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1、二十七歳・バリキャリです
しおりを挟むコンサルタント会社に勤めている、鎌本博美二十七歳。
大学では経営学を学び、卒業後はコンサルタント会社に就職し、仕事一筋で突き進んでいた。
博美は誰もいない夜のオフィスでパソコンの電源を落とし、黒のビジネスバックを持ち、席を立つ。
部屋のセキュリティゲートで社員証をピッとかざして、扉を開けて、廊下へ出た。
――今日も疲れた。だが、やっとここまで持ってこられた。
博美は、明日の契約の段取りを浮かべながらエレベーターホールに向かう。
エレベーター前で下のボタンを押した。
扉が開くと、誰も乗っていないエレベーターに乗り込んだ。
明日は大事な契約日で、段取りもすべて終えた。
契約後のアフターフォローも万全だ。
あとは明日が来るのを待てばいいだけ。
ガラス張りのエレベーターの中で、下へ降りていく階数を見上げながら肩を揉んでいるうちに、一階へ着いた。
広い玄関ホールからオフィスビルの一歩外へ足を踏み出すと、博美の顔つきが変わる。
外に出てビル風に吹かれれば、使いすぎた頭が冷えて気持ちがいいと、感じていた。
艶のあるダークブラウンの髪を靡かせ、黒のパンツスーツで、疲れなど微塵も見せないよう、背筋をスッと伸ばして歩く。
コンサルタントである博美は、顧客から信頼を得るために日ごろから心がけていることだった。
服装だけでなく、身にまとう雰囲気や話し方ひとつでその人の印象を左右する。
仕事に手を抜かず、気合も抜けない。
すべては仕事のため……、いや、一人で生きていくためのお金のためだ。
博美が高校生のとき、両親が事故にあって他界した。遠方に住む祖父母に頼ることもできず、母親の妹である叔母を頼るしか、高校生の博美に道はなかった。それから叔母家族の世話になることになった。しかし、叔母の夫の収入では考えられない、身分不相応な生活に疑いを持つようになった。
案の定、勝手に博美の両親の保険金や事故の慰謝料などを使い込まれているのを大学のときに知った。
「おばさん、どうして勝手にお金をつかったの」
博美が問い詰めると、叔母は開き直った。
「あなたばっかりズルいじゃない。私も姉の妹よ。貰える権利があるわ、だってあなたの面倒をこうして見ているじゃない」
「でも、お父さんとお母さんがわたしに残してくれたお金です」
「はあ? 残してくれたお金だって? ほとんどが事故の慰謝料でしょ。でもね、そのお金だってね、降って湧いてきたわけじゃないのよ。誰が、保険金や慰謝料の請求手続きをしたと思っているのよ。弁護士と打ち合わせして、時間とお金をかけてして私が段取りをしてあげたのよ。世間知らずのあなたなんて、何の手続きなんて出来なかったでしょ」
叔母の言うとおりだった。当時、高校生の博美は突然の両親の事故で、深い悲しみで何も手が付けられなかった。しかも難しい書類の手続きや交渉事なんて、やり方もわからなかった。すべて叔母に任せっきりだった。
「けれど、黙ってお金を使うなんてひどい……」
「なにが酷いのよ。ちょっとお金を借りただけでしょ」
「借りたって……」
どう考えても叔母がお金を返すようには見えない。
「あのね、あなたの世話だってお金がかかるのよ。食費に光熱費や学費、それに家賃だって。子供のあなたにはわからないでしょうけど、これから高齢の母や父の面倒まで、私一人で見ないといけないのよ。姉さんが急に死んでしまったから。私ばっかり面倒事を押し付けられて、お金ぐらい貰えるのは当然でしょ」
博美は言いたいことはあったが、ぐっと飲み込み、深く息を吸い込んだ。
叔母が、こういう人だとわかっただけ良かったのかもしれない。それに、すべて叔母に任せていた自分も甘かったのだ。
「わかりました。これまで使ったお金は返してもらわなくて結構です。ですが、もうここにはいられません。出て行きます」
早く大人になりたかった。自立したかった。自分で部屋を借りた。そうして博美は大学の友人に手伝ってもらい、レンタカーを借り、引っ越しの荷物を出す日に叔母から言われた。
「あんたみたいな可愛げのない子、はやく出て行ってくれて、せいせいするわ。お金を独り占めして満足でしょうね」
それが叔母の家を出て行くとき、玄関で靴を履く博美に掛けた叔母の最後の言葉だった。
そうして博美は、一人暮らしを始めた。
当初は、絶対的な信頼を寄せていた叔母に裏切られたことのショックもあったが、残っていたお金で大学卒業までの生活などは心配ないことにひとまず安心した。
就職活動では、叔母にすべての手続きを任せ、お金を着服された苦い経験から、難しい書類や誰にも騙されない様に経験を積もうと、コンサルタント会社に就職することを決めた。無事入社することができた。新入社員のときは、無理して会社の飲み会にも付き合っていた。しかし有意義な会話や情報などなく、同期は顧客や上司の悪口で盛り上がり、次に自慢話、そして帰り際に口説いてくる男もいた。
無駄な時間に思えた。コスパが悪すぎる。
博美は、がむしゃらに仕事に打ち込み、同期たちとも距離を置くようになった。付き合うのは自分に仕事を回してくれる上司や顧客先だけ。いつしか高校や大学の友人たちとも疎遠になっていた。
そうして社内では成績をあげ、博美は注目を受ける存在となっていた。すると、社内で同僚や男性社員からの風当たりが強くなった。『仕事一筋で可愛げがない』『気の強い女は無理』などと、男目線で勝手に女としての評価までされていた。
そのような陰口が博美の耳に筒抜けだったのは、わざわざ「鎌本さん、こんなこと言われていますよ」と言いに来る男がいたからだった。
「ご親切にありがとうございます」
ニッコリと笑いながら、ったく、そんな暇があったら仕事をしろよ――と、博美は心のなかで、毒づくのだった。
誰かに頼ると騙される、隙を見せると付け込まれる。高校のときに、博美が叔母から教わったことだ。
二十七歳になっても仕事一筋に打ち込む博美は、ややきつい顔立ちにハッキリとした物言いから、女性らしさがないのは自分でもわかっていた。
それでも二十七歳の女が経営コンサルタントとして、男ばかりの世界で仕事をしていると、舐められることばかりだった。
相手にするのは中小企業の役員たちばかりで、総じて年齢は高い。
博美からすれば父親か、祖父ぐらいの年齢ばかりだ。
そんな男性たちからも「女のくせに生意気だ」「小娘が」などと、聞こえるように言われこともある。しかも「女の武器を使っている」などと、有りもしないことを言われたこともあった。
だが、博美にとっては、どこ吹く風だ。
相手の役職や立場、性別によって態度を変える男社会で女が仕事をしていると、そんな嫌みや、嫌がらせも当たり前だ。
それも仕事の内と割り切っている。契約が上手く行けば、報奨金が手に入る。
博美はコンサルタントとしてM&Aの仲介も行っていた。M&Aとは企業の合併や買収のことで、博美は売りたい企業と、買いたい企業をマッチングし、その間に入ってスムーズに譲渡契約までサポートする。ただ、そうやすやすとM&Aが上手く行くことはない。話だけで終わることがほとんどだ。金額の折り合いがつかない場合やその他の交渉事がとん挫することも多々ある。それでも博美は手間を惜しまず、その問題をひとつひとつ解決するように働きかけ、定期的に連絡は取るようにしていた。
カバンに入れている博美の携帯が鳴った。
スマホを見れば、今川部長の名前が画面に表示されていた。
コンサルタント会社の上司であり、年齢や性別を関係なく仕事を回してくれる部長は、博美が尊敬する数少ない男性の上司だった。
博美は歩きながら電話に出る。
「はい、鎌本です」
タクシーを捕まえるために交差点の向こう側へ渡るつもりだった。
「カマもっちゃん、家?」
「会社から出たところです」
「あ、今まで会社にいたの? 珍しいね、カマもっちゃんがこんな時間まで会社にいたなんて」
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