を出して。魚料理とお肉やデザートもあるんでしょ。もう全部ここに並べていいから」

 係りが宰相の顔を困ったように見る。

 宰相もハロルド王子の顔をうかがい、王子は黙って頷いた。

 博美の前には、どんどんと料理が並べられる。

 ガチャガチャとナイフやフォークで音を立て料理を頬張り、スプーンですくったスープはズルズルとすすり飲む博美に、皆の視線が集まっている。

 だが、お構いなしに、底に残ったスープを両手で皿を持ち上げ、ズズズズ――っと飲み干した。

「ぷはぁ、この世界の料理も、こんなにおいしいのですね」

 奥の席についているハロルド王子や隣に座るマユ、斜め前の席の宰相は、呆気に取られた様子だ。

 そんな視線をまったく気にしてない様子で、博美は肉を突き刺して頬張ると、ぐっちゃぐっちゃと噛みながら、
「すごくおいしいお肉ね。おかわりヨロシク! パンもね!」
 パンを入れていた空になったカゴをポンっと給仕をしている女性に放り投げるのだった。

 それをみたハロルド王子はテーブルの上でナイフとフォークを握る手にぐっと力を入れていた。隣のマユはひそひそと声を落とす。

「私、あれほど下品な食べ方は見たことがありません」
「俺もだ」
「あのような人が聖女にならなくて、ようございました」

 宰相の言葉に、ハロルド王子が大きくうなずいた。

「本当だ。マユが聖女で本当によかった」

 ハロルド王子は心の底から言っているようだった。

 博美は魚の身をフォークで突き刺すと、皿のまわりのソースを救うように、大きな口をあけて、一口で食べると、口の中に魚が入ったまま、話しはじめた。

「あれ? そういえば、地下の魔術師の格好をした人は?」

 食べながら話すため、博美の口から魚の身が飛び散っていた。

 ハロルド王子は、もう博美を見ることもせず、
「あんな魔獣を食事の場に呼ぶことなどしない。獣の毛が料理に入ったらどうする。それでなくても、俺は下品なものが苦手なのだ……、ああ、本当に、もう、どうにかしてくれ」

 ハロルド王子は博美の姿にもう耐えられないというように首を振った。

「あの化け物って、なんですか? 何かの実験の失敗ですか」

 マユが聞くと、頭を抱えている王子の代わりに、宰相が応える。

「地下で飼っているのです。あのような姿ですが、魔術師としては役に立ちますから」

「食事も別なんですね?」

 博美が聞くと、王子が博美の方向が見えない様に手で遮りながら、

「食事? あのような獣には、食べ残しで十分だ。そうだろ、宰相」

「はい、その通りです。昨日、与えましたので、二、三日経った残飯を集めれば十分です」

 それを聞いたマユが大きな声で言う。

「まぁ、それは便利ですね。魔法が使えて、残飯処理までしてくれるなんて。見た目は、すっごくおぞましいけれど、そんな役に立つ方法があるなんて、くすくす」

 バカにしたようなマユの笑いに、王子も納得の様子だ。

「ああ、見た目は化け物のように醜いが、アイツはいろいろと役に立つ。聖女召喚など普通の魔術師なら無理だからな。本当に、いい買い物だった」

「アレを買ったのですか?」

 マユが興味津々で王子に聞いている。

「そうだ。魔獣は、奴隷商から買ったものだ。最初は憂さ晴らしのために購入したのだが、魔術の使い手だとわかった。しかも、あれほどの魔力を持つとは、驚きだったな、宰相」

「はい。さすがハロルド王子、買い物上手ございます」

 博美は口を挟まず、黙って彼らの会話を聞いていた。

「あの魔獣が手に入ったからこそ、俺は今回、聖女召喚を計画したのだ」

「さすがハロルド王子でございます。この国のために聖女を召喚されるなど、お父上の国王様が聞かれたら、さぞかし、誇らしく思われるでしょう」

「ああ、父上も俺を見直すだろう。役に立つ魔獣だ。あんな醜い見た目だが、俺もたまにエサを持って行くこともあるのだ。優しい俺は料理の残り物を皿に集めて地下の奴の部屋に行く。それから床に食べ物をぼとぼと落とす。アイツは、魔法陣の床に落ちたエサを這いつくばって食うってわけだ」

 博美は想像すると気分が悪くなった。
 それじゃまるで、虐めじゃないか。

「ふふふ、すごく楽しそうなお遊びですね。今度、私もいっしょにしたいです。……でも、あんな化け物が怒ったら怖くないですか」

 マユが聞くと王子は誇らしげに言う。

「大丈夫だ、アイツは絶対に俺たちに逆らうことはない。なぜなら――」

 王子が言おうとすると、続きの言葉を止めるように宰相がゴホンと咳をした。

 ――ん?

「ああ……、そうだったな。まあ、あんな不気味な姿だが、俺達には逆らえない。危険はないから心配するな」

「王子様って、頼もしいお方ですね」

「そうだろ、マユ」

 二人がイチャイチャするのを横目で見ながら博美は、黙って食事を続けていた。最後の仕上げとばかりに肉料理は
手づかみで食べ、隣にあるフィンガーボールの水をゴクゴクと飲み干す。

 その様子を見ていたマユが不快そうに声を落とす。

「王子様、こちらのけものはどうするつもりですか?」

 こちらの獣って、わたしのこと?
 まあ、いいけど……。

「ちょっとまて、呪われたら困るから、今はアイツを怒らせるな」
「はーい、わかりました」

 じゃ、そろそろこちらも動き出そう。
 博美は立ち上がって、給仕係の前にあるワゴンへ目を移す。

「お肉って、まだ残っているでしょ」

「今、席にお持ちしますので……」

 給仕係が言うと、博美は手で制した。

「ううん、大丈夫」

 そう言いながら博美は、ワゴンまで行くと、銀色の蓋を取って肉を見る。

「部屋に持って行ってもいいですよね。そうだ、デザートも」

「ふん、勝手にすればいい」

「では、ありがたく頂戴いたします。ごちそうさまでした。また明日、朝食でお会いしましょう、皆様」

 そういった博美は最後に腹をポンっと叩き、「ゲップ」と挨拶のように出した。

 そのゲップに、皆、不快そうな顔をするが、博美は素知らぬ顔でガタガタとワゴンを押し、出口に向かう。

「ねぇ、王子様、どうするつもりですかぁ?」

 博美の背を見てマユが言っているのがわかった。

 博美が廊下に出ると、王子が言う。

「あんな下品な奴……、お金が用意できたら追い出すに決まっているだろ……。くそ、食欲がなくなった。アイツと同じ空気を吸うのもご免だ!」

 王子がナイフとフォークをテーブルに叩きつけ、叫んでいるようだった。
 廊下まで響く声に、博美は微笑みながらワゴンをガラガラ押していた。
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