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四章 王宮
70、過保護な執事
しおりを挟む特別にセバスチャンも王宮に入れるようになった。
「特別にそちらのお付きの人もどうぞ」
近衛兵隊長がやってきて、何かあれば将軍が責任をとるというかたちで許可が下りた。
「ラモード将軍、ありがとうございます」
サラは将軍に御礼を言った。
「いえ、王宮前で派手にされるほうが警備上の問題もございますので」
さすが将軍。元近衛兵隊長だけであって将軍はその場を治める手立てを一番にお考えのようだった。
「なるほど……。まわりをあれだけ引かせて、交渉事を有利に進めるとは、なかなかの策士だな」
「ふーん、ああいう交渉方法もあるんだ。僕もつかってみようかな」
レンとパウロが会話する隣で、サラは考えていた。
えっ、あれが、セバスチャンの交渉術?
それともレンさんとパウロくんの、いつもの冗談なのかな?
うーん、どちらにしても……、あのようなセバスチャンの交渉方法はパウロくんにはマネしてもらいたくないような……。
ともかく、こうしてサラたちは王宮の敷地内にやっと入れることになった。
「お嬢様、わたくしが、馬車までエスコートいたします」
斜め前を歩くセバスチャンが手を差し伸べたが、サラは断った。
「いえ、大丈夫よ、セバスチャン」
けれど、すぐにまた、
「お嬢様、足元の赤い絨毯がずれております。適当な敷き方で、きちんと伸ばしてないからこのようなことが起きるのです。お嬢様、お足もとが危険でございますので、わたくしの手をお取りください」
「本当に大丈夫だから。それに、そのようなことをこの場で口にするのはどうかと……」
「あっ、そうでございましたね。失礼しました。お嬢様はこれぐらいの段差で、つまづくことは致しませんね。しかし、ここは危険ですので、セバスチャンがこうしておきましょう」
セバスチャンは、赤い絨毯の端からひっぱり皴になった部分を伸ばし終わると、
「さあ、どうぞ、お嬢様」
サラが前方に進むよう、促した。
「あ、はい……、ありがとう」
サラは気まずい思いだった。
……ええっと、わたしが言いたかったのは、いくら王宮の絨毯に敷き方に問題があるとしてもこの場で口に出すのは失礼だと伝えたかったのだけど……。
わたしの言い方が悪かったのかな……。
そんなことを考えていると、あっという間に馬車の前までついていた。
そしてレンやパウロが馬車に乗り込んで、サラも続けて馬車に乗り込もうとしたとき、セバスチャンが手を出してきた。
「お嬢様、わたくしの手を」
「いいの、セバスチャン。王都に来て、一人でも馬車に乗れるようにもなったから」
屋敷にいた頃は、馬車に乗り降りするときには、エスコートを受けていた。
だが、王都来てからサラは、使用人たちのいない生活に戸惑いながらも、自分で出来ることはしてきた。
それに、一緒にいるレンやパウロの足手まといになりたくないという、強い思いもあった。
「本当に大丈夫だから」
セバスチャンの手を借りずにサラは馬車のステップへ足を置いた。
さっきも無事に馬車に一人で乗り降りできたのだから……、しっかりと手すりにつかまり、馬車の踏み台を確かめつつ、馬車に乗り込んだ。
そしてパウロの隣に座り、サラはホッと一息ついた。続いてセバスチャンが「失礼します」と、サラとパウロの間に割り込むように座ると、サラは満面の笑顔を向けてくる。
「お嬢様、馬車が揺れると危険ですから、どうぞ、わたくしの手を」
「セバスチャン、あのね」
サラが断ろうとした瞬間、パウロが立ち上がった。
「もう! セバスチャンさん! さっきからお嬢様、お嬢様ってうるさいよ! それに、どうして僕とサラさんの間に入って座るのさ! 前のレンさんの隣が空いているでしょ!」
パウロが怒り出す一方、レンは楽しそうに笑っていた。
「アハッハハ。パウロにうるさいと言われるぐらい、うるさい執事か……。おもしろい」
あの……、レンさん。
わたしには、まだこの状況を、楽しめるほどの余裕がありません……。
「もういいよ、僕がそっちに座るよ」
そうして馬車が動き出したが、しぶしぶレンの隣に移ったパウロが、怒り納まらずという感じで、セバスチャンに文句を言い始めた。
「サラさんはさ、ダンジョンまで行った人だよ。わずかな絨毯の段差ぐらいで躓いたりしないし、馬車の揺れぐらい、なんともないの、わかるでしょ。それなのに、いちいち手を出して、お嬢様、お嬢様、わたくしの手をお取りくださいって……」
そこまで言ったパウロが、何かに気が付いた顔をした。
「あっ! もしかしてさ……、セバスチャンさんって、レンさんに対抗しているんじゃない」
「は……、ハハハハ、何をおっしゃっているのですか、パウロくん。わたくしが、レン様に対抗している? よーく、思い出してください。あれは不可抗力です」
「不可抗力?」
首をかしげるパウロに、セバスチャンはピンっと人差し指を立てて、顔を近づける。
「ええ、あのときは緊急事態だったのです。一度目はダンジョンで、ファントムから守るとき」
続いて二本目の中指を立てるセバスチャン。
「二度目は王都でラモード将軍の部隊からお守りするとき」
ん? 何のことを言っているのかと思えば……、
「そうです。この二度、レン様がお嬢様を抱きかかえました。いわゆる、お姫様抱っこです。あれは不可抗力なのです……、それは重々、承知しております」
「セバスチャンさん、すごく悔しそうに見えるけど」
パウロの言葉を遮るように大きな声を出すセバスチャン。
「しか――し! そのほかに、お嬢様の手を触れる必要性はあったのでしょうか」
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