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三章 王都
47、赤いグミを作った人物
しおりを挟む「ちょっとお待ちくだされ、レン殿」
将軍はそう言うと、表で待機している衛兵たちに声をかけた。
「すまないが、この建物の表と裏に結界をはり、音声が外にもれないように遮断してほしい」
「はい!」
敬礼した国王軍の兵士たちがあちこちに散らばったあと、ボーンっと空気がつつまれたような、不思議な感じがした。
「わ、音声遮断結界だ。これで内緒話ができるね」
パウロがウキウキした様子で、はしゃいでいる。反対に将軍は難しそうな顔で話を始めた。
「誕生祭の前日、王女様あてに誕生日プレゼントが王宮に運び込まれました。もちろん王宮鑑定士の検査もクリアされたものばかりです。口にされるようなモノは、すべて毒味もされたそうです。しかし、今朝、お付きの者が王女様に朝食を届ける際、床に倒れているシャーリー王女を発見したのです。すぐに王宮医師が治療に当たったのですが、一向に王女様が目を覚ますことなく、急遽、王宮魔術師のベニクド殿を筆頭に治療チームが結成されたのです」
「ふーん、それで毒だ、毒だって、そのベニクドって人が騒ぎ立てたんだね。あのおじいさんが言ってたもん」
パウロの言葉に、将軍が苦笑いをしている。そんな将軍にレンが尋ねた。
「それで、将軍や博士も王宮に呼ばれたわけですね?」
「ええ。突然、誕生祭が中止となり、王宮で何か問題が起きていると貴族たちが察し始めた様子でした。王都の治安維持のため、早々に問題解決するよう自分は陛下からレン殿を探すように言われました。そしてシャーリー王女の誕生日パーティに出席されるため王都に来ていた博士もベニクド殿を手伝うようにと……」
ラモード将軍もそうだが、さきほどの博士も、どこかベニクドという王宮魔術師の名を出すときには口調が変わり、あまり良い印象がないように思えた……。
そして、これまでの経緯はわかったけれど、どうにも納得できないことがある。
「あの……、将軍。どうして王女様が眠っている原因が赤いグミだとわかったのですか? アリーシャさんの店では今日発売のグミは誰も購入されなかったわけですし、王女様に届けられたプレゼントに赤いグミがあったのでしょうか?」
サラの質問に、パウロも頷いた。
「うん、そうだよね。だってアリーシャって人が新商品の赤いグミを店に並べる前に、王女様はもう眠り姫みたいになっていたんでしょ」
「その辺りの事情があまりよくわからんのです……。王女様が目覚めない原因となったものが何なのかを見ていただこうと、今朝から我が兵でレン殿を探していたところ、何度も自分はベニクド殿から足止め……、いや、レン殿の身元保証人がなぜ陛下なのか、そのほか、事細かいことをいろいろ聞かれていたもので……。そして、あの騒動のなか、ベニクド殿の使いがやってきて、アリーシャの店の赤いグミが原因だと知らせを受けたわけで……」
「あ、わかった! あの黒づくめの人だ!」
パウロの言葉にサラもピンときた。
ラモード将軍が、隊の司令官を殴ったときのことだ。騒動に紛れてアリーシャがどこかへ行こうとしたとき、黒い衣装をまとった人が、将軍に耳打ちをしていた。
ラモード将軍もそのときの情景が浮かんだのか、少し気まずい表情をしたが、すぐに気持ちを切り替えるように顔を引き締め、レンさんに尋ねた。
「レン殿、その赤いグミをつくった者の名を教えてもらえますかな? 鑑定不可視効果など、レン殿には通用しないのでしょうから」
将軍から問い詰められるように聞かれたレンさんは、少し悩んだ様子だったが、
「ま、いいでしょう……。赤いグミの作成者は、ブライアン・ザッカーという名です」
その名を聞いた瞬間、ラモード将軍の表情は強張った。
「まさか、いや、そうですか……、ブライアンが……」
将軍は絞り出すように言った。
その沈痛な表情から、将軍とブライアン・ザッカーとは親しい間柄のように思えた。
王都に住む人なら誰もが知っている名、ブライアン・ザッカー。
サラはショーウィンドウに目を向けた。
衛兵たちによって、ショーウィンドウに飾られていた商品は運び出されているが、倒れた本だけが残っている。
そう……、あの本。
チャルにすむ人たちは、ライバーツ王国よりはるかに劣っている、そう断定して書かれている本の著者であり、この国の最高峰とも呼ばれる錬金術師ブライアン・ザッカー。
サラはショーウィンドウに移動し、その本を手に持った。
アリーシャの店では、店の顔であるショーウィンドウのレイアウトの変更は小まめにされていた。
だが、この本だけは、いつもディスプレイから外されることはなかった。
すると、将軍から声をかけられた。
「そうです。お嬢様がもつ、本の著者ですな。アリーシャとブライアンは、やはり繋がりがあったのですな……」
「サラ、悪いがその本を俺にもらえるかな」
「はい」
サラはここにいる人に本を渡そうとするが、
「いえ、自分はブライアンから、その自叙伝をいただきましたから」
と将軍からは丁寧に断られた。
そしてパウロも必要ないというように首を横にふる。
床に座ってパラパラとページをめくるレンの隣でパウロは座った。
「自分とブライアンの出会いは軍学校のときです」
ラモード将軍は赤いグミを見ながら、語り始めた。
「ブライアンは自分より年下ですが、実戦練習で会うとすぐに気が合いました。お互い家督が継げない子爵家の三男。どこか必死に何かを学ぼうと通じるものがあったからでしょうな。軍学校を卒業するときには、自分は運よく近衛兵として採用されました。しかし、ブライアンが卒業する前年に、あちこちの領地でひどい飢饉や天災がありまして、上級貴族の子息たちが国王軍の兵として職につくことになりました。そのため仕事を探すため、ブライアンは外へ出ていき、あちこち転々としながら錬金術の腕を磨いたらしいです。そして五年ほど前、バリアンヌに戻ってきたブライアンは裏通りに小さな道具屋を構えました。腕のいい錬金術師と、たちまち評判になりブライアンは王宮に迎えられることになりました。しばらくは宮廷錬金術師の助手として勤めていましたが、三年ほど前には男爵家の爵位を得て、晴れて宮廷錬金術師となり、近頃では、とても良い縁談の話も持ち上がっていたはずですが……」
将軍が赤いグミをぐっと握りしめる。
「どうして、このようなバカなことを……」
その様子から、悲しみのような、怒りのような感情を必死で押さえているようだった。
だが、将軍は何かを振り切るように顔を上げ、赤いグミをポケットに入れた。そして、こちらを振り向いて敬礼をする。
その顔つきは、いつものキリリとしたラモード将軍に戻っていた。
「レン殿、ありがとうございました。自分は、今からブライアン・ザッカーを拘束しに参ります。皆様、ご協力ありがとうございました」
赤い外套を翻し、颯爽とこの店を後にしたラモード将軍。
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