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四章 王宮
62、格上の魔法、格下の錬金術
しおりを挟む「俺が解除魔法なぁ……」
トムは信じられない様子だった。
王宮の使用人がそのような魔法を受けることなど、あり得ないという感じだ。
「でもさ、父ちゃん。こうしてはっきりと記憶も戻ったし、サラちゃんのお酒で効果があったじゃない。やっぱり、その解除魔法という悪い作用で父ちゃんはあんなことになっていたんだよ」
「だがな、ティアナ。解除魔法ということは、それ以前に俺たち使用人たちは何らかの魔法をかけられていたということだろう。それが信じられないんだ」
トムの言いたいことはサラにも分かった。
王族のケガや病気のために使われる治療魔法や、王族を守るための結界魔法など、そのすべての魔法が王族のために使われるからこそ、高貴な血筋で国を代表するほどの魔術師が王宮に集まる。そのような格式高い魔術師たちが、貴族でもない使用人たちに対して、わざわざ魔法を使うとは考えにくい。
「けど父ちゃんは、その王宮魔術師という人から、解除魔法を受けたのは覚えているんでしょ?」
ティアナの質問に、トムがしぶしぶという感じで応える。
「そりゃ、まあ……、雨の日に王宮魔術師のベニクド様からお言葉をいただき、あれが魔法だと言われたら、納得もできる。そうだ! あの退職する日に、ベニクド様が記憶を失わせるような魔法を俺たちにかけたのじゃないか? 解除魔法の不調じゃなくて」
けれど、すぐにレンが否定した。
「いや、忘却の魔法などがかかっていたなら、俺の目で見えるはず」
「だがね、信じられねぇんですよ」
トムは腕を組んで、解除魔法で不調が起きた可能性をなかなか認めようとしなかった。
そんなとき、パウロが不満げに唇を尖らせ言い出した。
「おじさんってさ、頑固だよね。あの博士とおなじぐらい頑固だよね。いくら、このツノを削らせないって言っても、ずっと、ず――っと、諦めないんだから。見た目が、お年寄りってさ、みんなそんな感じなのかな」
「いい加減にしろ、パウロ。人を見た目や年齢で判断するな。本当に申し訳ない、トムさん」
レンがトムに謝った。
「いえ、構いませんよ」
トムは気にしている様子もなかったが、怒られたパウロはまだ小さい声で言っていた。
「だってさ、このおじさんが、サラさんの言うことを信じないんだもん……。サラさんの酔わないお酒でおじさんは治ったのにさ。それに僕のツノだってこうして、サラさんの錬金術で、引っ込めるようにしてくれたのに」
サラは気づいた。
あ、そうか――。
パウロくんは、わたしのために言ってくれていたんだ。
トムさんのああなった原因が解除魔法だと、わたしが言ったことをずっと気に留めてくれていて――。
サラはそっとパウロの耳元でお礼を言った。
「ありがとうね、パウロくん」
それを聞いたパウロはちょっと照れくさそうにツノを出して触りながら、コクリと頷いた。
「え!? そんなことも、錬金術で!?」
ティアナとトムは、とても驚いた様子で目を見開きパウロを見ていた。
そうだった。二人は、パウロくんが亜人だと知らなかったんだ。
そんなサラの心配をよそに、パウロは堂々とツノを出したまま、
「そうだよ。サラさんの作ったグミで僕はこうして魔法じゃなくてもツノを出したり引っ込めたりできるんだから。すごいんだよ、サラさんの錬金術は」
サラはそれほどまで、自分の錬金術を信頼してくれているパウロに、嬉しく思う気持ちで胸がいっぱいになった。
と同時に、気が付いた。
もし最初に掛けられたのでは魔法の術じゃなくて、錬金術だったら。
うん、その可能性はある。
その発想に至らなかったのは、格上の魔法に、格下の錬金術という認識に縛られていたからだ。
直接作用する魔法に比べると、物質を通し効果を得る錬金術では、扱う技術や能力的にも魔法の術の方が上だと考えられている。
しかも国を代表する王宮魔術師がつかった解除魔法より、より強力で高い技術の錬金術などあり得ないと、固定観念にとらわれていたのだ。
そんな先入観があったからこそ、解除魔法の技術が低いことでトムに問題が起きたのなら、元にかけられたのはもちろん魔法の術であると信じ込んでいた。
だからサラは確かめるため、直接トムに聞いてみることにした。
「トムさん、錬金術ではどうですか? 最初に掛けられたのは魔法ではなく、錬金術をつかって、使用人の方たちは何かされていませんでしたか?」
「錬金術? ああ、それなら当然、使用人たち全員、宮廷錬金術師のブライアン・ザッカー様にお世話になっていましたよ」
「ほら、父ちゃん! それだよ、それ。その宮廷錬金術師がおかしな術をかけていたんだよ。それを解くために王宮魔術師ベニクドという人が解除魔法をして、父ちゃんは、ああなったんだって」
「宮廷錬金術師のブライアン・ザッカー様が俺たちに? そんなことはない。王妃様が亡くなられた後、俺たちに優しくしてくださったのはあの方だけだった。あれほど、いいお方はいない。貴族でもない平民の俺たちを気づかってくださり、ケガや病気で困っていると、いつも錬金術で薬を届けてくださった。そんなブライアン・ザッカー様が俺らにどのような術をかけるというのだ」
トムは、宮廷錬金術師ブライアン・ザッカーに絶対的な信頼を持っているようだった。
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