のんびり、まったり、モノづくり ~お嬢様は錬金術師~

チャららA12・山もり

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一章 出会い

5、再会

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 ぐすん、ぐすん。

 サラは森の中で泣いていた。
 キラキラした木漏れ日のおちる、大きな木の下で。
 大事な祖母からもらった銀の手鏡を質流れにしてしまった。
 銀の手鏡を八ゴールドも出して買う人はいない、三ヶ月という期日はどうにかなる、と心のどこかにあった。

 ヴィリアーズ家の名を出せば、その立場を利用すれば融通ゆうずうくとも思っていた。
 その甘い考えが招いた結果、大事な銀の手鏡を質流れにさせてしまったのだ。

 トトトトット――っと、心配そうにリスさんが降りてきた。
 ぴょんぴょんぴょんと、白ウサギさんもやってくる。
 ガサガサガサ、大きな鹿サンもこちらをのぞく。

「ごめんなさい、みんな。心配かけちゃって、ちょっと、悲しいことがあって」

 森の動物たちが、心配そうにサラを囲み、じっとサラが泣き止むのを待っていた。
 そのうち、ガサリガサリと大きな動物がやってくる音、ポキポキと小枝を折る音が聞こえてきた。
 大きな黒い体を揺らす影に、小さな動物たちが一斉に逃げ出した。
 森の木立から現れたのは、大きな母熊と二匹の子熊だった。

 十メートルほど離れた場所からこちらに近づくこともなく、顔だけをサラの方へのぞかせている。その母熊が口に咥えているのは大きな魚。
 その魚をポイっとサラに向かって放り投げた。

 ドスン。

 地面に落ちた魚をよくみれば、あちこち食べた後があって、
 食べ残し――?
 よくわからないまま、かじられた魚を眺めていたら、のっそのっそと背中を向けて、母熊が
森の中に戻って行こうとした。

 けれど、突然、母熊が立ち上がり、威嚇の声をあげた。
「ガワオオオオオオ!」

 誰? 誰かいるの?

 サラが不安げに、目を向ける。

「おおっと、邪魔して悪いね。ダンジョンの場所を下見したみに来たら、こんなところまで来てしまったよ。あれ、キミはさっきの?」

 そう言いながら現れたのは、革製品の装備を身に着けた男性だ。

 シルバーグレーの髪を後ろにくくり、冒険者の格好で、キリリとした精悍な顔つきに灰色の瞳が澄んでいる。

 あっ――。 

 サラは気づいた。
 店を追い出されたお客様だ。
 そして今は旅人の帽子を被っておらず、後ろに結んだ髪で人間の耳が見えた。

「道具屋の店員さんだったよね。売り上げに協力できなくて申し訳なかったね。もっとゆっくり商品も見ていたかったのだが」

 にこやかに話す表情が変わり、サラが泣いていたのがわかったみたいで、サラは急いでごしごしと袖口で目をこすった。
 すると、つぎの瞬間、二本足で立ち上がった母熊が突然、男性に襲い掛かかった。

「ガワオオオオオ」
「ち、ちがうの、クマさん」

 けれど、遅かった。
 母熊に襲われた男性は、そのままいっしょに地面へ倒れこんでしまった。

「キャ――!」

 怖くなったサラはその場でしゃがみこんでしまった。

 どうしよう、どうしよう――。
 わたしのせいだ。
 お客さんがわたしと話していたせいで、お客さんは逃げる間もなく、クマのお母さんに襲われてしまった。

 サラは震える手でポーチから回復軟膏を取り出した。

 違う、違う。
 落ち着いて、落ち着いて、サラ・メアリー。
 まずは回復薬を飲ませて、次に回復軟膏を傷口に塗らないと――。

「アハハッハ」

「?」
 笑い声が聞こえて、ポーチから回復薬を取り出しながらサラは顔をあげた。すると男性は二匹の子熊とじゃれ合っていた。

 隣では、母熊がその様子を見守っている。
 ――え?

「けっこう、重いな」
 そう言いながら立ち上がった男性は、今度は母熊を二本足で立たせるようにしていた。

 うそ?
 お母さん熊は子育てのときは人間を警戒するのに。

「よしよし、そうか、心配だったのか」
「ガウガウガウ」

 立ち上がった母熊と男性は何やら話しているように見えた。

「うんうん。だから、あの子に魚をあげたというわけだな」
「ガウガウガウガウ」

 ――魚?
 あっ、そうか。
 泣いているわたしを励まそうと、クマのお母さんが食べかけの魚を持って来てくれたんだ。

「あの女の子は元気が出たみたいだぞ。ほら、あっちのほうが心配だ。子供たちが勝手に向こうへ歩いているぞ」
「ガオガオガオ」

 そうして母熊は子熊に呼び掛けるように、追いかけるように森へ帰ろうとする。

「ちょ、ちょっとまってクマさん、お魚ありがとう。でもね、この魚はお子さんたちといっしょに食べて」

 サラは地面に落ちている魚を持ち上げようとした。けれど、あちこちかじられた魚なのに、すごく重くて、持ち上げることができなかった。

 そんなとき、ふっと軽くなって、手から魚が浮いた。
 いつのまにか男性がサラの隣にいて、軽々と魚を持ち上げていた。そして、そのまま母熊の所へ運んでくれる。

「お嬢さんが、心配しくれてありがとう、ってさ。だが、この魚は食べ盛りの子供たちに食べさせてほしいって。子供たちも向こうで待っているぞ」

 母熊が魚をくわえてチラリとサラの方へ顔を向けた。

「ありがとう、クマさん」

 そうして熊の親子は森の奥へ帰って行った。
 視線を感じたサラは、男性を見上げると灰色の美しい瞳と目が合った。

 あ、お礼を言わないと――。

「クマさんにわたしの言葉を伝えてくださって、ありがとうございました。お客様は、クマさんとお話ができるのですね」

 ついそんなことまで言ってしまった。
 クマさんとお話が出来るなんて突拍子もないことを……。

 笑われるに決まっている。それとも、聞かなかったふりをしてくれるかも……。
 サラがそう思って、男性を見ると、にこりと笑っていた。
 バカにした笑い方じゃなくて、とても優しい笑顔だった。

「ああ、オレはクマさんと会話ができる。そこにいる動物たちとも話ができるよ」

 小さな動物たちが、いつのまにか、サラの周りに戻って来ていた。

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