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四章 王宮
72、国賓
しおりを挟むセバスチャンの勢いにカラムが気おされている。見かねたサラが声を掛けた。
「いいの、セバスチャン」
「しかし、お嬢様……」
「うん? そこの女は?」
レンやパウロ、セバスチャンの陰に隠れて見えなかったみたいで、ついさっきまで血管を浮かせて声を張り上げていたカラムは、まるで品定めをするようにサラを見ると嫌な笑みを浮かべた。
「ふむ、平民にしては……、まあ、それなりの見た目をしておる。私の傍に置いてやってもよいぞ」
「お嬢様……、わたくし、もう、我慢がなりません」
握りこぶしをつくるセバスチャンの手を、サラは抑えるように触れた。
「ここは王宮です。あちらの方には、なにか、誤解があるようなので……」
サラの言葉を聞いたカラムは、顔を真っ赤にした。
「誤解!? なにが、誤解だ! そこの女! ちょっと見た目がいいぐらいで調子にのるな! こんな護衛の男を三人も付けて居るが、所詮、どこぞの商人の成り上がりの娘だろう……。ああ、そうか! 陛下のお相手の女か! それなら裏口へ回れ! 正面から堂々と入ることが出来るのは、特別に選ばれた者だけだ! ベニクド様によって、やっと使用人たちを平民から下級貴族の庶子たちで落ち着いたところで、お前らのような汚らしい者たちが、正面から堂々と足を踏み入れていい場所などではないのだからな!」
「ねぇ、それなら、もう帰っていいんじゃない? べつに好きで来たわけじゃないし」
パウロがくるりと振り返って、レンとサラの顔を見る。
「そうだな。サラはどうする?」
サラも頷いた。
「ええ、わたしも帰らせていただきます」
もし、わたしが自身の身分を打ち明けて誤解を解けば、国王陛下にお会いすることはできるかもしれない。
けれど、このような人に自ら身分を明かしたいというような気にならなかった。それにレンさんやパウロくんが帰ると言っているのだから、わたしひとりで国王陛下と会っても、しょうがない。
セバスチャンが後々のことを考えて、こう言ってくれていたから。
「お嬢様。後ほど、国王陛下あてに、手紙をお送りすればよろしいかと存じます。王宮のエントランスまでヴィリアーズ公爵家のサラ・メアリー・ヴィリアーズとして出向いたところ、このような出迎えを受けたため、お会いすることが出来なかったと」
「なぬっ!? ヴィリアーズ公爵家!?」
セバスチャンの言葉を聞いた、カラムは、目をむき、今にも卒倒しそうな表情でサラをマジマジと見ていた。
だが、サラは振り返りもせず、レンやパウロと同じく、出口へ向かった。
王宮から出る皆と入れ違いのように、ラモード将軍が外から戻ってきた。
「レン殿どちらへ?」
「今から帰るのですよ」
「は? なぜ、突然そのようなことに?」
驚くラモード将軍の質問に、レンは極めて冷静に言った。
「俺たちの武器は王宮門近くの兵舎にありますよね。では、いただいて帰りましょう」
その冷めた口調から、もしかして……、レンさん、すごく怒っているのかも――。
いつもパウロに怒っている感じはなく、感情の読み取れない、抑揚のない口調にサラはそう感じていた。
そんないつもと違うレンの様子に、将軍も焦りはじめていた。
「いや、ちょっとお待ちくだされ、レン殿。たしかに、お二方の武器はそちらでお預かりしていますが……。国王陛下がお待ちですので……」
何が起きたのか見当をつけるために辺りを見回す将軍。パウロが顎をしゃくるように後ろを示した。
「詳しくは、あの人に聞いたらいいんじゃない?」
その方向に目を向けたラモード将軍は、キツイ口調で問いただす。
「いったい、これはどういうことですか! カラム殿!」
咎めるような厳しさだった。
「で、ですが、将軍……。私は、急遽、ベニクド侯爵にお客様の出迎えを頼まれただけで……、ま、まさか、ヴィリアーズ公爵家の御令嬢がそのような恰好で王宮にいらっしゃるとは思いもよらず……」
将軍へ言い訳をする声に、サラは自分の服装を見た。
あ、そうだった――。
すっかり王都の生活に慣れ親しんだせいで、アリーシャさんの店の制服以外、この身軽な服が当たり前になり、いつもの服装で来ていたのに今、気づいた……。
国王陛下にお会いするのだから、この格好では失礼だったのかも。
「ごめんなさい、レンさん……。わたしのせいですね。ドレスコードを守らなかったから」
だから、あのような失礼な物言いをされて、レンさんが怒ったのかもしれない。
「いや、サラのせいじゃないさ。冒険者の俺たちにドレスコードなんて関係あるようにみえるかな?」
自分の格好をさらすように手を広げたレンは、サラを安心させるように、やわらかい笑みを浮かべる。
「それに俺たちは、宿屋で食事中に急遽、王宮の馬車によってここへ連れてこられたんだ。着替える時間もなかった。もし、服装が不適切なら、呼びつけたそちら側が、それなりの時間や服を用意するものではないのかな?」
レンの言葉に、パウロも大きく頷いた。
「そうだよ! 僕もさ、本当はドレスなんて着たくないけど、レンさんやセバスチャンさんが着るなら、ヒラヒラのドレスも我慢して着るけど!」
――ん?
レンさんやパウロくん、そしてセバスチャンがドレス姿?
大理石の柱に手を置き、セバスチャンが肩を震わせていると、パウロが口を尖らせる。
「どうしてセバスチャンさん、笑うのさ!」
レンが言う。
「いや、パウロ……、ドレスコードというのは、ドレスを着ることじゃないぞ」
「えっ! そうなの!?」
レンやパウロのドレス姿を想像して、サラもちょっと笑いそうになったとき、将軍がこちらに来て頭を下げた。
「レン殿、皆様、なにか不愉快な思いをされたようで、本当に申し訳ございません」
「将軍が謝る必要なんてないですよ」
レンの言葉に、将軍はゆっくりかぶりを振った。
「自分の責任です。ライバーツ王国を代表し、国賓であるレン殿、そしてサラ・メアリーお嬢様をお迎えに上がり、陛下とお会いする前に、このような不手際があったのですから――」
すると、後ろから調子はずれな声が聞こえた。
「国賓――!? その男が! ウィリアーズ家の護衛ではなく!?」
素っ頓狂な声を上げるカラムを将軍がたしなめる。
「今さら、なにをおっしゃっているのですか、カラム殿! ベニクド殿の代わりにお迎えに上がられたのに、そのようなこともお聞きになられていなかったのですか!」
強い口調の将軍に、カラムはビクリと体を震わせた。
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