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四章 王宮
75、隠ぺい
しおりを挟むカラムの案内で、長い王宮の回廊を歩いている途中、わかったことがあった。
シャーリー王女を眠らせたのは、やはり赤いグミだった。クラフト博士の治療により、目覚めたシャーリー王女がそう証言した。
何気なくサラは口にした。
「昨夜の誕生祭も無事に開催されて、シャーリー王女も目覚められてよかったですね」
しかし、カラムからは予想外の話を聞くことになった。
「王女様は無事に目覚められたのですが、昨夜の誕生パーティには出席されませんでした。クラフト博士によると体調に問題はないということでしたが、シャーリー王女は塞ぎ込んでいらっしゃるご様子だったらしいのです。ですから、クラフト博士が、ベニクド様主催の誕生パーティに乗り込んできまして」
「ええ? 王女様の誕生日パーティに博士が乗り込んできたの?」
パウロが驚いて尋ねる。
「そうなのです。クラフト博士が、主役がいない誕生会など開催する意味があるのか! と、お怒りの様子で、国王陛下がいらっしゃるにも関わらず、そう言い残して帰られました」
そのときを思い出したのか、カラムが汗をぬぐう仕草をしている。
よほど、ヒヤッとする状況だったのだと察することが出来た。
しかし、サラもクラフト博士と同じ考えだった。
主役のいない誕生会をわざわざ開く必要はあったのだろうか。そして、シャーリー王女の心のケアは大丈夫なのだろうか……。
カラムが立ち止まり、頭を下げていた。
「どうか皆様、シャーリー王女の件は内密にお願いします。昨日、王宮内では何もなかったことにしていただければ」
「え、どういうこと? 王女様が眠り姫になっていたってことでしょ。そんなの、みんな知っていることじゃん。だって、将軍の隊まで出たし、あのアリーシャって人も連れて行かれたんだから」
「その件に関しては、王宮魔術師のベニクド様が箝口令を敷かれましたので」
「箝口令?」
「口止めをしたということだ。シャーリー王女が眠られていたことも、現在、自室で引きこもっているということもだ」
「レン様は、やはりお察しがいい。ベニクド様がそのようなことがなかったと言えば、王都ではそういうことになります」
「ふーん。なんだか、よくわからないや。とにかく、早く王様に会いに行こうよ」
頭の後ろに手をおいて、パウロはあまり興味なさそうだったが、逆にカラムは案内をしながら生き生きと、熱が入っていた。
「ベニクド様は素晴らしいお方でございます。王宮もここまで立派なものに建て替えられたのもベニクド様のお力があったからでございます。国や領地を超えたベニクド様の人脈によって今では陛下からすべてを任され、王宮のすべてを取り仕切っていらっしゃるのです」
天井にある豪華なシャンデリアに飾られた絵画、廊下に並んだ著名な作家の彫刻などを熱く語っている口調から、カラムはベニクドという人に心酔しているようだった。
「ベニクドという人は、ご自身の立場を守る手腕もお持ちのようだ」
レンの言葉に、カラムは生返事をする。
「え? ああ、はい……」
レンの言葉にピンときていないようだったが、王宮内で起きたことをなかったとことにする、隠ぺいを指示したということだ。
シャーリー王女が謎の病で眠りから目を覚めないということが明るみになると、王宮内を取り仕切るご自分の立場が悪くなる。だから先手を打って、あったことをなかったことする。ベニクドという人にはそれほどの権力があるということ。
だが、あの人はどうなるのだろう。
サラは聞いてみた。
「赤いグミを作ったブライアン・ザッカーという人は、どうされているのですか? 宮廷錬金術師なのですよね?」
「元・宮廷錬金術師のブライアンのことですね」
元を強調するようにカラムが言った。
「まさか、あの男があのようなことをしでかすとは……、まったく信じられないことです。ベニクド様から目をかけられ、他国の王族との縁談の話まで持ち上がっていたというのに、なぜ赤いグミに毒を盛るようなことをしたのか」
赤いグミに毒――?
サラがそのことを口に出そうとした瞬間、パウロの方が速かった。
「ちょっとまってよ。王女様が食べた赤いグミでしょ? あれは毒じゃないよ、すごく不味かったけど」
パウロの言葉に、カラムが残念だというような顔をする。
いや、なにもわかっていないというような表情にも見えた。
「ベニクド様が赤いグミに毒が入っていたとおっしゃったのですから、そうなのです。ですから、そしてブライアン・ザッカーを利用して、赤いグミに毒を混入させ、王都を混乱に陥れようとした首謀者が、赤毛のドワーフというのですから」
赤毛のドワーフって……、アリーシャさん?
首謀者がアリーシャさん?
王宮内でそのような話になっているとはつゆ知らず、サラはアリーシャを庇うような発言をしていた。
「わたしはアリーシャさんの店で働いていました。アリーシャさんが、そのようなことをするようには……」
「アリーシャ……? ああ、赤毛のドワーフのことですか。お嬢様もお可哀想に。そのドワーフに騙されたのですよ。ブライアン・ザッカーと同じようにね。騙されたブライアン・ザッカーも、この屋敷でも平民の使用人たちにも心を配るところがあり、人が良すぎたのでしょう。ですから、そのようなわけのわからないドワーフ族に利用されたのです。ですが、ベニクド様の素早いご指示で、その店に合った商品はすべて押さえられ、未然に防がれたわけです。そうして騙されたブライアンは、地下の牢屋で自らの行いを反省するようにと、ベニクド様に言いつけられています」
「しかしアリーシャさんの店にあった赤いグミは、パウロくんが言うように味が悪かった。食べられたものではなかったはずです。そんなもので王都を混乱することなどできるのでしょうか」
サラはずっと考えていたことだった。あのような味の赤いグミは誰も食べない。一口食べてすぐに吐き出すはずだ。そしてアリーシャの商品はサラが辞めてから質が悪くなったと言っていた。それも全部ブライアン・ザッカーという人がわざとそのようにしたのではないかとサラは疑っていた。アリーシャが味を知っていれば、あのような商品を店頭に並べるはずがない。自分の店の信頼を落とすだけなのだから。それなのにアリーシャが王都を混乱にするという話は筋が通らない。
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