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二章 ダンジョン
22、トレント
しおりを挟むパウロが体育館の壇上で使いやすいようにと、大きな糸玉から糸を取り出す作業をしていた。
「糸を巻き巻き、糸を巻き巻き」
器用にクモの糸を手に巻き、そしてスルリと手から抜く。
「はい、できた」
そうしてパウロの手と同じぐらいの白金の玉が出来る。
ポイっと投げて、受け取ったレンがサラに渡す。
「ありがとうございます。パウロくんも、これで十分だよ、ありがとう」
これで十個目の白金の糸玉になる。これだけで金貨十枚になるけど、本当にもらってもいいのかな……。
「どうした、サラ?」
「これほど高価な糸玉を本当にいただいてもいいのかと」
「ああ、気にすることない」
「僕、飽きた。あとはレンさん異空間収納にまかせるよ」
パウロは残りのデッカイ糸玉を蹴って、コロコロとレンの方に転がした。
「お前は、本当にやりたいことだけやって、後始末は俺に」
レンが話している最中に、パルロは壇上からぴょーんと飛んで、サラの横にピタリと着地する。
「ねぇ、サラさん。さっき調合した植物促進剤もらえる?」
「え、あ、うん、いいけど……、はい」
サラは植物促進剤を入れていた紙袋をそのままパウロに渡した。
「えっとね、サラさん、運動場を見ていて。面白いものをみせてあげるから」
パウロは紙袋をもって、タタタタ――っと体育館の外に走って出て行った。
「おい、こんな大きな糸玉をほったらかしで勝手にどこへ行くつもりだ。……まったく、あいつは」
そう言いながら空間の裂け目に大きな糸玉を入れながら、サラの手元にある小さな糸玉を見て微笑んだ。
「大玉の糸は俺の異空間収納行きになるから、その小さな糸玉十個ぐらいは気にせず、サラが持って帰ればいいさ」
「はい、ありがとうございます」
糸玉を鞄に入れた後、サラはパウロが飛び出して行った運動場に目を向けた。すると、運動場横にある木々たちに向かってパウロが植物促進剤の粉を撒いていた。
「あの――、パウロくん、木に植物促進剤を撒いていますが」
レンも運動場に目を向ける。
「あいつは……、ったく。花咲かじいさんじゃあるまいし」
はなさかじいさん?
「あの木をサクラだと勘違いしているな」
「サクラですか?」
「前のダンジョンでは学校前にあったサクラが咲いていたから、それをサラに見せてやりたいのだろう。ピンク色の綺麗なハート型の花が、ちらちらと落ちてくる風景にパルロも喜んでいたから」
そうなんだ、パウロくん……。わたしを喜ばせようとして……。
とても綺麗な景色なのだと容易に想像できた。それをパウロくんがわたしに見せるために必死に粉を撒いている姿をみていると、胸がいっぱいになってきた。
そんなとき、パウロがこちらを向いて叫ぶ。
「ねぇ、レンさん! この木、ぜんぜん咲かないけど、サクラじゃないの?」
そのときだった。
植物促進剤の粉を撒いた木の枝にパッパッと白い花が咲きはじめた。
「パウロ、上を見て見ろ。咲いたぞ」
レンの声にパウロが上を見上げた。
「あれ? これサクラかな。でも違うような……」
ピンクじゃないけど白い花が枝いっぱいに咲いていた。
レンが手をサッと上げた。
運動場に風が吹いた。
ふわりと吹く風に、木の枝から白い花びらたちが舞い上がる。
白い妖精たちが風のなかで舞い踊るようにとても幻想的な風景だ。
「すっごく綺麗……」
「パウロの思い付きだが、サラが喜んでくれたらよかった」
「はい。パウロくんもありがとう!」
サラは体育館の結界内から、両手でパウロに届くように声をかけた。
「うん!」
サラの声が届いたみたいでパウロはこちらに向かって手を振り返す。
そして木の枝から白い花がすべて散り終わると、つぎは実がどんどんと多くなっていく。同時に木の根元からは、トゲのような葉っぱがぴょんぴょんと飛び出して、棘のあるような赤い花びらのようなものも成長していく。
木の根元から尖った葉っぱをよけるように、ぴょんぴょんと移動しながら、パウロは首をかしげる。
「なにこれ? どうなっているの?」
戸惑っている様子だ。
「トレントの変種だな。異空間の植物があちこちで結合しているのだろう」
レンがそう言った瞬間、実をつけた大木がのっそりと地面から根っこを抜き、地上にあらわれた。
「うわぁ、なんだよ、びっくりするじゃん」
樹木のモンスター、トレントだ。
パウロに向かって、枝をぶんぶんと振り回す。
「キャッ、あぶない、パウロくん」
「大丈夫だよ。へん! そんな攻撃じゃ、僕に当たんないもんね」
トレントの枝の攻撃をよけるパウロ。
けれど、ほかの木たちもトレントのように動き始め、枝になった実をパウロに向かって投げつけてきた。
「もう、つぎからつぎへと面倒だな」
そんな声と共に、パウロは木の枝をバッサバサと腕のように振り回すトレントの上をぴょんぴょんと足掛かりにして身軽に移動していた。
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