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6、反撃の時間です
しおりを挟む~これまでのあらすじ~
コンサルタントの鎌本博美は、仕事帰りに赤信号の交差点で背中を押された。背中を押した男は、売却予定だった化粧品会社を追い出された福本猛。交差点でトラックに引かれ、死んだと思った博美は、光りの世界で恨み言を言う。「バカ息子」と自分の背中を押した、化粧品会社社長の息子・福本猛に対して言ったつもりだったが、目の前には外国風の青年ハロルド王子がいた。博美の放った「バカ息子」という言葉に憤慨するハロルド王子。博美が誤解を解いている最中、キャバクラで働く佐藤マユも同じようにこの世界へ現れた。二人のうち、どちらかが聖女だと聞いたマユは、博美をダシにして、ハロルド王子に取り入ることに成功した。
***
ハロルド王子は、床にいる博美を見下ろした。
「宰相、この女を今すぐ追い出せ。マユの言う通り、ここには相応しくない女だ」
「さようでございますね。警備兵から外へ放り出すように言っておきます。何かの手違いで聖女召喚に巻き込まれた一般人でしょう。このようなアクシデントもございましたが、無事に聖女様をお迎えすることが出来て、よろしかったです。王子、おめでとうございます」
「うむ」
「祝いの席も設けておりますので、このような地下におらず、ささ、上へ参りましょう。聖女マユ様もご一緒に」
まるで博美がこの場にいない様に話が進んでいる。そうして宰相が促し、マユは王子にエスコートされ、三人は和やかな雰囲気でこの場を去ろうとする。
無用なものはクビ。
不要な人材はすぐさま切り捨てろ。
経営コンサルタントとして、これまで博美がクライアントにアドバイスしてきたことだった。
だからこそ、今、自分が置かれている状況がよくわかる。
しかし、このままでは終われない。
床についていたスーツの膝をぱんぱんと払いながら、博美は立ち上がった。
そして部屋から出ていこうとする彼らの背中に向かって声を掛けた。
「では、お金を用意してください」
足を止めたハロルド王子が、ゆっくりと振り返る。
「金だと?」
「はい、そうです。お金です。こんなところに勝手に人を連れてきて……。そうそう、あなたたちの言葉を借りれば召喚と言うみたいですね。召喚されて、理由も説明されず、そのくせ男女だ、聖女には相応しくないなど、言いたい放題。しかも、勘違いだとずっと言っているのに、ハロルド王子、あなたはバカ息子と言われたことで、一方的にわたしを責め立てた」
まさかこのようなことを言い出すとは思っていなかったようで、ハロルド王子は驚きの表情だったが博美は構わず話をつづけた。
「そちらの女性が聖女であり、ハロルド王子の婚約者とおっしゃるなら、それでいいでしょう。しかし、何かの手違いでわたしが巻き込まれたのなら、完全にそちら側の落ち度。わたしは多大なる被害を被った。いえ、現在もわたしは被害を被っている最中ですが」
「いや……、ちょっとまて。それとお金を用意することがどう関係する?」
この王子には、はっきりと言わなければ伝わらないようだ。
「賠償金を払え、と言っているのです」
「賠償金?」
今度は宰相が聞き返した。
「そうです、損害賠償金です。当たり前じゃありませんか。向うの世界でわたしが築き上げた地位と財産、そして精神的苦痛。あと、そうですね……、当分の生活資金を含めた分のお金もご用意くださいね。当たり前でしょう、だって突然こんな世界に連れてこられたのですから。それとも手ぶらで放り出すつもりだったのですか?」
王子と宰相が、顔を見合わせている。
この世界に賠償金などあるのか知らない。
だが、今の状況で、こちら側が一方的に泣き寝入りするつもりはないということを、意思表示することが必要だと判断した。
彼らの後ろにいるマユは眉間に皴を寄せ、何やら思案している様子だ。まさか博美がお金のことを持ち出すとは思っていなかったようだ。
言われるがまま、黙ってこの屋敷からって追い出されるとでも思っていたのだろうか。
甘い、甘いな――。
宰相が二人の聖女と言ったとき、博美は状況を把握することを選んだ。しかし、マユは自分ひとり、ハロルド王子側に付いたのだ。
それが得策だと考えたのだろう。
あまりのわざとらしい彼女の行動に、魂胆が見え見えだった。
王子の機嫌を取り、聖女になることを確実なものにするために博美をコケにして、勝ち誇ったような表情までしていた。
しかし、博美は最初から彼女と競い合うつもりもなかったし、聖女など一切興味がなかった。この状況下で、よくそんな選択をしたものだと逆にマユに対して感心するぐらいだった。しかも、ハロルド王子の婚約者と聞いて、博美は背筋が凍る思いだった。いくらイケメンでも、傲慢で、話の通じない男とは関わりたくない。
マユが聖女に選ばれたのなら、それでいい。
だが、マユは今頃、気づいたのかもしれない。
彼らの言う通りにするのではなく、こちらから条件を提示して、有利に事を進めることが出来ることを。
マユは、どこか悔しそうな表情で床の魔法陣を見ながら爪を噛んでいる。
だが、もう遅い。マユは、ハロルド王子の聖女になるということを、何の交渉もせずに決めてしまったのだ。
マユは顔を上げ、博美を睨んだ。
そんな婚約者などまるで目に入らないハロルド王子は博美に聞いてきた。
「もし……、その賠償金とやらを払わないと言えばどうするつもりだ」
「ここに居座ります」
「居座る?」
宰相が言葉を繰り返すと、博美は笑顔を向ける。
「ええ。ずっと、この屋敷に居座ります。追い出されても、ここへ帰ってきます。雨が降ろうが、雪が降ろうが、野良犬のように遠くに連れて行かれて捨てられても、ここへ戻ってきますよ。そして、どこかで飢えて死んでも、わたしはあなたたちの傍にいます。だってわたしを召喚したのはあなた達。その責任を負う必要があるでしょ。そうして死んでも、わたしの魂が辿り着く先はここなのです。あなたたちがどこへ行こうが、わたしの魂はあなた方に付きまとうでしょう」
最後に彼らに向かって、博美は不敵な笑みを浮かべた。
ハロルド王子と宰相は真っ青な顔になって顔を見合わせている。
「我らを呪うということなのだろうか……、宰相」
「そうかもしれません、王子」
ふーん、なるほど……、呪いね……。
ハロルド王子は一時的な感情で、佐藤マユという女性を聖女として選んだ。確かめもせずに結論ありきで。そうして残された博美のことは聖女召喚に巻き込まれた一般人だと判断した。しかし、それは希望的観測で、検証もせずに結論付けたことだ。
そこで博美が彼らに向けて言った言葉。
魂になっても、お前たちの傍にいる。
博美自身そんなことができるなど、わからない。ただのハッタリだ。だが、同時に彼らも博美の言ったことを嘘か真か、分からない。わからないということは恐怖なのだ。現に、その言葉を聞いた彼らは勝手に『呪い』と解釈した。
真っ青な顔のハロルド王子が、黒いローブ姿の男性に尋ねた。
「魔獣よ。我らを呪うと言っているのが、本当なのか? どうなのだ」
これまでずっと壁際に立って黙っていた魔獣が、ちらりと博美を見た。
黒く澄んだ美しい目と合う。
だが、先に相手が目を逸らした。
「……わかりません」
初めて発した声は、とても穏やかで静かな声だった。
「わかないだと……。これからどうするのだ? 宰相、お前も同じだぞ。呪われるのだぞ」
王子の言葉に宰相は顔を強張らせている。
「王子、屋敷のお金をすぐに集めましょう。金を払えば呪われないでしょう。ですよね、そちらのお方」
怯えた顔で宰相は、確認するように博美を見ていた。
だが、博美は一言も声を出さず、おもいっきり不気味な笑顔をつくる。
余程怖いのか、二人は引きつった表情で顔を見合わせている。
そうそう、金を払わないと呪われちゃうよ。
順調に事が進んでいることに博美は満足だった。
だが、そこへ思わぬ邪魔が入った。
「ちょっと、待ってください」
マユが声を上げた。その自信満々の表情から、博美がブラフをかけていることに感づいたかもしれない。なので、マユの言葉を制するようにすぐさま、博美は彼らにこう言った。
「急がなくてもいいですよ。わたしはこの屋敷から、逃げも隠れもしません。皆さん、お腹が空きませんか? ナースのあなたもそうでしょう。だって、こんなところへ突然、連れて来られたのだから」
博美の言葉に、むっとした表情でマユが言い返してきた。
「ナースって……、わたしには佐藤マユという名前があります!」
よしよし、こちらのペースだ。
「あら、失礼。さきほど、あなたはわたしの服装をこの場にはふさわしくない恰好とおっしゃったので、そのナース服がこの場にふさわしく、よほど誇りがあるのかと、そうお呼びしたのですが。ってか、それコスプレ?」
マユは博美を睨む。
「ち、マジうぜーな」
「え? いま、うぜーな、と言いましたか? まさか、聖女様がそのような口の利き方はされませんよね」
「ええ、そうですね、ホホホホ」
「オホホホホ」
二人はバチバチ睨みながら、声だけで笑っていた。
王子と宰相がうろたえる。
「宰相、とりあえず食事の用意を……」
「楽しみだわ、この世界の食事」
博美はニッコリと笑って言った。
さあ、完全にこちらが主導権を持った。形勢逆転だ。
でも、まだまだこれからだ。
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