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三章 王都
41、気づき
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将軍が、まっすぐサラの目を見て、近づいてくる。
「君が毒をいれたと、アリーシャが言っている」
「いいえ。そのようなことは、していません」
はっきりとサラは将軍に答えた。
「うん、ちがうよ。だってサラさんはこの3日間、僕らとダンジョンへ行っていたのに、そんなことできないよねえ、レンさん」
「ああ、将軍。俺たちが証言しよう。サラはこの街には3日ぶりに戻ってきたばかりだ」
「なるほど……」
将軍は信じてくれたようだった。
けれど、アリーシャが、
「は? いったい、あなたたちは何を言っているの? 私がサラをクビにしたのは四日前よ。クビになった夜に、こっそり店に侵入して、毒をいれることだってできるでしょ」
アリーシャは、サラだけではなく、レンやパウロまで疑いの目で見ていた。
そんなアリーシャの顔をぬっと覗き込んだのはラモード将軍だ。
「お前がそう言うのなら、今日発売したばかりの赤いグミは四日前に作り置きをしていたということになるが、どうなのだ?」
赤いグミに……、毒?
アリーシャもサラと同じように、
「赤いグミに毒が……?」
と、驚いている。
その様子から、まったく予想もしていなかったようだ。
「アリーシャ、どうだと聞いておる!」
将軍の詰問に、
「うそ……、うそ! 絶対、嘘よ!」
自分自身に言い聞かせるように同じことを繰り返していたアリーシャだが、突然、
「うわああああ」
と叫ぶように頭を抱えてしまった。
ラモード将軍は、アリーシャと話が出来ないと踏んだように、またサラに尋ねてきた。
「君は四日前までアリーシャの店で働いていたそうだが、そのときには赤いグミの作り置きはあったのかな」
「いいえ。わたしが働いていたときには赤いグミはありませんでした」
「ほーら、やっぱりサラさんは関係ないじゃん。ね、レンさん」
「ああ」
「そんな……、あり得ない。あり得ないのよ。赤いグミに毒なんて……」
アリーシャは、わなわなと震える手で自らの顔を押さえている。よほどのことが起きているのだと、やっと理解したようだった。
サラはこれまでのことを冷静に考えられるようになっていた。
毒が混入されていたなんて、いったいどういうことなのだろう……。
アリーシャさんの様子からすると、まったく知らなかったようだけど。
そして赤いグミ……ということは、わたしが辞めたあとに作られた商品。
もしかして……、わたしの黄色いグミのレシピで商品を作ろうとして失敗したのだろうか――。
将軍や国王軍からサラの疑いが晴れたようだが、念を押すように、レンが将軍へ確かめていた。
「将軍、サラは関係ないということでよろしいですね」
「そのようですな。そちらの女性は毒混入事件と無関係ということで。しかし、この気配は?」
ラモード将軍が鋭く目を向けるのは、旅人の恰好をした人、屋根の上で修理をしている人、生い茂った木にも視線を向けた。
そして、なぜか、サラをじっと見る。
サラの瞳を確認するように……。
「ん!? そちらの娘さんは、髪色こそ違いますが……、もしや、ヴィリアーズ公爵のメアリーお嬢様では」
「はっ、はい……、ご無沙汰しております。ラモード将軍。このような姿で申し訳ございません」
サラは慌てて、頭をさげた。
やはり髪色を変えただけでは、ラモード将軍を誤魔化すことはできなかった。
ライバーツ王国の英雄と呼ばれる、ラモード将軍。
以前、サラは一度だけ顔をあわせたことがあった。
当時の彼は国王軍の遠征部隊の指揮官を任され、魔物討伐の帰りに、森の屋敷に来られた。
国王軍の兵士の代わりに毒を受けたという人がいた。その人を助けるため、ヴィリアーズ領地内の農村で治療のために休ませてほしいと、村人の案内でわざわざ森の屋敷までいらっしゃったのだ。
サラはすぐに使用人たちに回復薬と毒消し薬を持たせ、農村へ治療に向かわせた。そして、毒にやられた人は無事回復したと、丁寧なお礼状を使用人に預けてくださった。
「その節は、誠に助かりました」
ラモード将軍が、サラに深々と頭を下げた。
「い、いえ。大したことではありませんでしたので」
サラ言うと、アリーシャの声が聞こえてきた。
「サラが公爵令嬢!? はあ? な、なに……よ! あなた、私を騙していたのね!!!」
さきほどまで目の焦点さえ合っていなかったアリーシャが突如、サラに食って掛かるように騒ぎはじめた。
だが、レンやパウロに止められると、将軍の怒号が響く。
「なにをしている。お前たち、さっさとこの女を縛り上げろ!」
ラモード将軍の指示で、アリーシャはラモード隊の兵士たちに取り押さえられた。
しかし、石畳の道に顔と体を押さえつけられても、アリーシャは、
「あなたたち人間はいつもそう。なにが貴族よ! 偉そうに! このクソ女!!!」
と、憎しみのこもった目でサラを睨んでいた。
その視線をうけ、サラは理解した。
あぁ、そっか。そうなのだ……。
アリーシャさんが、わたしに怒りをぶつけるのは当然のこと。
この三カ月間、わたしは自分の身分を隠し、アリーシャさんの店で働いた。
働きながらわたしは、王都の人やアリーシャさんたちの、チャル出身や獣人の方たちに対する態度に憤りを感じていた。
アリーシャさんに『見た目や生まれが違うだけで』と偉そうに言ったが……、本当は、わたしが一番見た目や生まれに囚われていたのだ。目の色が違うことで、ヴィリアーズ家の屋敷から追い出されて、森の屋敷に追いやられた自分と、王都で受け入れられない彼らと重ねていた。
それだけじゃない。
アリーシャさんに罪を着せられそうになったときや、将軍の隊が剣を向けてきたときも、わたしは身分を隠し、やり過ごそうとした。
もし、わたしが早く身分を明かしていれば、レンさんが隊の人たちと争うこともなく、これほどまでの騒動になっていなかったかもしれない……。
わたしは卑怯だ。
将軍から指摘されるまでヴィリアーズの名を、公爵家の娘という身分を伏せていたのだから――……
「君が毒をいれたと、アリーシャが言っている」
「いいえ。そのようなことは、していません」
はっきりとサラは将軍に答えた。
「うん、ちがうよ。だってサラさんはこの3日間、僕らとダンジョンへ行っていたのに、そんなことできないよねえ、レンさん」
「ああ、将軍。俺たちが証言しよう。サラはこの街には3日ぶりに戻ってきたばかりだ」
「なるほど……」
将軍は信じてくれたようだった。
けれど、アリーシャが、
「は? いったい、あなたたちは何を言っているの? 私がサラをクビにしたのは四日前よ。クビになった夜に、こっそり店に侵入して、毒をいれることだってできるでしょ」
アリーシャは、サラだけではなく、レンやパウロまで疑いの目で見ていた。
そんなアリーシャの顔をぬっと覗き込んだのはラモード将軍だ。
「お前がそう言うのなら、今日発売したばかりの赤いグミは四日前に作り置きをしていたということになるが、どうなのだ?」
赤いグミに……、毒?
アリーシャもサラと同じように、
「赤いグミに毒が……?」
と、驚いている。
その様子から、まったく予想もしていなかったようだ。
「アリーシャ、どうだと聞いておる!」
将軍の詰問に、
「うそ……、うそ! 絶対、嘘よ!」
自分自身に言い聞かせるように同じことを繰り返していたアリーシャだが、突然、
「うわああああ」
と叫ぶように頭を抱えてしまった。
ラモード将軍は、アリーシャと話が出来ないと踏んだように、またサラに尋ねてきた。
「君は四日前までアリーシャの店で働いていたそうだが、そのときには赤いグミの作り置きはあったのかな」
「いいえ。わたしが働いていたときには赤いグミはありませんでした」
「ほーら、やっぱりサラさんは関係ないじゃん。ね、レンさん」
「ああ」
「そんな……、あり得ない。あり得ないのよ。赤いグミに毒なんて……」
アリーシャは、わなわなと震える手で自らの顔を押さえている。よほどのことが起きているのだと、やっと理解したようだった。
サラはこれまでのことを冷静に考えられるようになっていた。
毒が混入されていたなんて、いったいどういうことなのだろう……。
アリーシャさんの様子からすると、まったく知らなかったようだけど。
そして赤いグミ……ということは、わたしが辞めたあとに作られた商品。
もしかして……、わたしの黄色いグミのレシピで商品を作ろうとして失敗したのだろうか――。
将軍や国王軍からサラの疑いが晴れたようだが、念を押すように、レンが将軍へ確かめていた。
「将軍、サラは関係ないということでよろしいですね」
「そのようですな。そちらの女性は毒混入事件と無関係ということで。しかし、この気配は?」
ラモード将軍が鋭く目を向けるのは、旅人の恰好をした人、屋根の上で修理をしている人、生い茂った木にも視線を向けた。
そして、なぜか、サラをじっと見る。
サラの瞳を確認するように……。
「ん!? そちらの娘さんは、髪色こそ違いますが……、もしや、ヴィリアーズ公爵のメアリーお嬢様では」
「はっ、はい……、ご無沙汰しております。ラモード将軍。このような姿で申し訳ございません」
サラは慌てて、頭をさげた。
やはり髪色を変えただけでは、ラモード将軍を誤魔化すことはできなかった。
ライバーツ王国の英雄と呼ばれる、ラモード将軍。
以前、サラは一度だけ顔をあわせたことがあった。
当時の彼は国王軍の遠征部隊の指揮官を任され、魔物討伐の帰りに、森の屋敷に来られた。
国王軍の兵士の代わりに毒を受けたという人がいた。その人を助けるため、ヴィリアーズ領地内の農村で治療のために休ませてほしいと、村人の案内でわざわざ森の屋敷までいらっしゃったのだ。
サラはすぐに使用人たちに回復薬と毒消し薬を持たせ、農村へ治療に向かわせた。そして、毒にやられた人は無事回復したと、丁寧なお礼状を使用人に預けてくださった。
「その節は、誠に助かりました」
ラモード将軍が、サラに深々と頭を下げた。
「い、いえ。大したことではありませんでしたので」
サラ言うと、アリーシャの声が聞こえてきた。
「サラが公爵令嬢!? はあ? な、なに……よ! あなた、私を騙していたのね!!!」
さきほどまで目の焦点さえ合っていなかったアリーシャが突如、サラに食って掛かるように騒ぎはじめた。
だが、レンやパウロに止められると、将軍の怒号が響く。
「なにをしている。お前たち、さっさとこの女を縛り上げろ!」
ラモード将軍の指示で、アリーシャはラモード隊の兵士たちに取り押さえられた。
しかし、石畳の道に顔と体を押さえつけられても、アリーシャは、
「あなたたち人間はいつもそう。なにが貴族よ! 偉そうに! このクソ女!!!」
と、憎しみのこもった目でサラを睨んでいた。
その視線をうけ、サラは理解した。
あぁ、そっか。そうなのだ……。
アリーシャさんが、わたしに怒りをぶつけるのは当然のこと。
この三カ月間、わたしは自分の身分を隠し、アリーシャさんの店で働いた。
働きながらわたしは、王都の人やアリーシャさんたちの、チャル出身や獣人の方たちに対する態度に憤りを感じていた。
アリーシャさんに『見た目や生まれが違うだけで』と偉そうに言ったが……、本当は、わたしが一番見た目や生まれに囚われていたのだ。目の色が違うことで、ヴィリアーズ家の屋敷から追い出されて、森の屋敷に追いやられた自分と、王都で受け入れられない彼らと重ねていた。
それだけじゃない。
アリーシャさんに罪を着せられそうになったときや、将軍の隊が剣を向けてきたときも、わたしは身分を隠し、やり過ごそうとした。
もし、わたしが早く身分を明かしていれば、レンさんが隊の人たちと争うこともなく、これほどまでの騒動になっていなかったかもしれない……。
わたしは卑怯だ。
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