8 / 47
8、食事の時間です(後編)
しおりを挟む「ヒールって、けっこう足が疲れるんですよね」
椅子の上に足を放り出しながら揉んでいた博美だが、片膝をつきながら食事を始めた。前のめりで、パンを片手にスープに付けながら食べ始める。
あまりにマナーの悪い博美に、宰相が何かを言おうとしたみたいだが、王子が首を横にふって合図を送った。
給仕の女性が博美のグラスにワインを注ごうとしたので、博美はグラスの上に手を置く。
「水でお願い」
「かしこまりました」
博美は片膝を立てたまま、フォークで前菜をすべて突き刺して、口に放り込む。そうして食べながら、給仕係に手で指示をする。
「わたし、食べるの早いから、一度に料理を出して。魚料理とお肉やデザートもあるんでしょ。もう全部ここに並べていいから」
係りが宰相の顔を困ったように見る。
宰相もハロルド王子の顔をうかがい、王子は黙って頷いた。
博美の前には、どんどんと料理が並べられる。
ガチャガチャとナイフやフォークで音を立て料理を頬張り、スプーンですくったスープはズルズルとすすり飲む博美に、皆の視線が集まっている。
だが、お構いなしに、底に残ったスープを両手で皿を持ち上げ、ズズズズ――っと飲み干した。
「ぷはぁ、この世界の料理も、こんなにおいしいのですね」
奥の席についているハロルド王子や隣に座るマユ、斜め前の席の宰相は、呆気に取られた様子だ。
そんな視線をまったく気にしてない様子で、博美は肉を突き刺して頬張ると、ぐっちゃぐっちゃと噛みながら、
「すごくおいしいお肉ね。おかわりヨロシク! パンもね!」
パンを入れていた空になったカゴをポンっと給仕をしている女性に放り投げるのだった。
それをみたハロルド王子はテーブルの上でナイフとフォークを握る手にぐっと力を入れていた。隣のマユはひそひそと声を落とす。
「私、あれほど下品な食べ方は見たことがありません」
「俺もだ」
「あのような人が聖女にならなくて、ようございました」
宰相の言葉に、ハロルド王子が大きくうなずいた。
「本当だ。マユが聖女で本当によかった」
ハロルド王子は心の底から言っているようだった。
博美は魚の身をフォークで突き刺すと、皿のまわりのソースを救うように、大きな口をあけて、一口で食べると、口の中に魚が入ったまま、話しはじめた。
「あれ? そういえば、地下の魔術師の格好をした人は?」
食べながら話すため、博美の口から魚の身が飛び散っていた。
ハロルド王子は、もう博美を見ることもせず、
「あんな魔獣を食事の場に呼ぶことなどしない。獣の毛が料理に入ったらどうする。それでなくても、俺は下品なものが苦手なのだ……、ああ、本当に、もう、どうにかしてくれ」
ハロルド王子は博美の姿にもう耐えられないというように首を振った。
「あの化け物って、なんですか? 何かの実験の失敗ですか」
マユが聞くと、頭を抱えている王子の代わりに、宰相が応える。
「地下で飼っているのです。あのような姿ですが、魔術師としては役に立ちますから」
「食事も別なんですね?」
博美が聞くと、王子が博美の方向が見えない様に手で遮りながら、
「食事? あのような獣には、食べ残しで十分だ。そうだろ、宰相」
「はい、その通りです。昨日、与えましたので、二、三日経った残飯を集めれば十分です」
それを聞いたマユが大きな声で言う。
「まぁ、それは便利ですね。魔法が使えて、残飯処理までしてくれるなんて。見た目は、すっごくおぞましいけれど、そんな役に立つ方法があるなんて、くすくす」
バカにしたようなマユの笑いに、王子も納得の様子だ。
「ああ、見た目は化け物のように醜いが、アイツはいろいろと役に立つ。聖女召喚など普通の魔術師なら無理だからな。本当に、いい買い物だった」
「アレを買ったのですか?」
マユが興味津々で王子に聞いている。
「そうだ。魔獣は、奴隷商から買ったものだ。最初は憂さ晴らしのために購入したのだが、魔術の使い手だとわかった。しかも、あれほどの魔力を持つとは、驚きだったな、宰相」
「はい。さすがハロルド王子、買い物上手ございます」
博美は口を挟まず、黙って彼らの会話を聞いていた。
「あの魔獣が手に入ったからこそ、俺は今回、聖女召喚を計画したのだ」
「さすがハロルド王子でございます。この国のために聖女を召喚されるなど、お父上の国王様が聞かれたら、さぞかし、誇らしく思われるでしょう」
「ああ、父上も俺を見直すだろう。役に立つ魔獣だ。あんな醜い見た目だが、俺もたまにエサを持って行くこともあるのだ。優しい俺は料理の残り物を皿に集めて地下の奴の部屋に行く。それから床に食べ物をぼとぼと落とす。アイツは、魔法陣の床に落ちたエサを這いつくばって食うってわけだ」
博美は想像すると気分が悪くなった。
それじゃまるで、虐めじゃないか。
「ふふふ、すごく楽しそうなお遊びですね。今度、私もいっしょにしたいです。……でも、あんな化け物が怒ったら怖くないですか」
マユが聞くと王子は誇らしげに言う。
「大丈夫だ、アイツは絶対に俺たちに逆らうことはない。なぜなら――」
王子が言おうとすると、続きの言葉を止めるように宰相がゴホンと咳をした。
――ん?
「ああ……、そうだったな。まあ、あんな不気味な姿だが、俺達には逆らえない。危険はないから心配するな」
「王子様って、頼もしいお方ですね」
「そうだろ、マユ」
二人がイチャイチャするのを横目で見ながら博美は、黙って食事を続けていた。最後の仕上げとばかりに肉料理は
手づかみで食べ、隣にあるフィンガーボールの水をゴクゴクと飲み干す。
その様子を見ていたマユが不快そうに声を落とす。
「王子様、こちらの獣はどうするつもりですか?」
こちらの獣って、わたしのこと?
まあ、いいけど……。
「ちょっとまて、呪われたら困るから、今はアイツを怒らせるな」
「はーい、わかりました」
じゃ、そろそろこちらも動き出そう。
博美は立ち上がって、給仕係の前にあるワゴンへ目を移す。
「お肉って、まだ残っているでしょ」
「今、席にお持ちしますので……」
給仕係が言うと、博美は手で制した。
「ううん、大丈夫」
そう言いながら博美は、ワゴンまで行くと、銀色の蓋を取って肉を見る。
「部屋に持って行ってもいいですよね。そうだ、デザートも」
「ふん、勝手にすればいい」
「では、ありがたく頂戴いたします。ごちそうさまでした。また明日、朝食でお会いしましょう、皆様」
そういった博美は最後に腹をポンっと叩き、「ゲップ」と挨拶のように出した。
そのゲップに、皆、不快そうな顔をするが、博美は素知らぬ顔でガタガタとワゴンを押し、出口に向かう。
「ねぇ、王子様、どうするつもりですかぁ?」
博美の背を見てマユが言っているのがわかった。
博美が廊下に出ると、王子が言う。
「あんな下品な奴……、お金が用意できたら追い出すに決まっているだろ……。くそ、食欲がなくなった。アイツと同じ空気を吸うのもご免だ!」
王子がナイフとフォークをテーブルに叩きつけ、叫んでいるようだった。
廊下まで響く声に、博美は微笑みながらワゴンをガラガラ押していた。
26
お気に入りに追加
182
あなたにおすすめの小説
聖女召喚に巻き込まれた挙句、ハズレの方と蔑まれていた私が隣国の過保護な王子に溺愛されている件
バナナマヨネーズ
恋愛
聖女召喚に巻き込まれた志乃は、召喚に巻き込まれたハズレの方と言われ、酷い扱いを受けることになる。
そんな中、隣国の第三王子であるジークリンデが志乃を保護することに。
志乃を保護したジークリンデは、地面が泥濘んでいると言っては、志乃を抱き上げ、用意した食事が熱ければ火傷をしないようにと息を吹きかけて冷ましてくれるほど過保護だった。
そんな過保護すぎるジークリンデの行動に志乃は戸惑うばかり。
「私は子供じゃないからそんなことしなくてもいいから!」
「いや、シノはこんなに小さいじゃないか。だから、俺は君を命を懸けて守るから」
「お…重い……」
「ん?ああ、ごめんな。その荷物は俺が持とう」
「これくらい大丈夫だし、重いってそういうことじゃ……。はぁ……」
過保護にされたくない志乃と過保護にしたいジークリンデ。
二人は共に過ごすうちに知ることになる。その人がお互いの運命の人なのだと。
全31話
召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます
かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~
【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】
奨励賞受賞
●聖女編●
いきなり召喚された上に、ババァ発言。
挙句、偽聖女だと。
確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。
だったら好きに生きさせてもらいます。
脱社畜!
ハッピースローライフ!
ご都合主義万歳!
ノリで生きて何が悪い!
●勇者編●
え?勇者?
うん?勇者?
そもそも召喚って何か知ってますか?
またやらかしたのかバカ王子ー!
●魔界編●
いきおくれって分かってるわー!
それよりも、クロを探しに魔界へ!
魔界という場所は……とてつもなかった
そしてクロはクロだった。
魔界でも見事になしてみせようスローライフ!
邪魔するなら排除します!
--------------
恋愛はスローペース
物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。
わたしを嫌う妹の企みで追放されそうになりました。だけど、保護してくれた公爵様から溺愛されて、すごく幸せです。
バナナマヨネーズ
恋愛
山田華火は、妹と共に異世界に召喚されたが、妹の浅はかな企みの所為で追放されそうになる。
そんな華火を救ったのは、若くしてシグルド公爵となったウェインだった。
ウェインに保護された華火だったが、この世界の言葉を一切理解できないでいた。
言葉が分からない華火と、華火に一目で心を奪われたウェインのじりじりするほどゆっくりと進む関係性に、二人の周囲の人間はやきもきするばかり。
この物語は、理不尽に異世界に召喚された少女とその少女を保護した青年の呆れるくらいゆっくりと進む恋の物語である。
3/4 タイトルを変更しました。
旧タイトル「どうして異世界に召喚されたのかがわかりません。だけど、わたしを保護してくれたイケメンが超過保護っぽいことはわかります。」
3/10 翻訳版を公開しました。本編では異世界語で進んでいた会話を日本語表記にしています。なお、翻訳箇所がない話数には、タイトルに 〃 をつけてますので、本編既読の場合は飛ばしてもらって大丈夫です
※小説家になろう様にも掲載しています。
妹に全てを奪われた令嬢は第二の人生を満喫することにしました。
バナナマヨネーズ
恋愛
四大公爵家の一つ。アックァーノ公爵家に生まれたイシュミールは双子の妹であるイシュタルに慕われていたが、何故か両親と使用人たちに冷遇されていた。
瓜二つである妹のイシュタルは、それに比べて大切にされていた。
そんなある日、イシュミールは第三王子との婚約が決まった。
その時から、イシュミールの人生は最高の瞬間を経て、最悪な結末へと緩やかに向かうことになった。
そして……。
本編全79話
番外編全34話
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
七光りのわがまま聖女を支えるのは疲れました。私はやめさせていただきます。
木山楽斗
恋愛
幼少期から魔法使いとしての才覚を見せていたラムーナは、王国における魔法使い最高峰の役職である聖女に就任するはずだった。
しかし、王国が聖女に選んだのは第一王女であるロメリアであった。彼女は父親である国王から溺愛されており、親の七光りで聖女に就任したのである。
ラムーナは、そんなロメリアを支える聖女補佐を任せられた。それは実質的に聖女としての役割を彼女が担うということだった。ロメリアには魔法使いの才能などまったくなかったのである。
色々と腑に落ちないラムーナだったが、それでも好待遇ではあったためその話を受け入れた。補佐として聖女を支えていこう。彼女はそのように考えていたのだ。
だが、彼女はその考えをすぐに改めることになった。なぜなら、聖女となったロメリアはとてもわがままな女性だったからである。
彼女は、才覚がまったくないにも関わらず上から目線でラムーナに命令してきた。ラムーナに支えられなければ何もできないはずなのに、ロメリアはとても偉そうだったのだ。
そんな彼女の態度に辟易としたラムーナは、聖女補佐の役目を下りることにした。王国側は特に彼女を止めることもなかった。ラムーナの代わりはいくらでもいると考えていたからである。
しかし彼女が去ったことによって、王国は未曽有の危機に晒されることになった。聖女補佐としてのラムーナは、とても有能な人間だったのだ。
私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!
近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。
「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」
声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。
※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です!
※「カクヨム」にも掲載しています。
【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!
未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます!
会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。
一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、
ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。
このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…?
人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、
魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。
聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、
魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。
魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、
冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく…
聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です!
完結まで書き終わってます。
※他のサイトにも連載してます
誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。
木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。
それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。
誰にも信じてもらえず、罵倒される。
そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。
実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。
彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。
故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。
彼はミレイナを快く受け入れてくれた。
こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。
そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。
しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。
むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる