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一章 出会い
5、再会
しおりを挟むぐすん、ぐすん。
サラは森の中で泣いていた。
キラキラした木漏れ日のおちる、大きな木の下で。
大事な祖母からもらった銀の手鏡を質流れにしてしまった。
銀の手鏡を八ゴールドも出して買う人はいない、三ヶ月という期日はどうにかなる、と心のどこかにあった。
ヴィリアーズ家の名を出せば、その立場を利用すれば融通が利くとも思っていた。
その甘い考えが招いた結果、大事な銀の手鏡を質流れにさせてしまったのだ。
トトトトット――っと、心配そうにリスさんが降りてきた。
ぴょんぴょんぴょんと、白ウサギさんもやってくる。
ガサガサガサ、大きな鹿サンもこちらをのぞく。
「ごめんなさい、みんな。心配かけちゃって、ちょっと、悲しいことがあって」
森の動物たちが、心配そうにサラを囲み、じっとサラが泣き止むのを待っていた。
そのうち、ガサリガサリと大きな動物がやってくる音、ポキポキと小枝を折る音が聞こえてきた。
大きな黒い体を揺らす影に、小さな動物たちが一斉に逃げ出した。
森の木立から現れたのは、大きな母熊と二匹の子熊だった。
十メートルほど離れた場所からこちらに近づくこともなく、顔だけをサラの方へのぞかせている。その母熊が口に咥えているのは大きな魚。
その魚をポイっとサラに向かって放り投げた。
ドスン。
地面に落ちた魚をよくみれば、あちこち食べた後があって、
食べ残し――?
よくわからないまま、かじられた魚を眺めていたら、のっそのっそと背中を向けて、母熊が
森の中に戻って行こうとした。
けれど、突然、母熊が立ち上がり、威嚇の声をあげた。
「ガワオオオオオオ!」
誰? 誰かいるの?
サラが不安げに、目を向ける。
「おおっと、邪魔して悪いね。ダンジョンの場所を下見に来たら、こんなところまで来てしまったよ。あれ、キミはさっきの?」
そう言いながら現れたのは、革製品の装備を身に着けた男性だ。
シルバーグレーの髪を後ろにくくり、冒険者の格好で、キリリとした精悍な顔つきに灰色の瞳が澄んでいる。
あっ――。
サラは気づいた。
店を追い出されたお客様だ。
そして今は旅人の帽子を被っておらず、後ろに結んだ髪で人間の耳が見えた。
「道具屋の店員さんだったよね。売り上げに協力できなくて申し訳なかったね。もっとゆっくり商品も見ていたかったのだが」
にこやかに話す表情が変わり、サラが泣いていたのがわかったみたいで、サラは急いでごしごしと袖口で目をこすった。
すると、つぎの瞬間、二本足で立ち上がった母熊が突然、男性に襲い掛かかった。
「ガワオオオオオ」
「ち、ちがうの、クマさん」
けれど、遅かった。
母熊に襲われた男性は、そのままいっしょに地面へ倒れこんでしまった。
「キャ――!」
怖くなったサラはその場でしゃがみこんでしまった。
どうしよう、どうしよう――。
わたしのせいだ。
お客さんがわたしと話していたせいで、お客さんは逃げる間もなく、クマのお母さんに襲われてしまった。
サラは震える手でポーチから回復軟膏を取り出した。
違う、違う。
落ち着いて、落ち着いて、サラ・メアリー。
まずは回復薬を飲ませて、次に回復軟膏を傷口に塗らないと――。
「アハハッハ」
「?」
笑い声が聞こえて、ポーチから回復薬を取り出しながらサラは顔をあげた。すると男性は二匹の子熊とじゃれ合っていた。
隣では、母熊がその様子を見守っている。
――え?
「けっこう、重いな」
そう言いながら立ち上がった男性は、今度は母熊を二本足で立たせるようにしていた。
うそ?
お母さん熊は子育てのときは人間を警戒するのに。
「よしよし、そうか、心配だったのか」
「ガウガウガウ」
立ち上がった母熊と男性は何やら話しているように見えた。
「うんうん。だから、あの子に魚をあげたというわけだな」
「ガウガウガウガウ」
――魚?
あっ、そうか。
泣いているわたしを励まそうと、クマのお母さんが食べかけの魚を持って来てくれたんだ。
「あの女の子は元気が出たみたいだぞ。ほら、あっちのほうが心配だ。子供たちが勝手に向こうへ歩いているぞ」
「ガオガオガオ」
そうして母熊は子熊に呼び掛けるように、追いかけるように森へ帰ろうとする。
「ちょ、ちょっとまってクマさん、お魚ありがとう。でもね、この魚はお子さんたちといっしょに食べて」
サラは地面に落ちている魚を持ち上げようとした。けれど、あちこちかじられた魚なのに、すごく重くて、持ち上げることができなかった。
そんなとき、ふっと軽くなって、手から魚が浮いた。
いつのまにか男性がサラの隣にいて、軽々と魚を持ち上げていた。そして、そのまま母熊の所へ運んでくれる。
「お嬢さんが、心配しくれてありがとう、ってさ。だが、この魚は食べ盛りの子供たちに食べさせてほしいって。子供たちも向こうで待っているぞ」
母熊が魚をくわえてチラリとサラの方へ顔を向けた。
「ありがとう、クマさん」
そうして熊の親子は森の奥へ帰って行った。
視線を感じたサラは、男性を見上げると灰色の美しい瞳と目が合った。
あ、お礼を言わないと――。
「クマさんにわたしの言葉を伝えてくださって、ありがとうございました。お客様は、クマさんとお話ができるのですね」
ついそんなことまで言ってしまった。
クマさんとお話が出来るなんて突拍子もないことを……。
笑われるに決まっている。それとも、聞かなかったふりをしてくれるかも……。
サラがそう思って、男性を見ると、にこりと笑っていた。
バカにした笑い方じゃなくて、とても優しい笑顔だった。
「ああ、オレはクマさんと会話ができる。そこにいる動物たちとも話ができるよ」
小さな動物たちが、いつのまにか、サラの周りに戻って来ていた。
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