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一章 出会い
9、パウロ
しおりを挟むサラとレンは、王都バリアンヌまで戻ってきた。
すっかり日が暮れて、街灯のひかりが石畳の街並みを照らしている。
この時間帯では珍しく、街の中心部に位置する公園に人だかりができていた。
赤や青、派手なドレス姿の女性ばかりで、その中心ではぼうっと輝くような白い光があった。
「パウロか?」
レンが声を掛けた瞬間、人ごみをかき分け、こちらへ少年が走って来た。
「レンさ~ん。もう、どこに行ってたんですか~」
サラと同じぐらいの身長の少年だ。近くで見ると、クリクリの金色の髪の上に、ちょこんと緑のベレー帽子を乗せ、ふっくらと白い肌に黒目がちな瞳は、とても愛らしく、どこか神秘的な雰囲気もあった。
その向こうでは女性たちが、何やら揉めている。
「あぁん、ボクちゃん、どこへいくのよ」
「あの子はもう私と約束済みです。一晩、二ゴールドで話はついていますの」
「嘘おっしゃい。わたくしは三ゴールド払えますわ」
羽根のついた扇子を仰ぎながら、女性たちが少年を競り合うように、金額を言っていた。
少年はレンの腕をひっぱって後ろに隠れた。
「もう、こわいです。お姉さまたちの迫力がすごいです」
だが、サラに気づくと、少年の目が鋭く光る。
「は? あんた誰? 僕さ、今日は機嫌が悪いから、五ゴールド払えないと遊んであげないよ。あんたじゃ、無理でしょ」
サラを値踏みするように少年は言った。
「え、あ、あの……」
戸惑うサラに、少年は冷たい視線を向けていた。
「パウロ、お前の遊び相手をさせるためにサラを連れ来たのではない。なにを勘違いしている」
ピンっとレンが、その子のおでこに指をはじいた。
「いたーい、いたーい」
半泣きになった少年に、公園からやってきた女性たちが心配そうな表情をする。
「かわいそうに、私が腕の良い医者のところへ連れて行ってあげるわ」
「いいえ、私の屋敷にいる一流の薬師に頼みます」
「まぁ、わたくしは元王宮魔術師と専属契約していますのよ」
女性たちが扇で口元を隠しながら、張り合うように言い合っていた。
それを見て少年がニヤリと笑う。
「そうですか、僕のケガをみてくれるのですか。それじゃ」
言いながら、少年は自分の頭にのせている緑のベレー帽をとって、自分のおでこを女性たちに見せた。
すると、
「キャ――! なに、この子、獣人じゃない」
「汚らわしい」
「信じられない、もう、最悪!」
女性たちは、あっという間に居なくなっていた。
少年のおでこには白いツノが生えていた。
「ふん! 僕は獣人じゃないよー。亜人なんだよーだ」
少年は女性たちの後姿に向かって、べーっと舌をだしている。
サラは、ポーチの中から回復軟膏を出し、少年の前に差し出した。
「ええと、ツノが赤くなっているから、これを塗ると痛みも治まるよ」
「あれ? お姉さん、僕を怖がらないの? 気持ち悪くない?」
「どうして?」
「だって、角があるんだよ。亜人だよ」
「亜人?」
「ふーん。お姉さん亜人を知らないんだ。僕はダンジョンにいた一角獣さ。でもね、レンさんの使役によって、こういう人間の姿になったの。このツノも気持ち悪いでしょ。僕のこと怖いでしょ」
なぜかそう言って欲しそうに少年が言う。
けれど……、
「うーん、べつに怖くないかな。そのツノも白くて綺麗。人間に害をなす感じはしないし、それに本当の魔物なら結界もあるからこの王都バリアンヌには入れないでしょ」
「なーんだ、わかってるね、お姉さん」
微笑みながら、今日の夜空のようにキラキラした瞳でじっとサラを覗き込む。
「そうだよ、僕は人間なんか襲わないもん。でもさ、ちょっと、お姉さんのことは興味持った。僕は、パウロ」
パウロがサラの手を握り、自分の額に手を持っていこうとする。
「え?」
「ほらほら、さっきレンさんにデコピンされたツノ。僕の大事なツノが赤くなっているでしょ。お姉さんの手でお薬ぬって。ほら、ここだよ」
ええっと、どうしよう……。
「ほんとうはね、僕ね、ツノを触られるの嫌いだけど、お姉さんは特別」
困ったサラは助けを求めるようにレンを見上げた。
「おい、パウロ。いい加減にしろ。サラは伯爵令嬢だぞ。許可なく手を触ったら、牢屋入りだ」
そんなことは聞いたこともありませんが……、と思いながらも、サラはとにかくこの状況をなんとかしようと、レンの言葉に大きくうなずいた。
「ごめんね、サラさん。僕を牢屋にいれないで。どんなことでもするから。今晩のお相手もしますから。特別に無料で」
まるで無邪気な子供のように、サラの手をぎゅっとつかむパウロの手は、やわらかく、温かかった。
「おい、パウロ。さっさとその手を放せ!」
レンがもういっぱつ、中指でパウロのツノをはじく。
「いたたた、ほんとレンさんって冗談が通じないんだから」
そう言ったパウロはサラの手の甲にチュッと口づけをして、走って逃げてしまった。
「おい!!!! お前は今晩夕食抜きだ!」
「残念でした。お金は僕が管理してるも――ん」
木の影からベーと舌をだしているパウロに、レンは憤慨している。
その様子をみていると、二人はとても仲がよさそうで、思っていることをなんでも言い合える兄弟のようだった。
だが、突然、サラの頭に重なり合うように映像が思い浮かんできた。
ピカピカに磨かれた床に、黒髪の少年が真っ青な顔で苦しそうに倒れていた。
サラの小さな手が少年の胸に手を置くと、徐々に少年の顔に血色が戻りはじめ、その髪色と同じ黒い瞳をパチリと開けたのだった。
これは……、確か、わたしが五歳のときの誕生日?
そうだ、あのときまで、わたしは両親と共に暮らしていた。
いつも冷静沈着で何を考えているのかわからない父だったけれど、あの日は、とてもわたしに怒っていた。
そう……、あの日から、わたしは両親に避けられるようになり、そして森の屋敷に追いやられ、使用人たちの手で育てられることになった……。
「どうしたサラ?」
気づけばレンが心配そうな顔をしていた。
「いえ、なんでもありません」
「では、もう遅い。サラの家まで送ろう」
「ありがとうございます」
「僕も僕も、ついていく!」
走り回っていたパウロが、いつの間にかサラの後ろにいてひょっこりと顔をのぞかせていた。
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