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四章 王宮
67、文字クッキー
しおりを挟む馬車の中で紙袋を抱きかかえた状態で、サラは考えていた。
パウロくんに渡すつもりで家から持ってきたけれど、これから王宮に行くのだから、邪魔になるかな……、レンさんに預けていた方がいいのかも……。
そんなことを思いながら紙袋に入っている白い缶を覗いていると、隣のパウロが声をかけてきた。
「ねぇ、ねぇ、サラさん。それって、何?」
「あ、これはね……、パウロくんに渡そうと思っていたけど、帰りの方がいいかなって」
「え!? 僕に? 見せて、見せて!」
「そうだね、まだ王宮につくまで時間がありそうだし」
馬車は宿屋通りから迂回し、メインストリートに向かっていた。
しばらく時間はありそうだし、いいかな。
勉強という言葉は、出さない様にしないと……。
「ええっと、さっきデザートを食べたばかりだから、お腹が空いたら食べてね」
「うわ!? 食べ物? もしかしてサラさんが錬金術で作ってくれたの! 食べたい! 今すぐ食べたい!」
「お前は本当に食べ物と聞くと、我慢が出来ない奴だな」
「ふふふ」
パウロが待てないって顔をしているので、さっそくサラは紙袋の中を出した。
「白い缶の中に入っているんだね! なんだろう、ワクワクする」
目を輝かせるパウロとは逆に、前に座っているレンが、すこし心配そうな表情でサラを見ていた。
「サラは……、錬金術で酔わないお酒を作ってくれたんだよな」
「はい」
ええっと、レンさんに改めて聞かれると身構えちゃう……、なんだろう……。
「もしかして、それも錬金術で作ったのなら、徹夜になったのでは?」
「いえ」
サラはブンブンと手を振った。
「今朝、酔わないお酒をつくったあとに、これを作りました。もう徹夜はしないと決めましたので。ダンジョンでは寝不足で二人に迷惑をかけたので、錬金術にいくら熱中しても睡眠はとるようにと深く、反省しました」
「うん。身体のためにその方がいいな」
もしかしてレンさん、わたしの徹夜を心配してくれていたかな――と、思って、つい笑みがこぼれてしまう。
うーん、だめだめ。
パウロくんに説明しないといけないし、拒否反応されたらダメだから気を引き締めないと……。
「じゃ、パウロくんに」
「さてさて、その白い缶の中に何が入っているものは――」
身を出したレンに、パウロが手のひらを向けた。
「ちょっとまってよ、レンさん。先に効果を言わないで。ねぇ、サラさん、先に僕だけ見せて? レンさんに見られる前に」
「ふふふ。ハイ、どうぞ、パウロくん」
そうしてサラはパウロに白い缶を渡した。
「開けていい?」
「どうぞ」
「うれしいな、サラさんが僕のために作ってくれたもの。わくわくする! なにかな――。あ、クッキーだ! あれ? ひとつひとつ形が違うね」
「うん、それはね、文字の形になっているクッキーなの。下にもあるから、2段になっているよ」
「ほんとだ、紙の下にも違う形のクッキーがあるね。コレ、仕切りによって、全部形が違うんだ。ふーん、これが文字なんだ」
パウロが右上にあるクッキーをひとつ取り出して、興味深そうに見ている。
今のところ、文字に対する拒否反応は無いみたいでサラはホッとした。
レンが腕を組んでクッキーを見ている。
「なるほど、そういうことか――」
サラの意図がレンにも分かったみたいだ。
勉強嫌いのパウロのために、サラは文字の形をしたクッキーを作ってきた。
興味さえ持ってもらえれば、好奇心旺盛なパウロなら勉強だって好きになってもらえると思ったからだ。
ちょっと食べ物で釣るような感じはあるけれど、勉強嫌いのパウロくんに文字の形や並び順を見て、楽しんでもらえればいいな。
そう思っているサラの前で、レンが興味津々で白い缶に入ったクッキーを覗き込む。
「これはまた面白い発想だ。文字だけじゃなく、そのクッキーには、集中力アップ効果、幸福感アップ効果もついている。それに――」
クッキーを一つ一つ手で持って、楽し気に形を見ていたパウロが口を尖らせる。
「もう、レンさん! 僕が聞くまで効果を言わないでって、言ったのに!」
「あのね、パウロくん。そのクッキーにはレンさんがまだ言っていない秘密があるんだよ」
「え? なになに?」
「パウロくん、食べてみて」
「うん! じゃ、最初のコレ。もぐもぐ……、うん、すごくおいしい! ……でも、あれ? なんだろ……」
不思議だというような表情で、パウロが喉を抑える。
「僕の声がおかしいよ、あれ? あれれ?」
「これが最後に見えた変声効果というわけだ。なるほど、たしかにパウロの声が変わった」
「はい。これは、食べると声が変わるクッキーです。一文字ずつ、声が変わるようにしています」
「うわぁ、すごい、すごい! 食べたら声が変わるクッキーなんて、初めてだよ。おもしろーい!」
パウロは大喜びしていた。
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