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二章 ダンジョン
15、学校
しおりを挟むサラはキョロキョロと体育館を見回していた。
いったいここは何をする場所なのだろう。
お屋敷にしては家財道具などないし……、壁についている飛び出た白いボードには丸く輪になった金具に網が付いている。しかもその網の中は大きな穴が開いているから、利用方法などが全くわからない。
じっとその網を見上げていると、レンに声をかけられた。
「バスケットボールのゴールが気になるようだな」
ばすけっとぼーる? ごーる?
「あれは、敵方の陣地にある、あの穴に丸いボールをいれるという競技をするもの。二つのチームに分かれ、手でボールをリバンウンドさせるスポーツだ」
振り向けば、向こうにも同じような丸いものが壁から突き出ていた。
「ここは運動する場所なのですね」
おかしな質問じゃないよね……と、ちょっと考える。さっきのこともあって、慎重になって言葉を選んだつもりだけど。
「うん、そうだよ。学校の敷地内にある運動する場所だって」
パウロが応えた。
――がっこう。
あっ、学校。
そういえば貴族の男子たちが通う、軍学校みたいなものかも。
女子が通う、手習いの学校もあるけれど、貴族の女子はだいたい家庭教師がついているから……。
「どうかした、サラ?」
「いえ、わたし、学校に通ったことなくて、ちょっとレンさんがうらやましいなって」
「いや、俺も元の世界ではあまり学校に通えなかった。それに、ここは実際にいたオレの世界とは少し違うから」
ええっと、レンさんの元のいた世界を模したダンジョンってことなのかな?
そんなイメージを持ったサラに、パウロが補足する。
「あのね、このダンジョンはレンさんの記憶や想像を元につくられているから、本物とは少し違うんだって。僕もさ、小学校のダンジョンには何度か同行しているけど、やっぱり入るたびにどこか違うんだよね」
「そうだな。俺の不確かな記憶で、このダンジョンは作られているから、多少のズレが生じるのだろうな」
「不確かな記憶ですか?」
「ああ、俺は元の世界では子供のころから病弱で、何度も入退院を繰り返し、小学校にあまり通えなかった。だから体育館にも実際には数えるほどしか来たことがない。それでも、はっきり覚えているのは小学校の入学式だな。みんなと同じ制服を着て、同じような椅子に座っていることがとても嬉しかった。俺も仲間に入れてもらえたような気がしたから」
レンのどこか切ないような、悲しげな横顔を見ていたサラは聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がした。
「ごめんなさい、なんだか立ち入ったことまで聞いちゃって……」
「いや、そんなことは気にしないでいい。ただ単に俺が話したいから話したから。久しぶりに昔を思い出して、ノスタルジックな気分だ」
「そうそう。これはレンさんが女性を口説くときに使う、いつもの方法だよね。ダンジョンで、ちょっと切ない思い出話を聞かせて、女性の気を引くってやつだよ」
あっ、そうなんだ……。
ちょっとショック。
ううん、本当はすごくショック。
だって、わたしは強引に「ダンジョンに連れて行ってください」とレンさんに森でお願いして、こうして連れ来てもらった。でもレンさんは、好みの女性には自分からダンジョンへ誘うってことだよね……。
そうか、そうだよね。
わたしなんかじゃ……。
それにレンさん、こんなにかっこいいし、優しいし、ステキだもの。
きっとお付き合いしている女性だっているはず……。
「パウロ! お前、適当なことを言っていると、魔界へ戻すぞ!」
「へ!? ちょ、ちょっと、レンさん、その右手は何? いつもの冗談じゃない。なに本気になっているんだよ、ねぇ、サラさん、今の冗談通じるよね」
パウロくんが、わたしに話しかけているけれど、なんだろう、すごく遠くで話しかけられているような気がする。
気になるのは、レンさんのお付き合いしている人ってどんな女性なんだろうってことだけ。
冒険者の人かな。
こうしていつもレンさんとダンジョンへ行っているのかもしれない。
でも……、レンさんの彼女は、どこかのお嬢様かもしれない。
だってダンジョンを目の前にして、何度も行くのか、わたしに確認する心配性だもの。
だから、付き合っているのは、つつしまやかな女性だよね。
あれ?
でも、それならば、好みの女性をダンジョンに誘うっていうことが、理屈に合わないような。
だから、やっぱり彼女さんは冒険者さん?
そんな考えが頭の中でグルグルしていて、同じようなことが思い浮かんでは消えていく。
頭の中が整理できない感じで、さっきより頭がぼんやりしてくる……。
「ほらみろ、サラが本気にしているじゃないか。女性を口説きまくりで、俺のことを汚らわしいと思っている目だ。俺といるのが嫌すぎて、サラが現実逃避をはじめているじゃないか。おい、パウロ! どう責任を取るつもりだ」
「え、マジ? サラさ――ん、嘘ですよ、今、僕が言ったのぜんぶ嘘で――す。レンさんがダンジョンに女性を連れてきたのはサラさんが初めてだよ。サラさんが、レンさんを見る目と僕を見る目がぜんぜん違うから、ちょっとヤキモチを焼いて嘘ついちゃっただけ。聞こえてる、サラさ――ん!」
まるで水の中にいるみたいに、サラの頭の中でパウロの声が遠くに聞こえていた。
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