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一章 出会い
10、ダンジョンの準備
しおりを挟む王都の西側は、石造りの高級ホテルなどが並び、長期滞在で貸し出しているアパートもあった。その中でも古いアパートの一階にサラは部屋を借りていた。
「ふーん、サラさんの住んでいる部屋って結構立派なんだ」
少し古ぼけたアパートの門扉をギーっと押したパウロに続いて、サラも玄関ポーチへ入った。
「半年間契約で借りているんだけどね」
「パウロ、お前はなんにでも興味をもつ奴だな」
「だって、好きな人のことを知りたいって思うのは普通でしょ、ね、サラさん」
パウロの視線と冗談にドギマギして、
「えっ? ええっと、あの」
言葉に詰まるサラに、レンが助け舟を出した。
「おいおい、純情なサラに冗談をいって困らせるな」
「本気だよ。だって僕、サラさんのこと本当に興味あるもん」
くるりと身軽な体をターンさせて、パウロがサラの部屋の扉前で待っている。
「ねぇ、今日はサラさんのお家にお泊りしようよ」
「お前なぁ……。女性の部屋に、しかも公爵令嬢だぞ……。その扉をくぐったら、お前、殺されるぞ」
「え、誰に?」
「もういい、さっさと帰るぞ」
レンはパウロの襟首をずるずるとひっぱりながら、
「サラ、都合のいい日があったら教えてくれ。ダンジョンに行く日を決めよう」
「明日はどうでしょう?」
すぐにサラが返事をすると思っていなかったのか、レンは言葉を続けていた。
「出発すれば三日ほどかかるから、サラの空いた日を、うん? 明日?」
「ダメでしょうか?」
サラはすぐにでも行きたかった。
予定はない。仕事もない。
それにダンジョンにいけるなんて、これほど楽しみなことを待っていられない。
パウロもレンの腕をくぐり抜け、サラのところへ戻ってきた。
「いいね、サラさん! 明日にしようよ! 僕ね、今日ダンジョンに持っていくものぜーんぶ、買ってそろえたから。ね、いいでしょ、レンさん!」
「まあ、サラがいいなら、それでいいが。では明日の早朝、森で待ち合わせをしよう。あの大きな木の下でいいかな」
「はい!」
「サラさん。何も持ってこなくていいからね。回復薬や毒消し薬も全部揃っているから。それにね、今日おいしいパンや牛乳、食べるものを買って準備したから、サラさんは身ひとつで僕のところにきて」
「パウロ、お前が言うと意味が違ってくる」
「ふふふふ」
二人のやりとりが面白く、つい笑ってしまったら、二人がこちらを見ていた。
「あ、ごめんなさい」
「いや、サラの笑顔はまわりを明るくする、とてもいい笑顔だ」
レンの言葉にサラは顔が赤くなるのがわかった。
笑顔を褒められただけで、こんなにドキドキするなんて……。
「ずるい、ずるい。僕も僕も! 僕もね、サラさんの笑顔をみていると元気が出るよ」
「ありがとう、パウロくん。明日のダンジョン楽しみだね」
「うん! ダンジョンへ行くのは約束だよ、サラさん」
「うん、約束だね。あ、レンさんも今日はいろいろとありがとうございました」
サラは門扉のところで待っているレンに声をかけた。
「いや。では、サラもゆっくり休んでくれ」
「はい、おやすみなさい」
そうして二人は帰っていた。
部屋の扉を開けると、ふっと全身の力が抜けた。
これほど人とたくさん話したのは初めてかもしれない。
本当に今日はいろいろあった。
銀の手鏡を机に置いて、頭を下げる。
――レンさん、ありがとうございました。
このまま、バタンとベッドに横になりたいけれど、明日の準備をしておかないと。
ええっと、パウロくんが薬や食料などは持って来てくれると言っていたから、おやつを持って行こうかな。
たしか……、試作でつくったハチミツキャラメルがあったはず。
あとは乾燥パンケーキ、これなら水でも膨らむから持っていくのに邪魔にならないよね。
それなら乾燥ジャムやハーブティもいるかな。
そうそう、クリーンの粉があれば、洗濯や身体を洗う必要もないし。
あ、クリーンの粉が足りないな……。ちょっとだけ、作ろう。
棚からヒースの花とセージの葉を取り出し、少々の浄化の粉を振りかけて、鍋の中で一緒にぐるぐる回す。
ふわっと、小さな光が鍋からあふれ出た。
うん、完成。
よし! できた。
他にもいろいろ詰め込んでいたら、斜めがけバックがパンパンに膨らんだ。
こういうときに収納アイテムバッグがあればすごく助かるのにと思ってしまう。
けれど、収納アイテムバックは手に入れるのはとても困難。
一流の冒険者さんでさえ、自分で材料を集め、大金を積んでオーダーメイドで錬金術師さんに依頼する。そのため収納アイテムバッグを作れるのは、腕のいい錬金術師だけ。
そういえば……、レンさんの異空間収納は初めて見た。
一流冒険者さんが持っているのは、カバンとか袋とか、ポーチのようなもので、その中が異空間収納になっているのは知っている。でもレンさんのように何もないのに突然、空間の裂け目のようなところからいろいろな物を取り出しているのって、珍しいと思う。
ほんと、不思議な人だな、レンさんは……。
パウロくんとのやり取りも面白かったし、もっとレンさんのことを知りたい。
二人と一緒にダンジョンにいけると思うと、ワクワクしてきた。
これじゃ、また今晩も眠れそうにないな。
でも、寝ないと……。
あっ……。
いつのまにか、窓の外がしらじらと明るくなっていた。
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