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四章 王宮
58、言い忘れていた効果
しおりを挟む「でもね、こうしてサラちゃんのおかけで前の父ちゃんに戻った」
ティアナはサラの手をぎゅっと握った。
「え? あっ、はい」
サラはよく分からない状況だったが、ぎゅっと手を握りしめるティアナから熱い気持ちだけは伝わってきた。
「サラちゃん、なんてお礼を言えば」
「い、いえ。そんな」
本当にいったい何がどうして、おじさんが、ああなったのかサラにはよく分からなかった。
けれど、おじさんが元気になって、ティアナさんが喜んでいるならよかった。
そう思いながら、サラも手を握り返す。
「はい、良かったです」
「ありがとうね、サラちゃん。それじゃ、ちょっと待ってて。父ちゃん特製のデザートをもってくるから」
微笑んだティアナは、おじさんのあとに続くように厨房へ戻って行った。
その間に、サラは今の状況を分析することにした。
ええっと……、なにが起きたんだろう?
酔わないお酒を飲んだ後、店主のおじさんは人が変わったようになった。
うつろだった目はしっかりと、そして全身から覇気のようなものさえ感じるようになった。
でも、どうして――?
アルコール分解や幸福感だけの効果で、あそこまで人が変わるようなことが起きるのかな……。
不思議に思ったサラはレンに聞いてみることにした。
「あの――、レンさん、いったいなにが起きて」
そう言いかけた瞬間、あちこちのテーブルからガタガタと席を立つ音が聞こえてきた。
「え?」
「その酒を俺にも飲ませてくれ!」
「俺もだ!」
「金ならいくらでも払うぞ!」
食堂にいるお客さんが口々に声をあげ、いつの間にかグラス片手に、立ち上がっていた。
「ぼんやりトムさんがあんなに元気になったんだ。俺たちにもその酒を分けてくれ」
トムさんって、あのおじさんのこと?
それに、あれは――?
店の空いた扉から、ふらふらと人が入ってくる。
「酒をくれ」「俺にも飲ませろ~」
あの人たちって、宿屋の外で寝ていた人たちだよね?
え? えええ――、いったい何が起きているの――?
コップを片手に、ふらふらこちらに向かってくる人が押し寄せてきている。
「なんだか怖いよ、サラさん。酔っぱらいのゾンビみたい」
パウロの言葉にサラも頷いた。
「うん、怖いね、パウロくん」
サラとパウロは、席で座ったまま体を寄せ合っていた。
斜め前の席に座るレンが、
「すまない、サラ。ひとつ効果を言い忘れていた。このワインには、酒好きな人間を引き寄せる効果もあった」
と付け加えるように言った。
サラたちのテーブルの前には、いつしか行列が出来ている。
「酔わないお酒のビンの蓋を開けっ放しにしていた俺の責任だ」
そう言って立ち上がったレンは、お客さん一人一人に一杯ずつ酒を注ぎはじめる。
飲んだお客さんたちは、
「なんとうまい酒だ!」
「こんな酒は初めてだ! 身体が軽くなったぞ」
「二日酔いが嘘のように治ったぞ」
と好評のようだった。
けれど、あまりの人数に、サラが途中で代わると言ってもレンは頑なに拒み、離れた場所に行くと、ずっと一人で酌を続けていた。
そうして飲み終えたお客さんたちは満足したようで、食堂に残ったのはサラたちだけになった。
さきほどの騒がしい雰囲気から、外はしとしと雨が降る音が聞こえるほどの静けさに、大きなあくびが聞こえた。
「ふわぁ。なんだかさ、ボク疲れちゃったよ」
隣の席に座っているパウロが両手を伸ばしていた。
「お前は、座っていただけだろ」
なにやらティアナと話していたレンだが、こちらに顔を向けてパウロに言う。
「でもさ、人が多いと疲れるし、何もせずに待っているのも疲れるよね、サラさん」
「ふふふ、うん、そうだね」
パウロくんがちょっと不機嫌なのはレンさんが戻ってくるまで、デザートが止まっているからだよね。
「あ、レンさん、お疲れさまでした。大丈夫ですか?」
席に着くとレンは、腕をぐるぐる回して、ちょっと疲れた様子だった。
「モンスター相手の戦いとは違って、人に酌をするのも気が張るものだ」
「すみません……。わたしの作ったお酒でレンさんにまで迷惑をかけて」
「いや、サラが謝る必要ないさ」
「そうだよ、レンさんがしっかり効果を見ていなかったからでしょ」
「まあ確かに、酔わないお酒の効果を最後まで見ていなかった俺のミスだな。しかし、こんな素晴らしい酒を見たらすぐに飲みたくなって、効果の一つぐらい見落とすだろう」
うんうんと自分の言ったことに頷くレンに、パウロが諭すように言う。
「あのさ、レンさんのそういうところは直した方がいいよ。いくら飲み食いに意地汚くても」
「お前な……、意地汚いって、もうちょっと言い方があるだろ。それにパウロに飲み食いのことを言われると、すごく腹が立つ」
「ふふふっ」
そんな賑やかな会話の中、ティアナがデザートを持って来た。
「おまたせしました。父ちゃんの特別デザートです」
色とりどりのデザートをテーブルにつぎつぎと並べられた。
「うわぁ、こんなの見たことないよ!」
パウロがキラキラと目を輝かせる。
それもそのはず。
テーブルに並べられたお皿には赤いリンゴのクレープシュゼットや鮮やかなブルーベリーのクリームチーズのクラフティなど、通常のお店ではお目にかからないようなデザートばかりだった。
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