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四章 王宮
53、増量効果
しおりを挟む鞄の中から取り出したものは、雑穀の粉!
ダンジョンで異世界のフルーツで初めての調味料を作ろうとしたとき、最初は失敗したけれど、雑穀の粉を追加したら成功した。
もしかすると、雑穀の粉には、中和剤のような役割があるのかもしれない。
「うん! 試してみよう」
さきほどと同じ材料に、雑穀の粉を少々入れる。
すべてが少しの量だけど……、まぜまぜ――。
「あっ!」
鍋の中で光った。
ブワっと強い光が放たれて、初めての効果があらわれたのを感じる。
「やった、成功!」
見た目も赤ワインと同じ色。
でも、鍋の中にあるワインの量が随分増えたような……。
ま、いいよね。
それより、まずは効果を確かめないと。
鍋のワインをスプーンで掬い取り、口に入れた。
「おいしい! あの高級ワインと同じ味。それに、きちんと酔わないお酒になっている」
幸福感も引き継がれて、体内のアルコール分解もある。
心身ともに浄化されたようなすっきりとした爽快感だ。
「うん、よし、それじゃ完成した酔わないお酒を、移し替えないとね。レンさんに見てもらうために」
サラは、戸棚の中から空のワイン瓶を取り出した。
酔わないお酒をこぼさないようにフロートを差した瓶に少しずつ、注ぎこむ。
――あれ!?
ワイン瓶の中で不思議なことが起きていた。
まだ底にしか入れていないのに、瓶のなかで勝手に赤ワインが増えていくのだ。
「ど、どういうこと!?」
瞬く間にワインが満量のところまで増えて、止まった。
「ふ、増えた?」
夢かな……?
頬をつねったけれど、夢じゃなかった。
手元の鍋には赤ワインが並々と残り、目の前のワインボトルには満量になった酔わないお酒がある。
「なにが、起きているの?」
も、もしかして――……、コレって、増量効果!?
あれは伝説というか、絵本のなかのお話で……、実際にこんなことがあり得るのかな。
遥か昔、魔人を倒しに行った勇気ある者が持っていたとされる、聖杯。
聖杯から注がれる水は、聖なる効果があったとされ、いくら出しても減ることはなかった。そうして勇気ある者たちは、聖なる水をつかい、魔人の呪いや毒に侵された人々を穢れや苦しみから解放した。だが、魔人との戦いのあと聖杯が壊れると、聖なる水は消えてなくなった――。
そう絵本には描かれていた。おとぎ話のような話だけど……。
戸惑いのような、怖いような、混乱状態に手が震えた。
「落ちつこう、落ちつこう。ふう」
大きく深呼吸をして、心を落ち着かせてみる。
うん、冷静に。
そして……、確かめないと。
今度は、一回り小さな瓶にワインを入れてみた。同じように瓶の中で増えていく。
そうして瓶の注ぎ口の下で止まった。
「やっぱり、そうだ。増量効果がついている。ちょっと、驚きすぎて気絶しそう。あ、だめだめ。意識を確かにもたないと」
どこか実感の湧かないサラは、酔わないお酒が入った大小二本のワイン瓶をしばらく眺めていた。
※※※
「うん、準備は出来た!」
いつものように斜めに肩から掛けたカバンと、両手には紙袋を持ち、サラは部屋の鍵を閉める。
雨が降ってくる前に、レンたちが泊まっている宿屋に『酔わないお酒』を持って行き、レンに尋ねようと思っていた。
依頼を受けた『酔わないお酒』に増量効果がついてもいいのか。
それともついていない方がいいのか。
レンに直接聞くために宿屋へ向かうことにしたのだった。
レンから増量効果が付いていない方がいいと言われても、新たに家で作り直すことは可能だ。
赤ワインや他の素材も、残っている。
しかし、サラは酔わないお酒を作り直すより、他の調合を始めてしまったのだ。
「だってあのあと、パウロくんのお菓子を調合で作っちゃったから、はやくパウロくんに渡したくて……」
サラがぶつぶつ言い始めたからなのか、道行く人が距離を取っている。
あれ……? ま、いいかな。
それにしても増量効果だよね。酔わないお酒は、受け取った人からすれば喜ばれるような気もするけど、ついつい飲みすぎちゃうってこともあるのかな。
「でも、このお酒は飲みすぎても、酔わないから……。うーん」
こうして歩きながら独り言を言い、いつしかサラは街外れの宿屋通りに来ていた。
どんよりとした雲は今にも雨が降りそうだ。だが、宿屋通りには酔っぱらった人たちが、宿屋の壁にもたれかかり、座り込んで寝ていた。
昨夜の王女様の誕生祭で飲みすぎたせいで、自分の泊まった宿屋まで、たどり着けなかったのかな……。
そんなことを思っていたら見つけた。
青い屋根の宿屋。
サラは正面に行くと、宿屋の建物を見上げた。
レンさんが言っていた宿屋だ。
けっこう歴史がありそうな佇まいだけど、いい感じの趣がある。
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